東方戦争犬   作:ポっパイ

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十六話

 大尉はその日の深夜、少し欠けた月を木の上で眺めていた。隣でもEXルーミアが大尉の真似をして月を退屈そうに眺めている。

 

 EXルーミアはチラチラと横目で大尉の顔を見ていた。自分よりも強く、それでいて何か野心のようなものを抱いているだろう大尉の横顔はいつもの無表情だ。

 

「大将はよォ、今の幻想郷をどう思う?」

 

 EXルーミアの問いに大尉は答えられない。それは単に大尉が今の幻想郷しか知らないというのもあるが、言葉を発せない。EXルーミアは大尉のことなどお構いなしに語り始める。

 

「私はクソみたいな世界だって思うね。人と化物の共存なんて馬鹿馬鹿しいにも程がある」

 

 EXルーミアの知っている幻想郷は弱肉強食の掟に従っていた。従っていたからこそ、自分は倒されてしまったのだ、と。

 

「封印されてた時の記憶ってのがよォ、忌々しく残ってやがんだよ」

 

 頭を掻き毟るEXルーミアが思い出すのは自分であって自分ではない器の記憶だった。妖精や妖怪と遊び、学び、時には悪戯をしては巫女にお仕置きをされる。何とも馬鹿馬鹿しい日々のものだ。

 

 『弾幕ごっこ』に付き合わされ、負ける自分を画面越しに見る感覚は今すぐにでも自分も相手も殺したくなっていた。

 

「嬲って、殺して、犯して、連中の面が絶望に染まるのを何度も何度も想像した。想像するだけで自分には何も出来ねェのによ」

 

 自虐的に笑うEXルーミアを大尉は真っ直ぐと見据える。

 

「大将はよォ、どうしたいんだァ? 私は大将に負けたから何が何でも従うし、その方がきっと面白い」

 

 EXルーミアは大尉が外の化物だというのを身をもって知っている。だからこそ、EXルーミアは知りたい。外の化物が何をしたいのか。

 

 大尉のやりたいことなど決まっていた。自分が満足できるような戦争をこの世界でも引き起こすことだ。その為なら何でもする覚悟だ。だが、それを伝える術を今は得ていない。

 

「ま、喋れねェ大将には伝えるのは難しいだろうな」

 

 諦めたように笑いながら言うEXルーミアに大尉は自分が何をするのかを見せ付けてやらねばならないと考える。その為にも人里を襲う必要がある。

 

 自分が何をするのかを理解させればEXルーミアはきっと喜ぶだろう。今の幻想郷が気に入らないEXルーミアにとって、大尉がすることは今の幻想郷に対する宣戦布告のようなものだ。

 

「明日は満月だろうなァ」

 

 EXルーミアの意味のない呟きに大尉は月を眺める。

 

 

―――――――

 

 

 そして、日は昇り、また沈んだ。紅魔館の広い庭園には色んな者が集まりを見せていた。

 

 守矢神社からは東風谷早苗。妖怪の山からは河城にとり、姫海棠はたて、犬走椛、射命丸文、数人の白狼天狗。紅魔館からはレミリア・スカーレット、十六夜咲夜、紅美鈴。

 

 集まった面々にレミリアはニヤリと笑う。一匹の人狼を狩るのに過剰戦力とも受け取れる戦力が一堂に集まった光景は清々しいものだ。

 

「何故、お前達も着いてきた」

 

 椛の剣呑とした声は部下である白狼天狗達に向けられたものだった。しかし、それを宥めるようににとりとはたてが間に入る。

 

「まあまあ、彼女らも非番だっていうから、私達が連れて来ちゃったのよ」

 

「に、人数は多い方が良いって言うし!」

 

 実際は非番だった白狼天狗達がはたてとにとりに無理を言って同行するのを許してもらったのだが、この場でそれを言うほど二人は空気を読めない訳ではない。

 

「何を怒ってるんですか、椛。上司の為に敵討ちをしたいなんて良い部下じゃないですか」

 

 文が茶化すように言うが、椛はあまり納得していない様子だ。椛は大尉と対峙した数少ない人物だ。それ故に、短い時間ではあったが大尉の強さというのを実感している。

 

 無謀な戦いに挑んだ戒めとして腕に残っている傷痕は見るたびに大尉を思い出させる。椛では勝てなかった相手に部下の白狼天狗が勝てる道理はない。

 

 しかし、それは単騎で挑んだ結果だ。だからこその集団戦。囲んでリンチする気満々のにとりやはたては十分に白狼天狗達も役に立つと思っていた。

 

「……怪我はするなよ」

 

 ぼそりと呟くように椛が言うと他の白狼天狗達は二つ返事でその言葉を受け入れた。

 

 一区切り付いたのを境にレミリアが今回の狼狩りについての作戦を言い始める。

 

「奴は森に潜伏しているだろうから、探索系の能力を持つ者を中心に編成し、しらみ潰しに探すぞ」

 

「発見したらどうすればいいですか?」

 

 早苗の問にレミリアは分かりきった質問をするな、とでも言いたげな表情をして答える。

 

「退治しろ。こちらには人里を襲った者を退治する、という大義名分がある。誰にも文句は言わせん」

 

 殆んど私怨や私欲の行動だが、大義名分があるというだけで、その行動には正当性がある。況してや、早苗は巫女という立場から異変解決は義務のようなものだ。

 

 レミリアは外来人が何か問題を起こすだろうと予想もして早苗を同盟に歓迎した。

 

「紅魔館が手薄になりますが宜しいのですか?」

 

 紅魔館の門番である美鈴が狼狩りに駆り出されるということに咲夜が疑問を口にする。戦力としては申し分ないが、狼狩りの最中に紅魔館が攻められたら元も子もない。

 

「紅魔館にはフランとパチュリーがいる。それに美鈴には咲夜の護衛をやってもらう予定だ」

 

 レミリアは今夜で外来人の問題を解決する気だ。外来人との交渉しだいで殺すか否かを決め、殺す場合には、銀のナイフを持つ咲夜にやってもらう。その咲夜が先に倒されてしまってはいけないので、レミリアは美鈴をボディーガードとして働かせることにした。

 

「そうでしたか。美鈴は何か―――」

 

 レミリアの意図に納得した咲夜は美鈴の方を見る。しかし、美鈴は立ったまま寝ているようで反応がない 。

 

 レミリアと咲夜は毎度の事ながら美鈴の居眠りに対して溜め息を吐いてしまう。どうしてこうも緊張感が欠けているのか理解できないが、何をするべきかは分かっている咲夜は寝ている美鈴の頭をナイフの柄で叩き起こす。

 

「い、痛いじゃないですか、咲夜さん」

 

「寝ている美鈴が悪いのよ」

 

 寝ていた美鈴に咲夜が説明をすると美鈴は快諾した。

 

 班で別れる前に椛が千里眼を使って森を見渡し、大尉の大まかな場所を把握しようとする。しかし、何処にも大尉の姿が見当たらない。

 

「……見付かりませんね」

 

「そんなことは百も承知だ。流石にこれで見付かっては拍子抜けもいいとこだ。では―――狩りに行くぞ」

 

 レミリアの一言で紅魔館の庭園に集まった者共が動き始める。少人数で組みやすく、尚且つ誰か一人が必ず伝達係として動けるように組分けされた部隊が各々の思惑を胸に森へと入っていった。

 

 レミリア達が去っていった後で紅魔館の庭園で咲く花が一斉にざわめき始めたのを気付けた者は誰もいない。

 

 

―――――――

 

 

 人里で今晩も見廻りをしていた慧音の姿はいつもと違っていた。特徴的なのは頭から生えている二本の角だろう。

 

 上白沢慧音は半妖だ。満月を見ると妖化してしまう。妖化してしまった姿で見廻りをすることはあまりないが、今の状況は別だ。

 

 何時、襲ってくるかも分からない大尉やEXルーミア相手に油断してはいられない。最善の手を尽くすために匂いに敏感な今泉影狼にも手を貸してもらっている。本人は毛深くなるからと拒否していたものの熱心に頭を下げて懇願してくる慧音を断り切れなかった。

 

「どうだ、影狼。何か匂いはするか?」

 

「今んとこは何もしないかな。人間の匂いしかしないや」

 

「そうか。嗅ぎとったら直ぐに私に言ってくれ」

 

「はい――――んん!?」

 

何かの匂いを嗅ぎとった影狼が反応を示す。

 

「どうした!? 何か感じたか!?」

 

 慧音に問われた影狼は血の気が引いたような顔を浮かべて慧音に答える。

 

「け、煙の匂いだ。何処か燃やされてる!」

 

「何だと!?」

 

 慧音は人並み外れた跳躍で家屋の屋根に跳躍し、辺りを見渡す。影狼の言う通り、人里の端の家屋から黒煙が立ち昇っていた。


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