東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十三話

 

 大尉とEXルーミア、影狼が太陽の畑を去り、残った幽香は剣を構える椛に対して、軽蔑するように冷たい目線を向ける。

 

「今更、何のつもりなのかしら?」

 

「今更だと? 最初からこのつもりだったさ、幽香殿」

 

 幽香は椛に対して、何の興味も沸いていなかった。たかが白狼天狗の一人。白狼天狗の中で強くとも、自分や大尉、EXルーミアには遠く及ばない。つまりは、弱者だ。相手をするにはつまらない。

 

 椛は自分では敵わないことなど知っている。大尉たちの陣営において、椛が勝てるのは影狼くらいだろう。そんなことは自覚している。だが、椛にも意地はある。

 

 大尉でもなく、EXルーミアでもなく、幽香を狙った理由。それは至極、単純だ幽香が一人になった。大尉もEXルーミアもいない。一人で多数を相手するよりかは、一対一の戦闘に持ち込んだ方が勝率は上がる。例え、その可能性がゼロに等しくてもだ。

 

「貴方じゃ私の相手は務まらないわよ?」

 

「そんなことは知っている」

 

「貴方、死ぬわよ?」

 

「随分とお優しいことですね、幽香殿」

 

「フフ、貴方には負けるわよ」

 

 幽香の口角が三日月のように吊り上がる。

 

「河童のために裏切って、飛べなくなった烏天狗にトドメを刺してあげた貴方には、ね?」

 

「…………」

 

「まぁ、いいわ。まだ誰も来ないことだし――――遊んであげるわ」

 

 幽香の殺気が向けられる。それだけで空気が歪んでいくようにすら感じてしまう。

 

「――――――ッ!?」

 

 幽香が数倍大きくなっているような幻覚が視えてしまう。だが、椛の千里眼が幽香の本当の姿を写し出す。それは幻覚よりも恐ろしく、幻覚よりも美しい。そんな姿に椛は思わず、見惚れてしまう。

 

「応ッ!」

 

 それは幽香に応えるためなのか、自身を鼓舞するためなのかは椛本人も分からなかったが、その雄叫びは確かに幽香の耳に届いていた。

 

「そんな表情もできるんじゃない」

 

 幽香が微笑む。呆気に取られる隙もなく、椛の眼前に日傘が迫る。椛はそれを防ぐのではく、姿勢を低くして避ける。もし、盾で防いでいたならば、盾を持つ左腕ごと破壊されていただろう。

 

 つまりは、それほどまでに戦力差はあった。椛の攻撃で幽香に傷を付けることは可能だろう。だが、死に至らしめるほどではない。対して、幽香の攻撃は全てが椛を破壊できる。殺すことも容易だ。攻撃力、防御力、速度――――全てにおいて幽香が上だ。

 

 それでも椛は姿勢を低くしたまま幽香に斬り掛かる。脚を切断させる勢いで振ったつもりだったが、幽香の皮膚に少し食い込むだけでそれ以上は進まない。

 

「鳴きなさい」

 

 驚く間もなく幽香の脚が椛を蹴り上げようと迫り、防ぐしか選択肢のなかった椛は盾でそれを受け止めようとし、盾ごと腕が砕かれ、その勢いのまま宙に上げられてしまう。

 

「そうするしかない、ってのは分かってたけどそれは悪手よね?」

 

 宙に舞った椛に追撃を掛けるが如く、地面から尖った枝が椛を突き刺さんと生えてくる。痛みを感じている隙などなく、無事な片腕で対処に追われる。

 

 剣で切り払っていくが、切った側から新しく生えてくる。盾もなく、腕一本では限界がある。

 

「くっ!」

 

 何本かの枝が椛に突き刺さる。身を捩り急所を外させたものの身動きが取り辛くなってしまう。更成、追撃を警戒した椛だったが、幽香はそれ以上の追撃を掛けることなく、椛を眺めているだけだった。まるで、モズの早贄にされたような気分だ。

 

「少しは期待したのよ」

 

 幽香の言葉に嘘はない。『犬走 椛』という白狼天狗の評価を改めるいい機会になった。大尉が気にかけた理由も少しは理解できた。吠える姿から僅かながらに大尉を重ねてしまった。

 

「それだけに残念ね」

 

 落胆する声が聴こえる。落胆されても仕方ない。椛にそんな思いが過る。あの幽香に一太刀入れられただけでも上出来ではないか。情けない声が心の内から出てくる。もう諦めてもいいではないか。

 

「…………」

 

 椛の表情から闘志が消えていくのを幽香は感じ取っていた。こうなってしまってはもう無駄だろう。後腐れなく殺してしまうのが手っ取り早い。日傘の切っ先を椛へと向ける。

 

「――――巫山戯るな!」

 

 諦めかけた表情から一転し激昂した表情を見せた椛は自身に突き刺さった枝を力を振り絞り斬り払う。支えをなくした椛は浮遊する力も振り絞ったのか、重力に逆らうことなく地面へと落ちていく。音を上げることもなく、地面に横たわりながらも幽香に獣の如き眼光を差し向ける。

 

「……あら?」

 

 これには幽香も予想外の反応だった。闘う意志も抗う意志も何もかも折れたはずだ。だが、目の前の白狼天狗からは闘志が感じられる。なんと美しい眼をしているのだろうか。それはとても輝きに満ちていた。

 

「どうかしたか、幽香殿?」

 

「どういう心境の変化かしら?」

 

「一太刀だけでは足りない、と思いましてね」

 

 何が、上出来だ。何が、諦めろだ。巫山戯るな。巫山戯ているのは自分だ。

 

 椛の手は剣を握ったままだ。ならば、振れるはずだ。脚もまだ動きはする。ならば、立てるはずだ。難しいことを考えるのは止めだ。勝てる勝てないではない。敵はそこにいて、自分はここにいる。ならば、戦わなければならない。単純な話ではないか。

 

 今、この時ばかりは白狼天狗であることも辞め、『犬走』の姓も捨て、ただの『椛』として幽香の前に立ち上がる。傍から見れば、いつ倒れてもおかしくない状態でもだ。

 

「素晴らしいわね。椛、見直したわ」

 

「それはどうも」

 

「だからこそ、敵として認めるわ。掛かってらっしゃい」

 

「応とも! その首、掻っ裂いてみましょうぞ!」

 

 椛の雄叫びが高らかに響き渡る。再三、椛の評価を変えなくてはいけない。白狼天狗としてでなく、一個人としての椛の評価を変える。弱者ではない。折れぬ闘争の意志を持つ強者だ。

 

 持ち得る全ての力を振り絞り幽香へと駆ける。痛みなど知ったことではない。この剣を、この牙を、幽香の首を裂くためだけに身体を動かす。

 

 幽香の日傘の領域内に入るや否や、椛へと破壊の一撃が振り下ろされる。避けることなど考えていない椛は砕かれ使いものにならない左腕を無理やり動かし、日傘の一撃を受け止める。

 

「――――――ッ!」

 

 椛の左腕が血飛沫を上げて砕け散る。想定の範囲内だ。動けぬ腕など安い代償だ。そして、今は椛の剣の範囲内でもある。だが、椛は剣を振るうのではなく、幽香の顔面に投げ付けた。

 

 正気も失ったのかと疑いたくもなる行動に幽香は甘んじて受ける。剣の腹が当たったところで幽香にダメージはないからだ。一瞬、視界が遮られ、次に目にしたのは見覚えのない武器を構える椛の姿だった。

 

「それは―――――」

 

 大尉から椛へと渡された試作品の銃。剣を投げ付けすぐさま銃を取り出した椛は幽香へ銃口を向け引き金を引いた。

 

 爆竹が爆ぜる音が三回。幽香の身体に撃ち込まれるが、使い慣れていない武器というのと体力に限界が向かえようとしていたからかどれも急所を外していた。だが、思わぬ攻撃で幽香が怯んだのも事実だ。ならば、好都合。

 

「ガァァァァァァ!」

 

 怯んだその隙を狙い、幽香の喉元に牙を剥き喰らいつかんとする。これが正真正銘、最後の死力だ。

 

「くっ!」

 

 幽香の咄嗟の手刀が椛の左目を抉る。しかし、それだけでは椛は止まらない。止まることなく、幽香の喉元へと確かに牙は届いた。

 

「――――――ッ!?」

 

 獣の如き表情で椛は幽香の喉元に喰らいつく。だが、幽香は何の痛みも感じていなかった。牙は確かに届いている。ただ、それだけだった。幽香の喉元からは出血すらしていない。幽香は察してしまった。

 

「……惜しかったわね」

 

 椛は確かに喰らいついていた。だが、喰らいついたその瞬間に椛の意識は事切れていた。左腕、左目、数多の傷を負いながらもここまで戦えたのが奇跡だ。

 

 幽香は椛を優しく放すと能力で作った草木の即席ベッドに寝かせる。幽香の喉元には微かに噛み付いた跡が残っていた。

 

「貴方の牙は確かに届いていたわ。私は貴方を認めつつも侮っていたようね。貴方は立派な狼だったわ、椛」

 

 幽香の植物が椛の傷を癒し始める。応急処置程度でしかないが、このまま死んでいくのには惜しい。満足のいく闘争を魅せた椛への幽香なりの称賛だった。

 

「で、次はお前か」

 

 これでは戦いの余韻に浸る暇すらない。幽香は忌々しげに空へと顔を向ける。

 

「お取込み中だったら、またの機会にするぜ? ついでに、人狼の場所も教えてくれよ」

 

 箒に跨った『普通の魔法使い』は幽香を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 人狼一派を退けた人里は妹紅を中心とした救命活動を行っていた。何せ、逃げ遅れた人々の多くは倒壊した建物の下敷きになっていたからだ。

 

 放たれた火については、妹紅が術を使い鎮火させているのでこれ以上、被害が広がることはない。

 

 救助された人々は永遠亭から八意 永琳や鈴仙・優曇華院・イナバ、因幡 てゐといった総動員での治療を受けている。その中には、回復した美鈴や咲夜の姿も見受けられる。

 

 妹紅は軒並み倒壊し崩壊した人里を見て、人狼一派の行動に疑問が生じてくる。

 

「連中、何で総出で来なかったんだ?」

 

 大尉たち全員ではなく、天子に青娥、白狼天狗という戦力を分散させての侵攻は奇妙だった。大尉たちが総出で人里を攻めていたならば、容易く落ちていただろうとも考えられる。だが、それをしてきていない。どうにも腑に落ちない。

 

「考えるのは後にしなさい」

 

 後ろから声を掛けられ、驚いた様子で振り返る。声を掛けた張本人である霊夢は真剣な表情を妹紅に向けていた。

 

「今は住民を助けてあげなさいよ」

 

「霊夢、来てたのか」

 

「えぇ、」

 

「ってことは、連中を倒したのか?」

 

「まだよ。時間を稼がれたわ」

 

 霊夢の声からは僅かに怒りが感じられた。自分に向けているわけではないが、どことなく自分が怒られている気分になる。怒りを向けている相手は大尉たちだろうと考える。

 

「なら、さっさと解決してこいよ」

 

「……いいの?」

 

「こっちは私たちでどうにかしとくからよ。異変解決は巫女の専売特許だろ?」

 

 霊夢は考え込む様子を見せたが、妹紅がその頭を軽く叩く。

 

「考えるのは後にすんだろ? だったら、さっさと行って来い」

 

「……ありがとう」

 

「はは、いいってことよ」

 

 異変の解決は巫女の仕事だ。妹紅の仕事ではない。霊夢には霊夢の果たすべき使命があると妹紅は感じていた。妹紅に背中を押された霊夢は飛ぼうとして踏み止まる。

 

「どうした?」

 

「……連中の場所が分からない」

 

 常に何処かに移動をしていた大尉たちが同じ場所に留まっているとは思えない。大尉たちを完全に見失ってしまっていた。動こうにも闇雲では時間を浪費するだけだ。

 

「あー、何人か白狼天狗捕まえたから尋問してみるか?」

 

「そうね」

 

 捕まえた白狼天狗の元へと別の者に霊夢を案内させようとすると、咲夜と美鈴が霊夢に気付き咲夜のみ一気に距離を詰めてくる。咲夜の時間停止による移動だろう。

 

「探していたわ、霊夢」

 

「あんた、もう大丈夫なの?」

 

「えぇ、何とかね」

 

 まだ包帯が見え隠れしているが動けるその様子からは充分に動けるようになったのだろう。

 

「お嬢様から伝言を預かってきたわ」

 

「なに?」

 

「『落とし前を着けさせる時がきた』との事よ」

 

 霊夢はその言葉で察してしまった。

 

「あんた、着いてくる気?」

 

「えぇ、そのつもりよ。お嬢様も美鈴も私も人狼たちには借りがあるもの」

 

「……はぁ。まぁ、いいわ。足手まといにはならないでね」

 

「はいはい、それが霊夢なりの心配なのよね」

 

 図星を付かれた霊夢は表情には出さないものの何も語らない。咲夜はそういうところが分かりやすいのだ、と心の内で笑っておく。

 

「それと渡しておく物があるわ」

 

「――――――そういうことね」

 

 能力を使って一瞬で咲夜から手渡された物を見て霊夢はそれを大事に袖にしまう。それは正に『鬼札』と呼べる品物だった。

 

 


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