東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十五話

 

 狼の咆哮は人里にも響き渡っていた。大尉とEXルーミアの人里への襲撃の一件から人々は恐怖を駆られていた。普段は静かな妖怪の山がまるで一つの生物のように雄叫びを上げている。慧音と妹紅は山の方角を睨み付けたまま動きを止めている。

 

「まさか、連中か?」

 

「あの夜聞いた狼のものと一緒だ。だが、何故、ここまで数を増やしている!」

 

「……白狼天狗か?」

 

 妹紅が思い浮かべたのは妖怪の山の下っ端天狗の集団だ。幻想郷にいる狼に関連のある化物は影狼を除けば、白狼天狗しかいない。どういう経緯で人狼に付いたのは分からないが、脅威であるのは間違いない。

 

「白狼天狗の大半が敵になった、と思った方がいいだろうな」

 

 慧音は最悪のパターンを想定する。人狼一派と白狼天狗が人里に攻め入り、蹂躙するというあってはならない事態。そんなことがあってはならぬように助っ人は用意してある。

 

「……」

 

 少し離れたところで頭の左右からねじれた二本の角が生えた小柄な少女のような形をした化物は瓢箪に口を付けたまま妖怪の山を睨み付けている。少女の表情は人を寄せ付けないほど怒気に満ちている。

 

「す、萃香、大丈夫か?」

 

 伊吹 萃香。妖怪の山の元支配者。幻想郷最強の種族の一つである鬼だ。霊夢に頼まれ人里の防衛を任された内の一人ではあるが、襲ってこない人狼一派に苛々していた矢先に妖怪の山から狼たちの遠吠えが聞こえ、複雑な気分になりながらも山を睨み付けていた。

 

 まさか妖怪の山から攻められるとは思ってもみなかった。去ったとはいえ、自分がかつて支配していた場所が攻められるというのは中々どうして腹が立つものだ。同時に人狼一派に興味が沸いてきた。

 

 EXルーミア、風見 幽香、比那名居 天子、まだ見ぬ強敵。誰も彼もが本気で戦うに相応しい相手だ。

 

「あぁ、大丈夫。下っ端天狗が幾ら攻めてこようとも私一人でどうにでもなるさ」

 

 数が来ようが萃香の敵ではない。何百もの軍が攻めてこようものなら、彼女は何百もの分体を作り対抗できる。

 

「霊夢に頼まれちゃったからなぁ。私も戦いたいなぁ」

 

「すまないが萃香、耐えてくれ」

 

「なぁなぁ、他の連中に任して私は好きにしてもいいか?」

 

 萃香の他に人里を防衛することになっているのは命蓮寺の破戒僧とその弟子たち、早苗に妹紅や慧音。念のために地下の旧友にも声は掛けてある。霊夢にそう頼まれてしまっては仕方ない。

 

「妖怪の山が落とされたら次は人里だろうな」

 

「守谷の神さま二人は何してんだか」

 

 妖怪の山への侵略を黙って見ているはずがないと考えた萃香が呆れたように溜め息を吐く。

 

「降服でもしちまったかね?」

 

「そんなはずはありません!」

 

 人里の結界の強化が済んだ早苗が戻ってきては、強い口調で萃香の言葉を否定する。萃香は早苗があまりにも真っ直ぐな目をして言うものだったので、思わず出てしまった笑みが隠せれなかった。

 

「何が可笑しいんですか!?」

 

「落ち着け、早苗」

 

 馬鹿にされて笑われたものだとばかり思ってしまった早苗は相手を考えずに突っ掛かろうとする。慧音が諌めようとするも、萃香がそれを手で制止させる。

 

「いや、こっちが悪い。すまなかった。馬鹿にして笑ったわけじゃないだ。その、なんだ、若いなって」

 

 萃香は早苗のその若さに対して眩しさを感じていた。霊夢や魔理沙に対しても似た感情を抱いている。その感情の正体は羨望だ。鬼である自分では持つことのできない強さを彼女たちは持っている。それが酷く羨ましい。自分を倒すならそんな存在に倒されたい。

 

「きっと上手いことやろうと画策しているんだろうさ。悪知恵が働く神さまなんだろう?」

 

 納得のいかない表情をしながらも引き下がる。こうも素直に謝られてしまっては早苗とて責めようがない。それよりも重要なのは、何時、人狼一派が攻めてくるかだ。

 

「どう思いますか、慧音さん」

 

「攻めて来るのも時間の問題だろうな。住民の避難を始めておこう。遅いよりかは断然良い」

 

「はい、分かりました!」

 

 早苗と慧音が住民の避難を開始しようと駆け出そうとしたところで見慣れた人物が人里でうろうろと宛もなく歩いているのが目についた。

 

 二本の長さが違う刀を携え、白髪をボブカットにし、青緑色のベストを着た少女は早苗たちを見つけると気まずそうに会釈をする。その少女の傍らには白くまるっこい謎の物体が浮遊している。

 

「妖夢さんじゃないですか! もしかして、妖夢さんも力を貸してくれるんですか!?」

 

 白髪の少女――魂魄 妖夢は期待の表情を浮かべ迫ってくる早苗に対して少し困ったような表情を浮かべる。どうやら、そうではないらしい。

 

「いや、力を貸したいのは山々なのですが、先に幽々子様の用を済ませなくてはいけなくて……」

 

 妖夢の主であり、冥界の『白玉楼』に住む亡霊のことは早苗も知っている。お菓子か何か食べ物のお使いでも頼まれたと勝手に推測するが、人里がこんな状況では何も買えはしない。

 

「お菓子か何かですか? 今はどこの甘味処も閉まって――――」

 

「いえ、そうではなく。首を頼まれました」

 

 妖夢の口から予想もしなかった物騒な言葉が吐かれる。一瞬、固まってしまった早苗は妖夢が何か冗談を言っているのかと思い、その表情を窺う。

 

 だが、その表情は真剣そのものでとても冗談を言っているようには思えない。寧ろ、その表情からは何をしでかすのか分からない危なっかしさすら感じる。

 

「幽々子様が、紫様が姿を見せなくなったのは人狼が現れたのが原因だ、と考えまして、紫様に何かしたであろう人狼の首を欲しているのです」

 

「え、は、はぁ」

 

「あ、いえ、生け捕りでも構わないそうなのですが、白玉楼には必ず持ってくるようにとお使いを頼まれてしまったのです。それで、情報収集のために人里へと来たわけなのですが、何の騒ぎですか?」

 

 何をどう取り繕っても物騒な言葉にしかならない妖夢に早苗は冷汗を流しながらも答える。

 

「その人狼と人狼一派が人里に攻めて来るかもしれないんです」

 

「なるほど、そうでしたか。それは好都合、私もお手伝いしましょう。――――で、私は誰を斬ればいいですか? 願わくは、人狼の首を獲りたいのですが」

 

 普段の妖夢からは想像もできないような剣幕に早苗は思わず、半歩下がってしまう。駄々漏れの殺気を隠そうともしていない。

 

「妖夢、少しは抑えてくれ。間違ってもそんなもの住民には当ててくれるなよ」

 

「む、それは失礼しました」

 

 真剣な表情で慧音に頭を下げる。だが、殺気は駄々漏れのままだ。そんな様子の妖夢に対し、慧音は溜め息を吐く。これでは剣士ではなく辻斬りのようだ、と慧音は言葉にはせず、内に留めておく。

 

 妖怪の山に意識を向けていた萃香が誰にも聞こえないような声量で呟く。

 

「こりゃ駄目かもしれんな」

 

 

――――――――

 

 

 一足先に妖怪の山へと飛んだ文が見た光景はまるで信じがたいものだった。白狼天狗が人狼とともに烏天狗や鼻高天狗に襲い掛かっている事態など見たこともなかった。況してや、個ではなく、群で襲うなど、それは妖怪の山に対する反逆ではないか。

 

 加勢しようとも考えた文だったが、これは一度退き、霊夢に伝える必要があると考えた。多勢に無勢では勝ち目がない。しかも、敵の中には幽香やEXルーミア、天子もいると考えられる。そうなると自分一人では本当に勝ち目がない。

 

 自分の存在に気付かれる前に来た道を戻ろうと振り返ると厄介な存在が宙に浮かんで待ち構えていた。

 

「よォ、折角の祭なんだから取材でもしていけよ」

 

 蝙蝠の翼の形をした闇を背中から生やしたEXルーミアが文を見つけたのは偶然だ。大尉たちと合流しようと向かっている最中に見覚えのある顔を見たから追っ掛けた。中の自分からも了承を得られた。

 

「あやや、取材したいのは山々なのですが、実はペンと取材ノートを忘れてしまいまして取りに戻ろうとしてたんですよ」

 

「自分の血で書けよ。それでもブン屋かァ?」

 

「これは手厳しい」

 

 これは本当に厳しい状況になってしまっと文は考える。よりにもよって、EXルーミアが真っ先に出てくるとは予想もしていなかった。てっきり、先陣切って妖怪の山を攻めているものばかりと思っていた。

 

 逃げれる自信はあるが、逃げ切れる確証はない。逃げた後に簡単に霊夢と合流できるとは思っていない。必ず、何か嫌がらせのような策を巡らせているに違いない。

 

 だが、こんなところで足止めされていては時間が勿体ない。真正面から強行突破をし、最短距離で霊夢の元へ飛ぶ案を自分の中で提案する。EXルーミアならば、自分の速さには対応できないはず。万が一、対応されたとして多少の傷を負ったとしても想定の範囲内だ。

 

「あ? やっとヤる気になったかァ?」

 

 文の僅かな挙動の変化に気付いたEXルーミアが待ちくたびれたと謂わんばかりに楽しそうな笑みを浮かべ大剣の切っ先を向ける。

 

 一瞬で加速しEXルーミアを抜き去ろうとする文だったが、やけにその一瞬が遅く感じた。まるで、走馬灯を見ている気分だ。大剣の切っ先から網目状にの縫われた闇が文を捕らえんと展開されていく。

 

 そのまま突っ込んで行っても、急停止をしてもどちらにしろ網に捕まってしまう。何もかもがスローモーションに見えてしまっている文は抜け道を探そうとする。そして、一つの抜け道を見つける。

 

 風を操る能力を最大限に活用し、自分とEXルーミアの間に竜巻を発生させる。文を捕らえんとしていた闇もEXルーミアも文自身も竜巻に呑まれていく。

 

「あァ!?」

 

 竜巻に呑まれたEXルーミアは自身が生み出した闇と文がどうなったのかを確認しようとするが地面から巻き上げられてきた土や木により視界が狭くなっていた。そんな中、竜巻の中を上昇していく影があった。

 

 文は自身の発生させた竜巻の勢いを利用して更に上空へと逃げようとしていた。竜巻のお陰で目立ってしまったが、このまま竜巻に目が行っていれば、その隙をついて逃げ切れるだろうと思っていた。

 

 EXルーミアを一人取り残し、文は竜巻から脱出を果たす。後はこのまま逃げ切り、霊夢に妖怪の山に来てはならないことを伝えなければならない。飛び去ろうとする文だったが、迫って来ていた何かを捉えきれていなかった。

 

 どこからか放たれた極太のレーザーは狙いが逸れてしまったのか文に直撃することはなく、器用にも文の右翼を掠めていく。最初は熱さを感じたが、次には尋常ではない痛みが文を襲う。ここで声を上げてしまってはEXルーミアに居場所がバレてしまう可能性がある。

 

 片翼のみで飛行することなんて芸当は普段ならば何とかなっただろうが、集中しようにも激痛が邪魔をする。二発目が放たれる前に文はバランスの取れない左翼だけで回転しながら落ちていく。

 

 

――――――――

 

 

 極太レーザーを放った張本人である幽香は文が落ちていくのを目を凝らしながら見ていた。本当は直撃させるつもりだったが、そこは幻想郷最速を名乗るだけはある。当たる直前でほぼ無意識に文は避けようとしていた。

 

「外しちゃったわ。で、次はどうするの?」

 

 幽香の周りには地面に倒れる烏天狗や鼻高天狗が散らばっている。あまり殺しすぎないように、と大尉から指示を受けていたからか天狗たちはまだ息をしている。

 

「あの娘の詰めが甘い癖はどうにかならないかしら」

 

 ぼやきながらもそれのフォローをしようとしていた自分も何だかんだ甘いのではないと考えたが払拭する。結果的に大尉や自分のためになる行動を支えたまでだ、と心の内で言い訳をするが聞くものはいない。

 

 

――――――――

 

 

 森に墜落していった文は周りに怪しい気配がないのを確認すると木にもたれ掛かった。地面と頭から衝突する間際に無理やり回避するために背中から衝突してしまっていた。声には出さず、その場でのたうち回ってもいた。

 

 幻想郷最速と謳われた自分の翼も回復不可能なまでに炭化させられてしまった。こんなところを敵に襲われてしまってはたまったものではない。

 

「……貴方はどちら側ですか? なんて……訊いても無駄……ですかね」

 

 怪しい気配はしなかった。だが、知っている気配が近付いて来ていたことを文は察していた。自分の信頼する部下にして、哨戒役の重鎮。犬走 椛はどこかで見たことのある武器を抱えて現れる。その表情は暗い。

 

 きっと自分が落ちる様もその千里眼を使って視ていたのだろう。でなければ、こうも早く来ないはずだ。

 

「私を……どうするつもり……ですか……? 殺される、のですか……ね?」

 

 最初に人狼の咆哮に呼応したのは椛だというのは分かっていた。長い付き合いだ。椛の声なんて簡単に聞き分けられる。

 

「文様、申し訳ありません」

 

 一言謝罪の言葉を述べると椛は銃を地面に置き、背中の大剣を抜き、木にもたれ掛かる文に上段の構えをとる。

 

「そう……です……か。あぁ、良い記事を……書けそうだったんですが……残念です」

 

 話すのもやっとなのか途切れ途切れの言葉を呟きながら諦めたように目を伏す文に椛はその大剣を振り下ろした。


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