東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十九話

 

 

 大尉は砦の屋根へと登り、人里を座して観察していた。派手な戦闘が行われているのは見えるが、人里の中の様子までは分からない。だが、供回りとして連れている椛によって人里の状況は逐一報告されている。

 

 故に、大尉は歯痒い思いをしていた。人里に住民が全くいないという報告は予想しきれていなかった。英国を攻めた時は奇襲だった。だが、今回は宣戦布告をした上での進攻だ。相手に対策を練る時間を多く与えすぎたのかもしれない。

 

 こんな時、少佐ならばどうしていただろうか、と考えてしまう。否、彼ならばこんな事態を予想した上でそうはさせない作戦を指揮していただろう。結局のところ、自分のミスなのだからそれを受け止めるしかない。

 

 少佐をこの戦争に招きたい思いで一杯だが、勝ち戦で終わった少佐に泥を塗るようなことはしてはいけない。そもそも、これは自分のための戦争だ。他の誰でもない自分自身の戦争なのだから、少佐に頼るのはお門違いだ。

 

 何やら一人で考え込んでいる大尉を余所に椛は人里の様子を千里眼で覗き込む。殺されていく同胞の姿をその眼に焼き付けていく。同じ釜で食事をした者、一緒に切磋琢磨し合った者、自分を慕ってくれた者、関係なしに殺されていく。

 

「……一つよろしいでしょうか?」

 

 何か言いたげな椛に大尉は許可を出す。

 

「この戦に勝機はあるのでしょうか? 私にはどうしても本気で勝とうとしているようには思えないのです」

 

 思わず大尉は椛の方へと振り向いてしまう。ただの通訳兼観測手にしては鋭い指摘だ。椛に対する評価を改めなくてはいけない。大尉はどうしてそう思ったのか椛に問い掛ける。

 

「人里を攻め落とすにしては、まるで戦力が足りていない。ただの嫌がらせのようにしか思えない」

 

 事実、大尉からしてみれば人里攻めは嫌がらせだった。霊夢を困らせたい一心のただの嫌がらせだ。だが、その嫌がらせでも被害が少ないので歯痒い思いをしている。目的は闘争であり戦争なのだ。敵も味方も死んで当たり前だ。一々、誰かが死んで一喜一憂している暇はない。

 

「ーーーーッ! ……何でもございません」

 

 まるで同胞の死を貶されているような言い草に不快感を抱いた椛だったが、彼と自分たちでは、そもそもの死生観が違うと気付く。ひたすらに闘争を望みながら歩んでいる。その結果がどうなるかなんて一切考えていない。生も死も等しく平等なのだ。

 

「なら、今後の御予定は? 今の戦況を視るに敵はまた此方へやって来ますよ?  それが分からない大将殿ではないでしょう?」

 

 椛に訊ねられた大尉は次の予定が決まっていることを伝える。だが、その内容を聞いて椛は呆れたような驚いたような表情を浮かべ聞き返す。

 

「お、お茶会、でありますか?」

 

 まるで悪い冗談を聞かされたような気分だった椛を余所に幽香とEXルーミアが姿を見せる。EXルーミアに担がれた影狼の姿も確認できた。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

 幽香が大尉に手を差し伸べる。その手を取ることなく立ち上がった大尉に幽香がくすりと笑いかける。隣に立つEXルーミアが露骨に嫌そうな表情をしているのを知っての行動だったのだろう。

 

 EXルーミアに顔を会わせると大尉は何か言いたげな感じだったのを影狼が逸早く察する。こればかりは椛にはまだ出来ないことだ。

 

「妖力は溜めてあるか、と訊いています」

 

「ハハハ、どんだけカラス喰ったと思ってんだァ? 嫌がらせすんだろ? 任せとけよォ!」

 

 大尉に構ってもらえたからか上機嫌になったEXルーミアは担いでいた影狼を雑に落とすと、自身から大量の闇が溢れ出し、砦の屋根を伝って落ちていく。

 

 何をしようとしているのか椛が落ちていった闇を見下ろすと何かを形作っていふようだった。闇で形成された巨大な顎。肉食獣を思わせる巨大な牙を持ったそれは形を成すと静かに待機していた。

 

 かつて、大尉と人里を襲った際に産み出されたEXルーミアの闇の顎。前回は一体だけであったが今回はそれが五体に増えている。

 

「オイオイ、こんなに出るとか気分良いじゃねェかよ!」

 

 自分でも思っていたよりも多く出現した闇の顎にEXルーミアは高揚しているようだ。数は多ければ多いほど良い。大尉は直ぐ様、影狼に人里へ攻め込ませるように指示を出す。

 

「人里を壊し尽くせ、 居る者を全て喰らえ、残った者が我らの敵だ」

 

「行け! 蹂躙してやれ! 動く者、全て喰らえェ!」

 

 EXルーミアの声に反応し、真っ直ぐ人里へと木々を薙ぎ倒し下っていく闇の顎を見送ると大尉たちは何処かへと向かうために浮遊し始める。

 

「待ってくだされ!」

 

 次の目的地へと向かおうとしたところで椛が吠える。大尉やEXルーミアの言い方では敵も味方も関係なく喰らえ、と言っているようにしか聞こえない。

 

 EXルーミアの『闇の顎』については情報だけは知っていた。それは喰らうだけの存在だと。それは無差別に何もかもを口にしようとする存在だと。それは嫌がらせ以上の効果を発揮することを。

 

 まだ人里には白狼天狗の部隊が戦闘している最中だ。敵に倒されるならば仕方ないと自分を納得させていたが、味方に喰われるのは納得できない。できるはずもない。

 

「今、人里で戦っている我らの 同胞はどうなるのですか!? まさか、彼らも餌なのですか!?」

 

「ナニ、キャンキャン吠えてんだァ? ついさっき加担した新参者がデカイ面すんなよ」

 

「私の質問に答えていただきたい! 貴様らは味方にまで手を掛けるというのか!?」

 

 EXルーミアのこめかみに青筋が浮かび上がる。格下如きが何を偉そうに吠えているのかが分からない。こうなったEXルーミアは駄目だ、というのを影狼はよく知っている。何故ならば、簡単に殺そうとしてくるからだ。何度も命の危険を感じたことのある影狼だからこそ分かる。

 

「も、椛さん、落ち着いて」

 

「これが落ち着いていられるか! 今、この瞬間に何人もの同胞が死んでいるんだぞ! 叶いもしない夢を抱いて殺されているんだぞ!」

 

 椛の言いたいことはよく分かるつもりだった。種が滅びていく様はとても悲しいものだ。だが、それでも、今、椛を落ち着かさせなければ恐ろしいことになる。

 

 大尉は基本、怒ったりはしない。軽口を叩かれようとも怒ることはないし、逆にその軽口に乗っかってくることすらある。しかし、それは味方だからだろう。味方でいる間は寛容だが、そうでなくなった時が恐ろしい。一度、敵と認識されてしまえば、大尉ではなく、EXルーミアが嬉々として殺しに来る。大尉はそれを決して止めない。

 

 気付けば剣に手を伸ばそうとしている椛の手を影狼は必死の表情で押さえ込もうとしていた。EXルーミアはニタニタと笑いながらその様子を楽しそうに見ている。

 

「それを抜いちゃ駄目だ! もう引き返せなくなる!」

 

「ハハハ、クソ犬の方がまだ利口だなァ。っつうかよォ、大事なこと忘れてねェか?」

 

 椛が大尉たちに加担しているのには理由がある。人質の存在だ。椛が剣を抜けば、その人質がどうなるかなんて考えなくても分かる。だからこそ、EXルーミアは直接口には出さないが、わざとらしくそれっぽいことを口にする。

 

「貴様ぁぁああ!」

 

「あァあァ、うっさい犬っころだなァ! 吠える相手には気を付けろって飼い主に教わんなかったのかァ!?」

 

「五月蝿いのは貴女たちよ」

 

 呆れた表情で割って入ってきた幽香は日傘でEXルーミアの頭を小突く。それに一番苛ついたEXルーミアが牙を剥き出しにして何か吠えたそうにしている。

 

「これから大事な大事なお茶会なのよ。犬も食わないような喧嘩するなら置いていくわよ。彼も退屈そうだし」

 

 お茶会、と聞いてEXルーミアが椛にとても悔しそうな表情をするとそっぽを向いてしまう。

 

「まだ私の話は終わってーーーー」

 

「あんまり五月蝿いと本当に消すわよ?」

 

 無表情で冷たく言い放つ幽香に気圧された椛はそれ以上なにも言えなくなってしまう。さっきまで確かにあった闘志は砕け散っていく。だが、それでも譲れないものの為に吠えようとする椛に幽香は大きな溜め息を吐いた。

 

「吠えたいならお茶会で吠えなさい。こっちは準備もあるから忙しいのよ」

 

「……先程から気になっていたのですが、『お茶会』とは何かの暗号なのですか?」

 

 落ち着きを取り戻した椛の言葉に幽香は考える様子を見せることなくきっぱりと言い放つ。

 

「お茶会はお茶会よ。天狗は何かの暗号に『食事の時間』なんて使っているの?」

 

 妖怪の山での任務の都合上、使う時があったかもしれない。だが、今、それを言うタイミングではないというのを椛は理解している。余計な一言で虎の尾を踏むような真似はしたくない。というより、今の幽香には有無を言わせぬ威圧感が感じられる。

 

「いい加減、移動しましょうか」

 

 幽香は浮遊し次の目的地へと向かい始める。続いてEXルーミアが翼を広げて幽香を追い掛ける。

 

「あ、あの、椛さん」

 

「先程はすまない。影狼殿に御迷惑を……」

 

「わ、私のことはいいんだよ! それよりも椛さんの方が心配だよ」

 

 正直、腹の底は煮えたぎっている状態のままだ。しかし、もう何もかもが遅く、自分一人ではどうしようもできないということも自覚している。それこそ、自分一人が勝手に暴れれば、妖怪の山の残りの者たちがどうなってしまうか。

 

「否、影狼殿のお陰で頭が冷えました。話は『お茶会』とやらの最中にまたしたいと思います」

 

 何か言いたげな表情を浮かべたままの影狼を無視して椛も二人に続いていく。残された影狼は溜め息を吐くと最後まで残っている大尉の顔を見る。

 

 表情は変わらないものの大尉が何となく気まずそうにしているのに影狼が気付く。何も伝えてこようとしない大尉に何か思い出した影狼が思わず口を開く。

 

「飛べないんだっけ?」

 

 表情に変わりもなく、動きに変化も見られない。だが、図星だったのか、跳べはする、とだけ伝えてきた大尉に影狼は思わず吹き出してしまった。

 

 思えば、こうした飛行での移動が今までなかった。大尉から霧になれば飛べる、と弁明が伝わってくるがツボに入りかけた影狼にとってはもう遅い。

 

「……担いでいって……あげようか……?………プッ」

 

 大尉の手加減をした拳が影狼の登頂部に叩き込まれる。手加減をした、とはあるが、それは力のある者の手加減であるので影狼にとっては十分な威力を誇っていた。

 

 悶える影狼を余所に大尉は飛んでいった三人の方角を見る。幽香から「常に花が咲き誇る素敵な場所」としか伝えられていないので、詳しい場所までは分からない。かといって、影狼に担いで行ってもらうのは何かが許せない。

 

 まだ悶えてる影狼を担ぐと場所を教えろ、と伝える。

 

「私も行ったことないんだよねー」

 

 今更になって影狼を通訳にしてしまったことを悔やむ。否、今までの功績を考えれば今回の失態はなかったことにしてあげるべきなのか。狭いようで広く感じる幻想郷に対し、大尉はどうしたものかと悩む。

 

 その秒の内に恥ずかしそうな表情を浮かべた幽香が戻ってきたので、大尉と影狼は幽香と一緒に飛ばずに陸から目的地へと向かうことにした。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 大尉たちがどこかへ移動したことなど露知らず、人里は魔女の釜の底へと変貌しようとしていた。業を煮やした青娥が屠自古だけでなく、倒れていった白狼天狗にまで術を使い始めた。

 

 倒されたはずの白狼天狗たちが青娥によって札を貼られれば呻き声を上げて蘇る。蘇生と言えば聞こえはいいが、要は白狼天狗の即席キョンシーを作り上げ、戦線に復帰させていた。その先頭には操られた屠自古が立っている。

 

「さぁ、もう一頑張りですよ。人がいないのなら壊しましょう。とりあえず、強い人から殺っちゃいましょう」

 

 確認できただけでも星にナズーリン、妖夢。これらは優先的に狙わなければならない。まだ伏兵が潜んでいる可能性も捨てきれない。

 

「天人様は……まだ楽しんでおられるようですわね」

 

 天子と妹紅の戦闘も未だに終わりが見えていなかった。片や最硬度を誇る天人、片や不死身の蓬莱人。そう易々と決着が着くわけがなかった。

 

 隆起する地面に舞い上がる炎の渦。青娥はそれが見えただけで加勢する気持ちが失せてしまった。あんな戦いに巻き込まれてしまってはこちらの身が持たない。

 

 それは外で繰り広げられている先代と萃香の戦いも同じだ。いい加減、萃香に倒れてもらわなければ、こちらの戦力に影響が出てしまう。

 

 厄介なのは、命蓮寺の戦力がこれ以上増えてしまうことだ。星とナズーリンがいるということは、他の人員も間違いなく加勢してくるだろう。何より命蓮寺の住職や大妖怪に出てこられてしまったら面倒臭いことこの上ない。

 

 何故、現状加勢してこないのかを考える。人里で迎え討つ気があるのならば、武闘派妖怪がいてもおかしくない。何かしらの理由があるのか。

 

 嫌な予感がした青娥が思わず後ろを振り返る。だが、次の瞬間には何者かの拳が青娥を捉え、家屋へと殴り飛ばされてしまった。

 

 一瞬のことだったが青娥は自分を殴り飛ばした相手を視認していた。忌々しい寺の住職。『魔法を使う程度の能力』を持つ聖人。金髪に紫のグラデーションが入ったロングウェーブの魔人など一人しかいない。

 

「いざ、南無三ーー」

 

 命蓮寺の住職、聖 白蓮が青娥へと追撃をすべく跳ぶ。だが、家屋へと殴り飛ばしたはずの青娥の姿が消えているのに気付き、追撃を中止し辺りを見回す。

 

「さては、仙術で逃げたかな。完全に気配を絶つとは流石としか言えないな」

 

「感心せずに貴女も探してください。元よりあれは貴女の処の者でしょう」

 

「そうは言うがね、君、私も青娥には苦労させられていたんだ。少しは鬱憤が晴らせるというもの。喜んで探してあげるさ」

 

 獣の耳を彷彿とさせるような二つに尖った金髪を持ち、『和』の文字が入った耳当てのようなものを着けた女性ーー豊聡耳 神子はマントを靡かせながら颯爽と舞い降りる。

 

「では、裏切り者の粛清をしようじゃないか」

 

 神霊廟の主にして青娥の元主人。裏切り者の粛清をするべく人里へと加勢を果たした。


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