東方戦争犬   作:ポっパイ

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四話

 大尉は考える。今の自分は狗なのか化物なのか。大尉の知る吸血鬼の中でも特に化物だった吸血鬼の言葉を思い出す。

 

『化物を倒すのは、いつだって人間だ。人間でなくてはいけないのだ!!』

 

 だが、大尉はその吸血鬼に血を吸われ吸血鬼になった者に倒されてしまっている。それでは、自分は何なのか。化物に倒されてしまった自分は何なのか。

 

 少佐に付き従っていた自分は狗だったのだろうと考える。これなら、納得できる。狗は所詮は狗だったのだろう。化物に倒されてもなんら不思議ではない、と。

 

 ならば、今の自分は何か。首輪は取れてしまった。少佐に付き従っていた狗ではなくなってしまった。ならば、自分は野良犬なのか化物なのか。

 

 化物ならば化物らしく人間に倒されるべきなのだろうか。こんな小さな世界に倒されるに価する人間などいるのであろうか。考えれば考えるほど訳が分からなくなってしまう。

 

 狗の名残である『大尉』という階級も無くなってしまう。そうなれば自分は『化物』と一括りにされてしまう。ならば、『大尉』という名の化物になるしかない。

 

 この世界の吸血鬼は見付けた。だが、奴等は化物だ。化物に倒されるわけにはいかない。

 

 強い人間を探そう。自分を討ち滅ぼせるような強い人間を。その為にも戦争をしよう。目的は決まった。手段も決まった。後は動くだけだ。

 

 森の中を宛もなく彷徨う大尉は前方から宙に浮かぶ黒い球体が近付いてくるのに気付いた。何度も何度も木々にぶつかりながらも確実に近付いて来ている。

 

 見て分かるような化物に大尉は文と椛の事を思い出す。敵意はあるのか。殺意はあるのか。戦意がなければ、戦いにすらならない。

 

「うまそうなお肉ー」

 

 間の抜けるような幼い少女の声が球体から聴こえてくる。肉が自分のことであると分かると銃身が馬鹿みたいに長いモーゼルを抜き、黒い球体へと構える。

 

 だが、黒い球体からは敵意も殺意も感じない。況してや戦意すら感じない。そんな違和感を感じつつも、謎の球体が近づいてくれば近づいてくる程、その違和感の正体に大尉は気付いた。

 

「お腹が減ったぞー」

 

 敵意も殺意も感じない理由は黒い球体が単に食欲しか優先していないという点であろう。何かを食べるのにわざわざ敵意も殺意もいらない。単に食べることしか考えていないのだ、この球体は。

 

 撃っていいものか、と考えていると黒い球体がじわじわと霧散していき球体を操っていたであろう化物が中から姿を現した。

 

「がおーおどろけー」

 

 何とも気が抜けるような脅し方をしてくる赤いリボンを着けた金髪の少女の形をした化物に対して大尉は銃を下ろす。

 

「ん?」

 

 自分の脅威にすらならないと分かっての行動だったが少女の形をした化物からしてみればそれは無抵抗で食べてください、と言っているようなものであり、食らいつかんと大尉に迫る。

 

 だが、大尉も食われる訳にはいかないと距離を離す。脅威など微塵も感じないが不気味な違和感を感じる。少女の形をした化物には強大な力が隠されていると大尉は長年培ってきた経験や洞察力で見抜いていた。

 

「にげるなー!」

 

 闇が大尉に対して放たれるがそれを容易く避け、木の枝へと飛び上がる。少女の形をした化物は自分では到底追い付かないと理解したのか腹の音を発てながら森へとふらふらと消えていった。

 

 

――――――――

 

 

 未だに大尉を遠くから監視していた椛は何があったのかを詳細に記録していく。分かっていたことだが、先の身のこなしから只者ではないと改めて実感させられる。

 

 もし、大尉が異変を起こすようなことをすれば荒れるだろう、と椛は静かに記録しておく。


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