椛は全ての白狼天狗を束ねる強者だ。大尉には負けてしまっているものの、近接戦闘において彼女の実力は発揮される。
白狼天狗の標準装備である武器は大尉との戦闘の際に壊されてしまっていた。だが、様々な武具を使いこなす椛にとっては装備の一つでしかない。そんな彼女が今、装備しているのは何本もの小太刀だ。そして、見えない所には暗器を幾つも隠し持っている。
椛は考えた。武器が壊されるのであれば、壊れても替えがあれば戦える、と。大尉を想定しての装備であったが、EXルーミアに対しても効果的だった。
だが、椛ではEXルーミアに勝てない。これは単純に実力の差がものを言っている。そんなことは椛も分かっていた。分かっているが故に椛は個ではなく、群で戦う。
椛をサポートする白狼天狗達は優秀だ。時に剣となり、時に盾となる彼女達の動きに上司である椛も満足していた。
また苦戦を強いられてしまっているEXルーミアは苦虫を噛み潰したような表情をしている。自分よりも格下の相手にいいようにされているのが気に食わない。
「……」
しかし、EXルーミアも馬鹿ではない。先の妹紅との一戦で冷静さを失ってはならない、と学んでいた。故にEXルーミアは考える。個ではなく、群を相手に戦う方法を。
どれか一つに斬り掛かろうものなら、他のどれかに攻撃されてしまう。ならば、全てに均等に攻撃をすれば良い。そう考えたEXルーミアは翼をしまうと、その代わりに四本の闇の腕を背中から生やした。
不気味な笑みを浮かべたEXルーミアは白狼天狗の一人に飛び掛かる。椛を含む他の白狼天狗がその隙を狙い、EXルーミアに斬り掛かろうとするが、闇の腕が自動的に防御していく。
「ハッハハハァ!」
してやったりと自慢気な表情を浮かべるEXルーミアだったが、斬ろうとしていた白狼天狗から目に向かって砂を投げられ、思わず怯んでしまう。その怯んだ隙を狙って白狼天狗達が斬り掛かるも、やはり闇の腕によって防がれてしまう。
それを端から見ていた大尉からしてみれば、詰めが甘い、の一言だ。
「彼女がそんなに心配ですか?」
そんな大尉の様子を見ていた文から投げ掛けられた言葉に大尉は文を見据えるだけだった。
文としては言葉で大尉の動揺を誘いたかった。しかし、眉一つ動くことのない大尉の表情からして言葉による動揺は無理だろうと悟る。
人里にいるであろう紅魔館の勢力や早苗と早いとこ合流を果たしたい文は大尉に勝とうなどとは考えていない。
自分では勝てない、と分かってしまった。暴風が通用せず、天狗を一撃で倒してしまう程の攻撃力を持つ相手など文からしてみれば悪い冗談としか思えない。
浮遊している分、地の利はあるが、言ってしまえばそれだけだ。文は自分が大尉に勝つイメージは沸いてこなかった。
先走りした筈のレミリアに対して文句を言いたくなってくる。何がカリスマだ。最近のレミリアは確かにカリスマが滲み出ていたかもしれない。だが、肝心な所で戦わないのであれば、無能ではないか。
ならば、役者を舞台に呼び込むしかない。自分でも勝てるならばレミリアの代わりに大尉を倒していただろう。だが、現実は違う。文では勝てない。
ならば、勝てるであろう人物に頼るしか他ない。人狼に一方的に因縁を抱えている吸血鬼がいる。そして、その従者も人狼を殺す手段を持っている。
自分は役者ではなかった。それだけの事だ。舞台は出来上がっている。舞台が此処だと知らしめる必要がある。出来るだけ目立つような、それでいて大尉に悟らせないような。
文は直ぐ様、それを実行に移す。自身の能力を最大限活用し、巨大な竜巻を巻き起こす。木々を薙ぎ倒す程の威力を持った竜巻は大尉を呑み込む。
「――――っ!」
椛は文が竜巻を巻き起こした意味を即座に理解した。長年の付き合い、というのもあるが、それ以上に千里眼で視た文の表情に余裕がなかったからだ。
「各員、防御に徹しろ! 無駄な行動を起こすな!」
椛は部下にそう命令した。EXルーミアはこれを竜巻に巻き込まれないように、と命令しているのだと勝手に判断した。自分としても竜巻に巻き込まれるのは真っ平ごめんだったので、椛の判断は間違っていないと感じていた。
だが、真意は違う。文が時間稼ぎをするという判断を下した以上、自分達も時間稼ぎをするため、EXルーミアに悟らせないような命令を下した。周りの白狼天狗達はその真意を直ぐ様理解していた。
大尉は相手が時間稼ぎをしている事に気付いていた。時間稼ぎをするということは何かしらを企んでいるのだろう。
より強い者が来るのであれば、それもまた一興だが、今は捕虜を運び出さなければならない。
竜巻に呑まれながらも大尉は至って冷静だった。こんな竜巻如きに殺される程、大尉は柔ではない。自分から離れようともしない竜巻は煩わしいばかりだ。
大尉は考える。文がそこまでして時間を稼ぐ相手の存在を。そして、大尉は気付いてしまった。忘れもしない宿敵の気配が此方に向かって一直線に近付いて来ている事に。
ならば、この時間稼ぎに付き合うというのも無駄ではなさそうだ。否、自身の存在を此方から向こうに報せてやろうとも考えた。
竜巻の様子を睨み付けていた文は大尉が出ようとすらしないことに驚いていた。抵抗の一つや二つするものだと思っていたからだ。
ぞわり、と背筋に脂汗が流れる。何故、こんな汗が流れるのか理解出来なかったが、竜巻の方を見て妙に納得出来てしまった。
何も、文だけではない。影狼や椛や白狼天狗、EXルーミアでさえ、何かを感じ取り動きを止めて竜巻の方を見ていた。竜巻の中で何かが起こっている、と思わざるを得ない。
椛は千里眼を用いて竜巻の中を視た。
「――――あ」
そこにいたのは美しい白色の体毛を持つ巨大な狼だった。竜巻の中心にてその巨狼は空を仰ぎ座していた。
その光景に椛は思わず見惚れてしまった。何と美しいのだろうと思ってしまった。人狼とは聞いていたが、ここまで美しい存在とは聞いていなかった。
大きく息を吸う動作でさえ様になっている。自分達が相手していた者がここまで美しいと思える事に椛は複雑な思いを抱く。
そして、巨狼が吠えた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
竜巻を越え、木々を揺さぶり、大地を震えさす程の咆哮は此処に居る全ての者の鼓膜を刺激する。そして、一部の者はその咆哮の意味を理解する。
「……呼んでいる、のか」
ぼそり、と言葉を漏らした椛にEXルーミアは敵味方を忘れて椛に尋ねる。
「大将は誰を呼ぼうってんだ?」
「分からない。誰を呼んでいるのか分からないが……」
「あァ?」
「とても愉しそうだ」
椛のその言葉を聞いて、EXルーミアはゲラゲラと笑い始める。
「そうかそうかァ! 大将は愉しそうなんだな! だったら、邪魔しちゃいけねェよなァ!」
あの無表情でどうやって吠えたかなんてEXルーミアには関係ない。初めて感情を顕にした大尉に対してEXルーミアはまるで自分の事のように嬉しがっていた。
「私ばっかりイイ思いしてたんだからなァ、大将もイイ思いしたいよなァ!」
思えば人里襲撃の時、大尉は全くという程、本気で戦っていなかったことを思い出す。自分ばかりが戦ってばかりで大尉は情報収集に走っていた。
ならば、今度は大尉の番だ。折角見付けた通訳すら放っておきたくなる衝動に駆られている大尉にEXルーミアは口出ししようとは微塵も思っていなかった。舞台を用意してやろうとも考える。
「まァ、そういう訳だ。邪魔はさせねェよ」
EXルーミアから生える腕の数が倍に増え、未だ動揺している白狼天狗全てをその腕を持って捕縛する。次いでに影狼もその腕で掴むとEXルーミアは何処へとも跳んでいく。
「邪魔はしねェから存分に戦ってくれよ、大将ォ!」
そう言い残してEXルーミアは白狼天狗と影狼を連れ、宛もなく消えていった。
そして――――恐るべき夜の支配者が恐るべき従者を連れて舞台へと舞い上がる。