東方戦争犬   作:ポっパイ

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二十話

 最初に異変に気付いたのは椛だった。高台から全体を見渡そうとしたところ、人里から煙が上がっているのが肉眼でもハッキリと見えた。千里眼を用いて人里を覗いてみれば、妹紅が何かを燃やしている最中であった。更に覗けば、慧音が黒い化物を一人で止めている様子も窺える。何故か、影狼を抱えている半裸の外来人の姿もある。

 

「火事でしょうか?」

 

 椛と共に高台に上がっていた白狼天狗が呑気な声を出す。

 

「違う! 急いで皆に伝えろ! 人里にて戦闘あり、と!」

 

 部下の白狼天狗にそう伝えると椛は真っ先に人里へと駆け出す。

 

 残された部下の白狼天狗は遠吠えをした。端からすればただの遠吠えにしか見えないが、同じ白狼天狗からすれば、その遠吠えの意味を理解できる。

 

 その為に白狼天狗を各班に一人は必ず配置するようにしてある。この遠吠えを聴いた白狼天狗たちが直ぐ様動くことだろう。遠吠えをした後、部下の白狼天狗も椛を追い掛けるように人里へと駆けていく。

 

「ま、待ってくれよー」

 

 取り残されてしまったにとりは慌てた様子で二人を追い掛けていった。

 

 

―――――――

 

 

 白狼天狗の遠吠えとその意味が聴こえた大尉はそろそろ引際だろう、と考えていた。今回の目的である戦争への火種を蒔き、情報兼通訳も得た大尉としては、これ以上の成果はなかった。我儘を言えば、燃やされてしまったコートの代わりが欲しいところだ。

 

 後はまだ暴れているであろうEXルーミアを回収してしまえば今回の作戦は大成功だろう。

 

 ここで余計な敵が来ては交戦中に通訳を逃がしてしまう可能性も高い。何とかそれは避けたい事態だ。

 

 まだ戦争への準備の段階であり、今から戦争を引き起こす気は毛頭ない。抱えられている影狼は大尉のそれを察したのか、自分は逃げられないという現実に涙目になっていた。

 

 ここで吠えればきっと白狼天狗たちが居場所を察してくれるだろう。だが、それをした後の自分の身の安全などどこにも保障されていない。幸いにも、今は利用価値があるからか身の安全が保障されてしまっていた。

 

 

――――――――

 

 

 肩で息をする妹紅は豪炎に包まれたEXルーミアを警戒するように睨んでいた。死ぬことはないだろうが、倒れているとは限らないからだ。

 

 自分の腕が食べられ、まるで今までのが本調子ではなかったかのように能力を存分に使ったEXルーミアが素直に倒される訳がない。

 

 その証拠に闇が豪炎ごとEXルーミアを包み込んでしまった。大抵の妖怪ならば、先の豪炎で燃やし尽くされたであろうが、EXルーミアはそうではなかった。

 

 闇の中から多少の火傷を負ったEXルーミアがのそりと出てくる。その表情には余裕を感じさせるものがある。何故か、妹紅が自分が死なない程度の炎しか放ってこないことに気付いてしまったEXルーミアは宙に浮かぶ剣をまた球体に戻すと妹紅を指差す。

 

「オマエ、イイ非常食だな」

 

「は!?」

 

「だってよォ、食われても復活するんだろ?四肢斬り落として、それ食った後で殺しても五体満足で復活するんだろ?」

 

 EXルーミアは妹紅のことが気に入ってしまっていた。というのも、この姿で久しぶりに食べた人肉の味に感動し、更に殺せば五体満足で復活するとなれば、EXルーミアからしてみれば最高の食糧だ。

 

「なァ、悪いようにはしねェからよォ、私らと一緒に来ないか?」

 

 戦力としてではなく、食糧として自分が勧誘されていることなど分かりきっている。自分の一部が食べられる様を見せられた妹紅はまだ怒りに燃えている。

 

 「ふざけんじゃねぇぞ、手前! 好き勝手やっておきながら私に食糧になれ、だぁ!? 殺すなって言われてんが、ぶっ殺したくなってきたぞ!」

 

「……殺すな、だと?」

 

 妹紅はばつの悪そうな表情を浮かべるが、言ってしまったものはもう遅い。不思議そうな表情を浮かべているEXルーミアは自分が死ぬとどうなるかをまったく知らない様子だった。

 

「そりゃ、どういう――――」

 

 EXルーミアの声を遮るように銃声が二つ鳴り響く。妹紅は自身の両膝が熱くなっていくのを感じ、そこで敵に攻撃されたのだと気付いた。そして、膝から崩れるように倒れてしまう。

 

「よォ、大将、どこ行って―――」

 

 EXルーミアは妹紅の両膝を撃ち抜いたであろう大尉の姿を発見するや皮肉の一つでも言ってやろうかと思っていた。しかし、大尉の姿を見たEXルーミアは思わず吹き出してしまう。

 

「ギャハハハ! 似合わねェでやんの! ってか、それ誰だァ!? アッハハハ!」

 

 燃やされたコートの代わりなのであろう紺色の着物を羽織った大尉とスマキにされ抱えられている影狼にEXルーミアは爆笑する。もはや、先程のことなど頭にない様子だ。

 

 紺色の着物はEXルーミアの回収前に影狼に呉服屋まで案内してもらい適当に奪ったものだ。影狼がスマキにされているのは逃げられなくするためである。影狼としては逃げられる気がまったくなかったので止めてほしかった。

 

「敵が来るそうなので撤収するそうです、はい。あ、私、通訳らしいです、はい」

 

 大尉の意思を代弁させられている影狼がゲッソリとした表情でEXルーミアに伝える。EXルーミアは納得がいかない表情を浮かべて抗議する。

 

「敵なんて殺せばいいじゃねェかよ。何を今更びびってんだァ?」

 

 今のEXルーミアのテンションは最高に上がりきっていた。そんな状態で撤退と言われても、はいそうですかと命令を聞くほど素直でもない。

 

 主にその矛先は影狼へと向いていた。影狼は大尉の意思を代弁しただけなのだが、EXルーミアからしてみれば、格下に命令されたようなものだった。

 

 死なない限り再生することのできない妹紅は倒れながらもこの状況を観察していた。影狼が人質のような扱いをされていることに驚いたが、今の自分ではどうすることもできない。だが、このまま大尉たちが退いてくれれば、これ以上の被害を出さずに済む。今は大人しく事の成り行きを見届ける。

 

「大将ォ、何だァこのクソ犬はよォ! 全然強そうに見えねェぞ! 殺しとくかァ!?」

 

「ひぃっ……わ、私は……ぐす……この人……ぐす……拉致られでぇ」

 

 EXルーミアの殺気に本気で恐怖した影狼は涙を流し、鼻を啜りながら弁明する。しかし、その行為はEXルーミアの加虐心を煽るだけだ。

 

「ハッキリと喋れよォ。じゃねェと、その首落とすぞ、あァ!?」

 

「うわぁぁん! 何で私がこんな目に会わなくちゃいけないんだぁぁああ!」

 

 大尉に抱えられた状態でじたばたと暴れながら号泣する影狼を妹紅は今すぐにでも助けてやりたがったが、動こうにも動けない。

 

 無造作に剣を持ちながら近付いてくるEXルーミアに影狼は今にも漏らしそうな勢いだ。近付いてきたところで影狼の頭へと手を伸ばそうとしたEXルーミアを咎めるように大尉がその手を掴む。

 

「大将、こんな邪魔な奴いらねェだろ。絶対、コイツが原因で痛い目に会うぜ?」

 

 影狼は協力者ではなく、人質か捕虜のようなものだ。大尉やEXルーミアの行動に関して、理解できない種類の妖怪だ。故に、こちらの不利になるようなことをするだろう。

 

 そんなことは大尉も理解している。だが、意思の疎通が困難なこの状況に置いて大尉の意思を理解できる者の価値は高い。不利になるようなことをすれば殺せばいいだけだ。

 

「ひぃ……に、逃げないから……逃げないから……命だけは……」

 

 大尉の心情を察した影狼が命乞いをする。EXルーミアはその姿が情けなく見えて仕方なかった。弱者のみっともない姿を見ているだけで反吐が出そうになる。

 

「……興醒めだ。とんずらすんならさっさと行こうぜ。それと―――」

 

「――――っ!?」

 

 突如、影狼の首に闇が巻き付く。

 

「もし、大将の邪魔すんなら殺すぞ」

 

 冷たくも狂気を孕んだ声を聴いて影狼は何度も何度も首を縦に振る。それを見たEXルーミアは満足したのかニヤリと笑うと大尉の手を払い、どこへとも歩き始めた。

 

 その後を着いていくように大尉も歩き始める。

 

「絶対に助けてやるからな! それまでは大人しくしとけよ、影狼!」

 

 妹紅はとてもじゃないが影狼に従うな、とは言えなかった。従わなければ影狼は殺されてしまうだろう。妹紅の言葉は影狼にとって救いであった。自分を助けてくれようとしてくれる存在がいるだけで今は十分すぎる。

 

 先を歩いていたはずのEXルーミアが何故か戻ってくる。その顔はやや恥ずかしそうだ。

 

「で、どこ行けばいいんだ、大将?」

 

 影狼は大尉が呆れているのを察した。だが、それを口に出す勇気はない。大尉が先導するように走り始める。EXルーミアはそれを低空飛行しながら着いていった。


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