東方戦争犬   作:ポっパイ

37 / 62
三十七話

 EXルーミアは地面が微かに揺れたのを森の中で察していた。この揺れが撤退の合図だと知らされていたので、大尉を待たせるわけにはいかないと思い、最終チェックを行う。

 

 EXルーミアの下に広がるのは紅魔館で働いていた妖精メイドたちの無惨な姿だ。ある者は手足を折られ、ある者は身体の部位が一部欠損している。その欠損も食べられた跡と斬られた跡の二つに分けられている。

 

 妖精を食べた感想としては、まるで霞を食べているようだった。妖精に死という概念はない。例え、死ぬような怪我を負ったとしても、自然のエネルギーを借りて復活する。味気がなさすぎて、EXルーミアにとっては物足りないものだった。だが、妖力が補充できた分だけましだろう。

 

 もはや、動くことすらしない妖精メイドを一瞥すると木にもたれ掛かる一人のメイドの方に歩み寄る。

 

「よォ、生きてるかァ?」

 

 そのメイド――咲夜は至るところから出血し、利き手は折られ、右脚にはEXルーミアお手製の闇でできた杭が突き刺されている。その周りには咲夜が使っていたであろう銀のナイフが砕かれた状態で何本も散らばっている。

 

 EXルーミアの問い掛けに反応する体力もないのか、咲夜はEXルーミアを僅かに睨み返すだけだ。

 

 追っ手が来るであろうことは想定内だった。だが、その追っ手が最悪の相手だったのは想定外だった。

 

 咲夜の能力でいくら隙を狙い、攻撃しようが、EXルーミアはその度、妖精メイドを食べては回復する。況してや、EXルーミア自身の再生能力も高く、ナイフ程度では深傷を負わすことは難しい。

 

 守るようにと主人に言われた妖精メイドを目の前で食べられるのは屈辱的だった。それに加えて、妖精メイドを守れなかったという申し訳なさや、自身への不甲斐なさを感じながらの戦闘は咲夜の精神力を削り取っていた。

 

 その結果、咲夜や妖精メイドはEXルーミア一人に蹂躙されてしまった。

 

 咲夜の元まで来たEXルーミアはしかめっ面を浮かべながら、おもむろに咲夜の身体を探り始める。傷に触れようがそんなものはお構いなしだ。

 

 咲夜はこの行動の意味を知っている。EXルーミアは戦闘中も使用された銀のナイフを律儀に粉々に砕いていた。そうまでする理由は人狼の弱点だからであろう。

 

 大尉の弱点が銀なのをEXルーミアは幽香から聞かされていた。そして、幽香とEXルーミアの間で銀製の武器は壊してしまおうと秘密裏に話し合っていた。

 

『彼、きっと銀製の武器を使う相手がいれば燃え上がってしまうわ』

 

『大将が楽しけりゃいいじゃねェかよ』

 

『それでもし、彼が死んでしまったらこの戦争はそれで終わりよ』

 

『あァ、なるほど。大将に使われる前に壊そうってことかァ』

 

『そういうことよ。で、頼めるかしら?』

 

『あァ、任せとけ。邪魔なモン壊せばいいんだな』

 

 大尉を殺させないよう、これからの戦争を長く楽しめるよう、EXルーミアは咲夜の持つ銀のナイフを破壊していた。本当は粉々になった銀のナイフを更に処理したかったが、合図が来てしまってはそんな時間もないだろう。

 

 だが、最後に咲夜に止めを刺す時間はあるだろう。もはや、何の動きも見せない咲夜に対して、EXルーミアは無慈悲にも大剣を向ける。

 

「言い残すことはァ?」

 

「……し……ね……」

 

 最期の言葉から絶望を全く感じなかったことは残念だったが、充分に絶望を味わったEXルーミアとしては、咲夜のそんな言葉も心地好かった。

 

 だが、そんな心地好かった瞬間も終わりを告げてしまう。

 

「あァ?」

 

 どういう訳か、急に目の前が真っ暗になったのだ。自身で能力を発動させたというなら話は別だが、今そうする理由はない。闇を操るはずの自身の視界が闇に覆われたというのは不愉快だ。

 

 続いて、大量の虫の様々な羽音の不協和音が耳元で鳴り響く。その音のせいで周りの音が一切聴こえない。何が起こっているのか考えながらもEXルーミアは咲夜がいるであろう場所に大剣を突き刺す。――――だが、何の感触も得ない。

 

「―――――、―――!」

 

「――――――!」

 

 耳が慣れたのか誰かが会話しているのが僅かに聴こえる。内容までは分からないが、何やら焦っているようにも思える。

 

 闇を無闇に操るようなことはせず、視界が晴れていくのを待つ。この能力の持ち主もその効果時間もEXルーミアは知っている。視界が晴れたならば、殺してやろうと瞬間的に能力を発動できるように身構える。

 

 耳元で不協和音を奏でる虫たちも今や気にならない。それ以上にそうした連中に対して憎悪や嫌悪が沸いてくる。

 

 やがて、視界がうっすらだが晴れていく。だが、今度はEXルーミアの顔の周りを大量の羽虫たちが飛び回る。まるで、見られてはいけないものを隠すような飛び方だ。

 

 だが、もう遅い。鬱陶しい羽虫たちだけを闇で包み込むとその闇を一瞬で圧縮させ羽虫たちを潰す。

 

「クソ雀、クソ虫! 邪魔すんじゃねェよ!」

 

 EXルーミアの指すところの人物は夜雀という妖怪のミスティア・ローレライと蛍妖怪のリグル・ナイトバグだ。

 

 ミスティアは『歌で人を狂わせる程度の能力』を持つ。だが、夜雀という種族から人間、妖怪問わずに鳥目にさせ視界を奪うことができる。EXルーミアの視界を奪うことでその間に咲夜を救出したのだろう。

 

 対して、リグルは『虫を操る程度の能力』。大量の羽虫を操り、EXルーミアの耳元で羽ばたかせることでその聴覚を麻痺させていた。だが、一瞬で潰されてしまったのは予想外だった。

 

 二人はEXルーミアの前に姿を見せていない。だが、能力が届く範囲から考えて近くにいるのだろう。未だEXルーミアの視界は完全に晴れないが、それでも誰かが立っているのが視界に僅かに写る。

 

 逆に言えば、それ以外の地面に倒れていたはずの妖精メイドたちの姿も消えてしまっていた。時間を無駄に掛けすぎてしまったことを後悔する。

 

 ならば、誰が立っているのか。

 

「……」

 

 凍てつくような妖気を放つ小さな妖精はEXルーミアを睨み付けている。その表情からは怒りが受け取れるが、EXルーミアはぼやけた水色の輪郭しか見れないでいた。否、それだけで誰が立っているのかEXルーミアは理解できた。

 

「チルノォォォオ!」

 

 頭に血が昇り、殺意の籠った怒号が水色の妖精の正体を暴く。EXルーミアの本気の殺意を受けても尚、チルノは眉一つ動かすことなく睨み付けたままだ。

 

 チルノは姿を眩ました友だちの姿と目の前に立ち、怒り狂っている化物の姿を比べる。まるで友だちの姿をそのまま成長させたような姿だが、その表情はとてもかつての友だちからは想像はできない。

 

 チルノは馬鹿だ。物事をあまり深く考えずに行動するような馬鹿だ。だが、その馬鹿さ故に咲夜や妖精メイドたちは助けられた。

 

「みんなをいじめるなぁぁああ!」

 

 友だちが虐められているのを見捨てることはできず、虐めた張本人に啖呵を切る。チルノのこの行為は無謀に思えるかもしれない。だが、それは無謀でも蛮行でもなく、馬鹿が故の勇気だ。例え、相手が風見幽香だろうが大尉だろうがチルノは動いていただろう。

 

 何がチルノをここまで突き動かすのかは本人にも分かっていない。

 

 巨大な氷塊の弾幕がEXルーミアへと放たれる。単調すぎる攻撃だが、その氷塊の一個一個の面積は大きく、避けるためにもチルノから距離を取る。

 

 続いて、チルノからは想像もできないような冷気が溢れ出す。EXルーミアの知る、弱いチルノからは想像もできない。だが、所詮は冷気だ、とEXルーミアは見下す。

 

 冷気に負けずと闇を展開するEXルーミアは完全に晴れた視界でチルノを睨み付ける。

 

 封印され、幼子の姿となった頃の記憶は嫌でも共有されていた。その中で何度も何度も出てきたチルノの存在は煩わしいを通り過ぎて殺してしまいたかった。

 

 冷気と闇とがぶつかり合う。チルノの冷気はEXルーミアの闇すら凍りつかせるが、沸き出る闇の物量に押されかけている。

 

 下手に近付けば冷気に当てられてしまう。今のチルノに近付くのはそれこそ無謀だ。ならば、チルノが消耗するのを待つしかない。

 

「うぉぉぉおお!!」

 

 押されかけていた冷気がチルノの気合いの入った雄叫びとともに勢いを増していく。それだけでなく、チルノから尋常ではない量の凍てつく冷気がEXルーミアに向けられ放つ。

 

「―――――ッ!?」

 

 EXルーミアは無意識に一歩後退してしまった。だが、それは自分がチルノに対して気圧されてしまったことに変わりない。

 

 EXルーミアは信じられない、といった表情を浮かべる。それがチルノに対するものなのか、自分に対するものなのか、答えは両方だろう。

 

 球体になるまで闇を全身に纏い、チルノの冷気を突破しようと試みる。チルノは氷の弾幕も合わせて撃つが、球体を纏ったEXルーミアにダメージはない。球体の表面が凍りつくも球体の中からドリルの様に回転する棘が現れ、凍りついた闇を砕いていく。棘が凍りつけばまた新しい闇が球体の中から現れ、それを何度も繰り返し着実にチルノへと接近をしていく。

 

 チルノもここで冷気を放ちながら距離を取ることができれば、接近を許すことはなかったのだろう。だが、チルノも冷気を放ち続けることで一所懸命なのだ。

 

「チルノ!」

 

 離れた場所にいたリグルとしてはチルノの手助けをしてあげたいが、チルノの冷気に虫が当てられたならば一瞬で氷へと変わってしまうだろう。それはミスティアとしても同じだ。

 

 だが、残酷なことに冷気を放ち続けていたチルノに限界が来てしまう。冷気が薄れていくのを感じたEXルーミアは球体の速度を上げていく。

 

 ミスティアやリグルが近付き、チルノを援護すべく弾幕を放つがどれもこれも球体に防がれてしまう。球体は真っ直ぐチルノへと向かう。

 

 EXルーミアは大剣の攻撃範囲まで近付くと球体を割ってチルノへと斬り掛かろうとする。

 

 弾幕も間に合わず、チルノも反応に遅れ、目を瞑ってしまったが、どういう訳か痛みを感じない。

 

「…………?」

 

 恐る恐る目を開けるとそこには苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるEXルーミアが大剣を今まさに降り下ろさんとする状態で目の前に立っていた。EXルーミアの身体は何故か小刻みに震え、大剣を振り上げた状態で停止しているようだった。

 

「……そうかよ! オマエまで私の邪魔をするのかよ! 今更すぎんだろうがよォ!」

 

 果たして、誰に言っているのかは分からない。独り言にしては大きすぎる。その隙にミスティアとリグルがチルノを回収して逃げていく。

 

 EXルーミアとしては本当は追いたかったが、体が言うことを効かない。まるで、見えない存在が纏わりついているような気分だ。

 

「クソが! 追わなけりゃいいんだろ!? クソ! クソ! 自我なんて持ちやがって!」

 

 見えない存在に悪態吐くEXルーミアはチルノたちを追うのを諦めると大尉たちとの合流場所へと向かうべく足を動かそうとする。すんなりと動いた足を見て、EXルーミアは大きな舌打ちをする。

 

 

 

 

 

 

 「わはー」とEXルーミアは頭の中で満足そうに笑う声が聴こえたような気がした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。