東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十九話

 

 超極太のレーザーを見た大尉はいつぞやの魔法使いのものと似ていると思いながら、これでは目立ちすぎてすぐに居場所がバレてしまう可能性があると考えていた。

 

 その証拠に極太レーザーの後は不自然な程、草や木が消滅している。勘の良い者が見れば、戦闘があったことなどすぐにバレてしまうだろう。

 

 そんな中で消滅することなく残っているものがあった。地面に根を生やす真っ黒い球体だ。ヒト一人包み込むには充分すぎる程の大きさの球体。

 

 幽香はその球体を見て、感心しているようだった。過去、一度もEXルーミアに耐えられたことのなかったマスタースパークが防がれた。EXルーミアの成長を喜ぶ反面、自身の攻撃が防がれた事実に苛立つ。

 

 球体がボロボロと崩れていく。そして、中からEXルーミアが幽香に向かって大剣を突き刺さんと突撃する。

 

 もう少し球体を展開するのが遅ければ、間違いなく自分は彼方へと飛ばされていただろう。それでも、球体だけでは防ぎきれない熱や衝撃がEXルーミアを襲っていた。

 

 だが、それでもEXルーミアは耐えてみせた。過去、一度も耐えきれなかった幽香の攻撃を自分は耐えたのだ。次、同じことをされたならば、間違いなく負ける。ならば、攻めて攻めて攻めるしかないだろう。策を考える時間もない。元より自分にはこれしかない。

 

「やるようになったわね。でも――――」

 

 EXルーミアの大剣を日傘で止めると、空いている手でEXルーミアの胸ぐらを掴み寄せる。

 

「差を考えなさい」

 

 幽香の頭突きがEXルーミアの額に叩き込まれる。頭突きの音とは思えないような重音がし、EXルーミアは一瞬だが、意識が飛ぶ。

 

「ガッ――――」

 

 EXルーミアの額から血が流れる。だが、頭突きをした幽香の方は無傷だ。朦朧とする意識の中で何とか闇を作り、幽香へとぶつけようとするもあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「…………チッ」

 

 舌打ちをしたのは幽香だった。確実に意識を奪ってやろうとした頭突きも耐えられてしまった。それでも尚、EXルーミアは真っ直ぐ、自身を睨み付けている。苛立ちしか感じない。

 

 体慣らしのはずの戦いに本気になっている自分が情けない。昔の私ならば、と考えるが幽香は気付いてしまう。

 

「あぁ、そっか」

 

 EXルーミアの胸ぐらから手を放し、重力に逆らえずEXルーミアは地面に落ちる。それでも何とか立ち上がろうとするEXルーミアに目線を合わせるように幽香はしゃがむ。

 

 優しくEXルーミアの顔に手を添える。何が起きたのか、何をするのか、何をされるのか、EXルーミアは朦朧とする意識で考える。

 

「貴方、本当に強くなったのね」

 

 優しく諭すように言う幽香にEXルーミアは意識が鮮明になっていくように感じた。何故、鮮明になっていくのか。

 

 それは―――――怒りだ。

 

「クソがァァァァァアア!」

 

 幽香の発言は本心からだった。だからこそ、EXルーミアは怒る。自分でも、何で怒っているのか分からない。だが、何故か、幽香からその言葉を聴きたくはなかった。

 

 EXルーミアの怒りが増長するのに呼応するように闇が溢れ出す。ヘドロのような闇は幽香に纏わり付くと、絞め上げているようだった。

 

「クソが! クソが! クソが!」

 

 EXルーミアの声に合わせて幽香に纏わり付いた闇が絞め上がっていく。ヘドロのような闇はそれでも溢れ出す。EXルーミアの感情が溢れ出すように。

 

「殺してやる!殺して―――――」

 

 倒れていたEXルーミアを何者かが蹴り飛ばし、その意識を完全に奪っていく。EXルーミアの意識が無くなったことでヘドロのような闇は力を失い、地面へと消えていく。

 

 

――――――――

 

 

「……何の真似かしら?」

 

 ヘドロの闇から解放された幽香は優しい口調でEXルーミアを蹴り飛ばした人物を見る。

 

 蹴り飛ばした張本人――――大尉は影狼を脇に抱えたまま、黙って幽香を見詰めていた。影狼はあわあわと慌てふためいている様子だったが、この場において、誰の目にも止まっていない。

 

 大尉と戦う気満々だった幽香は興が削がれてしまっていた。何故、そんなことになってしまったのかは自分でも分かっている。

 

 EXルーミアと違って自分はこれ以上、強くなれない。EXルーミアの強さの源は幻想郷中の負の感情だ。それがある限り、EXルーミアは際限なく強くなるだろう。

 

 それに比べて自分の強さは限界を迎えてしまっている。先程の戦いで気付いてしまった。強い者と戦えば、戦うほど自分も強くなると信じていた。だが、現実は違う。

 

 強さの限界を迎えた自分のような妖怪は弱くなる一方だ。今はまだその時ではないが何時かは弱くなってしまう。今、この瞬間が自分にとってのピークなのだ。

 

 そのピークがいつ過ぎてしまうかは自分でも分からない。もしかしたら、明日、今から力が弱まっていく可能性すらある。

 

 このままでは、将来、間違いなくEXルーミアに負けてしまうだろう。現に一瞬ではあったが、EXルーミアの闇は幽香を確実に絞めていた。

 

「貴方、戦争をするつもりなんでしょう?」

 

 大尉たちが何を企んでいるかなんて把握済みだ。幽香に問われた大尉は頷く。

 

「そう。ねぇ、私も仲間に入れてくれない?」

 

 元から勧誘する気であった大尉は再度頷く。抱えられた影狼の表情は引き攣っているが。

 

「ふふ、ありがとう」

 

 その言葉とは裏腹に幽香は大尉に向かって日傘を振るう。最低限の動きだけでそれを避けると邪魔な影狼をEXルーミアの近くに投げ飛ばす。

 

「貴方が強いっていうのは分かるわ。でも、私はその強さを直接見たわけじゃない」

 

 要は、力を見せつけろ、という事だろう。こんな容易に仲間になってもらっては大尉としても何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。

 

「『戦争』、素敵な考えよ。貴方みたいに外から来た者にしか思い浮かばないでしょうね」

 

 口を動かしながらも出鱈目に日傘を振るう。その速度も威力もEXルーミアを相手にしていたものより段違いに速く、重い。

 

「今の幻想郷は牙が抜かれた者たちで溢れてるわ。何が、賢者よ。何が、ごっこよ。何が、巫女よ。鬱陶しいったらありゃしない」

 

 最低限の動きだけで避け、何とか反撃の隙を狙おうとする。

 

「でも、今回はあの巫女も怒髪天衝いたみたいだから、久々に楽しめそうなのよ」

 

 幽香の下の地面から植物の蔦が生え、大尉を捕らえようとする。それに幽香の日傘による攻撃を加わってより隙がなくなったように思える。

 

「避けてばっかじゃ、つまらないわよ」

 

 そう。その通りだ。故に大尉は片腕を日傘の攻撃を防ぐために犠牲にして、幽香に殴り掛かる。

 

 読んでいた、と言わんばかりに幽香も空いている手で大尉の拳を受け止める。お互いにその受け止めた方の手は無事ではなさそうだ。

 

 だが、そんなことは二人にとって些細な問題でしかない。幽香は蔦を、大尉は脚で応戦する。

 

 手数が多いのは幽香の方だ。何せ、日傘による攻撃に蔦で行動を遮り、大尉の動きを制限させていく。制限されても尚、大尉は隙を狙っては反撃する。

 

 大尉には霧化がある。霧化してしまえば、一切の物理攻撃を無効にしてしまう。だが、大尉はそれをしようとしていない。

 

「本当に優しいのね、貴方」

 

 くすり、と笑った幽香はボロボロの姿になった大尉を見る。手も足も顔も――――全身の至るところが傷付き、流血している。痛々しい姿ではあるが、幽香にはそれがとても美しいものに見えて仕方ない。

 

 対する幽香も傷は負っていた。手数が勝るものの、大尉のカウンターが何度か直撃していたからだ。

 

 心の底から楽しそうに幽香は笑う。こんなに楽しく戦うのは何十年振りであろうか。今を生きていると実感させてくれる。

 

「もっと! もっとよ!」

 

 生き生きとした表情を見せる幽香は日傘の先端を大尉の胸に突き刺す。何をされるのか直ぐ様理解した大尉はその日傘を無理やり引き抜こうとする。

 

「『マスタースパーク』」

 

 超極太のレーザーが大尉を焼く。あと少し、大尉の行動が遅ければ、大尉の全身を呑み込んでいたであろう。引き抜き、逸らすことに成功はしたものの、左腕が犠牲になった。

 

 日傘を持つ幽香の腕に鋭い蹴りを叩き込む。曲がってはいけない方向に曲がり、思わず、幽香は日傘を落としてしまう。この一連のことに驚く幽香はそれ以上に嬉しそうでもある。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 一瞬で巨狼と化した大尉が幽香に食らい付かんとする。幽香はそれを微笑みながら両手を広げて受け入れる。

 

「……来て」

 

 巨狼の顎が情け容赦なく、幽香に食らい付いた。


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