東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十七話

 

 

 伊吹 萃香は楽しんでいた。一人結界の外に出たのも、向こうの先陣を任されているであろう強者に興味があったからだ。

 

 白狼天狗など強者の内にも入らない。移り変わる支配者に尻尾を振り続けるだけの犬だ。そんな犬にも躾が必要だと考えている。その対価を命をもって払ってもらわなければ、鬼の躾の代金には釣り合わない。

 

 白狼天狗の武装集団が迫ってきている。鬼にとってはたかがそれだけである。だが、白狼天狗の遠吠えとは別に獣のような咆哮が萃香の耳を劈く。

 

 何者なのかはこの際、関係はない。白狼天狗に混ざって強者が向かってきていると分かれば萃香にとってはそれで満足だ。

 

 完全武装した白狼天狗の一陣が視界に入る。相手が萃香だと分かっていても臆することなく進む姿は評価に価するが、それだけで萃香をどうにかできるわけではない。

 

「久し振りだな、下っ端天狗! 遊ぼうぜ!」

 

 その場で地面を拳で砕くと手頃な岩を片手で持ち上げる。そして、そのまま向かってくる白狼天狗に挨拶代わり程度に投げ付ける。恐ろしいのは、その投げ付ける速さだ。その速さは白狼天狗では捉えるものではなく、声を出す間もなく数人が岩に潰される。

 

 だが、白狼天狗は止まらない。潰れた仲間から使える武器を拾うと真っ直ぐ人里へと駆ける。萃香はその様子を見て、感心していたようだった。

 

 それはそれとして、萃香は二発目を投擲する。これで数が多少は減らせるだろうと考えていた萃香だったが、投擲された岩が何者かによって砕かれたのを見て、その認識を改める。

 

「■■■■■■■■■■■!」

 

 岩を打ち砕いた先代は萃香の姿を認識すると白狼天狗を乱暴に押し退けながら突進していく。自分が待ち望んでいた相手が先代であると分かると萃香は声高らかに笑う。

 

「噂に名高い先代の巫女――しかも、死体が来るとは思ってもみなかった! 連中、予想以上に外道じゃないか! さぁ、喧嘩しようじゃないか!」

 

「■■■■■■■!」

 

 手加減なしの萃香の拳と勢いに任せた先代の拳がぶつかり合う。その衝撃だけで地面は砕け、轟音が鳴り響く。幸い、結界は無事のようではあるが、これが好機と見た白狼天狗が萃香を避けて結界に群がっていく。

 

「させるか、馬鹿!」

 

 白狼天狗に向かって地面を蹴飛ばそうとした萃香だったが、その足を先代に掴まれ、逆さ吊りにされる。ミシミシと肉と骨が潰されそうになるのを萃香は表情一つ変えずに空いた片足で先代の顔に蹴りを叩き込む。

 

 一瞬、先代が怯むが掴んだその手を放す様子はない。だが、怯んだ隙を狙い萃香は先代の腹へと拳を叩き込む。逆さ吊りにされているとは言え、鬼の拳には違いない。先代を吹き飛ばすには十分なものだった。

 

 ただ、先代も先代だ。萃香の拳を叩き込まれ、吹き飛ばされたのにも関わらず、地面に背中が着くことなく着地すると萃香へと駆けていく。

 

「流石、いやー、流石だ。足が潰されちまった! 雑魚なんて相手してる暇がない!」

 

 結界を破ろうとする白狼天狗の群れを相手にしていては先代を相手にできない。分体を作ろうにも、その妖力が勿体ない。というより、余裕はない。

 

 結界に関しては早苗たちのことを信じるしかない。萃香自身も簡単に破れるものではないと知っている。白狼天狗だけでは、突破するのは無理だろう。白狼天狗だけでは――――。

 

 

――――――――

 

 

 妖怪の山へと昇っていた霊夢の表情は静かなものだった。だが、その心の内は穏やかではない。今にも爆発しそうな怒りを向けるべき相手へと抑えているだけだ。

 

 そんな霊夢の前にその行く先を遮るように優雅に浮遊する存在がいた。日は沈んだというのに日傘を差した妖怪は霊夢の姿を確認するや霊夢に向かって頬笑んだ。

 

「いらっしゃい、霊夢。残念だけど、お引き取りを願うわ」

 

 霊夢にとっては幽香も怒りの矛先を向けるべき相手だ。だが、小者に構っていられるほど霊夢に余裕はない。叩くべきは大元だ。

 

「……素直に引き返すとでも? それとも、何か都合でも悪い?」

 

「いいえ、私たちは何の都合も悪くはないわ。むしろ、大歓迎――――と言いたいところだけど、彼がまだ貴女と戦うのを渋っているのよ」

 

 やれやれと大袈裟なリアクションをしながら幽香は呆れたように溜め息を吐く。霊夢としては大尉が渋る理由が分からない。何故、ここまできて戦うことを渋っているのか。戦いたいだけのイカれではなかったのか。

 

「まだ戦火が広がってないんですって。こんなちんけな山だけじゃ満足してないみたいよ。その証拠に、今、この瞬間、人里にも戦火が広がり始めたわよ」

 

 人里の防衛態勢を知っている。それこそ、早苗や命蓮寺の勢力が持てる限りの能力を使って結界を張っているはずだ。そして、萃香や聖といった最大戦力もいる。そう易々と破られるものではない。

 

「その顔は信じていないわね。でもほら、私たちって貴女が思っているより外道で非道よ?」

 

 一抹の不安が過る。霊夢の勘が告げている。焦りが表情に出ていたのか、霊夢の姿を見て、幽香は口角を歪ませる。

 

「あら、やっと表情が変わったわね。その顔の方が私好みだわ。ほら、始まった」

 

 幽香は霊夢に顔を向けずにとある風景を眺めながら狂気に笑みを歪ませる。幽香が見ている方向へと霊夢も顔を向ける。何故か夜だというのに人里が明るい。空が明るいのではなく、その原因が何かが燃えているからだと理解するのに遅くはなかった。

 

 人里内から上がる何本もの黒煙は幽香の予想通りであり、霊夢にとっては予想外の出来事だった。結界がどうして破られたのか、早苗や萃香がどうなったのか、茫然と眺めながらも霊夢は考えていた。

 

 だが、敵を前にただ立ち尽くすのは愚行だった。茫然としている霊夢の前に霧が現れたかと思うと怨敵へと姿を変え蹴りを叩き込まんとしていた。

 

「た――――」

 

 霊夢が何かを言いかけたが大尉は無視して霊夢に対して蹴りを叩き込み地面に突き落とす。地面との衝突で木々は倒れ、土埃が舞い上がる。霊夢が向かってくる気配はない。

 

 大尉は再び霧になると上空へと昇っていく。幽香は首をその目的が分からず首を傾げるが、遥か上で実体化した大尉の姿を見て、その意味を理解する。

 

「あぁ、貴方も眺めたかったのね」

 

 実体化した大尉に飛行能力はない。跳ぶことはできても飛ぶことはできない。霧化すればその限りではないが、折角の景色を大尉は実体化したその眼で見たかった。上空からなら分かる人里に炎で刻まれた鉤十字の印を大尉は見たかっただけだ。かつて、ロンドンの街で少佐が描いたものとは比べようもなく小さいが、それを見るだけで確かに自分が存在していると実感できる。

 

 重力に従い落下していくが鉤十字が見れて満足したのか、大人しく落ちていく。森へ落ちる間際に霧化し、衝突を避けると幽香の近くの木の天辺で実体化し器用にも片足だけで着地する。

 

「満足かしら?」

 

 幽香の問いに大尉は肯定の意味で頷く。幽香には鉤十字の意味は分からない。況してや、大尉が何故、鉤十字に拘ったのかも分からない。だが、大尉が満足しているならば、それは結果としては良いのだろう。

 

「あの子は素直に帰るかしらね?」

 

 地面へと落ちていった霊夢がどうするかは分からない。このまま激情に任せ襲ってくるかもしれない。願わくは、来る決戦に備え帰っていってもらいたい。こんな前哨戦で終わってしまうのは勿体ない。

 

 戻っていく大尉を見送り、幽香は霊夢が落ちていった方を見る。

 

「……何て言おうとしたのかしら?」

 

 それは霊夢本人にしか分からないだろうか、幽香はどうしても気になって仕方がなかった。

 

 

――――――――

 

 

 時刻は少し遡る。先代と萃香が衝突を始める直前。天子と青娥は白狼天狗の大隊を従え、萃香がいる場所とは真逆の結界の前にいた。

 

「はい、皆さま、ご注目! ここに如何にもな結界が張られていますがお分かりになられますでしょうか? 分かりますよね? 白狼天狗では決して破ること敵わない結界でございますので下手に触らないでくださいね」

 

 結界を前に青娥は楽しそうに髪に刺さっていた鑿に手を掛ける。結界越しに人里の様子が探れるが、雑多な武器を持って抵抗しようとする人間しか目に入らない。恐らく、自警団に属する者なのだろう。

 

「こんな厳重な結界が張られてしまっては、攻めようにも攻められません。ですが、ご安心ください! 私の能力に掛かればこんな結界――――無いに等しいですので」

 

 青娥が鑿の先端で結界の上に円を描いていく。すると、円の内側の部分だけ結界に大きな穴が空いていく。三人は余裕で入れるだろう大きさの穴から白狼天狗が雪崩れ込んでいき、蹂躙を開始していく。青娥は少し移動をすると同じように穴を何個も空けていく。

 

 彼女の『壁をすり抜けられる程度の能力』は今、この場においてその本領を発揮していた。結界など所詮は邪魔な壁でしかない。ならば、青娥がすり抜けられない訳がない。

 

 結界があるからと安心していた自警団たちの表情が恐怖へと変わっていく。ほとんど実戦経験がなくまともな武器もない自警団が白狼天狗の戦闘部隊に勝てる道理がない。

 

 結界付近にいた自警団は逃げる時間すらなく、白狼天狗に惨殺されていく。そもそも、武装した妖怪を相手に一般人が勝てるはずがない。青娥は何故、自警団が結界付近にいたのかを考え、すぐにその答えを導きだす。

 

「彼らは見張り。ならば、もうバレていても仕方のないこと。白狼天狗の皆さま、手はず通りに、彼の望むままに、焼いてしまいなさいな」

 

 青娥の一声に白狼天狗たちが一斉に動き始める。夜に白装束では目立つためか黒のローブを纏い、人里へと素早く散開していく。

 

「天人様は動かなくてもよろしいので?」

 

「私? 強そうなのが来たら適当に相手しとくわ」

 

 そう言って要石に乗りながら人里へと入っていった天人だったが、その行く手を突如として出現した炎の柱が阻む。

 

「おいおい、手前らもそっち側かよ」

 

 片手に炭化した白狼天狗を引摺りながら現れた妹紅は天子と青娥の姿を見て、その表情を怒りへと変えていく。

 

「これはこれは藤原様、どうかなさいましたか?」

 

「邪仙! 手前、主人を変えやがったのか!? それとも連中もグルか!?」

 

「いいえ、太子様は無関係ですわ。私は私の意思で彼らのお手伝いをしていますの」

 

 炭化した白狼天狗を投げ捨て、妹紅は両手の指先から火球の弾幕を青娥と天子に放つ。青娥は最低限の動きのみでそれを避けるのに対し、天子は要石を盾代わりにし、その後ろで退屈そうな表情を浮かべていた。

 

「こいつ、死なない奴よね? 相手にするだけ無駄じゃない?」

 

「んだと! 焼くぞ、クソ天人!」

 

「じゃあ、適当に潰されてろ」

 

 天子の能力により盛り上がった地面が妹紅を囲み迫ってくる。焼いても焼いても迫ってくる意味がないと悟るや、飛んで上から脱出しようとするも天子が盾に使っていた要石が唯一の脱出口を塞がんと落ちてくる。

 

「この――――!」

 

「潰された状態でどうやって復活するか見物だけど、今じゃなくていいわ。ちょっと煩いから黙ってなさい」

 

 何か潰れたような音がしたのを確認すると天子は要石に乗り、人里の中心部へと向かおうとする。だが、そうもいかなくなった。

 

 天子が乗った要石目掛けて、封をしたはずの要石が爆炎の勢いとともに飛ばされてきたからだ。要石同士が衝突し、バランスが崩れた天子が地面に落ちると、その顔面に炎を纏った靴の裏が叩き込まれる。

 

 妹紅のヤクザキックを受けた天子は仰け反り、妹紅を睨み付ける。その顔には足の跡はあるものの、火傷もしていなければ、血の一つも流していない。

 

「はっ! ざまあねぇな、天人崩れ! あんなんで私を止めれるわけねぇだろ!」

 

 どこか自信満々な妹紅の姿は癪に障るものの、先程まで妹紅を閉じ込めていた場所を見る。赤く焼け爛れた地面はまるでマグマのようだった。潰され、復活の際に周りの地面ごと焼き尽くし、そして、勢いに任せ要石を飛ばしたのだろう。

 

「アッハハハ! そうよね、そうだったわね! いいわ、最初の相手はあんたで我慢してあげる! お互い楽しみましょう!」

 

「泣いて許しを請うても、私は手前を焼き尽くすからな! ここまでされて投降はさせねぇぞ!」

 

「私は私が満足するまで楽しむから! 投降なんてするわけないでしょ、バーカ!」

 

 完全に頭にきていた妹紅は今、この瞬間までもう一人の存在が抜けてしまっていた。天子との戦いに身構えたところで、妹紅は辺りを見回す。

 

「……邪仙はどこいった?」

 

「さぁ?」

 

 ニンマリと楽しそうに口角を上げる天子は本当に青娥がどこにいったのかを知らない。人里に入れば、別行動というのは事前に決まっていたことだったので興味もない。

 

「あんな腐れ仙人放って置きなさい! 今は私とあんたの戦いよ!」

 

 見慣れない小さな武器と刀身が紅く燃えるような剣を両手に携えた天子が妹紅に声高らかに吼える。天子は今、この瞬間が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 

 

――――――――

 

 

 地面へと落ちていった霊夢は起き上がると外傷がないかどうか確認する。ほぼ無意識だったが、蹴られる直前に自分に結界を張ったのが大きかったのだろう。否、手加減をされたのだろうと霊夢は考える。本気で大尉に蹴られていたならば無事では済まなかっただろう。何故か、大尉は自分に固執している。その理由は分からないが、理解する必要もない。

 

 ここに来て霊夢の中での優先順位が傾きかけていた。大尉を倒せば終わるものだと思っていたが、どうやら違うようだ。ここで大尉を倒したとしてもその時間で人里の被害が大きくなってしまう。

 

 そもそも、大尉を倒して他の連中が止まるとも思えない。倒すならば、大尉に与する者を全て倒さなければならないだろう。

 

「今は人里に向かうのが先決ね」

 

 幸い、追撃を掛ける様子もなく、霊夢は忌々しい表情をしながら空を見る。

 

「勘が外れたのなんて何時振りよ」

 

 自分がかつて言った通りにいかなかったのが非常に腹立たしいが、今は人里に向かうのが吉と勘が告げている。宙を飛んでいては、余計な者に見つかるかもしれないと踏んだ霊夢は人里へと疾走していった。


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