東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十八話

 

 

 クセのあるダークグレーのセミロングに深紅の瞳をした小柄の少女――――ナズーリンは人里にて自らが使役するネズミたちを使い偵察任務を行っていた。本当は危険なことには関わりたくもないし、ネズミたちも危険な目に遇わせたくなかったが、主人に頼まれてしまっては仕方ない。

 

 ナズーリンの傍らには主人である金と黒が混ざった髪を持ち、頭上に花の飾りを着けた寅丸 星が何が起きてもいいように臨戦態勢で控えている。

 

「ナズーリンは今回の騒ぎどう思います?」

 

「どうって……それはどういう意味かな、ご主人」

 

 ナズーリンは星が戸惑っているようにも感じた。その理由もナズーリンは何となく気付いていた。何故、大尉たちがここまで戦いに拘るのか理解できていないのだ。

 

「周りの者まで巻き込み一大勢力を築き上げたのにも関わらず、何故、彼らは死地を作り上げようとしているのでしょうか? もっと平和的な解決策はなかったのでしょうか?」

 

 星の言葉にナズーリンは思わず溜め息がでそうになった。主人の手前、そんなことはしないが、ナズーリンは主人に対して甘いと思っていた。

 

「それは連中が狂っているからさ。狂った異常者に平和を説いたところで、馬の耳に念仏のようなもの。一人なら未だしも一大勢力全員に説くのは骨が折れる」

 

「しかし――――」

 

「いいかい、ご主人。連中はスペルカードルールを無視して殺し合いを望む異常者だ。ご主人の甘さは時に美徳ではあるが、今は非情に徹した方が身のためですよ」

 

 鬼気迫るナズーリンの言葉に星は口閉ざす。それでも、その表情はどこか納得していないようだった。ナズーリンは隠すことなく溜め息を吐いた。

 

 そして、ナズーリンの元に一匹のネズミが駆け寄ってくる。それは敵が来たという何よりの証拠。ネズミを手に乗せ、その内容に耳を傾けるナズーリンの表情が一変する。

 

「ご主人! 敵は外だけじゃなく、中にも来ている!」

 

「結界が破られたというのですか!?」

 

「邪仙が敵に着いたんだ! 白狼天狗が――――」

 

 ナズーリンが先を言おうとしたが、黒い布を纏った何者かがナズーリンと星に駆け寄って来たかと思えば、纏った布の下に隠していた大刀でナズーリンに斬り掛かる。

 

「くっ!」

 

 星が庇うように前に出ると槍でその一撃を防ぎ押し退ける。斬り掛かってきた相手は距離を取ると邪魔になったのか布を脱ぐ。

 

「流石は命蓮寺の手の者。易々とは殺らせてくれしませんか」

 

 隠しきれない殺意を纏った白狼天狗はナズーリンと星を見ると薄ら笑いを浮かべる。

 

「何が目的だ、下っ端天狗?」

 

「我らの目的は――――」

 

 白狼天狗の視界が一転する。何が起きたのかを考えるが、そんなことは視界に写った首から上が無い胴体を見てすぐに理解できた。そして、意識がなくなっていく。

 

 星とナズーリンは目を見開き白狼天狗の首を切り落とした者を見る。血飛沫を浴びながら幽鬼のように立つ少女には見覚えがある。

 

「……妖夢か?」

 

 それは確認にも近かった。自分たちの知る人物とはかけ離れた表情をする妖夢は二人を見ると一礼する。

 

「はい、魂魄 妖夢です。お二人にはお見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」

 

「その、君はそんな表情をする奴だったかい?」

 

 ナズーリンの問いに妖夢は首を傾げる。その意味をまるで理解していないようだった。その雰囲気は儚くも危なげで、放っておいたならば勝手に野垂れ死んでいそうなそんなものだった。

 

「その問いの意味が分かりません。では、私は急ぐのでこれにて失礼いたします」

 

「待て、妖夢!」

 

「何でしょうか?」

 

 星に引き止められた妖夢は不思議そうな表情を浮かべながら星の顔を見る。

 

「殺す必要はなかったんじゃないか?」

 

 そう問われた妖夢は顎に手を当て考えるような仕草を見せる。しかし、すぐにその仕草を止めると星に一歩近寄る。

 

「幽々子様が望まれたからです。それ以上の理由は必要でしょうか?」

 

 まるで言葉が通じない。まさか味方だと思っていた相手が異常者になっているとは予想もしていなかった。唯一の救いはまだ敵になっていないということだろう。

 

 一礼をして闇夜に紛れていく妖夢の姿を見送るとナズーリンは堪えてきた溜め息を吐き出す。あれにこそ、馬の耳に念仏が当てはまるのではないかと思えてしまう。白狼天狗以上に説得するのは厳しいだろう。

 

 思い詰めたような表情を浮かべる星を軽く小突くとナズーリンは真っ直ぐな目で星の顔を見詰める。

 

「ご主人が気に病むことなんてありはしないんだ。今は何も考えず、救える者を多く救おう」

 

「……そうですね。ナズ、ありがとうございます」

 

「気にするな、ご主人。これも従者の役目だ」

 

 さっきよりは断然ましな表情を浮かべている星に安心できたが、それ以上に不安要素が多い。頭を抱えたくなってしまう。

 

「ご主人、青娥はどうする? またどうせ碌でもないことしかしないぞ。現に、碌でもない状況だしな」

 

 侵入を許されてしまった以上に青娥がいるというだけで物事が駄目な方向にしか進まない気がしてならない。

 

「……青娥も気になりますが今は白狼天狗の鎮圧に専念します。ナズーリンは引き続き情報の収集をお願いします」

 

「情報なら既に集まってきてるさ」

 

 結界外での萃香と先代の戦闘、妹紅と天子の戦闘、浮遊する青娥の情報などネズミたちは随時、報告しに来てくれている。各場所で白狼天狗との戦闘が起きている報告も上がってきている。

 

「裏切り者には相応しい相手がいるものさ」

 

 とある人物の目撃情報が使役するネズミから伝えられ、ナズーリンはほくそ笑む。

 

 

――――――――

 

 

 大尉の指示通りに分散しては家屋を荒らし燃やし回っている白狼天狗たちだったが、奇妙な違和感を感じていた。人間に出会さない。出会したとしても、武器を持った男たちで、老人や女子供の姿が一向に見えない。

 

「いたか?」

 

「いや、こっちにもいない」

 

「連中、どこかに避難しているのか?」

 

 そんなやり取りをしている白狼天狗を青娥は上空から眺めながら結界に穴を空けていた。

 

 確かに、人里は静かすぎた。それこそ、攻めてくるのが分かっていたようにすら感じる。だが、あれだけの人数をどこにどうやって避難させたのか。

 

 一般人が何人死のうが関係などない。だが、妙な違和感を感じる。その正体は分からないがどうにも嫌な予感がする。

 

 先代と萃香の戦いを観に行こうと体を反転させた時だった。翡翠色の雷が青娥の足を掠める。奇妙なのは雷だというのに空からではなく、地面から青娥目掛けて上がってきたように見えたことだ。目に捉えた瞬間には既に足を掠めていた。

 

「思っていたよりも早い行動で驚きましたわ」

 

 雷が放たれた元を辿ってみれば、よく見知った顔が恨めしそうにこちらを睨み付けている。薄い緑色のボブの髪型に同色の瞳、頭には紐の付いた烏帽子を被っている。濃緑色のワンピースを着ているが彼女に覗かせるはずの足は見当たらない。その代わりに幽霊のような白い足のようなものが生えている。

 

 豊聡耳神子に仕える怨霊、蘇我屠自古は青娥を視界に捉えて放すことなく、翡翠色の雷を何の容赦も躊躇いもなく撃ち込む。

 

 主を裏切り、鞍替えした挙げ句に襲撃に加担するなど元同胞として許せるわけがない。ただひたすらに殺意のみを込めた雷だったが、青娥を射抜く前に進路を逸らされてしまう。

 

「恐ろしい、恐ろしい。しかし、貴女が出張って来るのは想定内。ならば、対策も講じやすいもの」

 

 屠自古がいくら雷を放とうが青娥には当たらない。一発目は掠めてしまったが、それ以降ならば仙術を以て対処できる。付き合いが長いだけあって、身内の者の対策も万全だ。

 

 雷を放つ姿が目立ったのか屠自古の元に白狼天狗が駆け寄り始める。怨霊と謂えど、妖怪の妖気の込められた武器で攻撃されては傷が付かないわけではない。

 

 だが、そんな簡単に殺られてしまうほど屠自古も甘くはない。駆け寄る白狼天狗を捕捉すると何の動作もなしに雷を走らせる。恐るべきは一本の雷が複数の白狼天狗を逃がすことなく射貫いていくことだ。

 

「これでは無駄に兵が消費されていくだけですわね」

 

 散っていく白狼天狗を見下ろしながら青娥は首を捻る。白狼天狗を心配しての発言ではなく、減っていく消耗品の心配をしているようだ。

 

「先代ちゃんもまだ鬼の相手で手一杯。天人も不死人の相手で満足していらっしゃる。幽香さんもルーミアさんも彼の護衛。……本当に人里を落とす気あるのかしら?」

 

 いくら何でも人里を攻め落とすにしては戦力が足らなすぎる。白狼天狗という数はあるが、個の力では足らない部分が出てくる。何故、全軍を以て人里を落とさないのかが青娥には腑に落ちない。

 

 語られた思想や計画が全てだとは思っていない。恐らく全てを知っているのは幽香とEXルーミア、通訳の影狼だけだろう。だが、それでも青娥は大尉たちに味方する。お互いがお互いに利用できている間は同盟関係にあるのだから。

 

 雷を放っていたはずの屠自古の姿が見当たらない。自分に雷が効かないと分かり、白狼天狗の数を減らすことに専念したのかと考えたが、その考えも一瞬にして捨て去る。

 

「青娥ァァア!」

 

「声を上げては不意打ちの意味はありませんわよ?」

 

 気付かれぬように青娥の背後へと回っていた屠自古が雷を帯びた状態で捕らえようとする。だが、青娥にとっては何のこともない。況してや、声を上げての不意打ちなど不意打ちですらないだろう。

 

「人手が足りなくて困っていますの。屠自古さん、手伝っていただけませんか?」

 

「あっ――――!?」

 

 隠し持っていた札を取り出すと雷を無視して屠自古の顔へと貼り付ける。札の効果なのか帯びていた雷が消滅すると屠自古の動きも止まってしまった。

 

「ふふふ、ありがとうございます、屠自古さん。快く受け入れてくれて大変助かりますわ」

 

 邪悪な笑みを浮かべて屠自古の手を取る青娥に屠自古は何の反応も示さない。

 

「では、敵の殲滅をお願いいたしますわ」

 

「……アァ」

 

 札を貼られた屠自古は青娥の命令を受けると地面へと降りていく。普段からは考えられない状況だが、札の効果なのか青娥の命令に素直に従っている。

 

 青娥が屠自古に貼った札には、そういう効果があるのだ。対怨霊に特化した効果を持ち、貼られた者は青娥に逆らうことが出来ずにその支配下に置かれてしまう。神霊廟に所属していた頃からいつか使えるのではないかと用意していた札だ。

 

「……私の術を破って雷を当ててくるなんて」

 

 札を貼る一瞬、雷を帯びた屠自古に触れたがその際に火傷をしてしまっていた。術があるからと触れてしまっていたが、それを上回る威力を持った雷に思わぬ反撃を受けてしまった。流石は元同胞と称賛を贈りたい気持ちだ。

 

 

――――――――

 

 

 結界の外。先代と萃香の戦闘は苛烈さを増していく一方であった。読み合いも何もない、ただ純粋な殴り合いなのだが、鬼と先代との殴り合いは周りの被害が尋常では済まない。

 

 風景が一変してしまっている。整備された道も地面も木々も全て皆平等に抉られ、砕かれ、折られてしまっている。先代と萃香の戦闘しているその辺りだけまるで世紀末を感じさせる風景だ。

 

「おらぁっ!」

 

 部分的に巨大化した萃香の拳が先代へと叩き込まれようとするが、先代も負けじと拳で応戦する。ぶつかり合うお互いの拳は無事では済まないが、すぐさま再生していく。

 

 萃香は先代の頭のお札を剥がせば戦いが終わると考えていた。正直、もう暫く戦っていたいが、白狼天狗が人里に侵入されてしまった以上は終わらせるしかない。

 

 萃香は『密と疎を操る程度の能力』だ。それは密度を自由自在に操り、高熱を帯びたり、霧になれたりする。自身の体を部分的に巨大化させたのも彼女の能力の応用だ。

 

 霧化し先代の顔へと急接近しようとする。流石の先代も霧は殴れまいと考えての行動であったが、先代の拳に何かよく分からない力が溜まっていくような感じがすると萃香は霧ごと殴られていた。

 

「――――ッ!?」

 

 何故、殴られたのかすら分からないまま実体化すると萃香は血反吐を地面に吐き捨てる。難しいことを考えるのは面倒だ。今は霧化しても殴られるとだけ理解していれば十分だ。

 

「あはははは! こんな出鱈目な奴は初めてだ!」

 

 楽しそうに笑う萃香の頭の中から既に人里のことなど抜け落ちていた。殴られた衝撃のせいではない。そんなことを考えるよりも、眼前に立ち塞がる相手のことを考えていたい。

 

「■■■■■■■■!!」

 

 萃香の昂りに呼応するように先代も吼える。それが先代としての意思なのか、キョンシーとしての意思なのかは分からないが、萃香にとってはそれで満足だった。

 

「さぁ! 殴り合おう! 殺し合おう! 楽しもう!」

 

 萃香の表情はとても楽しそうだ。それはもうとても楽しそうだ。だが、その楽しそうな表情を見ても、周りからすれば餌を前にした獰猛な獣のようにしか見えないだろう。

 





明けましておめでとうございます。

屠自古さんマジ即堕ち2コマ

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