東方戦争犬   作:ポっパイ

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三十六話

 もはや、紅魔館勢力に勝ち目はなかった。時間が経てば経つほど援軍が来る可能性は高いかもしれないが、それ以上に咲夜の身が危なくなってくる。

 

 レミリアは誰か一人を逃す手を考えるが、相手がそう易々と逃してくれるとは思えない。

 

「さて、そろそろ舞台も大詰め。どうやって巻き返すつもりかしら?」

 

 グングニルを日傘で受け止めながら幽香が何かを期待しているようや表情でレミリアに問い掛ける。

 

「こっから巻き返すなんて無理無理。なんたって私も到着しちゃってるし!」

 

「貴方には聞いてないわよ。黙って誰かと戦っておきなさい」

 

余計なガヤを入れる天子にうんざりするような表情を浮かべる。

 

「はぁ!? 死にかけの魔女しか残ってないじゃない!こんなのと戦えっていうの!?」

 

「あら、それは残念だったわね。私は吸血鬼の相手で忙しいの」

 

 天子はパチュリーの方を見ると溜め息を吐く。

 

「あんた、戦える? 私、超強いから戦うなんてオススメできないわよ?」

 

 要石から降りた天子がパチュリーへと歩み寄る。くたばりかけの相手なんて天子からしてみれば不本意ではあったが、余っていたのがパチュリーしかいないのであれば、それはもう仕方なく相手をするしかない。

 

「おとなしく負けを認めてなさいって。じゃないと、ほんとに死んじゃうわよ?」

 

 心配しているのか馬鹿にしているのか分からないような軽い口調で話し掛けてくる天子はパチュリーの様子に気付けないでいた。パチュリーなど眼中になかった天子が気付けるわけがなかった。

 

「『賢者の石』……発動」

 

 残った魔導書が綺羅びやかに光り、パチュリーの周りを旋回する。

 

「ん―――――?」

 

 天子が反応するよりも前に旋回する魔導書から数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の魔力弾が放たれ、凄まじい速度で天子の身体へと直撃していく。

 

 天人の身体というのは頑丈であり、刃物であってもその肌一枚切ることすら難しい。魔力弾の直撃に少し後退するだけで耐えている天子にパチュリーは更に追撃ちを掛けるべく魔法を発動させる。

 

「『ロイヤルフレア』!」

 

 魔法の発動と同時にパチュリーの頭上に太陽を思わせるフレアを纏った巨大な火球が浮かび上がり、その火球から鞭のようにフレアが天子へと振るわれる。

 

 今も直撃しまくる魔力弾に気を取られていた天子はそのフレアに対処できるわけもなく、その身を焼かれながら吹き飛ばされていく。飛ばされた天子を追い掛けるように魔力弾は追撃を始める。

 

 フレアが次に狙ったのは大尉だった。シルバードラゴンとフランの分身の相手を同時にしていた大尉は迫るフレアを避けると霧化し、パチュリーへと駆ける。

 

 実体化をさせては自身の身が危ないと踏んだパチュリーは天子に放っていた魔力弾を狙いを迫ってくる霧へと変更させる。瓦礫の山に突っ込んだ天子には代わりにシルバードラゴンが向かう。

 

 実体化した瞬間に魔力弾の嵐が襲ってくると判断し、離れようとする大尉にパチュリーはそれでも魔力弾を追尾させ、ぶつけていく。大尉が速かろうがそんなことはお構い無しだ。実体化さえしなければ霧に攻撃力がないのは知っている。

 

 フランの分身も大尉という標的が消え、レミリアと戦っている幽香へと標的を移していく。

 

 レミリアに余裕が少しできたことを安心するパチュリーだったが、レミリアはパチュリーに対して全く安心してはいなかった。

 

 身体の弱い親友が高威力の魔法を連発してはその反動で身を滅ぼすのではないかと気が気でない。だからこそ、そうはならないように早く決着を着けなればならない。

 

 レミリアは声に出して心配したかったが、そんなことをしては相手にパチュリーが限界であると知らしているのと一緒だ。

 

「……ムカつくわね」

 

 シルバードラゴンに噛みつかれながら天子は自分が目立てていないことに腹を立てていた。これでは自分がただの地震発生装置ではないか。故に天子は自分が目立つためにも幽香や大尉にあまりやるなと釘を刺されてしまったことに手を下す。

 

 最初に気付いたのは腕を再生中のフランだった。夜だというのに地面に僅かな影が何個もできていた。影はフランも覆っているようだった。そして、その影が大きくなってくる。それに違和感を覚えたフランは空を見上げる。

 

 月の光りによってできた影の正体にフランは忌々しそうな表情を浮かべて無事な方の手を空に向かって伸ばす。

 

 フランのその様子にパチュリーがいち早く気付き、同じように空を見上げ、信じられない、といった表情を浮かべる。

 

「そうまでして……そうまでして……私たちを――――!」

 

「えぇ、ぶっ倒すわよ。気に食わないんだもん、アッハハハハ!」

 

 悪怯れる様子もなく天子は笑う。地面に影を作った正体を操る天子は上機嫌に周りを不快にさせながらも笑い続ける。

 

 月に照らされ地面に影を作った正体は大小様々、形状様々な要石の群だ。それを天界から紅魔館へと降り注がせていた。最初はゆったりと落ちていた要石も天子の意思により、落下速度を上げていく。

 

 幽香や大尉はこれをするのに反対だった。空からこんなものが降り注げば目立ちすぎるというのもあったが、何より、戦いの邪魔でしかないと考えていた。決着が着いた後に嫌がらせ感覚で降らせようと考えていたが、どうやら、そんな考えは天子にはなかったらしい。

 

 フランの能力により砕ける要石だが、その破片も降り注ぐことになってしまっている。だが、何より、フランの能力だけでは全てを破壊するのに間に合わない。

 

 一つの要石が轟音を発てながら地面に衝突し、それを皮切りに無数の要石が敵も味方も関係なく、天子の思うように地面へと落下し、衝突していく。

 

「この腐れ天人! 本物のイカれだ! こんなのを仲間にした連中の気がしれん!」

 

 落下してくる要石を避けながらもレミリアは天子に対して吐けるだけの文句を垂れる。それは幽香とて同じだった。

 

「私たちだって、使う時を弁えろって伝えたはずよ。こんな無差別攻撃、望んでないわ」

 

 容赦なしに自分にも降り注いでくる要石を日傘で受け流しながら天子の方を殺意を混めて睨み付ける。

 

 皆が皆、要石の対処に追われている中、霧となっている大尉には何のダメージもなかったが、物陰に隠れていたであろう影狼に要石が落下しているのに気付き、急いで救出に向かう。

 

 自分を追尾していた魔力弾も今や要石を逸らすのに必死でそれどころではないようだ。

 

 要石に直撃しそうになっていたのを、寸でのところで大尉が影狼を抱えるとそのまま被害のない紅魔館から離れた場所まで持っていく。

 

「あ、ありがとぅ」

 

 まるで生きた心地のしなかった影狼が涙目で大尉に感謝を述べる。大尉は一度頷くと未だに要石が降り注ぐ紅魔館跡地へと凄まじい速度で戻っていった。

 

 誰も彼もが要石に意識を持っていかれている今なら逃げられるのではないと考えるが、その考えも無駄であることに影狼は気付かなかった。

 

 

――――――――

 

 

 騒ぎに乗じて天子自身は要石に乗り、一人安全圏から紅魔館を見下ろしていた。要石に要石が重なり、そこに何が建っていたのかも分からないほどだ。

 

 フランの分身やシルバードラゴンも要石に潰され、消滅してしまっていた。レミリアやフラン、パチュリーもどうなったかは上空からは判断できない。要石が邪魔すぎる。

 

「あー、やりすぎた、かも」

 

 反省しているのかいないのかも分からない表情で天子は頭を掻く。だが、実に気持ち良かった。

 

「かも、じゃなくて、やりすぎ、よ」

 

 要石を退けて現れた幽香の姿は傷一つなく、服に着いた土埃を払っている。あんな状況では戦うどころではない。だからこそ、使うのを控えさせていたのだが、こうなってしまっては仕方ない。

 

「そろそろ、退場しないと他が来そうね」

 

 ここまで騒ぎを大きくしたのだ。そろそろ誰かがやって来てもおかしくないと幽香は考える。大尉を探して離れようかと考えていた幽香だったが、背後から禍々しい赤い槍――――グングニルが胸を貫通し、その考えを改める。

 

「……まぁ、そう簡単にはいかないわよね」

 

「うわっ、きっしょ。なんでそんな状態でも喋れんの?」

 

 天子のガヤなど気にするだけ無駄だ。振り返り、グングニルを投擲したであろう張本人を睨み付ける。

 

 要石を退けて現れていたレミリアの姿は満身創痍に近かった。要石の対処に追われ、再生すら満足にできていないレミリアは全身から血を流し、服も赤く染まっている。

 

「ふざけるなよ、貴様ら」

 

 レミリアの怒りは紅魔館を壊されたことよりも家族同然の者たちが傷つけられたことに対するものの方が大きい。

 

 理不尽な暴力を奮われたとは思わない。最初に人狼に戦いを挑んだのは自分たちだからだ。挑んだ相手が悪かったと自分を納得させれる。だが、ここまで仕返しさせるとは思ってもみなかった。

 

「貴様ら、何を仕出かすつもりだ? この幻想郷で何を――――ッ!?」

 

 レミリアが言い終わるよりも前にその顔面に拳が叩き込まれる。

 

「ふふ、無事だったのね」

 

 レミリアを殴り飛ばした大尉はピクリとも動かなくなったその姿を見下す。楽しい戦いであったが、最後の降り注ぐ要石さえなければより楽しいものになっていただろう。

 

 恐るべき能力を持つフランの姿が見えないことが気掛かりだ。要石の山を見渡しても気配一つ感じない。

 

「気になるのかしら?」

 

「下の連中なんて気にするだけ無駄よ、無駄無駄。面倒なのが来る前に早いとこ撤収しましょうよ、疲れたし」

 

 本当に疲れたのか、単純に飽きたのか分からないが天子の言う通りだ。ここで本命が来てしまっては折角の戦争が終わってしまう。

 

「合図を出しましょうか」

 

「あー、そんな手筈だったわね」

 

 EXルーミアに戦いが終わったことを報せるために天子の地震を利用する手筈となっていた。多少離れていてもEXルーミアに気付けるように広範囲に微弱な地震を起こし、それを合図として合流地点まで撤収することになっている。天子はその合図のことなど綺麗さっぱり忘れていたようだ。

 

 天子が微弱な地震を発生させる。だが、撤収する前に影狼のことを拾いに行かなければならないことを大尉は思い出した。

 

 

―――――――

 

 

 影狼を放った場所まで来た大尉は座り込む影狼の横にもう一人誰かが立っているのに気付いた。

 

「あら、飼い主さん」

 

 半透明の羽衣を纏い、水色の半袖のワンピースを着た青髪の女性は手に持つ鑿を涙を浮かべる影狼の首元に突き刺さんとしていた。やっていることとは対照的に大尉に向ける表情は柔らかい。

 

「は、離せと言ってます」

 

 一瞬、影狼を冷たい目で見下すとすぐさま大尉へと顔を向け直す。やはり、その表情は柔らかく、敵意を感じさせない。

 

「この通訳さん、逃げようとしていましたのよ」

 

 大尉によって安全なところまで運ばれた影狼は確かに逃げれるのではないかと考えていた。だが、そんな考えも無駄になる存在が現れた。

 

 それが青髪の女性――――霍 青娥だった。青娥も幽香に誘われた人物の一人であり、幽香の提案に乗り、大尉たちの勢力に加わった。

 

 青娥は逃げようとしていた影狼に忍び寄ると何の躊躇いもなくその鑿を突き刺そうとしていた。

 

 だが、飼い主である大尉たちが現れた以上、何もするつもりがないのか影狼から離れていく。

 

「貴方がここに来る手筈なんてなかったわよね」

 

 厳しい目付きで青娥を睨み付ける幽香はどこか警戒しているようにすら思える。

 

「頼まれていたモノの調整が終わりましたので、それのご報告をと思いまして。あまりの出来の良さに待っていられなくなってしまいましたの」

 

 薄ら笑いを浮かべる青娥に連れて幽香も笑みを浮かべる。大尉としてもこれは嬉しい報告だ。これで戦争を次の段階へと進められる。

 

 影狼を回収すると大尉たちはこの場から音もなく去っていく。後は合流地点へと向かい、EXルーミアからの報告を受けるだけだ。

 

 


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