東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十二話

 かつて人々の賑わいで溢れ、栄えた人里はもはや見る影もない。元凶の一人である天子は緋想の剣を地面に突き刺し、声高らかに笑い声を上げていた。

 

「アッハハハハ! さぁ、早く立ちなさい! 私はまだ立っているわよ!」

 

 天子の見下す先には片膝を付き肩で呼吸をする聖と地面に倒れ蹲る妹紅の姿があった。

 

「大丈夫ですか、妹紅さん?」

 

「大丈夫……そうに見えん……のか?」

 

 天子の放った緋想の剣の一撃は魔法使い、不死人だろうと容赦なく襲い掛かっていた。聖はとっさに自身に結界を貼り直撃を免れたが、妹紅は緋想の剣の一撃を直撃してしまっていた。

 

 そもそも、妹紅は不死人だ。緋想の剣の一撃を直撃しても死ぬことはない。しかし、痛覚はある。妹紅の気質を見極めた緋想の剣は妹紅に対し、痛覚のみを攻める一撃を放っていた。決して死ぬことはないが、立っていられぬ程の激痛を全身に与え続けていた。

 

「ねぇ、あんたらやる気あんの? なかったら――――ッ!」

 

 何か言い続けようとしていた天子を巨大な拳が叩き潰す。

 

「萃香さん!」

 

「外は霊夢が片付けた! 後はコイツか!?」

 

 萃香に抑えられながらも天子の頬は紅潮させる。とても興奮しているように見える。そして、緋想の剣に気質が集まる。

 

「避けてください!」

 

 天子の緋想の剣から紅色の波動が放出される。その寸でのところで萃香は避けるが、その余波だけで苦痛の表情を浮かべる。

 

「良いわ! イイ! 最高よ! イっちゃいそうよ!」

 

「気持ち悪いんだよ!」

 

「アハハハハ!」

 

 天子の理性は蒸発していた。度重なる攻防により精神は消耗し、肉体は悲鳴を上げていた。それがとても心地良かった。故に、天子はまだまだ戦える。戦えば戦うほど、この心地良い感覚が天子を支配し、もっともっとと本能が求めてくる。

 

 

―――――――――

 

 

 

 朱色の閃光が遠くからでも見て取れた。何とか生き残った白狼天狗たちは幼夢や星と対峙していたが、気付けば意識があるのは自分一人となってしまっていた。戦線は崩壊したといっても過言ではないだろう。あれがなんだったのかなんて考える間もなかった。

 

「もう終わりにして、人狼の場所を教えていただけないでしょうか?」

 

「何度も言わせるな! 我々とて大将がどこにいるのか知らぬ!」

 

 白狼天狗の首元に刀を突き付けた妖夢に対して白狼天狗が吠える。知らないのは本当のことだ。だが、それを妖夢が認めようとしない。

 

 会話はできるが話が通じない。まさにそんな状態だった。

 

「よ、妖夢さん、本当にその方は人狼の場所を知らないのだと思いますよ」

 

 白狼天狗の言葉に嘘がないと覚った星が妖夢を羽交い締めして止める。

 

「では、何か有益な情報を引き出しましょう」

 

 星を振り解こうと暴れながらも妖夢の言葉はどこか冷静だ。余計にそれが恐ろしい。そして、――――翡翠色の雷が二人に落ちる。

 

「い―――――――ッ!」

 

 意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けながらも星は空を見上げる。額に札を貼られた見知った人物が敵意も感じられることもなく浮遊していた。

 

「屠自古……さん? 何故、我々を攻撃するのですか?」

 

 星の問いかけなど聴こえていないように屠自古は両手に溜めた翡翠色の雷を放出する。

 

 星が結界を貼り直撃は免れたが、それでもその衝撃は凄まじく一撃で結界を破ってしまうものだった。結界が破られると同時に妖夢が跳ぶ。

 

「シィッ!」

 

 妖夢の殺意を隠そうともしない斬撃が屠自古を襲うが、それを素手で掴んで止めて見せる。しかし、屠自古も無事では済んでいない。掴んだその手からは血が滴り落ちている。痛みなどまるで感じていないようだ。

 

「ならば――――」

 

 容易く楼観剣から手を放すともう一本の白楼剣に持ち替え、屠自古の胸に突き刺さんとする。白楼剣は幽霊を成仏させる効果のある刀だ。幽霊である屠自古にとっては天敵とも云える。

 

「■■■■■■■■!」

 

 理性を感じさせない悲鳴のような声とともに翡翠色の雷が屠自古を守るように放出される。それは至近距離にいた妖夢を巻き込み、声を上げる間もなく妖夢は落ちていく。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 地に落ちる寸前に星が妖夢を捕まえる。白目を向きビクビクと震えている妖夢を抱えると星は屠自古を見据える。

 

「ハハハ、屠自古も酷い有様だな。そうは思わないかね、君」

 

 この場には似合わない呑気な声が星の背後から掛かる。聞き覚えのある声に後ろを振り返れば、いつの間にか神子が笏を持って立っていた。

 

「屠自古は私の同胞だ。後始末は私が付けておくから、君たちは離れていたまえよ」

 

「いえ、しかし――――」

 

「こう言わないと解らないかね、『邪魔だ』」

 

「……解りました」

 

 有無を言わせぬ神子に気圧された星が妖夢を抱えて離れていく。一連の流れを眺めていた白狼天狗に神子は顔を向けると軽やかな笑顔を向ける。

 

「君たちには聴きたいことがたくさんある。なに、悪いようにはしないさ。暫くの間、動かないで居てくれると大変助かる」

 

 神子が何か術を発動させたのだろう。指一つ動かせなくなった白狼天狗は神子の言うことを素直に応じる。

 

「そう、それでいい。さて、屠自古も可哀想に。どうせ青娥にでも操られたのだろう。今、解放してあげるからな――――っと」

 

 神子は翡翠色の雷を軽々と避け、屠自古へと接近していく。だが、接近すればするほど屠自古の怨差の雄叫びが大きくなり、屠自古を守るように雷の結界が張られていく。

 

「屠自古は敵になると恐ろしいね。だが、大事な同胞を救うためなら――――」

 

 なんの躊躇いもなく結界の中へと突入する。雷が容赦なく神子を焼くが、それでも神子は止まることなく、屠自古へと近付いていく。

 

「ああああああああああ!」

 

 普段からは想像もできないような声が神子から発せられる。傍から見てた白狼天狗はその姿に狂気を感じたが、神子の想いはただ一つのみだ。

 

「――――――解!」

 

 伸ばされた神子の手が屠自古の額に貼られた札へと届く距離になるや、術を発動し屠自古に貼られた札が燃えていく。その証拠に雷の結界が散り、倒れそうな神子を支えるように屠自古が受け止めていた。

 

「太子様!」

 

「ハ……ハハ、戻ったようで何よりだ」

 

「どうしてこんな無茶を!?」

 

 操られている間、屠自古の意識は無いわけではなかった。思うように身体が動かないだけで、確かに意思は存在していた。落とした雷の数も壊した家屋も殺した人間も全て覚えている。神子が無茶をする所も否が応でも覚えている。

 

「なに、大事な同胞を救うためだ。屠自古が気にすることはない」

 

「そういう訳にはいけません!」

 

「真面目だな、屠自古は。それなら……一つ頼まれて……くれないか?」

 

 屠自古の耳元へと顔を近づけると神子は頼み事を口にする。それは屠自古の耳にしか入らないほど小さな声だ。

 

 それを聴いた屠自古は目を開き、少し驚きながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「太子様の御心のままに」

 

 屠自古には見えぬように神子は一人口角を上げた。

 

 

――――――――

 

 

 

 優勢だったはずの天子が圧され始めていた。理由はひどく単純なものだ。妹紅、聖、萃香という三人に対して天子は一人で戦い、理性が蒸発したことにより攻撃も単調なものになってきていた。何より、天子の身体にも限界が近付いてきていた。

 

「南無三!」

 

「おりゃぁぁああ!」

 

 天子に聖と萃香の拳が叩き込まれる。骨が砕けるような音がするが、対照的に天子の表情は明るい。異常でしかない。

 

「二人とも退いてろ!」

 

 妹紅の声に聖と萃香の二人が天子から離れる。自爆し復活した妹紅が天子に対して、炎を纏い、至近距離で自分ごと爆発する。文字通りの特攻を仕掛けた。

 

 爆発の衝撃が天子を吹き飛ばす。地面を転がり回りながらも天子は体勢を立て直そうとするが、それを萃香が許さない。拳を巨大化させると虫を潰すようにして天子を叩き潰す。

 

「ぐぇっ」

 

 悲痛な声を上げるが誰もそれに対して、同情的な表情を向ける者はいない。

 

「さっさと降参したらどうだ?」

 

「降参? 誰が? バカじゃないの? バーカ」

 

「そうかよ!」

 

 聞くだけ馬鹿だったと云わんばかりに萃香は更に力を加え、天子を押し潰す。地面が割れる音なのか天子の身体が悲鳴を上げる音なのか分からない音が響く。

 

 ビクとも動かなくなったところで手を退かしてみれば、そこには恍惚とした笑みを浮かべて無様に横たわる天子の姿があった。

 

 

「フヒ……フヒヒヒ! ま、まだ……終わらせない!」

 

 尚も立ち上がろうとする天子の姿は狂気染みている。否、狂気そのものだ。大尉が見ていたならば喜んでいただろう。

 

 緋想の剣に力が集まり始める。撃たれる前にどうにかしなければならない。萃香がもう一度、叩き潰そうとするが朱色の波動が萃香を吹き飛ばす。

 

「もう遅いわよ!」

 

 震える足で立ち上がり、緋想の剣に集まった気質を解放しようと剣を高らかに天に掲げ――――紫電が天子の心臓を撃ち抜いた。

 

「がッ……この…………空気……読め」

 

 忌々しげに呟くと天子はそのまま地面に倒れ込む。緋想の剣に集中していた力も霧散していく。天子の心臓が動きを止める。

 

「お騒がせして申し訳ございません」

 

 長い触覚のようなものが着いた帽子を被り、ロングスカートを履いた紺色の髪の女性が倒れた天子へと近付いてくる。何より目立つのは高い身長に纏った羽衣だ。

 

「手前は……」

 

「これは失礼いたしました。私、永江 衣玖と申します。そこで倒れていらっしゃる総領娘様の回収にあがりました次第でございます」

 

 『竜宮の使い』永江 衣玖は天子を肩に担ぐと誰にも視線を向けることなくこの場から去ろうとする。

 

「ま、待て!」

 

「何でしょう?」

 

「そいつをどうするつもりだ?」

 

 妹紅の問いかけに衣玖は暫く考え込むような素振りを見せると面倒臭そうにため息を一つ吐いた。

 

「天界に持ち帰るのですよ。今回は少しおいたが過ぎました。暫くは一歩も外に出さないつもりです」

 

「持ち帰るだぁ!? 巫山戯んなよ、手前! そいつがどれだけ暴れたか分かってんのか!?」

 

「えぇ、知っているつもりですよ」

 

「はぁ?」

 

「見ておりましたので」

 

天子の回収を任された衣玖はひたすらに機会を伺っていた。彼女は『空気を読む程度の能力』の持ち主だ。存在そのものを空気のように消すこともできる。紅魔館の時も、妖怪の山の時も、人里の時も、その場に紛れるようにして天子の回収の機会を伺っていたのだ。

 

「皆様には大変感謝しております。本日は急ぎますので、また後日、私の方から伺いに向かいます。では、これにて」

 

 そう言って衣玖は周りを無視してふわふわと去っていく。追いかけようにもすぐに気配が消えてしまい追いかけようがない。

 

「……何だったんだ」

 

「何はともあれ危機は去った、ということでしょうか?」

 

「だといいがな」

 

 周囲の様子を探るが誰かが暴れている様子はない。大尉たちの侵攻が止まったように感じた妹紅たちは疲れたように息を吐き出した。しかし、その表情はまだ警戒を許していないようだった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「そろそろ起きては如何ですか、総領娘様?」

 

 天界へと飛んでいる衣玖は天子の尻を引っ叩く。心臓に雷を受けたとはいえ、天人がそう簡単に死ぬわけがない。引っ叩かれた天子は情けない悲鳴を上げると自分の状況を確認した。

 

「あー、本当に空気読めないわね、あんた」

 

「はいはい、そうですね」

 

「あそこから私の逆転劇が始まったってのに!」

 

「はいはい、そうですね」

 

「私の話し聞き流してる?」

 

「はいはい、そうですね」

 

 正直、面倒臭い衣玖は天子が喚いているのを無視して天界へと飛んでいく。これからの天子の処遇を考えれば、少し哀れに思うこともあったが、ジタバタと暴れる天子に紫電を走らせ黙らせた。




なんでスマフォって壊れるのでしょうね?

お待たせして本当に申し訳ございませんでした。

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