東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十六話

 

 砦付近では、未だ先代と天魔が対峙していた。恐るべきは天魔のその体力だろう。人間ならばその一撃で死に、化物でも一撃で死ぬ可能性がある先代の拳を何度も耐え抜いていた。

 

「……これまで、か」

 

 だが、これまで戦い続けていた天魔が膝から崩れ落ちていく。砦の外で戦っているのは天魔と数人の天狗だけだったが、天魔が倒れたことにより他の天狗の戦意が喪失されていく。

 

 傷付いた天狗たちは砦に篭っている。特に大尉たちがそれを追う場面もなく、白狼天狗たちもそれに倣っていた。あまり殺しすぎると密約を結んだ相手から何をされるかたまったものではない。故に大尉は適度に殺し、適度に生かす。

 

 標的がいなくなった先代が動きを止める。天魔から生きている気配がしなくなり、次の命令が下されていない先代が活動を停止するのは当たり前のことだ。全ては思うがままにことが進んでいる。

 

「おかえりなさい」

 

 上機嫌な青娥に対して、先代キョンシーの出来栄えのことで称賛を贈りたかったが通訳がいない。まだ幽香が持っているのだろうかと考えていると日傘だけを持った幽香が何故か不機嫌そうに足取り軽く現れる。

 

 通訳がいないので仕方なく大尉はその場で青娥に向けて拍手を贈る。本当は言葉にして伝えたいが喋れない上に通訳がいない。通訳がいない理由を幽香に訊きたかったが、通訳がいないので伝えられない。

 

 どうしたものかと考えていると不機嫌な表情を浮かべたEXルーミアが何処からともなく姿を見せる。文を仕留め損ねて気が立っているのだろう。やはり、影狼を連れてはいない。

 

 この場において大尉のことをよく知っているのは一番付き合いの長いEXルーミアだけだ。だが、EXルーミアは大尉の顔を見ようともせず、八つ当たりなのか烏天狗の亡骸を何度も刺突している。

 

 幽香は察していた。自分が持っていた影狼がいなくて大尉が伝えたいことがあっても伝えれないことを。自分の行動を思い返してみるが、つい楽しくてどうしてしまったのかを覚えていない。こちらを大尉がまじまじと見詰めてくるが、幽香は目を逸らすことでそれを回避する。

 

 河童たちに改造させた武器を天子が持ってきていないのも気になる。あってもなくてもいい品物ではあるが、天子に何かあったのではないかと考えさせられる。天子の所在を知っているであろうEXルーミアはそれどころではない様子だ。

 

 通訳がいないとこんなにも不便なものだったのか、と幻想郷に来てすぐの頃を思い出す。EXルーミアと二人だけだった時は意思を伝える手段がなく、苦労したものだ。改めて、通訳兼捕虜の影狼のありがたさを実感する。

 

 代役が見つかればそこまでだ。白狼天狗の中に影狼と同じように自分の意思を汲める者がいれば、そっちに任せればいい。そうなると影狼は――――。

 

「キョンシーにでもして、あなた様の隷属とします? キョンシーはいいですわよ。素直ですし、裏切りませんし、邪魔なときは簡単に壊せれますし。あのワンちゃんもキョンシーにして、通訳専用にしちゃいませんか?」

 

 青娥の案を聞いて、大尉は案外それでも悪くはないかと思ってしまった。隙あらば口喧しくキャンキャン吠える通訳よりも寡黙な方が大尉としてはありがたい。

 

「私は絶対キョンシーなんかにならないからね!?」

 

 切羽詰まったような声のした方に顔だけ向けると今までどこかに行っていた影狼が息を切らしながら戻ってきていた。その影狼の後ろには大きな袋を肩に担ぐ椛の姿もある。

 

「あら、それは失礼。でも、飼い主がそれでも大丈夫って言ったらどうかしたら?」

 

「うぇ!? そ、そんな酷いことしないよね? ね?」

 

 大尉の意思を読み取ろうとしても何故か隠される。意図的に伝わらないようにしてくる。影狼は大尉まで駆け寄るとキョンシーにはしないでください、と懇願する。大尉は影狼の頭に手を乗せると荒々しく撫でる。決して、頭ごと首を捻ったりはしない。決して、頭を握り潰すなんてこともしない。

 

 そして、一人やって来た椛の方に顔を向ける。

 

「我らは数が多いので代表者として、私が大将殿に挨拶をしに参りました。影狼殿はここに来る途中拾ったので保護いたしました。それと河童からの荷物を届けに」

 

 数が多い白狼天狗が一同に集まるとそれだけで邪魔となる。勝手ではあるが、白狼天狗を山に分散させ、山を見張らせている。影狼に関しては大尉たちの元に向かう最中に茂みに頭から突っ込んでいたところを保護しただけだ。

 

 椛は袋に括り付けていた銃を大尉に渡すべく近付く。若干、EXルーミアと幽香が警戒の色を示しているが、大尉は問題ないと手で制す。

 

「……河童たちからの服従の印でございます。どうかお納めください」

 

 椛から二丁の銃を渡される。使いなれた武器というのはよく馴染むものだ。だが、銃弾が入っていないのか軽く感じられる。物は試しと真上に向かって引き金を引く。乾いた発砲音が鳴り響く。だが、銃弾が放たれたようには思えなかった。まるで、別の何かを放っているような気がする。

 

 天子に遮られ説明は出来なかったが、河城にとりは銃の唯一の弱点である銃弾の存在の克服に成功させていた。幻想郷には様々な力で溢れている。それは時に魔力、妖力、気、巫力と呼ばれ、身近にありながらも謎の多い力だ。にとりはそれに目を付けた。弾幕ごっこに用いられるスペルカードは個人の持つ力が大きく作用している。にとりは大尉の銃を一枚のスペルカードと見立て、所有者の力を吸収し弾を発射させるという機構をマガジンの代わりに造り上げた。幸い、似たような武器を河童たちは一から造り上げたことがあり、ゼロからのスタートではなかった。

 

 元々は、にとりが弾幕ごっこに使おうと改造していたので殺傷力は皆無に等しかったが、椛が人質に捕られていると分かるや死物狂いで殺傷力を最大まで引き上げた。そんな苦労など大尉が知るわけがない。

 

 何はともあれ使えるのならば使うまでだ。撃たれて死ぬような者がいれば、所詮はそこまでの者だ。本気で戦うに値しない。

 

「それとこちらは手土産です」

 

 椛が乱暴に袋を地面に降ろし、血の匂いが漂うそれを袋から取り出した。

 

「烏天狗――――射命丸 文の亡骸です」

 

 右翼と首から上のない烏天狗の死体を見て反応したのは仕留めきれなかったEXルーミアだった。見付け次第、自分の手で殺してやろうと決めていたのが、まさか雑魚と馬鹿にしていた白狼天狗に殺されているとは思ってもみなかったのだ。

 

「オイオイ、他人の獲物とってくれてんじゃねェぞ、あァ?」

 

 睨み付けてくるEXルーミアに対して、椛は黙って睨み返す。その態度が気に食わなかったのか椛に詰め寄ると首筋に大剣を突き付ける。

 

「調子乗ってんじゃねェぞ。ちょっと間ァ空いただけで随分な態度じゃねェか」

 

 大尉が止めようとするも、その前に幽香がEXルーミアの背後に回り、その肩に手を置く。

 

「苦戦したからって八つ当たりはよくないわよ」

 

「あァ!?」

 

「烏天狗一羽相手に逃げられそうになった貴方の後始末をしてくれたんだから感謝しないと。ワンちゃんが責められる謂われはないわ」

 

 力任せにEXルーミアを退けると今度は幽香が椛の前に立つ。その表情はEXルーミアと違い、穏やかそうに見えるが逆にそれが恐ろしい。

 

「尻拭いご苦労さま」

 

「……ありがとうございます」

 

「気になることがあるんだけど確認してもいいかしら?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「何故、首がないのかしら?」

 

 反応を確かめるような質問に椛は表情一つ変わらない。てっきり、適当な烏天狗の死体を持ってきたのだと思ったが、この反応はそうではないらしい。

 

「私を疑っている、という認識でよろしいですか? だとすれば、何か献上しようと働いたのに心外ですな」

 

「首はどうしたのか、と訊いてるだけよ」

 

「首なら埋めました。一応、あんなのでも私の上司でしたので、僅かながらの情を掛けたまでです」

 

 鼻が利く大尉が文の亡骸の匂いを確かめるが、血の臭いや人間の匂いが混ざり文個人とは判別できない。そもそも、大尉は文の匂いを知らない。こんな小さなことで椛を失うのは惜しいと考えた大尉は影狼に意思を伝える。

 

「烏天狗の一羽二羽で争うなって言ってます」

 

 それが大尉の意思ならば仕方がないとEXルーミアも幽香も引き下がる。やれやれと首を傾げ呆れたような素振りをする椛に大尉は手を差し伸べる。

 

「歓げ―――」

 

「歓迎していただき、誠、嬉しく思います。我ら白狼天狗、これより大将殿にお仕えいたします。何なりとご命令ください」

 

 影狼が言い切るよりも前に椛が跪いて大尉の手を取る。大尉はもしかしたら、と思い影狼ではなく椛に感謝の意思を伝える。

 

「はっ! ありがたくそのお言葉頂戴いたします!」

 

 影狼は間の抜けた表情をして大尉と影狼を交互に見る。椛が大尉の言葉を理解したように見えた。現に、大尉は椛に感謝の意思を示していた。自分以上に従順で戦闘能力のある通訳ができてしまったことになる。このままでは自分の身が危うい。

 

「ま、まさか、私は用済みなんて言わないよね? ゲロ吐くまで頑張ったんだよ? 短いけど深い付き合いじゃないか!」

 

 影狼の中で「用済み=死」の方程式が思い浮かんでしまう。事実、そうなのだ。ここは何とかしても大尉の通訳の場所を守らなければならない。ニタリと青娥が笑って見ているが、そんなものは見えないふりだ。

 

 大尉としても悩みどころではある。通訳は多いにこしたことはない、と思う反面、戦闘能力皆無の通訳よりも軍勢を率いれる通訳の方が使い勝手が良いのではないかと思っていた。

 

 表情には出ていないが、大尉が悩んでいるというのを影狼も察したのかその足にしがみつき泣きじゃくる。

 

「うえぇぇぇえ! 用済みなんて怖いこと言わないでおくれよぉぉお!」

 

 全てに濁点が付いていそうにすら思える絶叫に耳を塞いでしたくなる。必死な影狼の姿を見て、気まずそうに頬を掻く。

 

「いやはや、大将殿の意思は分かれど影狼殿のように精密には分からないのです」

 

 大まかにしか大尉の意思が分からない、と口にする椛は影狼を庇っているように思える。大尉としては、時には精密な指示を出したいと思っている。ならば、影狼を殺す理由はなくなった。

 

 そんなことよりも気になることがあった。文の亡骸から微かに残っていた人間の匂い。その匂いを大尉が忘れるはずかない。自分が認めた人間。自分が認めた好敵手。殺すに値し、殺されるに値する戦争相手。まさか、文と接触していたとは思わなかったが、何もかもが楽しく思える。

 

 きっとすぐそこまで来ているのだろう。だが、それはとてもつまらない。戦争はこれからなのだ。思う存分、殺したり殺されたりしなければならない。大尉の嬉しそうな感情が意思として二人に伝わっていた。

 

 山の各地から遠吠えが響く。椛はこれが侵入者を告げる遠吠えであることを知っている。こんな時に侵入してくる者など大尉の思い描いた人物しかいない。

 

「え、人里に攻め込むだって? このタイミングで? 分かったよ! 伝えるから! 伝えますからまだ殺さないで!」

 

 椛には攻め込むぞ、くらいにしか分からなかった大尉の意思を影狼はまるで会話をしているかのように受け答えする。慣れというのは恐ろしいものである。

 

 大尉から命令が下る。先代キョンシーを人里に向けて突撃させ、それと同時に人里に大地震を起こす。そして、混乱したところを白狼天狗の軍団が攻め入らせ人里を蹂躙させる。

 

 だが、大尉は忘れていた。影狼がいないことですっかり頭から抜けていた。天子の存在がないことに気付く。

 

 途中まで一緒にいたであろう椛に天子はどこだ、と簡潔に思いを伝える。困ったような表情を浮かべる椛に大尉はそれとなく察した。

 

「いえ、その、実はですね――――――」

 

「なによ、もう終わっちゃったわけ? 私まだ暴れてないんだけど? 折角の武器試せれないんだけど?」

 

 ふわふわと浮く要石に胡座をかいて乗りながら現れた天子に悪びれた様子はなく、大尉に文句を言っている。その手には大尉の銃よりバレル部が短い銃が握られている。これが元の形なのだろうと見た者は思った。

 

「これ? 河童が造った試作品らしいわ。形を真似て造ったらしいんだけど、材料が足りなくて私の分と加えて後三つしかないからあんたらで分けなさい」

 

 河童の技術力に大尉は驚かされていた現物は与えたが、まさかそれだけで試作品なる物を造り上げて実戦に投入させれるまでに至るとは思ってもみなかった。彼の大博士と馬が合いそうだ。

 

「試作品だから銃の方がもたないとか言ってたわ。知ったこっちゃないけど」

 

 実際、五発までしか撃てない。それ以上、撃とうとしても銃の方が耐えきれずに自壊してしまう。果たして、それが本当なのか、仕様なのかは河童しか知らない。

 

 大尉は誰に持たせるか考える。幽香の方に目線を向けるが、そんな欠陥品に用はないと言っているように思える。撃たれた経験のあるEXルーミアは興味すらなさそうだ。青娥に至っては首を横に振っている。どうやら誰も彼も銃に魅力を感じていないみたいである。

 

 影狼に銃を取りにいかせると、そのまま一丁を影狼に持たせ、残りの二丁の椛に持たせることにする。今の今まで自衛の手段が少なかった影狼に初めて護身用の武器が渡された。

 

 そして、軍団は揃った。霊夢の足止めをしている数人の白狼天狗を除き、幾多の白狼天狗の気配が集まっているのを付近の森の中から感じる。大尉は影狼と椛を通して命じる。

 

「今が攻め時である」

 

「諸君らを蔑ろにした山は落ち、邪魔する者は山の下にしかいない」

 

「人間に恐怖を植え付けろ」

 

「我ら狼の遠吠えを聴くだけで悲鳴が上がるまで殺し、嬲り、侵し、蹂躙しろ」

 

「邪魔する者は根絶やしにしろ」

 

「今が時である! 今が戦争の時である! 行け! 征け! 逝け! 我らの敵を根絶やしにしろ!」

 

 白狼天狗が一斉に吠え、山を降っていく。その先にあるのは人里だ。椛もそれに続こうとしたが大尉に手で制される。どうやら、大尉の目の代わりを頼みたいようだ。

 

「青娥、天子、好きに暴れろ。先代に先陣を切らせろ」

 

 青娥と天子がこの時を待っていたと謂わんばかりに動き始める。その表情は実に楽しそうだ。命令が下された先代は獣の如き雄叫びを上げると人里に向かって真っ直ぐ突き進んでいく。

 

 天子は各地で局所的な地震を引き起こしていく。博麗神社、命蓮寺、迷いの竹林、人里、思い浮かんだところ全てに地震を起こす。椛が人里の様子を確認するが、被害が見当たらない。住民もどこかに避難しているようだ。

 

 人里の地中にまで張り巡らされた結界は急造されたものだ。紅魔館が地中からの攻撃を受けたと聞いた慧音が無理を言って破戒僧や早苗に頼んだものだ。

 

 人里への地震が失敗したことを覚ると、忌々しそうな表情を浮かべながら天子は要石に乗り進軍を開始する。常に人里に向けて地震を起こしながら。そして、それに釣られるように青娥も移動を始めた。

 

 椛は人里の外に誰かが立っているのを視る。一人ではなく三人だが、どれも同じ背丈をしている。そして、特徴的なのは頭から生える猛々しい二本の角だ。

 

「萃香様――――鬼が人里の外で守備しています!」

 

 しかも、三人に分かれた状態で攻めてくるのを今か今かと待ち受けている。白狼天狗だけでは勝目はない。だが、白狼天狗だけではないのだ。先陣を駆けるのはただ者ではない。

 

 先代ならばどんな障害も叩いて潰すことが可能だろう。問題はなく、進軍を止める気はない。

 

「ルーミア、幽香、博麗の巫女を追い返す。決して、殺してはならない。人里まで後退させる」

 

 今はまだお呼びではない。こうも早く来られてはつまらない。大尉、EXルーミア、幽香の三人は霊夢を追い返すべく行動を開始する。勿論、通訳を二人連れてだ。


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