東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十四話

 

 

 大尉は砦から山を見下ろす。幾十に重なる狼の遠吠えは散っていった同族を思い出させる。散っていった同族に未練はない。弱肉強食の世界で生き残れなかった方が悪い。結局、自分だけになってしまった。

 

 だが、今は違う。ルーミアや幽香、天子、青娥が集い、白狼天狗も河童もこちら側に付いた。戦争を始めるには十分な戦力だ。いや、過剰かもしれない。

 

 戦争をしよう。殺したり、殺されたりしよう。死んだり、死なせたりしよう。この楽園を地獄に変えよう。弱肉強食の世界へと変えてしまおう。

 

 天も地も全てを巻き込もう。全てを焼き払おう。死体と灰が残った世界で生き延びた者たちで更に殺し合おう。

 

「……狂ってる」

 

 大尉の意思を汲み取った影狼がまるで可哀想なものを見る目でみてくる。影狼は大尉のことを理解できなかった。何故、そんなに何故、戦争をしたがるのか。そんなに死に急ぐのか。

 

 影狼の境遇は大尉と似ている。ニホンオオカミ唯一の生き残りにして、ニホンオオカミ唯一の人狼。生き延びたいと思った。同族は狩られ尽くしてしまったが、それでもどうしても生きたいと思った。

 

 気付けば、影狼は人狼になり、人間から逃げ回っていた。そして、忘れ去られ幻想郷にいた。

 

 人間は恐ろしい。共存をしていたと思っていたら、いつの間にか害獣扱いされていた。何がいけなかったのかは分からないが、何かがあったのだろう。そんなことで駆逐されていった。

 

 大尉はそんな影狼の境遇を憐れんだりはしない。何故なら、生き残れなかった種族が悪い。

 

 大尉の意思に言い返すこともなく影狼は俯く。人の姿になった大尉はそんな影狼を脇に抱えて砦から飛び降りる。

 

 着地した大尉は周りを見渡す。先代のキョンシーも問題なく稼働しているようで何よりだ。戦力としても申し分なさそうだ。

 

「遅かったじゃない」

 

 これでも十分早く来たつもりであったが、どうやら幽香はお気に召さなかったらしい。

 

「何か良いことでもあったのかしら?」

 

 何故かは分からないが幽香は大尉の纏う雰囲気がとても機嫌が良さそうに見えた。表情はいつもの如くの無表情。交渉の間に何があったのだろうか。

 

 そう。とても良いことがあった。ずっと気になっていた少佐の終わりを知れた。吸血鬼の終わりを知れた。最後の大隊の終わりを知れた。

 

「滅ぼせ。上も下も、右も左も、天も地も、目につく障害は全て、草の根から全てを滅ぼせ」

 

 影狼に代弁させたその言葉に幽香は楽しそうな笑みを浮かべる。しかし、すぐに大尉へと日傘の先端を向ける。

 

「花は駄目よ。滅ぼすなら器用に滅ぼして頂戴。そんな丸ごと滅ぼすなんて大雑把すぎよ」

 

 無茶なことを言われたものだと思いながらも大尉は頷く。

 

「好き勝手に言ってくれるな!」

 

 胸に空いた大穴をものともせず天魔が大尉に対して攻め掛かる。その表情は天狗だというのに鬼気迫るものがある。

 

 影狼を幽香に投げ渡すと人の姿では厳しいかと考えた大尉は巨狼となり、天魔を迎え討つ。音のない砲撃も霧化し避けると天魔へと駆けて行く。

 

 天魔は翼を羽ばたかせ霧を散らそうとするも、真っ直ぐ向かってくる。そして、目の前まで来ると巨狼が実体化し今にも食らいつかんとしていた。

 

 だが、天魔も馬鹿ではない。攻撃してくると分かっていればそれに合わせて反撃すれば良いだけだ。巨狼の体に武器を突き付ける。音のない砲撃が巨狼を撃ち抜くが、手応えがなく、ただ撃ち抜いただけだ。出血も何もしていない。

 

 天魔の視界を塞ぐように頭を掴まれる。一瞬で霧化し、人の姿になった大尉が天魔の武器の上に乗り、天魔の頭を潰す勢いで掴み掛かっている。

 

 頭蓋骨が軋むような音がするが天魔は意に介さず、武器を捨て、大尉の首を両手で絞め、へし折らんとする。

 

 大尉の鋭い膝蹴りが胸に空いた大穴へと叩き込まれる。咳き込み、吐血してもなお、天魔は手の力を弛めない。

 

 対抗して両手で頭を潰しに掛かるが、軋む音だけがするだけで潰れそうにはない。対して、天魔も大尉の首を両手で絞めているのにも関わらず、大尉が落ちる様子はない。

 

「拮抗状態ですわね。先代ちゃん、殺っちゃってしまいなさいな」

 

 進みもしない状況に飽きてきた青娥が指示を出す。今まで動きを停止していた先代が動き、天魔の横っ腹に拳を叩き込む。鈍い音が鳴り響き、連動するように胸に空いた大穴から血が噴き出す。

 

 余計な邪魔をするな、と言いたいところではあったがこれ以上は時間の無駄だろう。手負いでなければ、もう少し楽しめていただろうが、先客がいては仕方がない。

 

 力が弛んだ一瞬に大尉は霧化し、天魔が捨てた武器を回収し距離を取る。まるで、巨大な銃剣のようだと思ったが大尉の知る武器に該当する物はない。だからこそ、試してみたくなった。

 

 天魔がやっていたように砲撃をしようとするが、どう砲撃をすればいいのか全く分からない。引き金も見当たらない。直ぐに自分には使えないと分かると、壊す訳でもなくその武器の地面に突き刺す。

 

 幽香を見れば、影狼の抱えた状態で器用に天狗たちと戦っていた。加勢をしようと考えていると、山を登ってきた白狼天狗たちの姿がちらほらと写り、数で烏天狗や鼻高天狗と戦おうとしていた。

 

 個の力ならば倒すのも容易だっただろう。しかし、個ではなく群の力で戦う白狼天狗は他の天狗からしても厄介な存在に成り変わる。見込んだ通りに戦ってくれている白狼天狗たちに加勢するべく大尉も動く。

 

「何で白狼天狗が私たちを攻撃してんのよ!」

 

 上空で浮かび、安全圏から攻撃している烏天狗の背後まで霧になって移動すると、その翼を容赦なくへし折り地面に落とす。

 

 地面に落とした烏天狗に白狼天狗が寄って集り、その始末をしていく。大将自ら前線に立って戦う姿は白狼天狗からすれば理想の『将』の姿だった。

 

「攻め落とせぇぇええ!」

 

 一人の白狼天狗が声を上げ、攻め入ろうとするが、鼻高天狗の扇によって起こされた暴風によって飛ばされていく。かつて、自分たちの根城だった場所を攻める気分はどんなものなのだろうか。

 

 

――――――――

 

 

 玄武の沢の河童の工房。天子は何やらがっかりした様子で二人の河童を見ていた。撃て、とは言ったがまさか外してくるとは思いもしなかった。正確には、撃とうとした河童をにとりが咄嗟に押し、銃の狙いを天子から外されてしまった。

 

 天子に当たることなく、後ろにあったガラクタが砕けてしまっている。天子としては、つまらない結果になってしまった。

 

「自分が何をしようとしたのか分かってるのか!?」

 

「わ、私は――――」

 

「撃てば何をされるか分からないんだぞ! もしかすると、殺されてたかもしれないんだぞ!」

 

「だって、撃てって……」

 

 にとりは思わず手が出そうになった。仲間とはいえ、この危機感のなさに嫌気が差してくる。撃てば間違いなく今より酷いことになっていただろう。

 

「そこの河童も勘が良いわね」

 

「ひゅい!?」

 

「もし、私に当たってたら河童は服従の意志なしって報告してるとこだったわ」

 

 天子の言葉を聞いて、にとりは背筋が凍るような恐ろしさを感じた。理不尽だとも思った。自分で撃てと言っておいて、当たれば種族もろとも殺していたと言っている。報告とは言っているが、つまりは数を揃えて殺しに来るということではないか。

 

「もし、本当に当たって死ん――――」

 

「私がそんなんで死ぬわけないでしょ? ま、死んだらそれはそれよ。結局はあんたらも死ぬことになるんだし」

 

 近付いてきた天子が乱暴に銃を奪い、自分を撃とうとした河童に突き付けれる距離まで離れ、その眉間に銃口を押し付ける。

 

「でも、あんたは駄目よ。当たりはしなかったけど、撃ったのは撃ったんだし」

 

「な、何の真似だい?」

 

「粛清ってやつよ。またこんな輩が出てきたら面倒じゃない? 要は、見せしめが必要かなって」

 

「そんな理不尽が通されていいのか!?」

 

 仲間の河童は銃口を押し付けられ、すっかり怯えてしまっている。

 

「強い奴や連中ってのは、どいつもこいつも理不尽よ。あんたらが従ってきた天狗だって、理不尽だったでしょ? 私たちも理不尽なのよ」

 

 まるで理由になっていないと思いながらもにとりは必死に懇願する。どうか撃たないでくれ、とその場で両膝を着いて頭を床に押し付ける。

 

「許してください! 気が動転してただけなんです! どうか許してください!」

 

「別にあんたが謝る必要はないわよ。こいつを許したら、また撃たれちゃうかもしれないし。それとも――――あんたが代わりになる?」

 

「撃つなら私を撃てよ! にとりは関係ないだろ!」

 

 標的がにとりになりそうになったところを仲間の河童が眉間に押し付けられた銃口を手で押さえ付ける。体は震えながらも、その目は真っ直ぐ天子に向けられている。

 

「いやいや、同じ種族ってだけで関係者よ。なに、温いこと言っちゃってんの? バカなの?」

 

 本当に馬鹿にしているのか、とても楽しそうに小気味よく笑っている。

 

「ま、ここまでの話全部嘘なんだけどね! アッハッハッハ!」

 

「……は?」

 

「なにその面、超笑え――アッハハハハハッ! 嘘に決まってんじゃない! なんで本気に捉えてんのよ! こっちがドン引きよ! ヒヒヒヒ! 腹痛い!」

 

 腹を抱えて大笑いする天子の様子に、先程まで土下座していたにとりが無表情で立ち上がり、どこかへ歩いていく。脅されていた河童は真っ赤な顔をして、今にも天子に殴りかかりそうな勢いだ。

 

 静かに速歩で戻ってきたにとりが持ってきたのは大尉のもう一丁の銃だった。天子にその銃を向けると何の躊躇いもなく引き金を引き銃声が鳴り響く。

 

「いたっ」

 

 天子に確かに当たったはずだが、反応が薄い。服の肩部分に小さな穴が空いただけで、特に血が流れるようなことはない。

 

「何か拍子抜けね。てか、普通に撃ったわね、あんた。ま、どうこうしようって気はないけど」

 

 撃たれたというのに能天気に構える天子は一発撃って満足したにとりから銃を渡される。

 

「はい、それで人狼の武器は渡したよ。一応、他の試作品もあるけど渡しといた方がいいかい?」

 

 まるで何事もなかったかのように振る舞うにとりの姿は逆に清々しい。

 

「天人撃っといて、その態度は嫌いじゃないけど……なんか腹立つわね」

 

 元々の発端が自分にあることなんて百も承知だが、両手に銃を持たされた天子は珍しく戸惑う様子を見せていた。

 

 そこに慌てた様子の椛が乱入してくる。銃声を聞き、千里眼も使うのを忘れて駆けてきたのかにとりを見るや安心したように息を吐き出す。

 

「無事だったか、にとり」

 

「椛こそ、酷いことはされなかったかい!?」

 

 完全に置いてけぼりとなった。にとりも椛の心配をしていたようで、僅かな時間しか離れていなかったが、とても安心した様子を見せている。

 

「そこの犬っころ! さっさとこの武器持って、あいつんとこに届けなさい! 私は今、無性に能力使いたい気分なのよ!」

 

 天子はぶっきらぼうに椛に銃を渡す。分かりやすく不機嫌な表情を浮かべている天子は本当に玄武の沢を崩壊させてしまいそうだ。

 

「河童もさっさと試作品っての持ってきなさい! 本当にぶっ殺すわよ!」

 

「ひゅい!?」

 

「ぶっ殺すぞ!」

 

 天子は苛々していた。とても苛々していた。早いとここんな場所から出て、山でも神社でも何でも崩壊させたい気分だ。外にいるEXルーミアを羨ましく思う。

 

「天子殿」

 

「あぁ!?」

 

「大将殿から合図が――――」

 

「さっさと行きなさいよ! 試作品で遊んだら行くから!」

 

 どこな投げ遣りな態度に椛は逃げるように来た道を戻っていく。そんな椛を見て、にとりと仲間の河童も逃げるように試作品を取りに行ってしまう。

 

 

――――――――

 

 

 妖怪の山の様子がおかしいことに気付いたのは文が先だった。今日も今日とて霊夢に付き合い、人狼たちの居所を探ろうとしていたが、妖怪の山から聞き覚えのある巨狼の咆哮が響き渡り、慌てて山へと戻ろうとしていた。

 

「霊夢さん、先に向かいます!」

 

「ちょっと待ちなさい! あんた一人じゃ――――って、私が追い付くまで待ってなさいよ!」

 

 単純な速さでは文には敵わない霊夢は先走った行動を起こさないように釘を差す。間に合ったかどうかは別だ。

 

 灯台もと暗し、とはよく言ったものだと独り言を呟きながらも文は山へと飛んでいく。何より、不気味なのは巨狼の咆哮に呼応するように白狼天狗が吠えていたことだ。






これまでの誤字脱字の報告ありがとうございます。

何事なんでしょうね。

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