東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十一話

 

 取り残された妹紅は自身の額に札を貼り付けると大きく息を吸った。妹紅自身、あまり使いたくはなかった手段だが、動けない自分は役には立てそうにない。

 

 決心した妹紅は頭に貼り付けた札を頭もろとも爆破させた。過去に何度もやっていた手段だったが、これをしたのは随分と久しぶりだった。

 

 炎から甦った妹紅は如何に自分が平和ボケをしていたのか実感させられていた。そう思わせる程、幻想郷が平和だったというのもあるが、その平和な幻想郷に今や亀裂が生じている。

 

 大尉達を追い掛けようかと悩んだが、多勢に無勢では勝ち目がない。影狼には申し訳ないと思いつつ、妹紅は今だ戦っているであろう慧音の元へと向かうことにした。

 

 

――――――――

 

 

 

 闇の顎を相手していた慧音だったが、闇の顎の動きが鈍くなり始めていることに気付き始めていた。EXルーミアが遠く離れていってしまったが為に闇の顎はその支配圏から外れかけてしまっていた。

 

 EXルーミアが離れれば離れる程、闇の顎の力は弱まっていく。そして、最終的には闇の顎は消滅するだろう。EXルーミアの歴史を知っている慧音はその事を勿論知っていた。

 

 EXルーミアから発する闇はEXルーミアが近くにいてその真価を発揮する。闇の顎が鈍くなっていった、という事はEXルーミアが人里から離れていった、という証明でもある。

 

 今を持ちこたえれば闇の顎は消滅する。そう確信した慧音は最後の力を振り絞って闇の顎を押さえ込む。

 

 だが、そんな慧音に頭上から話し掛ける声が聞こえてくる。

 

「苦戦しているようだな。力を貸してやろうか?」

 

 声の主は返事を待つつもりなどなかったのか、慧音が答える間もなく、空から禍々しい紅い槍が降り、闇の顎を意図も容易く貫いた。

 

 それを見ただけで慧音は声の主が誰かを理解する。

 

 『永遠に紅い幼き月』にして紅魔館の主、レミリア・スカーレットが闇の顎の上空にて悠然と構えている。

 

 椛の部下の白狼天狗から報せを受けたレミリアは先に向かっている椛を追い抜かし、一足先に人里へと着いていた。咲夜と美鈴を置いてきてしまったのは居ても立ってもいられなくなっての行動だ。

 

 軽率な行動だったかもしれないが、結果としてレミリアの行動は最善のものであった。

 

 地面に串刺しになりながらも動こうとする闇の顎をレミリアは感心したように見下す。そして、自慢の技を受けたのにも関わらず動こうとする闇の顎にレミリアは苛立ちを覚えていた。

 

「随分と頑丈だな。ならば――――『グングニル』」

 

 レミリアの周りに三本もの禍々しい紅い槍が出現すると直ぐ様、闇の顎へと一直線に降下していく。

 

 串刺し状態の闇の顎には紅い槍を避ける術もなく、三本全てが突き刺さり、地面へと貫通していく。レミリアはその様子を恍惚とした表情で眺めている。

 

 満月により吸血鬼の能力は高められている。レミリアとしてはこの槍を人狼にぶつけたかったところであったが、見てしまったものは仕方ない。

 

 流石の闇の顎も計四本のグングニルには耐えれなかったのか、音もなくボロボロと消滅していく。後に残されたのは闇の顎が喰らった瓦礫や人間の残骸だけであった。

 

 

―――――――

 

 

 人里を後にし、森の中を疾走する大尉は吸血鬼の匂いを嗅ぎ取っていた。今宵は満月だ。吸血鬼とは満月の夜に戦ってこそ、その真価を発揮する。

 

 立ち止まり人里の方へと顔を顔を向ける大尉は悩んでいた。次の満月を待とうにも時間が掛かる。しかし、何の準備もせず、況してや、捕虜がいる状態では戦いもしずらいというもの。

 

 EXルーミアに捕虜を押し付けては、帰った時には腹の中というのもありえる話だ。

 

「いたぞ!」

 

 その声とともに大尉を囲むように椛を含む数人の白狼天狗と頭上を見張るように浮かぶ文とはたてが現れる。誰も彼も敵対心が剥き出しだ。

 

 大尉は吸血鬼の方に気をとられ過ぎ、他の者への警戒が手薄になっていたと認めざるを得ないだろう。

 

「お久しぶりですねぇ、人狼の外来人さん。お元気でしたか?」

 

 当然の如く何の反応も返さない大尉に苛立ちを覚えていたのは文よりもはたてだった。大尉とは初対面ではあるが、椛に怪我を負わせたというだけで、はたてにとっては激怒する案件だ。

 

 はたての扇が大尉に振られると風の弾幕が襲い掛かる。影狼の事など気にも止めていない様子だ。

 

 それが合図だったのか、椛と部下の白狼天狗もはたての風の弾幕に合わせて動き始める。

 

 影狼をEXルーミアへと投げ渡すと大尉は臨戦態勢をとる。吸血鬼を相手出来ないのは残念であったが、この人数の人外を相手するのであれば多少は楽しめるだろう。

 

 だが、EXルーミアは影狼を受け取ろうともしなかった。そうなると必然的に影狼は地面へと落ちていく。大尉はその様子を表情には出さないものの少し驚きながら見ていた。

 

「なァんで私がクソ人質の子守りしねェといけねェんだよ!」

 

 要はEXルーミアも戦いたいのだ。人里では、死なない人間の相手をし、嫌でも苦戦を強いられてしまったEXルーミアは弱い相手に優越感を得たかった。

 

 白狼天狗はその相手にまさにうってつけだった。風の弾幕が直撃した大尉を今まさに斬り掛かろうとする白狼天狗に向かってEXルーミアは影狼を踏み台に襲い掛かる。

 

 風の弾幕が直撃した大尉に特にダメージを負った様子はなく、着物が切り裂かれ、少し出血しているだけだ。こうなってしまっては仕方ない、と大尉は銃を構えて、その標準をはたてに合わせる。

 

 しかし、はたても馬鹿ではない。文のおこぼれの取材や早苗の情報から大尉の武器が遠距離で一直線にしか飛ばないものと予測を立てていた。向けられた銃口から逃げるように飛び回り、標準を合わせないように努力する。

 

 銃の情報が出回っている事など大尉にとっては何の痛手ではない。それよりも厄介なのはEXルーミアを逃がすタイミングを完全に失った事だ。元気に白狼天狗に襲い掛かる様子は喜ばしい事だが、地面に横たわっている影狼を誰が運ぶのであろうか。

 

 こうしている間にも敵の一人が影狼を連れ出せば、大尉達が人里を襲撃した理由が無くなってしまう。生きた情報兼通訳をここで逃すのは勿体ない。

 

「余所見すんじゃないわよ!」

 

 風というには荒々しすぎる弾幕が大尉に直撃する。暴風に巻き上げられた大尉に追い討ちを掛けるように今度は文からも暴風が放たれる。

 

「卑怯、とは言わないでくださいね」

 

 暴風に巻き上げられたかと思えば今度は地面へと叩き落とされていく。大尉は木々にぶつかる前に霧化すると、そのままはたてへと霧とは思えない速さで向かっていく。

 

 霧ならば、とはたては暴風を浴びせるが霧と化した大尉は暴風の勢いに負けることなくはたてに向かう。

 

 文はそれを阻止するべく、小さな竜巻を大尉に放つが効果虚しく意味がない。

 

 はたての目の前まで来るとその視界を遮るように霧が広がり、怯んでしまったはたてにその背後で実体化した大尉の踵落としが右肩へと容赦なく叩き込まれる。

 

「えっ――――」

 

 骨が砕ける音が響くや否や、はたては反応すら遅れて地面へと落とされていく。文はその様子を冷や汗を流しながら見ることしかできなかった。『幻想郷最速』と謂えど、大尉の速さは目を見張るものがある。

 

 落ちたはたての心配もしたいが、そんな隙すら与えないと言わんばかりに大尉は落下しながらも文を見ていた。

 

 椛含め白狼天狗の援護を得たいところであったが、EXルーミアの相手を総出でしている以上、文は一人で戦うしかないだろう。

 

 木のてっぺんに器用に着地した大尉は表情には出さないものの焦っている文に対して銃を向けた。


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