東方戦争犬   作:ポっパイ

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十九話

 大尉は影狼の首元まで顔を近付けていく。影狼からは同種の匂いがするが、嗅いだことのない匂いでもあった。

 

 影狼は大尉が食べれるかどうかの品定めをしているのかと思い、恐怖のあまり気絶しそうになっている。攻撃すれば自分がどうなるかなんて一目瞭然だった。

 

 大尉は純粋な人狼を見るのは何百年振りだった。自分以外の人狼が生きているのに驚きはしたが、幻想郷がそういう世界だったと思い出すと何らおかしくない。

 

「わ、私をどうするつもりだよ」

 

 影狼が泣きそうな表情で訊いてくるが、大尉は答えない。大尉自身も影狼の扱いに困っているようだった。影狼からは敵意すら感じない程怯えている。況してや、純粋な同種だ。

 

「な、何を困ってるのか知らないけど、逃がしてはくれないのか?」

 

 大尉の表情が一切変わっていないにも関わらず、影狼は何となくの雰囲気で言い当てる。影狼としては食べないのであれば、早いとこ逃げたくて仕方なかった。

 

 影狼は人狼であるが故に同じ人狼である大尉の匂いや挙動で何となくの感情を察知できる。影狼は新聞や慧音の情報から大尉が人狼であるかもしれないと思っていたが、ここまで恐いとは思いもしなかった。

 

 同じ人狼だが、生きてきた年季が違う。外の世界で最後の人狼として死ぬまで戦い生きてきた大尉と気付けば幻想入りしていた影狼とでは、どう足掻いても影狼に軍配が上がることはない。

 

 大尉はこの名前も知らない人狼に対して利用価値を見出だしていた。自身の意思を伝えるための通訳として影狼を利用しよう。同じ人狼ならば、言葉を発することなく、意思を伝えることができるだろう。

 

 大尉の意思を察したのか影狼は首を横に何度も振って拒否するような仕草をする。やはり、自分の意思を察した影狼に対しての利用価値は益々上がっていく。

 

「つ、通訳!? 絶対嫌だ! そういって用済みになったら食べる気なんだろう!?」

 

 問答無用とでも言いたげな大尉は影狼を無理矢理、肩に担ぐように持ち上げると大通りまで向かう。その間、何とか脱出しようと暴れる影狼は何をされてもびくともしない大尉にやがて諦めるように何もしなくなった。

 

 

――――――――

 

 

 家屋を噛み砕きながら進む闇の顎を相手に慧音は一方的に攻撃し続けていた。いくら攻撃しようとも止まる気配もなく、慧音は避難し遅れた住民に声を掛けながら、その進行を遅らせていくことしかできなかった。

 

 EXルーミアの思惑通りに動く闇の顎だが、EXルーミアから離れれば離れる程、その支配は弱くなっていく。つまり、今は進むことしかしない。だが、家屋や逃げ遅れた住民を噛み砕きながら進むだけで被害は大きくなっていく。

 

「このぉぉおお!」

 

 慧音の渾身の一撃が正面から叩き込まれる。だが、やはり、少し後退するだけで意に介さずまた進もうとする。慧音は向かってくる闇の顎を正面から両手を広げて受け止めてみせた。

 

 しかし、慧音は見てしまった。真正面から止めてしまった慧音は嫌でもそれが目についてしまう。闇の顎の牙と牙の間に挟まる誰かの手。手だけでは誰かは分からないが、間違いなく人里の人間のものだろう。

 

 闇の顎の中にはきっと逃げ遅れた人々の死骸が詰まっている。慧音はEXルーミアよりも、闇の顎よりも、そうさせてしまった自分が一番許せなかった。

 

 弔いの為にも中の人々を救い出さなければならない。死して尚、闇の中では死んでしまった人々が報われない。

 

 だが、慧音ではこれを止めるので精一杯だ。今は前に進ませないようにすればいい。時間が経てば経つほど誰かがやって来る可能性が高いからだ。慧音にはそうすることしかできない。

 

 

――――――――

 

 

 妹紅は対峙する相手が改めて化物であると認識させられていた。何度も何度も攻撃をしても倒れず、不気味な笑みを浮かべて掛かってくる。

 

 並大抵の相手ならばもう気絶していてもおかしくないダメージ量のはずなのだが、それでも倒れる様子も苦しそうな様子も一切感じさせない。

 

 こちらが時間稼ぎをしているはずなのに、まるで自分が時間稼ぎに付き合わされているような気分だ。

 

 片腕を斬り落とされてから一度も死んでいない妹紅は早いとこ殺してもらって蘇りたかった。

 

「……何を企んでやがる?」

 

 妹紅の問いにEXルーミアは小馬鹿にするように笑う。妹紅はEXルーミアが何か企んでいるとしか思えなかった。

 

 その実、EXルーミアは何か企んでいる訳ではなかった。EXルーミアの頭の中は至極単純なことを考えているだけだ。

 

「企むゥ? 私はどうやってオマエを苦しめようかって考えてるだけだぜェ!」

 

 EXルーミアが剣を構えると同時に妹紅も構える。しかし、EXルーミアは妹紅に斬り掛かることなく、道端に落ちている物に向かって闇の蔓を伸ばした。

 

 妹紅は闇の蔓が伸びた先を反射的に見てしまった。斬り落とされ地面に転がっている自分の片腕だ。そんなものに蔓を伸ばしてどうするのだろうかと考えたが、相手が何の妖怪だったのかを思い出す。

 

「手前、まさか!」

 

「おっせェ!」

 

 ほんの少し意識をEXルーミアに向けなかっただけで、EXルーミアは妹紅に音もなく近付き、剣を降り下ろさんとしている。だが、それで反応できない妹紅でもない。カウンターを決めるようにEXルーミアの顔を殴り、怯んだ隙にEXルーミアから距離をとる。

 

 妹紅が距離をとったのを見てEXルーミアも距離を離すように後ろへ跳ぶ。その行動に妹紅は自分の考えていたことが当たっていたと実感させられた。

 

 斬り落とされた妹紅の片腕に巻き付いた闇の蔓がEXルーミアへと引き戻されていく。EXルーミアの表情が狂気に歪んでいく。

 

「腹ァ減ったなァ」

 

 EXルーミアは人喰い妖怪だ。封印が解かれてからというもの、人肉を食べていなかった。闇の蔓に巻き付いているのは不死人なれど紛れもない人肉だ。ならば、食べるしかないだろう。

 

 斬り落とされ妹紅の腕を回収するとEXルーミアは何の迷いもなく食らい付いた。血を啜り、肉や骨を音を発てて噛み砕く姿に妹紅は呆気にとられる。

 

「……狂ってやがる」

 

 目の前で自身の一部が食べられるという経験がなかった妹紅は恍惚とした表情で腕を食べているEXルーミアにその言葉しか出なかった。

 

「やっぱ女子供の肉は柔らかいなァ」

 

 口の周りを血で赤く汚しながら食レポするEXルーミアは自身の中から力が沸いてくるような感覚を味わっていた。腕一本が食べ終わる頃には、人喰い妖怪EXルーミアが完全復活していた。

 

「この腐れ外道がぁぁあ!」

 

 我に戻り激昂した妹紅がEXルーミアに向けて何体もの鳥の形をした炎を放つ。だが、それはEXルーミアの周りに展開し始めた黒い球体によって止められる。

 

「その表情イイ! 最っ高だぜ! もっと虐めたくなっちまったじゃねェかよォ!」

 

 EXルーミアの周りに浮かんでいた黒い球体が音もなく形を変えていく。EXルーミア自身が持つ十字架を模した剣の形へと変わっていき、妹紅へと高速で回転しながら襲い掛かる。

 

 その総数五本の剣を妹紅は避けようとするも全ては無理な話であり、二本程身体を掠める。

 

「死ねェ!」

 

 空を切った筈の剣が軌道を変えて確実に妹紅を殺さんと再度襲い掛かる。これには対処仕切れなかった妹紅は身体をズタズタに切り裂かれ、死んでまた炎の中から完全に蘇る。

 

「あァ、そうだったな。死なないんだったな。忘れてた忘れてた」

 

「手前ぇ!」

 

「じゃあ、死なないようにしてやんよ」

 

 蘇ったばかりの妹紅の四肢に剣を突き刺すように操作しようとするが、妹紅は全身に炎を纏ってEXルーミアへと突撃してくる。

 

 闇の剣を操作し、妹紅を斬りつけようにも炎が邪魔して深く斬れない。闇の蔓を鞭のように妹紅へと叩き付けるがやはり効果が薄い。

 

「うおらぁぁぁああ!」

 

 全身に炎を纏った妹紅がEXルーミアに限界まで近付くと全身に纏っていた炎が右腕へと集まり、EXルーミアへと巨大な拳を連想させるような炎をぶつけた。


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