東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十三話

 

 大尉は頼んでもいないEXルーミアのお節介に感謝していた。捕虜を運び、余計な邪魔な者共を退場させてくれたのは、これから始める戦いにとって好都合でしかない。

 

 人の姿になった大尉は竜巻が収まるのを待つ。この竜巻の外にいるであろう吸血鬼とその仲間の気配が嫌というほど伝わってくる。

 

 咲夜、美鈴と途中合流したレミリアは竜巻を前に文と和やかなお喋りをしていた。竜巻という檻の中から嫌というほど人狼の気配がするのを無視してだ。

 

「ご苦労だった、文」

 

「えぇ、本当に疲れましたとも。此方に来たという事は人里の方は大丈夫だったんですか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。今頃は早苗が救助作業を手伝っていることだろう。で、この竜巻の中に人狼がいるんだな?」

 

 レミリアが竜巻の方を指差す。分かりきっている事だが、念のための確認だ。確認だと分かっていて文も頷く。

 

「そうか。では、明日の新聞の一面はこうだな。『吸血鬼レミリア、人狼を退治す!』。フフフ、楽しくなってきた」

 

「その記事、是非、私の方の新聞で書かせて戴きますとも。レミリアさんが、人狼を退治出来ればですがね」

 

「……今は機嫌が良いから、その挑発は聞かなかった事にしといてやろう。では―――邪魔者を退けて、遠くで見てろ」

 

 さっきまで穏やか雰囲気だったレミリアが急に殺気を帯びて文を威圧するように命令する。邪魔者とは、気絶しているはたて含めて文も含まれている。文はそれを察するや否や、はたての方へと飛んでいった。

 

「随分と大人しい人狼ですね。人狼とはこういうものなのですか、お嬢様?」

 

 先程まで黙っていた咲夜が口を開き、レミリアに尋ねる。レミリアはそれを鼻で笑う。

 

「そんな筈がないだろう。私は過去何度も何度も人狼と戦ってきたが――――」

 

 竜巻が収まっていく。文の能力下にあったが、文が離れて行ったことでその能力が解けていったのだろう。

 

 竜巻が完全に収まると着物が破れただけで無傷の大尉がレミリアと向かい合うように現れる。

 

「どいつもこいつも凶暴過ぎて嫌になった程だ」

 

 だが、咲夜はレミリアの言うような人狼と違い、目の前の人狼から知性を感じていた。竜巻が収まれば襲ってくるだろうと思っていたが、その様子もない。

 

「初めまして、人狼。私は『永遠に紅き幼い月』レミリア・スカーレットだ」

 

 子供の姿をした吸血鬼に大尉は特に油断する訳ではない。化物にとって姿形など只の器でしかなく、関係ないからだ。

 

「あんな竜巻など簡単に出てこられただろうに。文の時間稼ぎに付き合ってやっていたのか?」

 

 大尉は答えない。

 

「……はぁ、噂に聞いていたが本当に喋らんのだな。じゃあ、殺り合うとするか」

 

 その言葉が切っ掛けだったのか大尉から殺意と闘志がおぞましい形となって溢れ出れるような錯覚をレミリアに抱かせる。

 

 最初に動いたのは大尉だった。モーゼルを構えると残弾全てが無くなるまでレミリアに銃弾を浴びせる。

 

 しかし、レミリアも吸血鬼だ。その銃弾を見切り、最小限の動きで避けては大尉へ近付いていく。

 

 近付いて来るレミリアに対して大尉はモーゼル銃を捨てて迎え討たんとすると構える。

 

 吸血鬼の力は鬼に匹敵すると謂われている。それはレミリアとて例外ではない。レミリアの鋭い爪による猛攻は大尉とて受け流すのに限界がある。

 

「らぁっ!」

 

 可愛い外見からは想像も出来ないような荒い言葉と共に大尉の脇腹へと蹴りが叩き込まれる。だが、まるで効かないと言わんばかりの大尉はレミリアの脚を掴むとそのまま地面に叩き付ける。その衝撃は凄まじく、地面を割る程の威力だ。

 

「ちぃ!」

 

 舌打ちをしたレミリアは自身を幾つもの蝙蝠へと姿を変える事で大尉から離れる事に成功する。

 

 そして、大尉の頭上で蝙蝠が集まり、レミリアへとまた戻ると顕現させたグングニルを大尉へと降り下ろす。

 

 吸血鬼の力を持って降り下ろされるグングニルは並みの化物ならば容易く殺せるだろう。だが、大尉は並みではない化物だ。

 

 大尉は片手でグングニルを難なく掴む。そのまま拮抗状態かと思われたが、レミリアが二本目のグングニルを顕現させ、大尉を貫く。

 

 だが、貫いていたのは霧化した大尉の姿であり、つまりは無意味だった。霧がまるで四足獣のようにレミリアへと駆けて行く。

 

 霧となっている人狼に攻撃が効かない事などレミリアは知っている。故に、攻撃するタイミングというのも知っている。

 

 大尉が実体へと戻り、レミリアへと殴り掛かる。

 

 その瞬間をレミリアは待っていた。自分が殴られるのなんてお構いなしにカウンターを決めるようにグングニルを大尉の腹に突き刺す。

 

 レミリアは『肉を切らせて骨を断つ』という戦法でこれまで人狼を倒してきた。霧になると謂えど、攻撃する時は実体になる。その隙を突く戦法だ。吸血鬼の再生速度も相まってこの戦法は人狼に対して有効的であった。

 

 これまでの人狼ならばそれで良かったのかもしれない。だが、相手は外の世界の最後の人狼であり、『最後の大隊』の最大戦力。

 

 殴られようとも、斬られようとも、腕が無くなろうとも表情一つ変えずに攻撃を止めない戦闘狂の人狼だ。

 

 突き刺さったグングニルなどお構いなしに大尉の拳がレミリアの顔面を撃ち抜いた。

 

 その威力たるや吸血鬼と同格かそれ以上だろう。そんな拳をくらえば、本来ならば飛ばされても仕方ない。だが、どういうわけかレミリアが飛ばされる事はなかった。

 

「―――ッ!」

 

 大尉のもう片方の手がしっかりとレミリアの胸ぐらを掴み、離さないようにしていた。そして、二撃目がまた顔を撃ち抜く。

 

 意識そのものが飛ばされそうになり、レミリアが見たのは今まさに振りかぶっている三撃目の拳だった。

 

「はぁぁぁああ!」

 

 レミリアへと三撃目が叩き込まれるよりも前に美鈴の全身全霊の拳が大尉の脇腹へと叩き込まれる。

 

 虚を突かれた大尉は腹にグングニルが刺さったまま殴り飛ばされていく。 そして、咲夜が能力を使い、時間を止めるとナイフを大尉に向けて設置する。

 

 咲夜の能力は『時間を操る程度の能力』だ。出鱈目染みた能力だが、戦闘において出来る事が限られている。時間を止めようにもナイフで相手を刺せるというわけではない。大尉に向けて設置したナイフも時間が止まっている間は動かない。咲夜と密着していない限り、止まっているモノに対して干渉は出来ない。だが、能力を解けばナイフは大尉に向かい飛んでいく。

 

 そして、能力が解かれると殴り飛ばされた大尉へと追い討ちを掛けるべくナイフが飛んでいく。大尉はそのナイフが銀製であることに人狼としての本能で気付くや否や、霧になり回避する。

 

 そうしている間に美鈴と咲夜がレミリアを回収して、大尉から距離を取る。

 

 レミリアの顔はあまり見れたものではなかった。幾ら吸血鬼が頑丈だとはいえ、大尉に二度も殴られて無事である筈がない。

 

 咲夜と美鈴は本来ならば止めを刺す役目であり、戦闘は極力避けられていた。それがこうして主人を救う役目になるとはレミリア自身、想像も出来ていなかった。

 

「ぐ、ぐぞ……」

 

 再生に時間が掛かるのか舌を動かすのも辛い状態でレミリアが悪態を吐く。大尉という異物のせいで自身の能力が上手く使えない状態での戦い。レミリアは大尉の戦力を見誤ってしまっていた。

 

 能力が使えないなど言い訳でしかない、とレミリアは自覚している。自分は吸血鬼であり、化物の中でも有力の化物だ。しかも、今宵は満月。吸血鬼の力が増大するというのに、こうも一方的にやられてしまっては何も言い返せないだろう。

 

 そして、肉体的にも精神的にも限界だったのかレミリアは気絶してしまった。

 

 大尉は乱入してきた二人を見ていた。最初は乱入してこない以上は手を出さないつもりでいた。だが、参戦するという事は二人を敵として認めるしかないだろう。

 

 特にメイド服を着た人間の方は人狼の弱点である銀の武器を所持し、よく分からない能力を使う以上は警戒が必要だろう。

 

 レミリアは決して弱くはない。だが、大尉が外の世界で相手にしていた吸血鬼はレミリアよりも断然強かった。比べる相手が悪かった、としか言いようがない。

 

 大尉はレミリアが再生回復するのを待つ事にした。吸血鬼ならば、満月というのもあり再生速度も早いだろう。そうなれば、三対一の戦いが出来て、より楽しめるかもしれない。

 

 だが、従者はそうは考えていなかった。

 

 レミリアの戦意は喪失寸前のところまできている。顔が再生したとして、三対一で戦っても勝てるかどうか怪しい面がある。

 

 今は主人の安全を確保するのを優先するべきだ、と従者二人は目を合わせる。

 

「咲夜さん、お嬢様を連れてして永遠亭まで行って下さい。私が奴の足止めをします」

 

 覚悟を決めた表情をしている美鈴は咲夜にそう言うが、咲夜も同じ様に覚悟を決めた表情をしていた。

 

「いいえ、私が残るわ」

 

「それは駄目です! 奴の攻撃力を見たでしょう!? 咲夜さんが受けてしまっては死んでしまいます!」

 

 美鈴の言うことも一理ある。人間である咲夜が吸血鬼を倒せるような拳をくらっては死んでしまう可能性すらある。

 

 咲夜の能力を使えば、避ける事は可能だろう。だが、万が一があってはいけないのだ。その万が一があってしまえば、死に直結してしまう。

 

「安心してください。私は妖怪なので頑丈です。さぁ、咲夜さんはお嬢様を連れて速く行って下さい!」

 

 こうなった美鈴を説得するのは不可能だろうと咲夜は知っている。

 

「……必ず、戻ってくるから」

 

 美鈴にそう言葉を投げ掛けると主人の安全を確保するために咲夜はレミリアを背負う。そして、能力を駆使したのか姿が消えていた。

 

 咲夜が行ったのを確認した美鈴は大尉と対峙する。

 

「紅魔館が門番、紅美鈴! 主の危機を救うため、お相手いたします!」

 

 吸血鬼に逃げられたのは残念だったが、これはこれで楽しめそうだと大尉は逃げた二人を追う事もしなかった。


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