東方戦争犬   作:ポっパイ

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四十話

 

 

 大尉たちの中に『将』はいても『師』はいなかった。純粋な戦力としては申し分ない強さの持ち主たちだが、策を練るのには不向きなところがあった。それは大尉とて同じことだ。

 

 彼は少佐に付き従う従順な獣だった。少佐の近くで作戦というものを見てきたが、彼にその才はなかった。付け焼き刃を何度も繰り返していては何時かは破綻してしまう。

 

 そこで誘われたのが青娥だった。幽香は自身に『師』の才能がないことを自覚していた。そこで人の域を超え、悠久の時を過ごす仙人である青娥を――『将』ではなく『師』である青娥を勧誘した。一番の問題はその性格だったが、マトモな性格をした者など大尉たちの中にはいない。

 

 おまけで宮古芳香が付いてきたが、あくまで青娥の所有物であって大尉たちのものではない。

 

 大尉の考える作戦を実行に移せるまでに昇華させるのが青娥の役目であり、ありとあらゆる策を弄する。誰がどうなるかなんてお構い無しの大尉の作戦に青娥は嬉々として取り組んでいた。

 

 そして、今回、白狼天狗たちに送った密書もほとんどが青娥が書いたものだ。大尉の意思が入ったところなど全体の内容で二行あれば良い方だ。

 

 EXルーミアや幽香は少し渋い顔をしたが、大尉が何も言わない以上は口を出すつもりはなかった。大尉としてもそれで軍が手に入るのであれば、自分がやるより断然良いだろうと判断していた。

 

 だからこそ、大尉は青娥に伝えることがあった。「犬走 椛は必ず仲間にしたい」と影狼越しに伝えると思いの外、青娥は驚いた表情をしていた。それは他の者も同じだった。

 

 とるに足らない白狼天狗の一隊長などに肩入れする理由が分からない、といった表情だ。同じ白い毛並みの狼同士だからだろうかとも発言したものの首を横に振られてしまった。

 

 『個』ではなく『群』の強さを知り、それを率いる力を持っている。自分たちにはない強さを持っていると判断した。そして何より、『千里先まで見通す程度の能力』は観測主として非常に優秀な能力だ。戦局を常に把握できる。ハイテク機器のないこの世界では有能だ。

 

 大尉がそこまで椛を買っていたとは思いもしなかった面々だったが、自分たちの頭目である大尉がそこまで望むのなら仕方ない。

 

『……勧誘した私が言うのも変だけど――――青娥には気を付けなさい』

 

『じゃあ、勧誘しなくてよかったじゃねェか』

 

『誰かを裏切っている間だけは利用できるのよ、あの類いの連中わね』

 

 そんな会話など知らず、実に楽しそうな表情で密書を書き綴る青娥の姿は逆に清々しいものがあった。

 

 

――――――――

 

 

 玄武の沢へと着いたEXルーミアと天子の任務は河童の技術力を手に入れることだ。大尉は河童の技術力を直接見たわけではないが、噂話程度に聞いた河童の話は興味深い。

 

 逆に妖怪の山や人里を攻める際に邪魔になるだろうとも考えている。最初から潰してしまうのはもったいない。利用できるだけ利用してしまい、邪魔になれば潰してしまおう、と考えた。

 

 楽に河童たちを引き込む手はずは青娥が整えているはずだ。後は気に入らなければ、何をするのか分からない武闘派二人を送ればいいだけだ。

 

 そして、その二人は出迎え一人寄越さない河童たちに微妙な表情を浮かべていた。二人が想像していたのは完全武装して待ち受ける河童たちの姿だった。

 

 もしや、光学迷彩で姿を消しているのではないかと考え、辺りを少し警戒するもそれも無駄に終わってしまう。

 

「これは、あれよ。キョンシーバカが手紙を送り忘れてたのよ。じゃなきゃ、誰かしら出てくるはずよ」

 

「じゃあ、敵ってことでいいんだよなァ?」

 

「非はこっちにあるけど、敵でいいんじゃない? もらってない連中も悪いんだし」

 

 向こうの事情などお構いなしに二人は話を進めていく。玄武の沢に対して何の思い入れもない二人にとってはどうでもいい場所が壊滅する程度の認識だ。

 

 だが、玄武の沢から恐る恐る出てくる青色の髪をアクセサリーでツーサイドアップにした河童の姿を見て二人は心底つまらなさそうな表情を浮かべてしまった。

 

 出てきた河童は武器の一つも携帯せずに両手を頭の上で組んで、まるで降服の意を示しているようだった。

 

「わ、私たち、河童は抵抗も何もしない。だから――――」

 

「何もしないのは困るわね。あんたらにはこれから働いてもらうみたいだし」

 

 有無も言わさず天子が河童に詰める。いつの間にか手にしていた朱色の刀身をした両刃の切っ先を河童に向ける。その後ろではEXルーミアが十字架を模した大剣を肩に担ぎ、河童を威嚇しているようだ。

 

「ひゅい!?」

 

「選ぶのはあんたらよ。手紙にもそう書いてあったんでしょ?」

 

 河童――河城 にとりは青娥から送られてきた密書のことを思い出し、堪える表情をを浮かべ、跪き、その頭を垂れる。

 

「分かった。分かったから酷いことはしないでくれ」

 

「何よ、これから周りに酷いことが起こるってのに自分たちに酷いことは止めてくれってわけ?」

 

「違う! あんな密書出しといて、よくもそんな言葉を!?」

 

 頭を垂れていたにとりが頭を上げ天子に抗議する。その目尻には涙が浮かんでいる。

 

 天子は河童に送られた密書の内容までは把握していない。天子はてっきり河童たちは自分たちの保身に走ったと勘違いしていた。だが、このにとりの様子からどうやら違うみたいだと察する。

 

だが、そんなことはどうでもいい。

 

「私が知るわけないじゃない。知りたくもないし。あんたらは黙って私たちの命令に従えばいいのよ。分かった?」

 

 天子の言葉はにとりたち――河童の思いや決断を無視するものだった。天子も知らないものは知らないのだ。それで文句があるならば、掛かってこいと謂わんばかりの態度だ。

 

 そんな自分勝手な天子の態度に逆らってはどうなるのか分かったものではないにとりは頷くしかない。

 

 EXルーミアは何とも微妙な満腹感を得ていた。にとりの表情はそれこそEXルーミアが好むものではあるが何かが違う。満たされる気持ちにはなるが、自分の好きな味ではない、そんな感じだ。

 

 先の一件で自分の何かが変わってしまったのかと考えていると何者かが迫ってくる気配を感じ、後ろを振り返り大剣を構える。

 

 EXルーミアの視界に入るその人物の顔は知っているものだった。だが、その人物はEXルーミアを無視してにとりの元へと駆けていく。EXルーミアはニヤリと笑うと黙ってそれを許した。

 

「無事か、にとり!?」

 

「椛!? そっちこそ無事なのかい!?」

 

 にとりと天子の間に立ちはだかるように大剣を構える椛は横目ににとりの安全を確認する。にとりはにとりで椛の安全を心から喜んでいるようだ。

 

 その二人の様子に天子は何となく察しがついたようだった。河童と白狼天狗の二種族を軍門に下らせる方法に納得がいった天子は鼻で笑う。

 

「なるほど。互いが互いに人質ってわけね。趣味の悪いことするわー」

 

「……」

 

 何も語ろうとしない椛のそれが天子の推測を確実なものへとさせていた。

 

 にとりに送られた密書は大尉の武器の返還と改造を求めるものと河童たちに大尉たちの軍門に下るように促すものだった。その見返りとして、河童と白狼天狗の二種族には傘下としての安全が保証される。

 

 勿論、それを誰かに口外しようものなら幻想郷から二つの種族が絶滅することになっていた。

 

 椛も似たような内容だったが、河童たちと決定的に違う点が一つあった。それは椛が混乱する理由でもあった。これでもかと脅すような内容の文だったが、何故か最後の一文だけは違う人物が書いているようだった。

 

 まるで日本語に慣れていないように思わせるような汚い文字だったが、『期待している』と書かれたその一文だけは本当に期待させているように感じてしまった。

 

「……訊ねてもいいか?」

 

「なに?」

 

 早く言えと謂わんばかりの天子の態度に椛は臆することなく口を開く。

 

「密書に書かれていたことは本当か?」

 

「私が知るわけないでしょ。信じるも信じないもあんたらの勝手よ。どうなっても知らないけど」

 

 そんなことを訊かれても天子は何も知らない。

 

「も、椛?」

 

 剣の構えを解き、跪くように方膝を地面に付ける椛の姿ににとりが驚きのあまり声を上げる。椛の姿はまるで妖怪の山の上層部を相手にしている時のようだ。つまりはそういうことなのだろう。

 

「私……我ら白狼天狗は白き狼の軍に下ろう」

 

 敵意のない表れなのか武器を地面に落とし、見下ろす天子に両掌を見せる。

 

 親友のその姿ににとりは困惑する。椛のことだから多少なりとも反抗するのではないかと考えたが、そうもせずにおとなしく軍門に下ったのは意外だった。

 

 自分をひいては河童を守ろうとそんな態度を取っているのかもしれないと考えたが、どうも違うような気がする。これは親友関係にあるにとりだからこそ分かったのかも知れない。

 

 今の椛はとても満足そうにしているようににとりは感じてしまった。

 

「あっそ。じゃ、あとは合図があるまで待機ね。それと、あれよ、なんだっけ?」

 

「私に訊くんじゃねェよ」

 

 何かを訊こうとした天子は内容を忘れたのかEXルーミアに助けを求めるも面倒臭そうに流す。山の上を見上げては合図を待っているようだ。

 

「あれよ、私もよく知らないんだけど、そこの河童が私らの大将の武器獲ってったらしいじゃない。それを返してほしいって」

 

 にとりは一人心の中で狼狽える。勝手に回収し、改造し、弾幕ごっこから実戦にまで使えるレベルにしてしまった大尉の銃。そんなものが持ち主の手に返されてしまっては何人死ぬのだろうか。

 

 出すのを躊躇えばどうなるか分かったものではない。自分の身を案じているのではない。これまで自分と関わりがあった親しい友人や同族たちのことを案じているのだ。

 

「あ、あの武器か。取ってくるから待っててくれないか?」

 

「いいわよ。じゃ、そこの犬っころの見張りは任せるわよ」

 

 まるでにとりに着いていくと謂わんばかりの態度にEXルーミアはげんなりとした表情を浮かべてみせる。確かに、ついさっき従えさせたばかりの者を一人で行動させるなど愚行だ。だが、天子はそんなこと考えずに着いていこうとしていた。

 

 単純に河童の技術力というものが気になって仕方ない。外で何もせず合図を待っているよりかは少しでも面白そうな方に動くのが天子だ。EXルーミアは短い時間だが、天子のその本質を理解していた。

 

だからこそ、げんなりとしている。

 

「……好きにしろォ」

 

 EXルーミアの返事など聞く気もなかった天子は既ににとりとともに玄武の沢の中へと歩き始めていた。殺してやりたいが、今は大事な戦力だ。大尉のやりたいことに支障が出てしまう。

 

 何とも微妙な空気が流れるのを感じていた。互いに沈黙が続き、木々の葉っぱ同士が擦れる音が嫌でも耳に入ってくる。逆にそれしか耳に入ってこない。

 

「……静かすぎる」

 

 椛の呟きにEXルーミアが僅かに反応する。何も言わないが、その表情からは退屈さが感じられる。

 

「今頃なァ、大将たちは楽しんでやがるからなァ。オマエらの出番はその後ってこった」

 

 聞き捨てならない言葉がEXルーミアの口から吐き捨てられる。

 

「それは……どういう意味だ?」

 

「あァ? ……あァ、オマエは知らねェんだったな。お得意の眼で山の上でも視てみろよ」

 

 EXルーミアに言われるがまま椛は千里眼で大天狗や天魔が住まう妖怪の山の山頂に聳え立つ城へと眼を向け、その異常性に気付いた。

 

 烏天狗が一人たりとも空を飛んでいない。それだけならまだしも、地面に落ち呻き声を漏らす烏天狗に白狼天狗たちが剣を向けている。

 

 城に入るための城門は粉々に破壊され既に門としての機能を果たしていない。大尉か幽香が破壊したのだろうと考えていたが――――――。

 

「ありえない!」

 

 椛の視界に僅かに写ったのは紅白の巫女装束を纏った何者かが、大天狗の内の一人の顔面を城壁もろとも粉砕した瞬間だった。

 

 


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