東方戦争犬   作:ポっパイ

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三十二話

 

 博麗神社へと帰ってきた霊夢は縁側に座る魔理沙の存在に気付いた。魔理沙も霊夢が帰ってきたことに気付いたようで伸びをすると立ち上り、霊夢の方へと歩み寄る。

 

「よぉ、霊夢、どこ行ってたんだ?」

 

 魔理沙は森で見た光景を伝えるためにやって来たのだが、魔理沙が博麗神社に着く頃には霊夢の姿はなく、酒の入った瓢箪を大事に抱えて眠る鬼しかいなかった。

 

 その鬼は魔理沙がいくら起こそうとしても起きず、肩を揺らそうものなら鬱陶しそうに手で払い除けようとしてくる。寝ているとはいえ、鬼は鬼だ。払い除けようとする手が魔理沙に当たれば、人間の魔理沙では致命傷になりかねない。現に当たってしまった柱には小さな亀裂が生じていた。

 

「ちょっと、ね。魔理沙は何でいるのよ?」

 

「ん? ちょっと森の中で気になるもの見付けたからそれを霊夢に教えてやろうって思ってな」

 

 魔理沙は霊夢に自分が見た光景について、自身の解釈を含めながら伝える。

 

「恐らくだぜ、あれは外来人と誰かが戦った跡だ。森の中が綺麗に焼けちまってたことから考えると――――ずばり、幽香と戦ってた!」

 

「……何でそう思うのよ」

 

「私のマスパを撃った跡と似てるんだよ。いや、私のより威力も範囲も桁違いで段違い。そんなの使えるのなんて幽香しかいないだろう? ……ってか、元々は幽香のだしな」

 

「……」

 

「付け加えるなら、あのマスパはスペルカードじゃない本物のマスパだ」

 

 魔理沙の説明を一通り聞いた霊夢は溜め息を吐く。どうしてこうも、この親友は的確に言い当てれたのだろうかと謎ではあったが、そんなことよりも言いたいことがあった。

 

「何でそんなとこにいたのよ、魔理沙」

 

「あ、いや、ちょっと散歩がてら、な?」

 

 親友の役に立ちたくて、なんて素直に言えない魔理沙は言い淀む。魔理沙の何か隠しているような態度が気に食わなかったのか、霊夢は目を鋭くして魔理沙を見据える。

 

「今回の件はただの異変じゃ――――」

 

「あぁ、知ってるぜ。人里を二回も襲って、スペルカードルールも無視するクソッタレな奴の異変だろ? ――――それがどうしたってんだ!」

 

「なに?」

 

「これまで色んな異変あったが、主犯者はどいつもこいつも身勝手な理由で起こした連中ばっかだったぜ。レミリアの異変の時なんて、人里に影響出まくってたしな」

 

「死人が出てるのよ」

 

「あぁ、そいつらの無念を晴らしてやらないとな」

 

「紫も何かしらの影響を受けてるわ」

 

「じゃあ、紫も助けてやらないとな」

 

「それに今回は――――」

 

「今回は私を守ってやれないってか?」

 

 言い当てられた霊夢は思わず、驚いた表情を僅かに浮かべてしまった。魔理沙は魔理沙で言い当ててしまった自分に対して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 

 お互いにとって、お互いが大事な親友だ。それこそ、誰かに傷つけられようものなら全身全霊で傷つけた者を倒しに行こうとする程に。

 

 魔理沙が本人も知らず知らずの内に殺されかけたというのは霊夢にとって衝撃的であり、許しがたい事実だ。それだけで外来人を倒す百の理由にも優る。

 

 だが、それは博麗の巫女として、ではなく霊夢個人の話だ。現状、霊夢は博麗の巫女として動いている。私情を挟んでは足元を掬われる可能性もある。ならば、霊夢個人としてできるのは魔理沙を今回の異変に近付けないように自分が守ることだった。

 

 本当は魔理沙のことが心配で近付けたくない、と言ってあげたい。だが、不器用な自分では、魔理沙を傷付けてしまうように言ってしまうのではないか。

 

 察しの良い魔理沙は霊夢の内面をよく知っている。言わんとしたことを魔理沙が先に言うという場面も過去何度もあった。今回もそうだ。

 

「霊夢、私は――――邪魔か?」

 

 そんなこと一度も思ったことはない。大事な親友だからこそ、傷つけられたくないのだ。

 

「私には霊夢の横に並んで立つ資格はないのか?」

 

 我ながら最悪の質問をしている、と魔理沙は自覚している。こんな質問をされた霊夢が傷つくなんてことは親友なのだから分かっているはずではないか。

 

 本当は霊夢を傷つけたくない。霊夢が傷つく姿すら見たくはない。今回の異変で霊夢はきっと傷つくだろう。親友の痛々しい姿なんて想像もしたくない。それが回避できるのであれば、魔理沙は喜んで盾になるだろう。

 

 霊夢にもっと頼ってもらいたい。守るべき存在ではなく、共に戦う存在として認めてもらいたい。

 

だが、霊夢は魔理沙の質問に答えようとしなかった。顔を下に向け、目も合わせようともすらしない。それが答えなような気がして悲しい。

 

「そうか、そうなんだな」

 

「っ! ち、違――――っ!」

 

 魔理沙の悲痛な声に霊夢は顔を上げる。霊夢の目に映ったのは今にも泣きそうな程、悔しそうな表情を浮かべる魔理沙の姿だった。

 

 魔理沙は自分が今、どんな表情を浮かべているのかよく分からなかった。だが、霊夢の驚いたような表情からして、自分はろくでもない顔をしているのだろう。

 

 異変の解決に向けて大切な時に自分は何故、霊夢を困らせてしまっているのだろうか。

 

「ま、魔理沙?」

 

 霊夢が恐る恐る手を伸ばしてくる。きっと自分が魔理沙を傷つけてしまったと勘違いをしているのだろうと魔理沙は冷静になって考える。なんと優しい親友なのだろうか。

 

 だが、魔理沙は考える。自分が霊夢を傷つけたのだと。霊夢は傷つけられたのに気付いていないだけだ。不器用ながらに自分を心配している霊夢の姿に魔理沙は苛立ちを覚える。無論、霊夢にそんなことをさせてしまう自分自身の弱さに対してだ。

 

 魔理沙は霊夢の手を払い除けるような真似はしない。霊夢の手をしっかりと掴むと先程とは真逆の表情を浮かべていた。

 

 何かを決心し、何かを覚悟し、霊夢を安心させようとするような表情だ。

 

「霊夢、私は弱い」

 

「そんなことないわよ」

 

「ある! 本人が弱いって自覚してんだから弱いもんは弱いんだ!」

 

 霊夢に有無を言わせない。自然と握る手にも力が入っていく。

 

「だから、私は強くなるぜ! 今回の異変には間に合わないかもしれないが、絶対に強くなって霊夢の横に並んで立ってやる!」

 

「――――っ!」

 

「ってな訳だから、霊夢は安心して外来人を倒してくれよ」

 

 掴んでいた手を放すと魔理沙は箒に跨がり、神社の外へと飛び去っていった。

 

 霊夢は魔理沙を追うなんてことはしなかった。親友をあそこまで悩ませてしまった自分を恥じ、そんな今の自分に追う資格はないと考えている。

 

 おとなしく魔理沙を見送った霊夢はこの場において、忘れかけていた余計な存在を思い出す。

 

「文、見てたんでしょう?」

 

 近くの茂みがガサガサと揺れる。観念したように出てきた文は無抵抗の意思を伝えるためか、両手を上げている。

 

「記事にしなければ何もしないわよ」

 

 文としては、こんなおいしい場面を記事にしないわけにはいかなかったが、そんなことを言われては記事にした後が怖い。間違いなく、ぼこぼこにされるだろう。

 

「えぇ、勿論、記事にはしませんとも。お二方を相手にして、私も逃げ切れるかどうか分かりませんしね。――――幽香さんの件はどう思われましたか?」

 

 話を切り替えてきた文の表情はいつもの飄々としたものではなく、真剣なものに思える。

 

「あれはクロね。絶対に何か隠してる」

 

「その根拠は?」

 

「勘よ。現に、戦ったかもしれないっていう私の勘が当たっちゃったし、何かを隠してるっていう私の勘もきっと当たるわ」

 

 自分の勘は良くも悪くもよく当たってしまう。

 

「何時もなら、異変が起こると紫が幽香に釘指しに行くのよ」

 

「噂程度には聞いたことありますねー」

 

「でも、今回、紫は身動きできないでいる」

 

 原因は分からないが紫が動けないとなると幽香は自由だ。自由が故に何をするのか想像もつかない。一番恐ろしいのは幽香が外来人と内通していることだと霊夢は考える。

 

「暫く、幽香に関しては泳がせるわ。その内、ぼろを出すでしょうし。その為の監視を誰かに任せたいわね」

 

 外来人と組んだと考えるならば、必ず接触する機会があるはずだ。その現場を何としてでも抑える必要がある。そうなれば、幽香を完全に敵として認識でき、討伐することも可能となる。

 

「椛は謹慎処分なんだっけ?」

 

「はい、まだ謹慎中ですよ。こっそり見張ってもらいましょうか?」

 

 椛の千里眼ならば確かに見張ることは可能だ。妖怪の山の事情なんて霊夢は知ったことではない。面白い記事になるのであれば、文も椛を駆り出そうとしていた。

 

 こんなこと大勢の前では言えず、寺子屋での話し合いの時はおとなしく妖怪の山の上層部に従っている素振りを見せていた。人狼の人里襲撃事件の記事を上層部に止められた文としては何も面白くない。

 

「不良天狗ね」

 

「あやや、なんのことですかねー?では、とりあえず、私はこのことを早急に椛に伝えてきますね」

 

 思い立ったが即行動を体現しているかのように文は飛び去っていく。一人残された霊夢は外来人の今後の動きについて考えるべく人里へと向かう。慧音に頼んでおいた外来人の動きや特徴、弱点を纏めた書類を読まなければならなかった。

 

 何も相手は外来人だけではない。EXルーミアも恐るべき存在だ。封印するしか倒す手段がない。その当時の文献も読まなければならない。

 

 

 

 

 

 

 決意した魔理沙が向かった先は博麗神社の近くの忘れかけられた祠がある薄気味悪い洞窟だった。入口には、何代も前の博麗の巫女による強力な結界が施してあったが人間である魔理沙には何の影響もない。

 

 魔理沙がこんな薄気味悪い洞窟に来た理由は一つだ。ここに自分を強くしてくれる人物がいるからだ。

 

 自分が魔法使いとなるきっかけを作った人物であり、魔法使いとしての師匠でもあるその人物は、祠の上でまるで来るのが分かっていたとでも言いたげな表情をして魔理沙に声を掛ける。

 

「元気そうじゃないか、魔理沙」

 

「魅魔様こそ、お元気そうで」

 

 普段の魔理沙からは想像もできないような言葉遣いだ。

 

 魅魔と呼ばれた緑髪のロングヘヤーの女性の手には三日月の杖が握られ、足は地に着いていなかった。否、足というものが存在していない。先端が尖った白く透けている何かが足の代わりに生えている。

 

「幽霊に元気もなにもあるか」

 

「そりゃそうだ――じゃなくて、ですね」

 

 魅魔は生きている人間でも妖怪でもない。簡単に言い表すならば、『悪霊』だ。故に、何代も前から封印されている。

 

 魅魔は全てを見透かしているような目で魔理沙を見る。見られているだけだというのに、まるで周りの空気ごと自分の体温が冷えきっていくような感覚になる。

 

「久々に鍛えてやろうじゃないか、バカ弟子」

 

 どうやって魔理沙の心の内を読んだのかは理由は分からない。だが、これは魔理沙にとって望ましい展開だ。

 

「あぁ、是非ともお願いしますぜ、お師匠」

 

 魅魔の膨大で禍々しい魔力が目に見えるまで溢れていく。吐く息が白くなるまでに空気が冷えきっていた。

 

 何度か死にかける自分の姿が想像できる。だが、こんなところで止まっているわけにはいかない。何としてでも、自分は強くならなければならない。そのためなら、魔理沙は『悪霊』に魂を騙し売る所存だ。


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