東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十七話

 彼女はご機嫌だった。花が持ってきてくれる情報はどれも楽しいものだったからだ。懐かしい存在の復活は予想外ではあったが、それはそれで楽しめる。

 

 異変が起こる度に毎回やって来ては動くな、と釘をさしてくる口喧しい賢者もどういう訳か今回は何も言ってこない。不思議ではあったが、うんざりしていたので黙っていてくれて丁度良かった。

 

 決して、弱くはない存在を退ける彼を強者と認めざるを得ないだろう。意外だったのは紅魔館の門番が思っていたより強かったという点だ。彼女が入院しては、彼女に世話されていた花達が可哀相だな、とか思っていた。

 

 咲いている花も好きだが、枯れかけている花も好きだ。短い時間の中で生を全うした証しでもある。自分のような悠久の時を生きる妖怪にとって、花の存在は儚く美しい。花の妖怪である彼女だが、そんな事とは関係なしに本心からそう思っていた。

 

 彼らの情報は既に把握済みだ。逐一、花が教えてくれる。故に、潜伏先も把握している。

 

 日傘を差し、ゆっくりと優雅に歩みを進める彼女は一見するとピクニックにでも行くように見える。しかし、その考えは彼女の表情を見ればまたすぐに変わるだろう。

 

 何故なら、微笑んでいるはずの表情からは獰猛で凶悪な獣しか連想できないからだ。隠し切れない殺意が表情よりも濃く出てしまっている。

 

 

――――――――

 

 

 EXルーミアが案内した洞窟は生物の気配が全くせず、隠れ家としては申し分ないものだった。追手の存在を危惧していたが、どういう訳かその存在すら見受けられない。

 

「どうだい、大将?」

 

「『申し分ない』って言ってます」

 

「ギャハハ! そりゃ良かった! 何せ、ここは昔、私が奉られてた場所だからなァ! よく生け贄が捧げられてたもんだぜ!」

 

 この洞窟はEXルーミアが封印される遥か前、彼女の存在を恐れた人々によって建てられた祠が存在していた。彼女を恐れるあまり、意味もなく彼女宛に生け贄が捧げられていたという。今では朽ちた祠が奥で倒れているだけだ。

 

「馬鹿だよなァ、生け贄があろうがなかろうが私は人間を襲って喰ってたのによォ。それでも人間は生け贄を捧げてたもんだ」

 

 EXルーミアが思い出すのは生け贄として捧げられてきた人間の事だ。老い先短い者や生れたてばかりの赤子、病気を患った者、中には腐りかけの死体もあった。味を思い出すだけで涎が出てくる。

 

「ま、そんな訳で今では誰も寄り付かなくなったつう訳だ。好きに使ってくれ」

 

 適当な場所に腰を掛けた大尉は今後の行動について一人計画を練る。

 

 情報源は見付けた。通訳も手に入れた。倒すべき相手も見付けた。後は軍勢を手に入れなければ戦争は始めれない。

 

 敵の軍勢は言ってしまえば、幻想郷のありとあらゆる勢力全てだ。それに比べて、大尉の軍勢は自分とEXルーミアだけだ。影狼を戦力として数えるのは無理があるだろう。

 

 今のままでも充分に楽しめるだろう。だが、巻き込めるモノ全てを巻き込み、この世界を魔女の鍋の底へと叩き込み、戦火でありとあらゆる場所を焼き尽くしてやりたい。

 

 自分やEXルーミアと同類の度し難い化物を探すしかないだろう。影狼にそう伝えると分かりやすく引いていた。ドン引きの域まで達しているだろう。

 

「せ、戦闘狂の化物ぉ? わ、私には見当も付かな――――」

 

「一人知ってるぜェ。顔に似合わず、お花を撫でてるクソみたいな化物をよォ」

 

 EXルーミアは自分にとって忌々しい化物の姿を連想する。花に囲まれた場所で微笑みながら、その花の世話をする化物の姿を。

 

 影狼もどうやらその化物の顔が思い浮かべたようだった。だが、影狼自身はその化物を人里で遠目に見るだけで面と向かって喋った事は一度もない。良い噂を耳にした覚えはない。滅多な事がなければ関わる事のない類いの化物だと思っていたが、自分は今、その滅多にない場面に直面している。ならば、何が起きてもおかしくはない。

 

 そう、例えば―――――噂していた化物が急に現れ、EXルーミアの首を掴み、地面に叩き付けても、何らおかしくないのだ。

 

 地面に叩き付けられるようとしている僅かな時間でEXルーミアはクッションのように柔らかい闇を地面へと展開し、その衝突の威力を殺していた。

 

 まだ首を掴まれているが、このまま黙っていられる程、EXルーミアは穏やかではない。闇で手を作り、化物の首を同じ様に掴む。

 

「久しぶりにしちゃァ、随分な挨拶じゃねェかよ、オイ」

 

「あら、これでも抑えた方よ。貴方、弱くなったんじゃない?」

 

「殺すぞ?」

 

「どうぞ、殺ってみなさい?」

 

 殺気と殺気がぶつかり合い、お互いの首を絞める鈍い音がギシギシと響く。だが、どちらも一歩も退かず、更に力を加えているようにすら見える。先に顔が青くなっているのはEXルーミアの方だ。

 

「……あ、そうそう」

 

 突然思い出したようにEXルーミアの首から化物が手を放すと、まだ首を絞めているEXルーミアを無視して大尉の方へと顔を向ける。

 

「初めまして、狼男さん。私は風見幽香、『花を操る程度の能力』の妖怪よ」

 

 呑気に微笑みながら自己紹介をする幽香に毒気が抜かれたのかEXルーミアが首から手を放す。体勢を整えたEXルーミアが大尉の横に並ぶと大尉に耳打ちする。

 

「コイツが私がさっき言ってた化物だ。どうする?」

 

 どうするも何も、大尉は幽香が此処に来た目的を聞いていない。だが、これだけは大尉にも理解できる。

 

 幽香から只ならぬ殺気が大尉だけに向けられている。絡み付く蔦のようにじわじわと気味の悪い殺気だ。要は、大尉と戦いに来たのだろう。ならば、大尉はそれに応えてあげるのが通りだ、と言わんばかりに立ち上がる。

 

「そう。応えてくれるのね。なら、お外でやりましょう。此処は狭すぎるわ」

 

 察してくれた事に心底嬉しそうな表情を浮かべた幽香が外に歩き出す。それでこそ、わざわざ出向いた甲斐があると言うものだ。

 

 

――――――――

 

 

 EXルーミアと幽香には昔から面識があった。自分が生まれるよりも前から幻想郷に存在していたとされる幽香にEXルーミアは一度も勝てた事がない。弱肉強食の世界が当たり前だった頃の幻想郷において、幽香は誰よりも強者であり続けていた。

 

「この辺でいいかしらね」

 

 戦う場所としては十分な広さがあると判断したのか幽香が立ち止まり、大尉へと向き返る。その横にEXルーミア、影狼がいたが、目にも止まっていない様子だ。

 

「オイ」

 

「……何かしら?」

 

 EXルーミアが大尉と幽香の間に割って入る。

 

「大将と戦う前に私と戦え」

 

「あら、それはどうして?」

 

「そう簡単に大将首と戦わせるかってんだよ、あァ?」

 

 幽香は早く大尉と戦いたい一心で来ている。EXルーミアの言うことは尤もかもしれないが、興が削がれる行いだ。何故、格下と戦わなければならないのか。

 

「嫌よ。彼の方が強そうだもの」

 

「オマエに戦う気がなくてもよォ、関係ねェんだよォ!」

 

 EXルーミアは幽香が格上の相手だと身をもって思い知らされている。謂わば、リベンジマッチだ。

 

 何度も戦い、その度負けて、殺されもせず、失望の目を向けられるだけだった。それはEXルーミアにとって屈辱でしかなかった。大将首を取らせないなんて建前だ。今は屈辱を晴らしたい一心のみ。

 

 大尉はEXルーミアの本心を覚ったのか、邪魔にならぬように影狼を抱えて下がっていく。

 

「……まぁ、いいわ。私も久しぶりに身体を動かすから慣らしとかないといけないし」

 

 幽香も本気の殺し合いをするのは何年もしていなかった。『弾幕ごっこ』なんて邪魔にしかならない遊びが普及してしまったせいだ。

 

 だが、大尉やEXルーミアには、『弾幕ごっこ』を無視して戦う事が出来る。それはそれは喜ばしい事だ。何だかんだでEXルーミアと戦う事も幽香は楽しんでいた。





活動報告にて質問がございますので、よろしければそちらも見てください。


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