東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十六話

 

 人里への襲撃に始まり、紅魔館や妖怪の山勢力との衝突、博麗の巫女と対峙して終わった。長い長い満月の一夜が終わり、朝日が昇る。

 

 人々は朝日を拝める事に安堵していた。そして、またこんな事が起こるのではないかと恐怖を抱く。その恐怖がEXルーミアの糧になるのだが、慧音は口が裂けても人々に恐れるな、とは言えない。

 

 文々。新聞はこの事件を取り扱う事をしなかった。否、できなかったと言うべきだろう。記事を書く文の元に妖怪の山の上層部が直接赴いたという。それはつまり、そういう事なのだろう。

 

 EXルーミアに捕まっていたはずの白狼天狗達は全員解放されていた。椛曰く、「拘束を解くと一瞥して、彼の人狼と合流して行くのが視えた」という事らしい。彼女の千里眼ならば、合流するところが見えていても何らおかしくはない。

 

 無事だった寺子屋にて様々な面子が集まっていた。今後の対策について話し合う為に集まったのだろう。

 

 ピリピリとした緊迫感が漂っている中、最初に口を開いたのは霊夢だった。彼女も例に漏れず、ピリピリとしている。

 

「で、何で影狼が拉致されたの?」

 

 妹紅や椛の報告により、確認された影狼の存在は謎だった。別段、強いわけではない。EXルーミアや大尉が彼女を傷付けたという報告は一切ない。

 

「子孫繁栄でもしたいんじゃないか」

 

 そう忌々しそう口を開いたのは顔に包帯が巻かれ、最早、服装だけでしか判別できないレミリアだ。流石の吸血鬼の回復力だが、それでも傷は残っている。

 

 一部の者は思わず、吹き出してしまったが、あり得ない話ではないと慧音は納得してしまう。何せ、幻想郷にいる人狼は影狼のみだ。大尉が数少ない種族の繁栄を望んでいるならば、影狼を拉致した理由も頷ける。

 

「いや、確か……通訳って言っていたぞ」

 

 唯一事実を知っている妹紅が訂正する。そっちの方が訳の分からない理由だったが、影狼自身が怯えながら、そう言っていたのを覚えている。

 

「通訳?」

 

「あぁ、確かにそう言っていたぞ。恐らく、あの人狼は喋れないんじゃねぇか?」

 

「犬語の通訳ってわけね」

 

 大尉と対峙した者は確かに大尉が言葉を喋った様子を一度も見ていない。加えて、EXルーミアに指示すら出来ていない様子だった。

 

「不思議なのは八雲紫だ。あの妖怪の賢者がここまでされて黙っているのは何かあっての事か?」

 

「一度、私のとこに来てそれっきりよ。『今回は力を貸すのは難しい』って言ってたわよ」

 

「あの人狼に何かされたのか?」

 

「さぁ? でも、厄介な猫がどうのとか言ってたわ」

 

 自分のスキマに幽閉されている、という事実をこの場にいる者は誰も知らないでいる。紫自身、まさか自分が自分の能力に幽閉されるなんて思ってもみなかった事だ。

 

「……奴の目的は何だ? ルーミアの封印を解き、人里を襲い、影狼を拐った。その目的は何だ?」

 

 その問いに答えれる者はいない。だが、はっきりとしているのは一つだった。

 

「目的なんてどうでもいいわよ。博麗の巫女として危険な妖怪は退治する」

 

「わ、私も手伝います!」

 

 声を上げたのは早苗だった。大尉と対峙する事なく、人里にて救助活動をしていた早苗はそれが大事だとは思いつつも戦えなかった事を悔やんでいた。

 

 だが、霊夢の鋭い目が早苗を射抜く。

 

「足手まといよ。今回は弾幕ごっこじゃない、殺し合いになるんだから」

 

「フハハハ! 随分と余裕がないな、博麗の巫女!」

 

「手加減された吸血鬼は随分と余裕そうね。門番の心配はしなくていいのかしら?」

 

 現在、美鈴は意識不明で永遠邸にて寝かされている。自分以上に戦い、守った美鈴をレミリアが心配しない訳がない。

 

「落とし前は着けさせるさ。それよりも今は傷を癒やす事を優先させるがな」

 

 レミリアだって悔しい思いをしている。従者よりも真っ先に倒され、その従者に命懸けで守られた。しかも、相手はレミリアに本気を出さず、門番である美鈴に本気を出していた。主人として鼻が高い反面、主人として情けないと思っている。

 

 霊夢に足手まといと言われてしまった早苗はどう反論すればいいのか分からなかった。自分が幻想郷に来たのは殺し合いとは無縁の弾幕ごっこが普及されてからで、殺し合いなんてした事がないからだ。

 

 だが、霊夢は違う。弾幕ごっこを普及させた張本人である前に博麗の巫女として妖怪を殺してきた経験がある。早苗とは踏んできた場数が段違いだ。

 

「問題は人狼だけじゃないのを忘れないでくれ」

 

 慧音の言う問題はEXルーミアの事だ。殺すともれなく幻想郷が滅亡の危機に晒されてしまう。その癖、EXルーミアは何の躊躇いもなく殺そうとしてくる。

 

 厄介なのは、そんなEXルーミアが大尉と行動を共にしている事だ。しかも、大尉の意思に従うような動きを見せている。影狼という通訳により、具体的な行動をしてくる事が予想されるだろう。

 

 更に厄介なのは、大尉もEXルーミアも強いという事だ。霊夢はどちらともまだ戦っていないが、人里の状況や負傷者の数を考えれば一目瞭然だ。霊夢が露骨に舌打ちをする。

 

「そういえば、にとりが人狼の武器の回収に成功していましたよ」

 

 文が思い出したように口を開く。置いてけぼりだったにとりは戦いが終わった後に到着し、大尉が使っていたモーゼルの回収に成功していた。技術屋のにとりとしては嬉しい発見だったので、現在は解析中にある。

 

「じゃあ、遠距離攻撃はしてこないんですね!」

 

 早苗は銃の恐ろしさを知っている故に大尉から武器が無くなった事を素直に喜んだ。

 

「あんな物、小手調べ程度の道具でしかないだろう。人狼の真の恐ろしさは素の攻撃力だ」

 

「確かにあんたの顔見てたら凄そうね」

 

 霊夢が皮肉を言う。

 

「フフフ、その皮肉も全くもってその通りだから、寛大な心で許してやるとも」

 

 正直、声を荒げて言い返したかったが、何を言い返しても霊夢がそれ以上に言い返してくる事が見え見えだったのでレミリアは自分が大人になる事を選ぶ。

 

「兎に角だ。人狼とルーミアの居場所を探らん事には退治しようもないだろう」

 

「それもそうね。そうだ、椛を借りていってもいいかしら?」

 

「あやや、それは難しい相談ですねぇ。何せ、椛は今回の件でお上から厳しく言われてしまいまして、謹慎処分されちゃいましたから」

 

「それはそっちの都合でしょ?そんなの知らないわよ」

 

 妖怪の山上層部は人狼の件に関して、静観を貫いていた。だが、勝手に動いた白狼天狗達だけには処分が下されてしまっている。特に真面目な椛はその処分に関して、重く受け止めている。

 

「そうもいかないんですよ。よろしければ、私がお手伝いしますよ」

 

 文の本音はスクープが撮りたいだけだ。博麗の巫女が動くとなっては、そちらに着いた方がより良いスクープが撮れそうだからと営業スマイルを浮かべる。

 

「……まぁ、いないよりはましか」

 

 文がスクープ目的なのは知っている。だが、今は大尉の討伐が優先だ。貸してくれるのであれば、甘んじて使い潰してやる精神でいた。

 

「早苗」

 

「は、はい!」

 

「早苗には人里の守備を任したいわ。結界を張るだけでも、住人が逃げれる時間を稼げるなら上等よ」

 

「れ、霊夢さん!任せてください!」

 

「間違っても倒してやろうなんて思わない方が良いわよ。あの人狼強いし、最悪殺される。死なない奴に相手させればいいわ」

 

妹紅が自分の事を言われているな、と思いつつもそれが最適であると理解できる。殺し合いになれば、死ななければ敗けではないのだから。

 

「慧音は連中について分かっている事だけでも整理しといてくれない?後で読むから」

 

「あぁ、いいとも」

 

 いつにも増して真面目な霊夢の姿に慧音は驚きつつも快く引き受ける。

 

「命蓮寺の連中にも話をしといた方がいいわね。喜んで守ってくれそうだし」

 

「あぁ、既に何人かは人里で救助活動してくれていた。だから、頼んでも大丈夫だろう」

 

「それは好都合」

 

 今回はただの異変解決ではない。異変討伐だ。生温い事を考えていては、自分が殺られてしまう。故に霊夢は利用できるありとあらゆる手段を使って、元凶を追い詰めていく。

 

 大尉がただの馬鹿ならば、あの場で殺してしまう事も出来たであろう。だが、大尉は元軍人であり、引き際というのも弁えている。ならば、引く場所がないように取り囲んで逃げれなくしてしまえばいい。

 

 尤も、次に会った時が決着の時だと霊夢の勘が告げていた。自分の勘はよく当たる。良くも悪くもそれは事実だ。

 

 

――――――――

 

 

 一面の向日葵が咲き誇る場所があった。だが、そこの主の姿は珍しく見当たらない。何故、見当たらないのかを向日葵は知っている。

 

 久しぶりに楽しそうにしている主の姿に向日葵はまるで自分の事のように喜んでいた。尤も、見ただけでそれが分かる者はその主しかいない。

 

 


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