東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十三話

 

 玄武の沢の工房では天子が河童たちが発明した理由も用途も謎の物に目を輝かせていた。好奇心が強い彼女からしてみれば、ここにある物は宝の山のようだった。

 

「河童の技術力ってのは、ほんとスゴいわね!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 にとりははしゃぐ天子より一歩下がって控えていた。他の河童に銃を取らせにいっているので、謂わば接待役だ。まさか、ここまで天子がはしゃぐとは思ってもみなかったが。

 

「さぞ、良い物なんでしょうね、改造した銃っていうのは?」

 

「うっ……良い物ではあるんですが――――」

 

 改造した張本人とはいえ、人も妖怪も殺せてしまう武器を軽々と渡してしまうのは心苦しい。だが、渡さなければ皆殺しにされてしまう。

 

 改造した部分を説明し時間を稼ごうと思ったにとりだったが、口を開くよりも前に天子に指で制されてしまう。

 

「良い物ならいいのよ。ぶっちゃけ、私が使うって物でもないし。でも、試しておきたいじゃない?」

 

「は、はぁ。試す、といいますと?」

 

 嫌な予感しかしないがにとりは天子に訊ねる。すると天子はニヤリと笑い、さも当たり前かのように言い放つ。

 

「試し撃ちよ!」

 

 もしや、自分たちが的にされるのではないかと肝を冷やしていると、タイミングが良いのか悪いのか仲間の河童が大尉の銃を持ってきてしまう。

 

 特に何か変わった様子もなく、異様に長いバレル部もそのままだ。天子はそれを見て、扱い辛そうだな、と思っていた。

 

「外の連中はこんなもん使って戦ってんのね。これって最初からこんな長いもんなの?」

 

「いや、違うらしいんだけど……変に改造して殺されるのも馬鹿馬鹿しいかなって」

 

 にとりは知らないが大尉としてはまた使えればいいといった感じで使えれば何でも良かったらしい。使えるまでの物が出来れば、それを量産し、EXルーミアや幽香に装備させるつもりだった。バレル部が長いのも威力が上がるというだけで長くしているだけだ。

 

「あっそ。で、これってどう使うの?」

 

 天子は初めて見る銃に興味を示しているようで持ってきた河童から乱暴に奪うと危なっかしく弄り始める。

 

「あ、あぶっ、教えるから! 教えるから、銃口を向けないでくれ!」

 

 故意なのかそうではないのか、銃口がふらふらと向けられる。引き金に指が掛かってないのが幸いではあるが、それでも恐いものは恐い。

 

「じゃあ、さっさと教えなさいよ」

 

 にとりは天子に銃の扱い方を懇切丁寧に教える。にとり自身、銃の扱いには慣れておらず、大尉からの手紙でのみの情報をそのまま伝える形になってしまう。だが、下手な扱いをされ自分が撃たれてしまうのは非常にまずい。

 

 的にされてしまっては元も子もない話だ。

 

 にとりに伝えられた通りに誰もいない方向へと銃を構える天子の姿はあまりにも不釣り合いだった。大尉が自分用にと特注した銃だ。凄まじくバレル部が長い銃を構える天子の姿はどこか間抜けにすら思える。

 

「……なんか違くない?」

 

 天子自身も何となく自覚はしていたのか首を捻る。そして、何の気もなく天子は引き金を引いていた。

 

 引き金を引いた瞬間、乾いた破裂音のような銃声が響き、銃口の先にあった壁に着弾。壁には小さな穴が空くだけで何も残っていなかった。

 

 まじまじと穴を見つめる天子は何か良からぬことを思いついたのか口角をにんまりと上げ、にとりに銃を渡して距離を取る。

 

「ちょっと、それで私を撃ってみなさいよ」

 

「……は?」

 

 言葉は理解できるが、その意味が理解できない。何をそんなに楽しそうな表情を浮かべて言っているのだろうか。天人の身体は鋼のように硬いというのはにとりも知っている。だが、何故、そうなるのか分からない。

 

「だから、試し撃ちよ。私の身体に傷が付くようならこの先の戦いでも十分だと思わない?」

 

「え、あ、そっすね」

 

「もし、これで私を倒せたら、それこそ私たちに従う理由もなくなるわよ? なにせ――――この武器だけを量産、売買するだけで河童は一大勢力になれるんだから」

 

 挑発するような口調の裏に何かあるのではないかと疑ってしまう。撃ってしまうのは簡単だ。引き金を引けばいいだけだ。

 

「どうしたの? まさか、撃てない、とは言わないわよね? まさか、命令を聞けない、とは言わないわよね?」

 

 河童を配下に置いた大尉たちは謂わば、新しい上司のようなものだ。勿論、その中には天人も入っている。

 

 断ろうものなら何をされるか分からない。撃ったとしても何をされるか分からない。八方塞がりの状態でどうすれば良いのか分からない。

 

 悩んでいるその隙に銃を持ってきた仲間の河童がにとりから銃を奪い取る。その表情は怯えてはいるが覚悟を決めたようなものだ。

 

「なっ――――」

 

 両手でしっかりと銃を構える先にいるのは、両手を広げて今か今かと待ち構えている天子だ。そして、引き金は意図も簡単に引かれてしまった。

 

 

――――――――

 

 

 天魔と先代の戦いは苛烈さを増していく一方だった。天魔の武器による砲撃も斬撃も並大抵の妖怪が相手ならば申し分ない破壊力を持っている。だが、相手が悪かった。

 

 生前よりかは少し劣る身体能力はそれでも天魔を殺すには十分な威力を誇っていた。そして、攻撃を受けたとしても怯むことなく、反撃を繰り返してくる。破壊した箇所から直ぐ様、再生をしていく。

 

 弱点に見える額に貼られた札を攻撃しようとしても防ぐか避けるかのどちらかの行動によって阻止されてしまう。音のない砲撃を容易く避ける姿に天魔は生前の彼女を思い出す。

 

 術者である青娥に狙いを変えようとするもそれを察した先代によって、どうやっても阻止されてしまう。

 

 何より厄介なのは幽香の存在だ。今は大天狗や烏天狗、鼻高天狗が相手をしているが一瞬の隙を狙って、天魔に余計な茶々を入れてくる。

 

「衰えているんじゃないかと心配してたんだけど大丈夫そうね」

 

「ほざけ」

 

 余計な茶々を入れると、上機嫌でまた他の天狗の相手に戻っていく様子は悪戯好きの子どもにすら思えてきてしまう。先代の相手で精一杯で他の天狗の加勢にすら行けない。

 

「何を企んでいる?」

 

 先代の拳を武器で器用に受け流しながらも天魔は幽香か青娥に問う。だが、幽香も青娥もそれはもう楽しそうに口元を歪めるだけで答えようとはしない。

 

「白狼天狗まで唆し、貴様らは何をするつもりだ! こんな残骸を利用して何を企んでいる!?」

 

「残骸に負けかけている貴方に教えるつもりはありませんわよ? せめて、華々しく散っちゃってくださいな。――――我らの主も到着いたしましたし」

 

 楽しそうな笑みを浮かべた青娥が砦の上を指差す。噂の人狼が現れたのかと天魔は顔を向けるが、そこには誰もいなかった。そして、天魔は我ながら馬鹿だなと自嘲する。

 

 余所見をしたことを悔いるよりも前に、死人とは思えない殺気を放つ先代の貫手が天魔の胸を容易く貫く。

 

「天魔様!」

 

 大天狗の内の一人が声を上げる。彼の目に映ったのは、貫いた手を抜こうとした先代に地面に叩き付けられる天魔の姿。だが、それで殺られるほど天魔も柔ではない。

 

 異様な武器の切っ先を先代の右肩に突き刺すとゼロ距離での砲撃を浴びせ、仰け反った隙に距離を取る。ぽっかりと空いた胸の穴からは血が止め処なく溢れ出ているが天魔は表情一つ崩すことなく立ち続ける。

 

 真空の砲弾を右肩に受けた先代もその姿からは無事とは思えない。右肩に空けられた穴のせいで右腕は皮膚一枚で何とか繋がっているような状態だ。だが、恐ろしいのはそんな状態でも先代は無事なことだ。

 

 傷口から蔓が生えていき、右腕を繋いでいき、最終的には空いた穴も蔓で塞がっていく。この一連の流れを天魔は観察し、嫌悪感が沸くと同時に、倒せれないことはないのではないかと思考を働かせていく。

 

「あら、遅かったじゃないですか」

 

 砦の上を見ながら独り言のように呟く青娥にまた騙し討ちでも企んでいるのだろうか、と無視を決め込もうとした天魔だったが幽香もどうやら動きを止めて砦の上に顔を向けている。何より、先代が動きを止めた。

 

 天魔も砦の上に目を向ける。屋根の上に立つ人狼がこちらを見下ろしている。異様な武器を大尉に向けるが邪魔はさせないと謂わんばかりに先代が盾となり砲撃を防ぐ。

 

 大尉の姿が巨狼へと変わり、沈みかけた太陽に向かって遠吠えを繰り返す。まるで、誰かに聴かせるようにして吠えているようだった。誰に対して吠えているのかは分からないが、一つの遠吠えが二つに、二つの遠吠えが四つに、四つの遠吠えが八つに――――山のあちこちから狼たちの遠吠えが重なり響き渡ってくる。

 

 天魔は山のあちこちから響き渡る遠吠えの正体に気付いていた。そして、それが白狼天狗の大半が裏切っているという証しであり、これから始まるであろう戦いの火蓋を切る合図でもあった。

 

 

――――――――

 

 

 山の上から聴こえてくる大尉の遠吠えを聴いた椛は千里眼で大尉を視るのではなく、辺りの部下たちのことを視ていた。だが、何かを期待するかのような表情を浮かべて、見上げているだけだ。

 

「さっさと吠えろ。大将を待たせるんじゃねェよ」

 

 苛立っているように思えるEXルーミアの言葉の意味を椛は理解した。これが先程、EXルーミアが言っていた合図なのだと。

 

 自分が呼応するように吠えればどうなるか知っている。これを無視すれば、どうなるかも知っている。どちらも最悪の結果を招くことも知っている。

 

 ならば、親友を救い、同族とともに地獄に堕ちよう。そうすれば、少なくともにとりは救われる。覚悟を決めた椛は大尉の遠吠えに応えるように遠吠えを繰り返す。

 

「ハハハ! こりゃ面白そうだなァ」

 

 大尉と椛の遠吠えだけだったが、妖怪の山中の白狼天狗たちの遠吠えが重なり響き渡る。まるで山一つがとてつもなく巨大な生物にすら思えてしまう。

 

 EXルーミアも大尉の真似をしようと遠吠えをするが周りの本物の遠吠えによって掻き消されてしまう。やがては、狼たちの遠吠えも治まる。

 

 椛や他の白狼天狗たちは大尉の遠吠えの意味を理解する。「集え、集え。我々は山の頂にいる。集え、集え」と遠吠えに意思を乗せて伝えてきている。EXルーミアが言う合図がこれならば、攻めに行かねばならない。現に動き始めている白狼天狗もいる。

 

「ルーミア殿、人狼殿が山頂に来い、と言っておられます」

 

 椛からそう聞いたEXルーミアは怪訝そうな表情を浮かべるも、当初の椛を仲間として引き入れる目的を思い出し納得する。新しい通訳係だ。それなら、大尉の遠吠えで何を言っているのか椛が理解できても不思議ではない。

 

 EXルーミアは嫉妬のような感情を抱きつつ、隠しきれなかった舌打ちを一つして、山頂へと上がっていこうとする。

 

「天子殿はよろしいのですか?」

 

 天子、というよりもにとりの方が気がかりだった椛はEXルーミアの背中に喋りかける。顔だけ椛に向けるとEXルーミアは不機嫌そうな表情をして一言言い放つ。

 

「知るか」

 

 EXルーミアとしては早く大尉と合流して暴れるだけ暴れたかった。聞いていない方が悪い。玩具で遊んでいるがいい。

 

「行くぞ、犬っころ」

 

「……申し訳ございませんが、先に向かってはくれぬでしょうか? 私よりルーミア殿の方が速いので合わせて貰うわけにはいきません」

 

「……変な真似したら殺すぞ」

 

 少し考える素振りを見せた後に投げ掛けられた言葉は物騒なものだった。山の砦の位置を伝えるとEXルーミアは飛んでいってしまう。

 

 EXルーミアを見送った椛はにとりの身を案じて、玄武の沢の中へと足を運ぶ。何か予感がしてならない。


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