東方戦争犬   作:ポっパイ

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三十話

「今日は厄日ね」

 

 気絶した二人の内、真っ先に起きたのは幽香だった。二人を抱え、洞窟へと戻った大尉と影狼は幽香を見る。

 

「一日に二回も負けるなんて本当に厄日よ」

 

 EXルーミアとの戦いも幽香の中では負けに含まれていた。大尉が横槍を入れなければ、殺されていただろうから。厄日なんて口にしつつも、幽香の表情は清々しく吹っ切れているようだ。

 

 楽しかったのは事実だ。悔しくない、と言えば嘘になるだろう。悔しいのも事実だ。大尉もEXルーミアも自分より強かった、それ以上でもそれ以下でもなく、それが全てだ。

 

 こんなに清々しい思いをしたのはいつ以来だろうか、と考える。少なくともここ最近はなかった。ならば、とある人物と戦って以来だろう。

 

「貴方との約束は守るわ。その方が面白そうですもの」

 

 大尉は特に何も言わない。約束を守ってくれるのであれば、自分も本気を出した甲斐があったというものだ。

 

「戦争するんでしょう?こっちの戦力はどれ位いるの?」

 

 自分で質問しておいてその答えは何となく分かっていた。事実、大尉が指差したのはEXルーミアと幽香だけだ。当たり前のことだが、影狼は戦力扱いされていない。

 

「つまりは三人ね」

 

 溜め息を吐く。戦争するのであれば、質はともかく数は欲しいと考えている。大尉もそれは同じだ。

 

 大尉にEXルーミア、幽香の質は高い。だが、この戦争の相手は自分たち以外の全ての存在だ。何をするにしても多勢に無勢になってしまう。

 

「まぁ、心当たりがないわけではないのよね」

 

 幽香が思い浮かべた人物は二人だった。どちらも信用に価しない人物だ。だが、勧誘すれば間違いなくこちら側に着くであろう。

 

「で、その犬はどうするのかしら?」

 

 ここに来て初めて幽香に目を向けられた影狼は縮こまって小さな悲鳴を上げる。

 

「わ、私は彼の通訳で――――」

 

「知っているわ」

 

 影狼と距離を詰めていく。影狼は逃げようにも背中には壁しかない。大尉の方も見るが、助けてくれる様子はなさそうだ。

 

「裏切るとしたら、これしかいないわよ。しかも、こちらの事情を知っている。……って、最初っから味方じゃなかったわね」

 

 そんなことは百も承知だ。EXルーミアにも口煩く言われた。だが、自分だけでは意思の疎通が難しい。煩わしいが必要な存在なのだ。

 

 幽香が影狼の頬に優しく手を添える。それが逆に恐ろしい。

 

「ふざけた行動をすればどうなるか分かっているでしょうね?」

 

「は、ははははい! 勿論です!」

 

「良い返事ね。もし、逃げれば――――生きたままルーミアの餌にしてあげるわ。あの子、ゲテモノでもいける口だと思うわよ?」

 

 気付けば両頬に手が添えられている。幽香の表情は優しいものだが、どうしても影狼には猛獣か何かにしか見えない。

 

 頷こうにも頬に添えられた手が邪魔で頷けない。

 

 僅かにだが、呆れた様子を見せた大尉が幽香の肩に手を置き、振り返ったところで首を横に振った。

 

「何て言いたいのかしら?」

 

「あ、あまり私を苛めるな、と言っています」

 

「そう。なら、止めとくわ」

 

 嘘偽りなく報告したのが功を奏したのか、幽香は未だ起きてこないEXルーミアの方へと歩いていった。

 

 無言の無表情で大尉が影狼を見る。何を伝えたいのかがぼんやりとだが伝わってくる。どうやら、少しは自分の心配をしてくれているようだった。だからといって申し訳ない気持ちは微塵もないらしい。

 

「うん、心配してくれるんなら、逃がして欲し――――嘘です! 大嘘です! ごめんなさい! 逃げないから! だから、拳を握らないで!」

 

 何となくだが、大尉が冗談で拳を握り締めたような気がしたが、その冗談で影狼は死んでしまう可能性がある。

 

 こんな状況だ。ストレスで胃に穴が空きそうなのだ。無理やりにでも心に余裕を持たせないとやっていけないのだ。軽い冗談を吐こうにも相手によっては殺されるかもしれない。

 

 これは大尉と一緒にいて気付いたことだが、こちらが何か余計なことをしなければ、扱いは雑だが、案外、大尉の対応が優しい時がある。

 

 そんなことを人質になりながらも思うなんて、彼らに洗脳されかけてしまっているのではないか。そんなことを考える自分がいる。

 

 そう思っておけば、心に多少の余裕が生まれるというものだ。影狼はこの短期間で自分が逞しくなったと自覚していた。

 

 

 

 

 EXルーミアが起きたのは数時間後のことだった。目を覚ませば、憎き幽香が一方的に大尉に楽しそうに喋りかけているではないか。

 

 そんな状況で尚且つ起きたばかりで頭の回らないEXルーミアはフラフラと立ち上り、幽香ではなく大尉を睨み付ける。

 

 睨み付けられることに対して心当たりのある大尉はどう影狼に伝えてもらおうかと考えるが、それよりも前にEXルーミアが口を開いた。

 

「コイツに負けるような雑魚は用済ってかァ?」

 

 EXルーミアが指差す先にいるのは幽香だが、その目は真っ直ぐ大尉へと向けられている。

 

 これは酷い勘違いだ。大尉はEXルーミアを戦力としてきちんと考えている。EXルーミアは恐らく、幽香に負けた自分なんて捨てられてしまう、と思ってしまったのだろう。仲良さそうにしている二人を見て、自分では力不足なのだと。

 

「貴方、前々から思っていたけど、とんでもない馬鹿よね」

 

「んだとォ!?」

 

 見てわかる程、激昂するEXルーミアを無視して幽香は溜め息を吐く。

 

「これからは、私も貴方たちの仲間になるんですもの。こうも馬鹿すぎると頭が痛くなるわ」

 

「ん?んん!? オマエ、加わるのか!?」

 

「えぇ、そうよ。彼に負けちゃったしね」

 

 彼とは間違いなく大尉のことだろう。そんなことはEXルーミアでも理解できる。自分では勝てなかった相手に勝った大尉に対して羨望と嫉妬の念が渦巻く。

 

「クソがァ!」

 

「……誰に対して言ったのかしら?」

 

「自分にだよ、ボケ!」

 

 何を一人で苛々しているのかは大尉には分からないが、幽香はEXルーミアの心情を察しているようで意地悪い笑みを浮かべる。

 

「じゃ、話を戻すわよ」

 

「何の話だよ?」

 

 先程、起きたばかりのEXルーミアは二人が何の話をしていたのか検討もつかない。

 

「戦力増強の話よ。私から二人くらい紹介できそうなの」

 

「なにしれっと私抜きで面白そうな話進めてんだよ。つか、オマエ、マジで仲間になんのかよ」

 

「えぇ」

 

 EXルーミアはまるで悪い冗談だ、と言わんばかりの表情を浮かべている。幽香の強さは身をもって知っている。仲間になれば、さぞ心強いことだろう。

 

 だが、気に食わない。言ってしまえば、これはEXルーミアの我儘だ。

 

 大尉の顔を見るが、いつも通りの無表情だ。恐らく、幽香が仲間になるのを受け入れたのだろう。でなければ、幽香を倒しているはずだ。

 

 複雑な表情を浮かべたEXルーミアだったが、考えるのが面倒臭くなり、この現状を受け入れる。

 

「言っとくが――――」

 

「何かしら?」

 

「大将の仲間になったのは私の方が先だからな! でかい面すんじゃねェぞ!」

 

「えぇ、分かってるわよ」

 

 EXルーミアの精一杯の抵抗に幽香は愉快そうに笑う。その態度が余計に気に食わないのか牙を見せて威嚇するEXルーミアだったが、それが余計に幽香を愉快にさせる。

 

 話を早く進めたかった大尉ではあったが、こういうのも必要だろうと考え、何も言わないようにした。


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