東方戦争犬   作:ポっパイ

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十七話

 

 

「やっぱ満月だァ」

 

 夜空に浮かぶ満月を見てEXルーミアはニタリと笑う。満月だからといってEXルーミアの力が増す訳ではないが、それでも口元が弛んでしまう。

 

「なァ、暴れていいんだよな?」

 

 少し下がった所に立つ大尉は涎を垂らしてお預けをくらっている犬のようなEXルーミアに頷いてみせる。

 

 大尉から許可を得るやEXルーミアは人里に向けて自身の発揮できる最大限の速度で飛び立つ。EXルーミアが先行したのを見送った大尉も遅れて人里に向けて走り出す。

 

 人里に先に着いたのは案の定EXルーミアだった。見廻りをしている自警団の男性に気付かれたが、声を出させる前に男性の顔に闇を貼り付かせ窒息させる。

 

 気付かれても良かったのだが、自身の能力のリハビリをしたかったEXルーミアは敢えて男性の顔だけに闇を貼り付けた。能力が巧く使えると判断するや、十字架を模した剣をどこからともなく取り出すと男性の心臓へと突き刺す。

 

 遅れて大尉が人里に着く頃にはEXルーミアは男性の心臓に突き刺した剣を握ったまま恍惚な表情を浮かべていた。

 

「やっぱ……イイなァ」

 

 男性が握っていたであろう地面に落ちた松明を大尉が拾うとそれを何の躊躇いもなく近くの家屋へ投げ入れる。

 

 戦争を始まるための火種であり、狼煙でもあった。自分達の存在を明らかにするために、強者に対しての目印となるために。火が家屋に燃え移る頃には煙が昇り始めていた。

 

 家屋の中にいた住人が外に逃げるがEXルーミアがそれらを逃がす訳がなく、蔓のように細く伸ばした闇が住人の足に巻き付く。

 

「ひぃっ! た、助けてくれ!」

 

 恐らく、大尉に向かって言っているのであろう。しかし、大尉とEXルーミアは共犯であり、大尉がEXルーミアを止める訳がない。

 

 EXルーミアは巻き付けた闇を引き戻していく。必然的に住人もそれに吊られてEXルーミアへと強制的に近付いていく。敢えてゆっくりと引き戻していくのはEXルーミアの加虐思考だろう。

 

「そこまでだ!」

 

「あァ―――――ッ!?」

 

 EXルーミアは声のした方を見ようと首を向けると眼前には誰かの靴の裏が迫っていた。当然、避ける隙もなくEXルーミアは顔面にドロップキックをくらい、燃えている家屋へと飛ばされる。

 

 EXルーミアにドロップキックをした張本人である慧音は体勢を整えると鬼気迫る表情で大尉を睨む。

 

「貴様ら! 自分達が何をしたのか分かっているのか!」

 

 胸に剣が突き刺さったままの男性の死体が視界に写る。子どもの頃に寺子屋で教えたことがあった。自警団の仲間として何度か一緒に飲みに行ったこともある。慧音が半妖だということに理解を示し、寺子屋に子どもを預けてくれていた。警備を強化するという提案に真っ先に応えてくれた。

 

 良いところを挙げれば数え切れないほど出てくる。しかし、そんな良い人も今では死体となってしまっている。

 

 慧音の中で沸々と沸き上がるのは悲しさよりも、怒りや憎しみだった。

 

 燃えている家屋からEXルーミアが這い出てくる。目立った外傷はないが、鼻っ柱が赤くなり、鼻血が出ている。EXルーミアが慧音を見るや、まるで知人に会ったような反応を示す。

 

「オマエ、慧音か!? あの半妖の!? どっちつかずのクソ野郎の!?」

 

 EXルーミアが知っている慧音は昔のことだ。何十年と経っているのに姿の変わらない慧音にEXルーミアは少し感動していた。過去に何度か襲ったことがあるのを棚上げしてEXルーミアは先程のドロップキックに対して怒りを顕にする。感動はしていたが、だからといってドロップキックをされたのを許した訳ではないようだ。

 

「斬り刻んでやるよォ!」

 

「貴様ぁぁぁあああ!!」

 

 男性に突き刺さっていた剣を蔓のように伸ばした闇で引き抜くと直ぐ様斬り掛かる。慧音はそれを何とか避けながら、隙を狙っている。

 

 大尉は先程、捕まっていたはずの住人の姿がないことに気付いた。燃えている家屋の炎の勢いも心なしか弱くなってきている。

 

 家屋の炎が意思を持ったように球となり大尉へと襲い掛かる。しかし、大尉はそれを難なく避けた。行き場の失った火球は周りの家屋に当たることなく、自然と消えていく。

 

「慧音があいつの相手するんなら、手前の相手はこの私だな」

 

 大尉と対峙するようにポケットに手を突っ込んだまま不敵な態度の妹紅が現れる。大尉は直ぐに火を操っていたのが目の前の少女だと分かると蹴り殺さんと一瞬で間合いを詰める。

 

「あっ――――」

 

 声を上げる間もなく妹紅の顎から上を吹き飛ばす程の蹴りを放つ。その余波なのか妹紅の体も吹き飛ぶがあまりの呆気なさに大尉は吹き飛び、家屋に衝突した妹紅の体を見ていた。

 

 大尉は分かっていた。無抵抗な相手に限って何か裏があるものだ、と。

 

 その事実、妹紅の体だけが燃え上がるとその炎の中から無傷の妹紅が姿を現す。『蓬莱の薬』に手を出し、文字通りの不老不死へとなった妹紅にとっては一回死んだ程度だ。

 

「挨拶も無しかよ。てか、普通殺すか?」

 

 何事もなかったように立ち上り、大尉と再び対峙するその様子に大尉はとある吸血鬼や猫を思い出していた。何度も何度も殺しても、何度も何度も蘇生してくる。

 

 大尉は銃を妹紅に向けると心臓と眉間に一発ずつ撃ち込む。膝から地面に倒れるも、先程と同じように燃えて炎の中から無傷で戻ってきた。

 

「そうだな。手前ら普通じゃねえんだったな。だったら―――」

 

 妹紅の手に纏うように炎が顕れ、その炎が大尉へと意思を持ったかのように鳥の形をして飛び掛かってくる。

 

 跳躍して難なく避けた大尉だったが、跳躍した先には炎の翼を生やした妹紅が待ち構えていた。

 

「っらぁぁあ―――!!」

 

 妹紅から仕返しと言わんばかりに顔を蹴られかけたが、大尉は霧となることでそれを回避する。空を蹴った妹紅のバランスが崩れたところを大尉は妹紅の頭上へと移動し、踵落しで妹紅を地面へと叩き付ける。

 

 殺すには十分の威力を持っていたのか、地面に叩き付けられた妹紅は首があらぬ方向を向いている。また燃えて、また炎の中から戻ってきた妹紅の姿はまた無傷だ。

 

「手前ぇ、霧になるとは卑怯じゃねぇか!」

 

 大尉からしてみれば妹紅の能力も大概なものであった。吸血鬼アーカードには残機があった。残機が無くなればそれで終わりだが、妹紅にはその残機の概念のない正真正銘の不老不死者だ。しかし、大尉はそれを知らない。

 

 妹紅は自身の役目は足止めだと思っている。敵が如何に強かろうが、こちらは死ぬことがない。勝てもしないが、負けもしない状況に持ち込める。自分が足止めをしている間に他の強者がやって来れば、妹紅の役目は果たされたと言えるだろう。

 

 だが、何度か殺されたのに、こちらの攻撃を一撃たりとも受けようとしない大尉に何とか一撃を与えたい。

 

「うげェっ!」

 

 大尉と妹紅の戦いに水を差すようにEXルーミアが殴り飛ばされてくる。思っていたよりも慧音の抵抗が激しく、良い一撃をくらってしまったようだった。

 

 だが、慧音も無傷という訳ではないようだ。EXルーミアが闇を色んな形状に変化させ、あの手この手で慧音を苦しめさせている。それに加えてEXルーミアの力任せの剣戟は慧音に傷を負わせるには十分だ。

 

「立て、ルーミア! まだこれからだぞ!」

 

 服は所々破れ、血で滲んでいる。だが、慧音はEXルーミアに対して尻尾を巻いて逃げたりはしない。否、そもそも逃げるという選択肢すらない。

 

 今の慧音を支配するのはEXルーミアと大尉に対する怒りと憎しみの感情のみだった。激情に任せて動く慧音は恐ろしくタフだった。

 

「あァ、これからだなァ」

 

 EXルーミアが不気味に口角を上げる。妹紅はそれを見て、嫌な予感と共に背筋に冷や汗が流れるのを感じた。

 

 EXルーミアが善からぬことを考えているのは一目瞭然だ。それを見過ごす訳にはいかないと妹紅はEXルーミアに火球を放つ。

 

 だが、EXルーミアを守るように大尉が身を挺して火球に当たりに行き、軍用コートが燃えていく。そして、EXルーミアから巨大な闇が現れた。

 

 闇で形成された巨大な顎。それは肉食獣を思わせる巨大な牙を持っていた。ガチガチと何度も牙を鳴らし、暴れるのを今か今かと待っている。

 

「ヤれ」

 

 慧音に向かって巨大な口を開けて闇の顎が突進していく。慧音は巨大なだけで、動きは単調なものだと跳躍して避けたが、闇の顎は慧音の後ろにあった何件もの家屋に口を開けて突っこみ、何かを咀嚼しているようだった。

 

「ま、まさか!」

 

「そうだよォ! その通りだよォ! 今、アイツが喰ってんのは逃げ遅れてるクソ共だよ!」

 

 闇の顎の牙の間には誰かの腕が引っ掛かっていた。妖化して身体能力の上がっている慧音には当然それが見えている。

 

 EXルーミアは上白沢慧音という人物をよく知っている。故に、何をされるのが嫌なのかも知っている。自分とは無関係の者を無理やり巻き込んで喰らってやるのが慧音を苦しめるだろう、とEXルーミアは理解した上で闇の顎を使用した。

 

「ギャハハハハ! オマエが避けなかったら、連中は喰われずに済んだのになァ!」

 

 狂気に満ちた表情で狂気に満ちた声で笑うEXルーミアは慧音を責める。EXルーミアに言われた通り、自分が避けなければ、戦いとは無関係の住人を巻き込まれることはなかっただろう。否、避けなかったとしてもEXルーミアは別の手段で巻き込んだだろう。

 

 


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