東方戦争犬   作:ポっパイ

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12/22 文章改変


三十三話

 

 

 

 大尉と霊夢が対峙してから一週間という日が過ぎようとしていた。霊夢主導の人狼探しは思うようにいかず、危機感が募っていくばかりだ。

 

 幽香を見張るように命じられていた椛はこの一週間で幽香が会っていた人物を文にリークし、文が牽制目的でその人物に取材を申し込むも、有益な情報が得られることはなかった。

 

 このまま何も起きないことが望ましいが、それはあり得ないだろう。霊夢はそう確信していた。

 

 人狼探しを始めてすぐに守矢神社の祭神の一柱である八坂神奈子が博麗神社に置いてある分社から姿を現すことがあった。その表情は真剣そのもので、霊夢に何かを伝えに来たらしい。霊夢としても最近、幻想郷に来た内の一人である神奈子の話は有益な情報になると考えていた。

 

『手短に話そう』

 

『そうしてくれるとありがたいわ』

 

『最近、話題になっている人狼――――奴は外の世界で戦争を引き起こした連中の一人だ』

 

 神奈子は霊夢に外の世界で何があったのかを伝える。人間とそれに仕える吸血鬼、人造吸血鬼の軍隊、狂った宗教者たちによる都市一つを死都へと変えた戦争のことを。人狼はナチスの敗残兵の一人であることを。

 

 それを聴いた霊夢は見て分かる程に怒っているようだった。その怒りが人狼ではなく、自分に向けられていることは明白だ。

 

『つまり、あんたはそれを知りながら黙っていたってわけ?』

 

『あぁ、だからこそ、今こうして伝えに来た』

 

 最初は警戒だけすれば良いと考えていた。所詮は忘れ去られた存在、軍隊の内の一人でしかないと認識していた。幻想郷に染まれば、平和ボケするかもしれないと考えていた。だが、そんなことはなかった。

 

 今では、最初から自身が動けば良かったと後悔するばかりだ。だからこそ、自分の持っている情報を霊夢に隠すことなく伝えるつもりだった。

 

『……もう過ぎたことはどうでもいいわ。私が訊きたいことは一つ。たった一つなのよ』

 

『それは何だい?』

 

『奴は幻想郷で何をするつもりなの?』

 

 その問いにならば、神奈子も答えることができる。『最後の大隊』の指揮官がそうであったように、その指揮官に仕えていた人狼もまたそうなのだろう。

 

『戦争、さ。奴はきっとここでも戦争を始める。誰のためでもない、自分たちのための戦争を始めるつもりだろう』

 

 神奈子の言葉を思い出しながら、霊夢は自室にて慧音に纏めてもらった書類に目を通す。何度も何度も読んだ書類だが、何か発見できるかもしれない。

 

 神奈子曰く「今は準備をしているだろう」とのことだが、既に人狼は人里なら何個も潰すことが可能な戦力を手に入れている。封印の解けたルーミア、枷のない幽香、それだけでも過剰すぎる戦力だ。それ以上に何を準備する必要があるのだろうか。

 

 そして、一週間も過ぎてしまってはその準備とやらも終わっているのではないだろうか。それが霊夢の危機感を募らせる大きな理由だった。

 

「幻想郷は好きにはさせないわよ、大尉」

 

 神奈子に教えてもらった人狼の名前を呟きながら霊夢は眠い目を擦りながら別の書類に目を通していく。

 

 

 

 

 一週間という時間は大尉にとってはとても短い時間だった。新しい戦力の参入は大尉にとって喜ばしい出来事だった。それの手引きをした幽香には感謝してもしきれない程だ。

 

「感謝している、と言ってます」

 

「あら、もう何度も聞いたわよ、大将さん」

 

 EXルーミアがかつて根城として使っていた場所は人や獣、妖怪の残骸が散らばっていたが、長い年月とともに風化し、植物などの栄養となっていた。だが、その場所からは常人では気持ち悪くなるような禍々しい気配が漂っている。

 

 本来ならば紫の能力によって立ち入ることも叶わない場所であったが、何者かによって解放されてしまった。

 

 成長した木々に埋もれるように一軒の小屋が建っている。お世辞にも綺麗とは言いがたいその小屋こそ、EXルーミアが寝泊まりしていた場所だ。

 

 今でこそ小屋の中は少しは綺麗になっているが、何十年振りに見付けた時はEXルーミアですら入るのを躊躇う程だった。あまりの臭さに影狼は吐きかけていた。

 

 小屋の中には大尉、EXルーミア、影狼と幽香の姿がある。尤も、この幽香は幽香であって本物の幽香ではない。監視されているとすぐに気付いた幽香は能力で造った自分の人形に妖力を分け与え、分身として大尉たちに同行させている。

 

 本体と分身との間ではテレパシーによる意思の疎通も可能であり、分身を通して大尉たちと連絡を取っていた。

 

「で、どうすんだ、大将? 次はどうするんだァ?」

 

 EXルーミアにそう訊かれた大尉だが、既に次の攻撃目標は決めてあった。新しい戦力が二人も加わり、それの試運転もしてみたかったところだ。

 

 正直、過剰戦力かもしれないが、蹂躙するのも一興だ。思い出すのはロンドン市民を蹂躙していく人造吸血鬼たちの楽しそうな姿だ。

 

 影狼に次の攻撃目標を伝える。伝えられた影狼はぎょっとした表情を浮かべてしまっている。その表情を見ただけでEXルーミアも幽香も加虐的な笑みを浮かべる。これから始まるであろう戦争が楽しみで仕方ない。

 

「次の攻撃目標は――――」

 

 大尉から伝えられた言葉をそのまま伝えた影狼は捕らえられて何度目かの恐怖を覚える。

 

「イイねェ! 最っ高だよ、大将! そうと決まれば早いとこ動こうぜェ!」

 

「あら、それに私も参加していいのかしら?」

 

 幽香は大尉に協力していないことになっている。その幽香が手を出すということは戦争の始まりを意味している。故に、大尉は頷き、肯定の意を示す。

 

「そう、始めるのね。楽しみで楽しみで仕方ないわ」

 

 大尉は影狼に指示を送る。新戦力の片方にも連絡を入れたいためだ。

 

「あれにも連絡を送れって言ってます」

 

「えぇ、分かったわ」

 

 幽香は二つ返事で答える。幽香本体は分身からの情報を得るやすぐ出掛ける準備は済ませていた。

 

「じゃあ、またお会いしましょう」

 

 幽香の分身が動きを止める。合流場所は伝えなくとも幽香の能力ならば、簡単に来られるだろう。

 

「ってことはよォ、今から動くんだな!?」

 

 EXルーミアが食い気味に訊いてくるのに対し、大尉はこれにも頷き、肯定の意を示していく。大尉の肩をバシバシと大袈裟に叩くその姿はとても喜んでいるようだった。

 

「出発する、と言ってます」

 

「了解だァ!」

 

 特に持っていく物がないEXルーミアは我先へと小屋から飛び出そうとする。勝手な行動をされては困る大尉がEXルーミアの翼を掴んで停止させる。

 

 大尉には大尉なりの作戦というものがある。単純なものだが、その作戦を乱されてしまっては堪ったものではない。

 

 止められた意味を何となく理解したEXルーミアが珍しく反省した様子で大尉の機嫌を伺う。

 

「着いてこいって言ってます」

 

「……悪りィ」

 

 いつの間にか定位置という名の脇に抱えられた影狼が大尉の代弁をする。EXルーミアも影狼に慣れたのか突っ掛かることなく、移動を始めた大尉の後を追うように低空飛行で着いていく。

 

 

 

 

 

 レミリアは吸血鬼の回復力を持ってすぐに永遠亭から戻って来るや否や、紅魔館の警備強化を命令していた。美鈴の傷は深く、今も尚、永遠亭にて眠っている。門番不在は紅魔館にとって大きな痛手だ。

 

 ここが攻められる可能性も十分ある。パチュリーに結界の強化を頼み、最低限のことはしているが退院してからというもの、どこか心は落ち着かない様子だ。

 

「結界に何か反応は?」

 

「今日だけで何度目よ、レミィ」

 

 図書館に来ては耳にたこができるのではないかと思うくらいに聴き飽きたレミリアの言葉にパチュリーはため息を吐きたくなる。

 

 だが、仕方ないとも思えてしまう。人狼には深傷を負わすことなく負けてしまうどころか、門番である美鈴が未だ目を覚まさないという逆にこちら側が深傷を負わされてしまった。

 

 当主たるレミリアはそれの責任を感じている。美鈴がいつ帰って来てもいいようにこの場所だけは守らなくてはいけない。咲夜にも常に銀のナイフを持たせ、万が一に備えさせている。妖精メイドには侵入者発見の際は、倒すことを考えず、レミリアか咲夜、パチュリーに報せることだけ考えろ、と伝えた。

 

 そして、レミリアの妹であるフランドール・スカーレットにもいつ敵が攻めてくるか分からない状況にあると説明していた。

 

 フランは未だ見ぬ人狼に対して憎悪の感情を抱いているようだった。良き遊び相手でもあった美鈴が倒されたことに対するものだろうが、フランがやる気になっているようでレミリアとしてはありがたい。

 

「万が一があれば―――――ん?」

 

 異変に気付いたのは吸血鬼たる超感覚を持つレミリアだった。僅かにだが、揺れたような気がした。レミリアはそれを気のせいだとは決して思わなかった。

 

「パチェ、結界に反応は?」

 

「無いわよ。レミィ、貴方、疲れてるのよ。少しは休んだ―――――ッ!?」

 

 パチュリーが言い切るも前に二人を大きな揺れが襲う。正確には、二人をではなく紅魔館全体を襲う大きな揺れだ。本棚に仕舞われた本が揺れの大きさに落ちていく。中には本棚ごと倒れる物もある。

 

「反応は!?」

 

「無いわよ!」

 

 外から何かが崩れるような音がしてくる。恐らく、紅魔館を囲う外壁が崩れていってしまっているのだろう。

 

 だが、パチュリーの結界には何の反応もない。それがどうにも理解できない。ここまでの大きな攻撃をしておいて、結界に反応がないのはおかしい。

 

「まさか、この能力は……」

 

 レミリアは何となくだが、思い浮かべた人物がいた。その人物ならば、結界に反応されることなく、この揺れを起こすことが可能だろう。だが、その人物が人狼と組んでいるなど想定もしていなかった。

 

「お嬢様、ご無事ですか!?」

 

 揺れが治まると慌てた様子の咲夜が図書館へと入ってくる。

 

「あぁ、私は無事だ。被害状況は?」

 

「半壊です」

 

「はぁ!?」

 

「紅魔館の半分が崩れてしまいました」

 

 図書館自体に強力な結界が施されていたからか、図書館には被害はあまり出ていなかったが、図書館の外はそうでもなかったらしい。

 

「急いで迎撃態勢を済ませるぞ! 咲夜は妖精メイドたちと共に外へと逃げろ!」

 

「私も戦います!」

 

 咲夜を殺されては今後に響いてくるだろうと判断したレミリアは咲夜に逃げるように命令を下す。だが、咲夜は咲夜でレミリアを守ろうと迎撃に向かおうとする。

 

「ならん! 迎撃には私とパチェ、フランの三人で向かう! いいな、パチェ」

 

「私は大丈夫よ」

 

「早く行動に移せ、咲夜!」

 

 強い口調のレミリアに僕としての咲夜は何も言えなかった。レミリアの命令通りに妖精メイドを逃がすために図書館から姿を消す。

 

 咲夜が行動に移ったの確認するとレミリアは小さなため息を吐いた。

 

「すまんな、パチェ」

 

「私はいいのよ。で、この揺れを起こした奴に心当たりがあるんでしょう?」

 

「こんなことする馬鹿は一人しか知らん。あの腐れ天人、人狼側に着いたな!」

 

 かつての異変で博麗神社をその能力を持って倒壊させた不届き者にして、異変を起こした張本人。天人らしからぬ天人。

 

 レミリアとパチュリーはフランと合流するために図書館を後にする。紅魔館を半壊させたお礼をしなければならない。

 

 

 

 

 

 

 半壊した紅魔館を見て、彼女はとてもご満悦のようだった。

 

「アッハハハハ! あの趣味の悪い館をボロボロにしてやったわ!」

 

 桃の実と葉が付いた丸い帽子を被り、ロングヘアーの青色の髪をした天人はとても楽しそうな笑い声を上げる。

 

「アッハハハハ! 笑いすぎてお腹釣りそうよ! ハッハッハッハッハ!」

 

 『不良天人』や『天人くずれ』と呼ばれているが本人は一切気にしたことはない。比那名居 天子は楽しさのあまり近くにいた大尉の背中を叩いて、釣りそうな腹を抱えてそれでも笑う。

 

 大尉の表情は変わらないものの何となくうざがっているな、と影狼は感じ取っていた。


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