東方戦争犬   作:ポっパイ

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五話

 妖怪の賢者、八雲紫は『文々。新聞』の記事を思い出しながら最悪のパターンをスキマの中で考えていた。

 

 『ミレニアム』の幻想入り、という最悪のパターンだ。彼を境に幻想入りするやもしれない最悪の軍団を紫は危惧している。

 

 トランプを操る伊達男、不規則だが必中の弾丸を撃つ狩人、幻覚を操りし大鎌女、存在自体があやふやな猫。どれも幻想入りするには危険すぎる面々だ。それと、何とか兄弟。

 

 狂ったナチの少佐が指揮する人造吸血鬼の軍隊によってロンドンがどうなったのかを紫は知らないはずではない。その中で大尉の存在も知っているが故に、彼をわざわざ幻想入りさせた覚えもない。

 

 だが、幻想入りしたのが大尉で良かったと紫は新聞の記事を思い出しながら思う。現に最初の遭遇者である文と椛は大尉に何もされていない。

 

「何も起こらなければいいのだけど」

 

 紫の願いはきっと無駄に終わるだろう。

 

 

―――――――

 

 

 紅魔館では、まだ大尉についての正体を探るお茶会を開いていた。

 

 焦りを感じるレミリア、記者魂を燃やす文、好奇心を覚える早苗とその様子は三者三様だ。

 

「私の推測は『白狼天狗の生き残り』という線だったのですが、どうやらそうではなさそうですね」

 

「恐らく、奴は『人狼』だろう」

 

「今泉影狼さんと同種のですか?」

 

 幻想郷にいる『人狼』では今泉影狼がいる。だが、レミリアは影狼とは種族が違うと考えている。

 

「あれは日本産だろ?」

 

「今泉さんは確か、ニホンオオカミの人狼でしたね。狼というよりは山犬に近い感じの」

 

「外国産の人狼だろうな、こいつは。まだ外で暮らしていた時に何回か人狼と戦ったことはあるが、写真のこいつは比べようがない程強いと私は考えている」

 

 吸血鬼の天敵とさえ恐れられていた人狼とは何度か殺しあった事のあるレミリアにとっては忌々しくも恐ろしい存在だ。

 

「レミリアさんとどちらが強いですか?」

 

 早苗のその問いにレミリアは不適に笑う。

 

「戦ってみないと分からないな」

 

 そう答えたレミリアに二人は一抹の不安を抱えた。

 

 

―――――――

 

 

 大尉は少佐の言葉通りであると実感していた。世界は広く、脅威と驚異に満ちている、と。現に、この幻想郷は何もかもがあり、何もかもがない。正に理想郷だ。

 

 大尉を襲った化物は不運でしかなかったであろう。偶々、大尉と遭遇した化物は人を弄んでから食うのが趣味の化物で、人の形をしていた大尉に対して隠しきれない殺意と悪意を向けた。

 

 見たこともない化物に襲われた大尉だったが、その化物も今や大尉の腰掛けと成り果てた。

 

 大尉を人間と間違えた化物が不運であり、大尉を格上の相手だと見抜けなかった化物は間抜けであろう。椛はその様子を遠くから見ていたが、化け物を相手に一撃で殺す蹴りなど鬼ぐらいしかできないものだと思っていた。

 

 警戒心を高めるあまり、椛は大尉に対して無意識に殺気を向けてしまった。遠くから見ていたはずの椛は大尉と目が合ったような気がして、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで大尉が駆け抜ける。

 

 大尉が向かう先には誰がいるのかなんては考えなくとも分かる。真っ直ぐ自分に向かってくる大尉に椛は迎撃すべく、剣と盾を構えた。

 

 文には、なるべく戦わないように、と言われていたが、こうなってしまっては仕方ない。

 

 だが、大尉が視界に入る頃には全ての行動が無意味となる。咄嗟に盾で防御しようとした椛だったが、大尉の蹴りによってその盾は砕かれ、盾を持っていた腕にまで衝撃が伝わる。

 

「―――――ッ!」

 

 痛みが脳に伝わる前に降り下ろした剣だったが、大尉に意図も容易く握り砕かれてしまう。腕の痛みが伝わり、思わずその場にしゃがみこんでしまう。激痛に表情を歪める椛を大尉は何の感情も感じさせない表情で見下ろしていた。無表情に見えるが、その目は恐ろしく冷たいものを感じさせる。

 

 腕の再生がされる頃には自分は殺されてしまうだろう。そう理解した椛は全身がガタガタと震えていた。砕かれたのは剣と盾だけではなく、椛の心も砕いてしまっていた。

 

 敵の戦意が喪失したのを感じとった大尉は首を軽く横に振る。椛は大尉のその行動が、これ以上つけ回すな、と言っているような気がして何度も何度も震えながら頷く。

 

 椛が自分の言いたいことを理解してくれたと分かると、大尉は持っていた救急道具を椛に投げ渡し目にも止まらぬ速さで走り去ってしまった。

 

「情けをかけられたのか?」

 

 悔しいと思う前に安堵してしまった自分がいることに椛は自分が許せなかった。


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