東方戦争犬   作:ポっパイ

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三十九話

 

 大尉がわざわざEXルーミアを戻して一人になったのには理由がある。事が思うように進みすぎていて別の何かの存在の介入を直感的に感じていた。しかも、大尉はその存在が誰か知っているような気がしていた。

 

 思い浮かべたのは一匹のチェシャ猫だ。どこにでもいて、どこにもいない。そんなふざけているとしか思えない能力を持った猫だ。

 

 少佐は作戦を思惑通りに成功させただろう。あいにく、自分はそれを見届ける前に死んでしまったが。それならば、あの猫は今頃、最悪の吸血鬼の中にいるはずだ。幻想郷にいるとは思えない。それは、少佐の作戦の失敗を意味する。

 

 だが、何故か、あの猫がいる気がしてならない。どこにでもいるのなら、幻想郷にいてもおかしくはないのだろう。

 

 もしかしたら、一人になったところに現れるのではないかと少し期待をしていたが、どうやらそれは無駄だったらしい。

 

 現れる気配のない猫を待っているのも馬鹿馬鹿しく思えた大尉はアジトへと戻っていく。

 

 

――――――――

 

 

 アジトへと戻っていく大尉の様子を猫はどこか嬉しそうな表情を浮かべてスキマ空間から眺めていた。

 

 正直、大尉の前に姿を現したかったが、今の舞台の主役は大尉であり、自分はただの観客だ。観客が役者に話し掛けてはいけない。何より、妖怪の賢者を舞台から引摺り下ろした時点で役目は終わっている。

 

 嬉しそうな表情を浮かべている猫とは対照的に紫の表情は大尉を鋭く睨み付けており、殺意を隠そうともしていない。何度もスキマを開き、大尉を殺そうとしていたが、猫の前では全てが無意味だった。

 

「いい加減、怒るのやめたら、紫お婆ちゃん?」

 

 猫の小馬鹿にする声に眉をぴくりと動かす。そして、猫の首を扇で撥ねる。どうして、こうも、この猫は苛つかせてくるのだろうか。いつの間にかまた猫が小馬鹿にするように鳴く。殺してしまいたいが、殺すことすら叶わない。

 

 怒りは猫に向けられているわけではない。大尉たちに向けられたものだ。その八つ当たりとして猫に当たっているだけだ。

 

 彼は禁忌を侵し続けた。スペルカードルールを無視した本気の殺し合い。災悪のルーミアの解放。徒党を組み、幻想郷で戦争を始めた。そして――――――。

 

「彼らが何をしでかしたのか理解しているのでしょうね?」

 

「おぉ、こわいこわい。逆に訊いちゃうけど――――僕らの上官はどんな人だっけ? 紫お婆ちゃんなら知ってるでしょ?」

 

 紫は大尉たちの上官を思い浮かべる。一夜で大都市を地獄へと変えた、ナチス第三帝国の狂った人間を。たった一人の吸血鬼を滅ぼすために何もかもを犠牲にした少佐を。

 

「えぇ、よく知っていますわ。人間とは思えない化物をね」

 

「少佐殿は人間だよ。僕や大尉、紫お婆ちゃんと違って少佐殿は何の能力も持たない人間さ。ま、体を構成していたのは機械だったけどね」

 

「ほざけ。ただの人間があの吸血鬼を倒せるものですか」

 

「だからこその僕らだったのさ。アーカードに死の河を使わせ、僕という毒酒を呑ませる。英国市民も第九次十字軍も首斬り神父もヘルシングもそして、ラストバタリオンも全てはそのための犠牲。人間である少佐殿は自分の持つ何もかもを賭けたんだ。その結果、賭けに勝ち、アーカードにも勝利した」

 

 自慢気に語る猫。机上の空論とすら呼ぶには馬鹿げていた彼の作戦を現実にしたのは、この猫の存在あってこそだ。負け続きで死にぞこないの彼らに勝利の美酒を味あわせたのは紛れもないこの猫だ。

 

「……分かったわ、私の負けよ。彼は人間だった。それでいいかしら?」

 

 紫は半ば諦めていた。自身の能力が上書きされ、その能力が自分に牙を向けてくる。その結果がこのザマだ。猫に対して諦めた表情を向けるも殺意は心の奥底に残してある。

 

「まだ大尉は殺させないよー。大尉の戦争は、夢は、まだ始まったばかりなんだから」

 

 紫の心をまるで見透かしているような発言をした猫の頭が爆散する。だが、やはり、それでも猫はそこにいる。否、いないのかもしれない。

 

「僕らの上官は誰だっけぇ? その上官に長く付き従っていたのは誰だっけぇ? なら、大尉が真似をしようとしても可笑しくはないよね?」

 

 猫の不快にさせる愉快そうな笑い声がスキマ空間に響き渡る。空間を弄ったのか、その笑い声は全方向から紫の耳に逃すことなく響いてきた。

 

 

 

――――――――

 

 

 夕日が西へと沈もうとしていた矢先、妖怪の山の上層部が住まう山頂付近に慌ただしく飛んでいく影があった。その影――――ただの一介の烏天狗は名前も知らない白狼天狗からの報告を伝える義務があった。

 

 『妖怪の山の麓に人狼一派が現れた』と哨戒任務に当たっていた白狼天狗が切羽詰まったような様子で自分の元へとやって来たのだった。

 

 この烏天狗は大尉たちのことを僅かな情報でしか知らなかった。今朝、紅魔館が落とされたというのは何となく誰かから聞いたが、まさか今度は妖怪の山を狙ってくるとは思いもしなかった。

 

 妖怪の山の上層部は大尉たちのことを重要視していない節があった。文や椛など大尉たちと直接顔を会わせたことがあるならまだしも、上層部の彼らは文からもたらされる情報でしか知らない。

 

 上層部は天狗故に傲慢だった。大尉を格下と侮っていた。情報収集を文一人に任せっきりにしていた。その文も今日は霊夢に着きっきりで戻ってきてはいない。

 

 その隙を突かれた、と烏天狗は考える。何としてでも情報を伝えなくてはと急ぐ烏天狗だったが、急に視界が暗転する。

 

「じゃあな」

 

「ぁ―――――」

 

 何が起こったのか考えるよりも前に不機嫌そうな声が聞こえ、烏天狗の意識が途絶える。最期に感じたのは全身に掛かる急な圧迫感だけだった。

 

 

 

 人一人分より少し大きい闇が中に入っているモノなどお構いなしに圧縮され、小さな立方体へと形を変えていく。中に何が詰まっていたのかは外からでは何も分からない。

 

「うっわー、グロい、超グロい。あんたの能力ってそんなこともできるのね」

 

 落ちてきた立方体の闇を見て天子が珍しく引いているようだった。痛い目には慣れている天子でも、こうなるのは御免だ。何より、楽しくもない。

 

 一方、闇を造った張本人であるEXルーミアはどこか不機嫌そうな表情をしながら辺りを見回している。まるで天子の言葉が耳に入っていないようだ。

 

「なに不機嫌なってんのよ。私だって、この役に不満はあるんだから」

 

「……大将の作戦が不満ってかァ?」

 

「そうじゃないわよ。あいつの作戦には賛成よ。面白そうだし、楽しそうじゃない? 唯一の不満は、私が今、この役ってだけよ」

 

 大尉のことを「あいつ」呼ばわりする天子の態度が気に食わなったのか、EXルーミアの鋭い眼光が天子へと向けられる。だが、天子は特に気にしていない様子で無視して目的地へと歩みを進める。

 

「次、目立てるんならってきちんと約束してくれた以上は私も頑張るわよ。この山を平らにするのも悪くはなかったけど、そうしたら殺されちゃいそうだし」

 

 ふざけているのか本気なのかは本人にしか分からない。だが、何故か急にやる気を出し始めた天子にEXルーミアはただウザいと思っただけだった。

 

 

――――――――

 

 

 未だ謹慎処分が下されている椛はその真面目な性格からか千里眼を使い妖怪の山を見回していた。今朝、文から紅魔館が崩壊したと報告を受取った時は悪い冗談なのではないかと文に対して訝しい目を向けたものだ。

 

 だが、紅魔館に目を向けてみれば、そこに広がっていたのは何があったのかすら忘れさせるほどの大量の要石だ。

 

 その後、文は霊夢と合流する約束をしていたらしく、すぐに出ていってしまった。次は自分たちかもしれないと椛はより一層警戒心を高めていく。

 

 そして、椛は見付けてしまった。山の中を歩くEXルーミアと天子の姿を。二人はどこかに向かって歩いているようだったが、その方向は山の上層ではないようだ。

 

二人が向かう先を千里眼で見透せば、そこにあるのはよく知る場所だ。

 

「『玄武の沢』か!」

 

 椛にとって親友とも呼べる河城 にとりとにとりと同族である河童たちが住む場所だ。無数の洞窟があり、その中には河童たちの研究所兼遊び場が広がっている。

 

 狙いは恐らく河童たちの技術力だろうと椛は推測する。椛は外の技術力を知らないが、それでもにとりたちの発明は外に優っているのではないかと考える時がある。

 

 そして、大尉の持っていた武器は現在、玄武の沢にて、にとり主導のもと解析もとい改造されている。

 

 にとりたちを救わなければならない、と考えるよりも前に体が動いていた。新調された大剣と盾を持ち、自宅から出ると何故か、よく見知った三人の白狼天狗が自宅前で待ち構えていた。

 

「にとりたちが危ない! 助けに行くぞ!」

 

 何故、自宅の前にいるのかなど考えるまでもなく、椛は命令を下す。謹慎処分が下されているとはいえ、部下である三人ならば、着いてくるだろうと椛は思っていた。

 

 だが、部下の様子がおかしい。切羽詰まった表情を浮かべる椛とは対照的にその表情には余裕がある。何かがおかしい。

 

「どうした、お前たち?」

 

 椛の問いかけに部下の白狼天狗は一枚の紙を差し出してくる。つまり、これが応えらしい。時間がないと知りつつも差し出された紙を受取り、その内容に目を通す。

 

 書いてある文字が理解できなかったわけではない。書かれている内容が理解し難いものだった。紙を破り捨てると椛は部下である白狼天狗に武具を構える。その表情は鬼気迫るものだ。

 

「貴様ら、正気か?」

 

 椛の問いに一人の白狼天狗が鼻で笑う。

 

「隊長こそ、正気ですか? 我らを蔑ろにし続けるこの組織にいることは正気ですか?」

 

 紙に書かれていた内容は分かりやすいものだった。「白狼天狗を我らが人狼陣営へと迎え入れたい」というものだった。そのために、妖怪の山を裏切れと言っている。

 

 如何に『妖怪の山』という組織が腐っているのか、白狼天狗が如何に優れた種族なのか、如何に我らの軍が強いか、を懇切丁寧にあることないこと書かれていた。

 

 こんな文章をあの人狼が書けるとは椛は思えなかった。ならば、誰かが入れ知恵をしたに違いない。

 

「お前らの答えは決まっているんだな?」

 

 今こうして椛に対して立ち塞がる姿が白狼天狗たちの答えだろう。

 

「なるほど。……勝てる戦いなのか? 我々の後ろには誰がつく?」

 

 決意した椛の表情に他の白狼天狗は表情には出さないものの安心する。自分たちの隊長を斬る覚悟をまだしていなかったからだ。

 

「彼らは総大将として名も無き人狼を。ルーミア、風見 幽香、比那名居 天子、霍 青娥が彼に従っています」

 

「そうか、そんなに増えたのか」

 

「そこに我々も加われば――――」

 

 言い終わるよりも前に椛が動き、部下の白狼天狗に斬り掛かる。突然の攻撃に反応が遅れた白狼天狗は後ろに飛び退き何とか回避する。

 

「そんなに反逆したかったのなら、誰の手も借りず、自分たちの力だけでやれ! 白狼天狗の名を汚すな、馬鹿者!」

 

 椛の怒号が飛ぶ。今はそんなことよりも玄武の沢に行き、にとりたちの救出に向かわなければならない。反逆者などと今はどうでもいい。

 

「流石は隊長です。しかし、これを読んでもそうは言えますか?」

 

 この白狼天狗に渡された手紙は二通だった。一通は白狼天狗へ向けたもの。もう一通は椛一人に向けたもの。

 

 投げ渡された手紙を読む前に破り捨ててしまおうかと思った椛だったが、何故か読まないと後悔してしまう気がした。とてつもなく、恐ろしい何かが書かれているような気がした。ほとんど直感のようなものだが、椛は手紙に目を通し、無意識に手紙を落としてしまう。

 

 その表情は部下ですら見たことがないほど混乱と絶望が入り雑じった複雑なものだった。

 




場面転換多くてすみません


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