東方戦争犬   作:ポっパイ

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三十四話

 

 比那名居 天子は幽香に誘われた者の内の一人だ。かつて、博麗神社を倒壊させるという荒業に出た彼女はそれ以来、異変が起こる度に紫が釘を刺しに行く内の一人となってしまった。

 

 厄介具合で言えば、幽香よりも上かもしれないと紫は考えていた節がある。何故なら、幽香の行動理念は『闘争』にあるが、天子の場合は『娯楽』にあったからだ。

 

 天人で常に暇な天子からすれば異変も『娯楽』だ。敵になるのか味方になるのか、果たして邪魔だけするのか一切分からない。何をしでかすか分からないのが天子の恐ろしい点だ。

 

 幽香と仲が良くなったのもお互いに紫から邪険にされていたという共通点があったからだろう。知り合い以上、友人未満。二人はそんな関係だ。

 

 大尉に味方することになり、霊夢とお喋りをした次の日、幽香は太陽の畑にて天子とお茶会をしていた。

 

『新しい異変が起こるって言ったら、貴方、どうするかしら?』

 

『えぇ!? なにそれ、面白そう! あ、でも、どうせ紫に動くなって脅されるでしょう?』

 

『その紫が動けない状況だとしたら?』

 

『そんなの決まってるじゃない―――――楽しむわよ!』

 

『私たちが異変の主犯だとしても?』

 

『超面白そう! なにそれ、なにそれ! 私も仲間に入れなさいよ!』

 

『分かったわ、そう伝えておくわね』

 

 天子らしい軽いノリと勢いだ。天子の頭を少し心配するも、無事に戦力を増やすことができた幽香は胸を撫で下ろした。

 

 半壊の紅魔館を見て、未だに笑っている天子は性格は難ありだが、その能力は凄まじいものだ。

 

 『大地を操る程度の能力』は局所的な地震を引き起こすことも可能だ。現にまともに被害を受けているのは紅魔館だけだ。その証拠に湖には小さな波しかたっていない。

 

「で、お次は? お次はどこに地震起こせばいいの? 私としては博麗神社をもう一回倒壊させてやりたいわね! ププッ!」

 

 思い出し笑いなのか、紅魔館を見て笑っているのかは分からないが、天子の笑いは絶えることはない。

 

「さて、乗り込むとしましょうか」

 

 真っ先に駆けていったのは幽香だった。鈍足とは思えない速度で紅魔館へと一直線に向かっていく。彼女としても吸血鬼とは本気で戦ってみたかった。その表情は実に楽しそうだ。

 

 大尉もそれに続く。が、その前に影狼をEXルーミアが作った闇の縄でしっかりと縛り上げると脇に抱えて駆けていく。

 

 残された天子は置いていかれたことに気付くと腹いせ感覚で再度、紅魔館の真下を震源地とした地震を起こし、ゆっくりと歩いて向かうことにした。

 

 

―――――――

 

 

 再び揺れた紅魔館は無惨なものだ。一度目の揺れで何とか保っていた壁が崩壊している。フランと何とか合流したレミリアとパチュリーは紅魔館の外に出て、襲撃者に立ち向かう準備をしていた。

 

「お姉様、敵は美鈴を倒した人狼なのよね?」

 

「十中八九そうだろうな。ご丁寧に夜に襲撃してくるとは相変わらずよく分からん」

 

 単に襲撃するならば、吸血鬼の活動が抑えられる日中に襲撃すればいい。だが、大尉はそれをせず、吸血鬼の活動時間を狙って襲撃を仕掛けてきた。

 

 情けを掛けられたのか、目立ちたくないのか、はたまた別の狙いがあるのかは考えるだけもう遅いだろう。敵はもうすぐそこまで来ているのだから。

 

「人狼は私が相手するわ。いいよね、お姉様」

 

「……いや、二人でやろう。相手を甘く見るな」

 

「甘くなんて見てないよ。ただ――――美鈴の仇は殺りたいなぁって思って」

 

 フランの瞳に宿るのは狂気と憤怒。美鈴を倒され、美鈴の帰ってくるはずだった家を滅茶苦茶にされ、フランは怒り狂う寸前だった。

 

「あぁ、そうだな。本気で殺ってやらないとな」

 

 怒りを狂気で抑えているのか、その逆なのかは分からないが今の状態のフランならば、頼もしい限りだ。況してや、弾幕ごっこではなく、本気の殺し合いとなればフランの能力が冴えることだろう。

 

「そろそろ来るわよ」

 

 五冊の魔導書を広げ、周りに浮かせているパチュリーが警告する。

 

「どこからだ?」

 

「正門からよ」

 

 レミリアは嘗められているとしか思わなかった。確かに負けたのは事実だが、こんなにも丁寧に攻めてこられるとレミリアも怒りが沸いてくる。

 

 正門だったところに人影が見えるや否やパチュリーが五冊の魔導書から五色の光弾を撃ち始める。撃ち終わり、土埃が舞うタイミングを狙ってフランが顕現させたレーヴァテインで斬り掛かっていく。

 

 だが、レーヴァテインは簡単に受け止められてしまう。いくらフランが力を入れてもそれ以上、動くことがない。

 

 土埃が晴れ、現れた人物を見てレミリアは忌々しく睨み付けた。

 

「あら、手荒い歓迎ね。でも、嫌いじゃないわよ」

 

「貴様もか! 貴様も人狼側か!」

 

「えぇ、そうよ。驚いたでしょう?」

 

 レーヴァテインを日傘で受け止めている幽香はクスクスと優雅に笑う。その隙にフランが空いた手で拳を握り締めようとする素振りを見せる。

 

「許すと思うのかしら?」

 

 レーヴァテインを押し除けた幽香がフランの顔面に鋭い蹴りを叩き込む。レミリアの近くまで飛ばされたフランは少し痛がる素振りを見せたがすぐに立ち上り、レーヴァテインを顕現させる。

 

「お前らが人狼に味方する理由は何だ?」

 

 EXルーミアがいるのは分かっていた。天子がそっちに付いたのも先程分かった。そして、幽香が攻めてきて初めて人狼側に付いたのを知った。だからこそ、その理由が分からない。予期せぬ事態が続く状態にレミリアは咲夜や妖精メイドが逃げる時間を稼ぐために幽香にそう訊ねる。

 

 レミリアのその意図を読んだのか、フランも攻めずに黙っている。

 

「あら、そう易々と敵に理由を話す馬鹿がいるかしら?」

 

 挑発的な笑みを浮かべる姿からして、自身の意思で人狼側に付いたというのが窺えるが、分かるのはそれだけだ。

 

「さて、そろそろ始めましょうか」

 

「始める、だと? あのイカれたルーミアはどこ行った? 奴もお前ら側だろう?」

 

何処を見渡してもいない大尉やEXルーミアの存在が気になる。幽香はうんざりとした表情を浮かべる。だが、すぐにそれは加虐的な笑みへと変わっていった。レミリアは即座に最悪の事態を思い浮かべる。

 

「あぁ、彼女? 彼女なら――――今頃、逃げた連中を相手に遊んでるんじゃないかしら?」

 

「――――ッ!?」

 

「弱い者虐めは私の趣味でも、彼の趣味でもないもの」

 

 幽香が微笑む先には瓦礫の上に立つ大尉の姿があった。その脇には影狼が抱えられている。

 

「だから、適材適所。逃げ惑う連中を面白半分に苦しめるのが彼女の役目よ」

 

「貴様らぁぁぁあああ!」

 

 幽香の言葉の意味を理解したレミリアはグングニルを顕現させ、感情のままに幽香へと投擲する。

 

 日傘で受け流そうとしたが、思っていたよりも力が込められていたグングニルを完全に受け流すのに失敗し、肩を掠めていく。

 

 それを皮切りに化物どもの戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

――――――――

 

 

 EXルーミアは天子が地震を起こすや否や、紅魔館付近へと飛んでいき、避難するであろう者どもを空から監視させられていた。

 

 別にEXルーミアは自分よりも強い存在が気に食わないだけであり、強者との闘争を望んでいるわけではない。彼女を突き動かすのは『絶望』だ。

 

 相手の絶望する表情がたまらなく好きだ。泣きながら命乞いをしてきた時など快感すら覚える。食べられながらも呪詛にも近い言葉を吐かれた時は一晩聴いていたくなる。相手が絶望すればするほど、自分の中の何かが満たされていく気分になる。

 

 生温い吸血鬼ならば召使いたちを逃がすだろうと考えた大尉は逃亡者への追撃をEXルーミアに任せることにした。結果として、大尉の予想は当たり、EXルーミアは逃げる一団を楽しそうに監視していた。

 

 大尉たちの邪魔にならぬように紅魔館から離れたところを狙おうと決めていた。集団行動は嫌いだ。幽香のことはもっと嫌いだ。新入りの天人は上から目線で気に食わない。

 

 だが、大尉だけは違う。唯一殺されてもいい、と思ってしまった相手だ。命令されることは多いが、それでも何故か苦にならない。理由は分からないが、大尉の近くは血生臭くて心地好い。

 

 紅魔館から響いてきたレミリアの怒号が心地好く耳に入ってくる。

 

 


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