東方戦争犬   作:ポっパイ

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三十八話

 

 霊夢が紅魔館に着く頃には何もかもが手遅れだった。紅い邸が建っていた場所は要石で潰され、何が建っていたのかも分からない。

 

 要石の上で気絶しているレミリアを見つけると霊夢は慌てた様子で近付いていく。

 

「大丈夫、レミリア!?」

 

「…………来るの……が遅……い」

 

 顎を砕かれ、喋るのもやっとな様子のレミリアの姿は無事なものではない。再生能力が追い付かないほど追い詰められたレミリアは全身傷だらけだ。

 

 霊夢は辺りを見回す。だが、咲夜やフラン、パチュリーの姿はどこにも見当たらない。最悪の光景が脳裏に過る。

 

「フランたちはこの下?」

 

「……………」

 

 レミリアが頷いて肯定してみせる。こんなことなら、自分一人で来るのではなく、人員を連れてくるべきだったと反省する。

 

「分かった。後は任せない」

 

 霊夢の言葉に安心したのか、レミリアは眠るように意識を無くしてしまった。もうすぐ日が昇ってしまう。そうなる前にレミリアをどこか安全な場所に移さなければ日で焼けて死んでしまう。霊夢の勘が要石の下にいるであろうフランたちは無事だろうと告げる。

 

 レミリアに事情を聞かずとも何が起こったのかは見当がつく。大方、大尉たちに攻め込まれたのだろう。

 

 戦力が増えているだろうとは思ってはいたが、まさか天子を仲間にしているとは思ってもみなかった。どういう繋がりなのか気になったが、幽香が繋げたと考えれば有り得る話だ。

 

 だが、今はそんなことを考えている暇はない。気絶したレミリアを背負い、安全な場所まで移動しなければならない。飛ぼうとした矢先、見慣れた人物が空から降りてきた。

 

 カメラを持った文は紅魔館跡地を見て驚いているようだった。紅魔館が建っていた場所にもはや、紅魔館が分からなくなるほどの要石が詰まれていたら文でなくとも驚くだろう。

 

「な、何事ですか、これ!?」

 

「あの人狼一派の仕業よ」

 

「それにしてもやりすぎでは!?」

 

 それでも写真を撮る文はぶれない。恐らく、すぐにでも記事を書きたいのだろう。だが、霊夢に協力するといった以上、今から書きに帰るのは無理だろう。

 

「レミリアをお願い」

 

「えぇ、お任せください。……正気ではないですね」

 

 霊夢は背負っていたレミリアを文に抱えさせる。重傷のレミリアを抱えた文がぼそりと呟いたのを霊夢は聴き逃さなかった。

 

 日が昇るよりも前にレミリアを永遠亭へと運ばなければならない文が飛び立つ。霊夢は要石を睨み付ける。その表情は怒りに満ちている。

 

 要石をこんなに扱える人物には心当たりがある。かつて、自分も痛い目に合ったから分かる。だが、大尉との繋がりは皆無だった。

 

 誰が大尉と天子を引き会わせたのか。そんなことは分かりきっている。裏でこそこそと動き回っていたであろう人物を思い浮かべる。

 

「風見 幽香」

 

「えぇ、そうよ」

 

 霊夢は別段驚くこともせず、後ろを振り返る。そこにはいつの間に姿を現したのか幽香が立っていた。

 

「……木偶人形」

 

 幽香の妖気があまり感じられないことから霊夢は今、ここにいる幽香が能力を使った分身であることを見抜く。幽香は否定をするわけでもなく、微笑むだけだ。

 

「彼からの伝言よ」

 

「なに?」

 

 幽香は大尉から霊夢へと伝言を任されていた。直接会っては、倒されてしまう可能性を捨てなかった大尉はこうして幽香の分身体を使うことにした。

 

「『我々も楽しむから、そちらも存分に楽しんでくれ』って」

 

「最悪の宣戦布告ね」

 

 大尉からの宣戦布告を受け取り、霊夢は反吐が出そうになった。ここは見る影もないが紅魔館であり、人の家でそんな行為をするつもりはない。

 

「それと、天子からも伝言よ」

 

「……」

 

「『要石を動かせば溜まりに溜まった衝撃が幻想郷中に響き渡る』って。本当に悪どいことするわよね、あの子」

 

 要石は本来、地震のエネルギーを抑えるものだ。現に幾つもの要石が降ろうとも地震は起きなかった。それは最初に落とした要石がエネルギーを抑え込んでいるからだ。ならば、それを動かせばどうなるのだろうか。

 

 そう考えていた霊夢は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。その表情を見て、幽香が楽しそうに笑う。

 

「それが嫌なら私たちを倒すことね、素敵な素敵な巫女さん。天子は負けるまでここに地震を起こすらしいから」

 

 つまり、今も紅魔館では地震が起きている。霊夢がそれを感じないのは要石のせいだ。

 

 フランたちを助けようにも下手に動けば大地震が起こる。助けるには、大尉たちを倒すしかない。

 

「分りやすい挑発をどうも」

 

「えぇ、挑発ですもの。相手が理解してくれないと虚しいじゃない」

 

 霊夢が弾幕を幽香に放つ。一発当たっただけで幽香の分身体はボロボロと崩れ落ちていく。最小限の妖気しか使っていないようだった。

 

 

――――――――

 

 

 分身体が倒されたのを感じ取った幽香は大尉に優しく微笑む。無事、宣戦布告をすることができた、という表れでもあった。大尉の表情は変わらないものの、何となく満足している風に思える。

 第一段階は成功といっても過言ではない。幻想郷の一勢力を潰したというだけだが、それが上位種である吸血鬼が率いた勢力であるならば、大きく知れ渡ることになるだろう。

 

『戦争が始まった』

 

 霊夢に対して、宣戦布告のタイミングが遅かったかもしれないと思ったが、敢えて、遅い宣戦布告をしたおかげで自分たちが本気であると意思表示できただろう。

 

 日中の内に次の段階に移りたい気持ちは山々だが、焦ってはならない。もう布石は敷いてある。向こうの動き次第なのが、少し心配ではあるが、それはそれで楽しいものだ。

 

「次の作戦にはアレも参加させるのかしら?」

 

「あらあら、幽香さん、酷いですわ。誘ってきたのは貴方じゃないですか」

 

 確かに誘ったのは幽香だった。断られるだろうと踏んでいたが、その予想は大きく外れてしまい、『邪仙』霍 青娥が大尉たちの軍に参列することになった。断れた場合、それはそれで幽香は許しはしないつもりだった。

 

「……ちゃんと使えるんでしょうね?」

 

「えぇ、最終調整も終えていますので、何時でも何処でも投入可能ですわ」

 

 紅魔館への侵略の際に青娥が参加しなかったのには理由がある。幽香が発案したそれは青娥の手によって実行された。そのため、青娥は参加することなく、調整を行っていた。そのことに大尉は特に何も言うことはなかった。

 

 幻想郷には恐るべき強者がまだまだ存在している。そのことは大尉も認知している。倒すべき存在がいる。倒されるべき存在がいる。ただの戦争では、つまらない。大尉の望むのは大戦争だ。かつてのロンドンのように地獄に変えてしまうのも悪くない。

 

「私はどうすりゃいいの?」

 

 能天気なことを訊いてくる天子は影狼の尻尾で遊んでいた。下手なことをすれば、殺される可能性も考えた影狼はされるがままだ。

 

 天子の能力は強力だ。だが、今回の作戦で、土台を崩され、要石の雨を降らされてはたまったものではない。今回は別件に回したい。

 

 大尉は天子へと正直に影狼越しにそう伝える。天子も別件のことは知っているが派手なものではないため、苦い表情を浮かべる。

 

「えー、それ、私がやんないとダメ?」

 

 別件にはEXルーミアも着くことになっている。相性は悪いかもしれないが、それが終われば大尉たちと合流する手筈になっている。だが、そのEXルーミアは何故かこの場にいない。

 

「あの子、何かあったのかしら?」

 

 幽香はEXルーミアから作戦の成功は聞いていたが、それ以上、何も言おうとする様子はなかった。それが逆に不気味に感じる。

 

「……行くの?」

 

 無言でどこかへ歩き始めた大尉に幽香が声を掛ける。恐らく、EXルーミアのところに行くのだろう。影狼が着いていこうとするも、天子が離れようとしない。それを抜きに影狼を連れていく気はまったくない。

 

「えっ」

 

 つまりは、幽香、青娥、天子がいるこの場に影狼だけが残されたということになる。影狼にとっての地獄が存在していた。

 

 

――――――――

 

 

 EXルーミアは意外と簡単に見つかった。何かをしているわけでもなく、地面に座り込み、ただ空を眺めている。大尉の知るEXルーミアからしてみれば、それは珍しい様子だった。

 

「よォ、どうかしたかァ?」

 

 それはこっちの台詞である。不気味なほど、大人しいEXルーミアにそう言ってしまいたいが、あいにく通訳は置いてきている。

 

 大尉のそんは雰囲気を感じ取ったのかEXルーミアが呆れたように溜め息を吐く。まさか、EXルーミアに溜め息を吐かれるとは思ってもみなかった。

 

「何でもねェよ。邪魔なクソを閉じ込めようとしてただけだ」

 

 何を言っているのか大尉には理解できなかった。EXルーミアは勝手に一人で納得したように頷く。そして、大尉の方をまじまじと見詰めながら口を開く。

 

「次はナニすりゃいい? 大将の命令だったら、私は喜んで引き受けるぜ。……って、通訳いねェからわかんねェか」

 

 ばつの悪そうな表情を浮かべ、自身の後頭部を乱暴に掻く。溜め息を一つ吐き出すとEXルーミアは皆がいるところまで歩き始め、大尉の方を振り返る。

 

「戻ってるぞォ!」

 

 大尉にそう声を掛けたが、大尉は動こうとしなかった。不思議そうな表情を浮かべるEXルーミアに大尉がまるで先に行っていろ、と言わんばかりに手で促された。

 

 

――――――――

 

 

 アジトへと戻りながらもEXルーミアは頭の中で話し掛けてくる喧しい声に悩まされていた。声の正体は分かっている。封印されてから常に一緒にいた目障りな存在だ。

 

『また危ないことするのかー?』

『だれかを殺すのだー?』

『だれかに殺されるのかー?』

 

 頭の中の存在はかつてルーミアだったものだ。自身が巫女に封印された際に、その代わりとして生まれた別の人格だ。どこまでも能天気で、どこまでも無邪気な自分とは思えない幼い自分。

 

 そして、大尉によって封印が解かれた際に奪われた主導権を奪い返し、意識の奥底へと沈めてやったつもりだった。

 

 何が切欠でルーミアが起きたのかは検討がつく。チルノを八裂きにしようとした瞬間に起きたそれにEXルーミアは舌打ちをする。

 

『巫女に倒されるのかー?』

『巫女に復讐するのかー?』

『また私が出れるのかー?』

 

 こうも喧しいと自身の頭を吹っ飛ばしたい気持ちで一杯だ。それを制御しているのは一重に大尉という存在のお陰だろう。声が聴こえなくなるまで無茶苦茶に暴れたかったが、それをすれば大尉が困ってしまうと分かっていた。

 

『……惚れてるのかー?』

 

 馬鹿馬鹿しいと悪態吐く。ガキじゃあるまいし、と頭の中で反応をする。これだから、邪魔なのだ。

 

「オマエ、頼むから戦ってる時には二度と出てくんなよ?」

 

 先程、ルーミアと交わした約束だ。目覚めてしまったものはしょうがないが、戦闘中に出てこられたら集中できない。

 

 代わりにルーミアが提示してきたのはチルノを含む友だちの身の安全だった。それを受け入れない限り、常に声を掛け続けるぞ、と脅された。受け入れる形でしか、納得されなかっただろう。

 

『わはー』

 

「死ね」

 

 


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