東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十四話

 

 美鈴は改めて目の前の強敵の事を観察していた。腹に刺さっていたグングニルの傷跡は既に再生したのか、見当たらない。真っ直ぐこちらを見据える目は敵として認められた、という証拠なのだろうか。

 

 自分の事など無視して咲夜を追う事も出来るだろうが、何故かは分からないがそれをしない。美鈴にとってそれは好都合でしかない。

 

 不思議と心は落ち着いていた。目の前でレミリアが倒されたのにも関わらず、波一つない湖面のような静けさだ。

 

 最初に動いたのは大尉だった。霧になり駆けたかと思えば、すぐ目の前で実体化し勢いのまま美鈴に蹴り込んでいた。

 

 美鈴は腕に気を集中させると腕を胸の前で交差させ、大尉の蹴りを受け止める。だが、その威力たるや絶大なもので、受け止めたはずの美鈴は後ろへと飛ばされてしまう。幸い、腕に目立った外傷はないが、激痛が走る程には痛かった。器用に地面に着地をすると美鈴は全身を研ぎ澄ませたかのような集中を見せていた。

 

 大尉としては腕を砕く勢いで蹴ったのにも関わらず、美鈴が無事でいた事に少し驚いていた。ならば、どうするか。大尉の答えは至って単純なものだった。

 

 今度は霧になることもせず距離を一気に詰めると美鈴へと拳を降り下ろす。相手が硬いのであれば、砕けるまで殴り、蹴り続ければいい。相手が化物ならば、自分はそれ以上の化物であると見せ付ければいい。

 

 美鈴は降り下ろされる拳を間一髪で避けると大尉の腕を掴み、そのまま背負うような形で投げ飛ばした。

 

 受け身も取らぬまま大尉は地面へと叩き付けられるが、これといって痛みを受けている様子はなかった。そうと分かるや否や、美鈴は大尉との距離を空ける。

 

 美鈴は今の自身を捨て駒であると自覚していた。咲夜がレミリアを永遠亭まで運ぶ時間を稼げれば良いだけだ。きっと、この事をレミリアや咲夜、他の紅魔館の面々が聞けば、皆が皆、美鈴に対して説教をするだろう。

 

 そんな素敵な環境を守る事が出来るのであれば、それは美鈴にとって本望だ。

 

 妹紅や文が上手くやっていたように自分も上手く時間を稼ごう。そうすれば、きっと、幸せな結末が待っているから。そこに自分がいるかどうかは別問題だ。

 

「やはり、頑丈ですね」

 

 起き上がった大尉は首を少し鳴らすだけでこれといって効いた様子が全くない。我ながらいい線をいったと思っていたが、こればかりは相手が悪いのであろう。

 

 美鈴は自ら攻めるような事はしない。門番をやっているだけあり、守りに関しては頭一つ飛び抜けていた。況してや、自分が敗れるような事があれば、主の危機に繋がる状況。背負うものがあれば、それが重ければ重い程、美鈴は強くなる。

 

 美鈴は自覚をしていないものの、その性質を知っているレミリアはそれ故に美鈴を門番として置いていた。

 

 霧化した大尉が駆ける。美鈴を前にして取り囲むように広がり始める。大尉が不意打ちを狙うだろうと予想した美鈴は精神を集中させる。

 

 レミリアとの戦いで大尉が攻撃の際は実体化する事を観察していた。そして、美鈴はある事に気付いてもいた。

 

 それは大尉から『気』が感じられるという点だ。『気を使う程度の能力』の美鈴は『気』という曖昧だが、確実に万物に存在するものを使う事が出来る。『気』を纏えば矛にも盾にもなる。それだけでなく、相手の発する『気』を感知する事すら可能だ。

 

 大尉からは霧化している時には感じないが、実体化している時には、荒々しくも凛とした『気』が感じられる。大尉が不意打ちを狙おうとも美鈴からは何処から攻めてくるのかなんて一目瞭然だった。

 

 自身の背後から気を感じ取る。だが、感じ取るだけで、どんな攻撃をしてくるのかは予測を立てるしかない。

 

 振り向き様の刹那の瞬間で大尉が何をしてくるのかを見極めた美鈴は予め気を集中させた腕で大尉の蹴りを受け止める。

 

 今度のは大した威力はなかったのか飛ばされるなんて事はなかった。だが、腕には激痛という名の衝撃が走る。

 

 美鈴がカウンターを決めようとした瞬間に大尉は霧化し、また美鈴を取り囲む。そして、また死角からの攻撃を浴びせようとする。

 

――これが狙いか!

 

 美鈴は大尉の狙いに気付いた。四方を囲み逃げられなくしてから、死角から攻撃をする。威力が下がったのは、霧の中から逃がさない為だろう。受け止められたり、避けられたりしても大尉はまた霧化し、死角を攻めていく。

 

 威力が下がったとはいえ、当たれば致命傷になり兼ねない攻撃など気を集中した状態を維持し続けれなければならない。

 

 大尉の攻撃を律儀に受け止めてる美鈴のこの防戦は霧の中で五回は繰り返される。だが、それ以上、大尉から攻めてくる事はなく、霧が離れていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 大尉が離れていった事は美鈴にとって好都合だ。大尉の連続不意打ちに腕が悲鳴を上げる寸前までダメージを負ったので、少し呼吸を整えたかった。

 

 大尉は美鈴への認識を改める。取るに足らない吸血鬼の従者。暇潰しの相手。そんな認識を改めざるを得ない。

 

 初撃を防ぎ、二撃目を避けては投げ飛ばし、三撃目の連続攻撃を全て防ぎ切った。彼女を強者として認めずに、誰が強者となるだろうか。

 

 故に、大尉は本気を見せる。吸血鬼にすら見せる事すらなかった本来の姿であり、敵を敵として認めた証の姿。

 

「はは、なるほど。それが――――本当の姿ですか」

 

 乾いた笑いしかでない。

 

 大尉の姿が美しい白色の毛をした巨狼へと変わり、美鈴を真っ直ぐ見据える。

 

 

――――――――

 

 

 EXルーミアはその様子を遠く離れた背の高い木の上から眺めていた。大尉の本来の姿はEXルーミアをして美しいと言わしめる程だった。

 

「いやァ、大将がまさかあんな化物だったとはなァ」

 

 その木の枝には気絶させた白狼天狗と影狼が吊るされている。そんな中で一人だけ気を失わずに椛は大尉の戦いを千里眼を使い視ていた。

 

 EXルーミアの独り言なんて無視だ。自分達に興味が失せたのかEXルーミアは誰一人殺す事なく吊るされた。逃げようにもEXルーミアが能力を解かない限り逃げれないので、椛は命そのものを半ば諦めていた。

 

「私にも見せてくれたら良かったのになァ。私が弱いって情けでも掛けられたのかなァ」

 

 EXルーミアは悔しいのだ。自分ですら見ることの叶わなかった大尉の本来の姿と戦いをたかが門番が引き出したという事実がどうしても悔しかった。

 

 何故、自分の時は見せてくれなかったのだろうか。そんな疑問が沸々と憎悪として沸き上がってくる。だが、負けてしまったのも事実だ。ならば、弱肉強食の掟には従う他ない。

 

 椛も口には出さないではいたが、唇を噛み締める程に悔しかった。今なら、EXルーミアの独り言の意味も少しは理解出来ていた。そして、それを理解出来ている自分がいる事が情けない弱者のようでみっともない。噛み締めた唇から流れる血なんて椛は気にしない。

 

「いいなァ。羨ましいなァ。あの門番、ぶっ殺したくなってくるなァ」

 

 此処であの戦いに割り込みに行っては邪魔になるだけだ。噛み殺されるのは自分かもしれない。何より、大尉に楽しむように言ったのは自分ではないか。

 

 戦いの場所から巨狼の咆哮が聴こえてくる。EXルーミアは羨ましそうに戦いの場を眺めていた。

 

 

――――――――

 

 

 巨狼の咆哮は永遠亭に向かっている咲夜の耳まで届いていた。自分の場所を報せるような咆哮ではなく、敵と戦うような咆哮なのは聞き間違いではないのだろう。

 

 だとすれば、その敵は間違いなく美鈴だ。美鈴一人残した事を咲夜は後悔していた。だが、そうする他なかったと言われれば誰もが納得してしまうだろう。それ程までに状況は切羽詰まっていた。

 

 今は重傷で気絶しているレミリアを永遠亭に送り届ける事しか出来ない。道中、EXルーミアに会ってしまえば一貫の終わりだが、追ってきている様子もないのは不幸中の幸いだろう。

 

 美鈴に戻ってくるまで耐えてとは、我ながら残酷な事を言ってしまったと自覚している。それでは、美鈴はきっと死ぬまで耐えてしまうだろうから。

 

 そんな事を言ってしまったのだ。ならば、レミリアを送り届けたその暁には美鈴の元に戻ってやらねば可哀想だ。もし、まだ大尉がいたのであれば全身全霊を持って殺してやろう。

 

 そんな咲夜の進行方向には誰かが立っていた。


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