東方戦争犬   作:ポっパイ

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十五話

 大尉が向かった先というのは人里から少し離れたところにある森の中だった。EXルーミアからしてみれば人里自体が久々の光景であり、そこに暮らす人々は食料としか見えていない。

 

「暴れればいいんだな?」

 

 大尉は首を横に振る。しかし、EXルーミアは何となくだが、その意味を理解していた。

 

「まだ暴れるなってことか?」

 

 大尉は意味を理解したEXルーミアに対して表情には出さないものの驚いていた。大尉は首を縦に振り肯定するとEXルーミアはしてやったりな表情で大尉を小突く。

 

「こっちだって五日間を無駄にはしてねェんだよ。で、何時だ? 今日の夜か? 明日の朝か? 明日の昼か? 明日の夜か? 何時になったら私は暴れていいんだァ?」

 

 EXルーミアはまるでお預けをくらっている犬のようであった。もっとも、その表情は狂気に歪み、犬とは比べようもない。

 

 EXルーミアにとっての餌が目の前に広がっている。他のものを食べても腹は膨れるが、人間を食べるとEXルーミアは満たされるような感覚を覚えてしまっていた。

 

「今日の夜か?」

 

 大尉は反応を示さない。

 

「明日の朝か?」

 

 大尉は反応を示さない。

 

「明日の昼か?」

 

 大尉は反応を示さない。

 

「明日の夜か?」

 

 大尉の首が縦に動く。

 

「そうかそうか! なァに、たった一日待つだけで私は暴れられるんだなァ!」

 

 EXルーミアはこちらの質問には律儀に答えてくれるという大尉の性格を理解した上で何度も何事も質問を繰り返すことで答えを得るというやり方を覚えた。

 

 指示が出されないのであれば指示を仰いでやればいい、と。何も考えていない訳がない大尉に此方から一方的に質問をしまくってやれば答えは必ず出てくるはずだ、と。

 

 明日の夜に人里を襲うというのが分かっただけでEXルーミアは歓喜に打ち震える。涎を垂らしながら人里を凝視するEXルーミアは間違いなく狂っていた。

 

 大尉が人里を襲う目的は人々に恐怖を植え付けることだった。前回とは違った目的の中には一応ではあるが情報収集も含まれている。EXルーミアが暴れている間に資料を奪おうというのが大尉の目論見だった。

 

 EXルーミアなら存分に暴れるだろう。あの幼かった姿の妖怪が、成長した姿で人里を蹂躙する様は人々に恐怖を植え付けるに違いない。

 

 何人喰われようが大尉には関係ない。それを邪魔する者が現れようとも関係ない。戦争の火種を蒔き、何時でも燃え上がれるようにしておくのが真の狙いだ。

 

 今はただ森の中で身を隠しながら様子を伺おう。五日間も間が空いてしまえば警備も多少は緩くなっているだろう。警備が厳重ならそれはそれでEXルーミアも暴れ甲斐があるだろう。

 

 

――――――――

 

 

 その事実、人里の自警団による警備は未だ厳重であった。自警団を束ねる慧音はまだ脅威が去ったわけではない、と判断をしたからだった。

 

 しかし、自警団といっても何の力を持たない人間である。怪しい人物が見付かり次第、慧音に連絡する手筈となっている。何の力を持たない人間では、化け物に勝てる手段など限られてくるからだ。

 

 寺子屋で教鞭をとる慧音は今日も来ていない生徒の一人を心配していた。その生徒と仲の良い友人達もどこか晴れない表情を浮かべている。

 

「ルーミアはまだ見つからないのか?」

 

 慧音の問いに答えたのは氷の妖精チルノだった。

 

「うん。ルーミアはまだみつからないんだ」

 

 ここまでチルノがしおらしくなっているのを久々に見た慧音はチルノに近寄ると同じ目線になるようにしゃがみ、安心させるようにチルノの頭を撫でる。

 

「安心しろ。ルーミアはかくれんぼをしているだけだ。チルノは最強なんだろう?だったら、早く見つけてあげないとな」

 

「うん! あたい、さいきょーだからルーミアをさがしてくる!」

 

 授業中だというのに教室から飛び出していったチルノを見送ると、慧音は他の友人にも優しく声を掛ける。

 

「チルノ一人だと心配だからお前らも行ってやってくれ」

 

「じ、授業はいいんですか?」

 

 おどおどとした様子の大妖精が慧音に訊ねるも慧音はにっこりと笑って答える。

 

「あぁ! ルーミアを見つけないと授業に身が入らんだろう? また今度まとめてやるから早く行ってやってくれ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「気にするな、気にするな」

 

 一礼してからドタバタと教室を出ていったチルノの友人達に慧音は手をひらひらと振ると見送った。今日の授業がチルノたちだけであったのは幸いだった。

 

 慧音しかいなくなった教室にもんぺのような服を着た白髪の少女が入ってくる。慧音はその少女が入ってきたことに驚きを隠せないようだった。

 

「妹紅! 何でここに!?」

 

 白髪の少女、藤原妹紅にはチルノたちの手伝い兼用心棒をやってもらっているはずだった。だが、今日は何故か教室にやって来ている。

 

「いや、今日は別の奴に頼んである」

 

「別の奴?」

 

「竹林に住む今泉影狼っつう妖怪だ。慧音も何度か見たことあるだろ?」

 

「何で影狼なんだ?」

 

「アイツは狼の妖怪だから、鼻が利くと思ってな。危ない奴がいてもすぐに察知できるだろう」

 

 今泉影狼はニホンオオカミの人狼だ。自分が探すのを手伝うよりかは見つかる可能性が高くなるだろうとの妹紅の判断だった。

 

「それと私もさっきまで森の中を見ていたんだが、妙な痕跡を見付けてきた」

 

「何の痕跡だ?」

 

「誰かが戦った痕跡だ。弾幕ごっこでもない、本気の殺し合いの跡だったよ」

 

 妹紅が見た痕跡というのは大尉とEXルーミアが戦った跡のものだった。不自然に折れた木の枝や何かを引っ掛けたような跡が残っていた。そして、妹紅はそこである物を発見していた。

 

「これ、どう思う?」

 

 妹紅が慧音に見せたのは一枚の赤い札だった。慧音はそれを見るや複雑そうな表情を浮かべる。慧音はその札の持主を知っているからだ。

 

「……やっぱりか」

 

「何か知ってるのか?」

 

「あぁ、知ってるとも。その札に関しては私も関わっていたからな」

 

 慧音は過去にEXルーミアの歴史を食べていた。紫と先代巫女と協力して人々からEXルーミアに関する歴史や記憶を消し去っていた。人々にルーミアをあまり恐れられないようにした。

 

 EXルーミアが死ぬとどうなるかを慧音は知っている。闇が幻想郷を覆っていないことから考えるにEXルーミアは殺されていない。封印を解いたのは外来人だろうと考える。それ以外に予想がつかないからだ。

 

「ルーミアは生きてる。これは間違いない」

 

「おぉ! そりゃ良かった!」

 

「だが―――ルーミアが危険な存在になったのも間違いないだろう」

 

 慧音は黙っているわけにはいかないだろうと妹紅にルーミアに関する事実を全て話した。人里でEXルーミアとまともに戦えるだろう数少ない人物として、友人として。

 

 妹紅は真剣に慧音の話を受け止めた上で一緒に人里を守ってほしい、という慧音の願いに笑いながら答える。

 

「私に任せとけ! 死ぬまで戦ってやるよ!」

 

「ありがとう、妹紅」

 

 感謝を述べる慧音に妹紅は少し照れた様子で何ともない、と答えた。思い返せば自分が臭い台詞を言っていたと自覚してしまって恥ずかしくなったいた。

 

「外来人はルーミアに食べられたと思うか? 食われたんなら血痕が残っててもおかしくないだろ?」

 

「……外来人は足が速いと聞いた。封印は解いたものの勝てずに逃げたか―――」

 

「逃げたか?」

 

「ルーミアと一緒に行動を共にしているんじゃないだろうか?」

 

 慧音の予想は的中していた。しかし、慧音の知る当時のEXルーミアからは誰かと一緒にいるなど想像も出来ない事柄だった。

 

「行動を一緒にしていたとして、その目的は何だ? ルーミアと組むような目的なんてあんのか?」

 

「分からない。外来人が先日来たときも目的すら分からなかったからな」

 

 その後、慧音と妹紅は自警団の人々に更に厳重にする様に話を持ち掛けた。自警団の人々も慧音や妹紅が真剣に話す様子から只事ではない、と更に厳重に警備をするようになった。

 

 

 

 勿論、大尉は人里の警備が厳重になっていく様子を時間を掛けて観察していた。何かあったのかを考えたが、待機させられているEXルーミアのことしか考えられなかった。

 

 封印されていたEXルーミアのことを知っていた誰かが、封印が解かれたのではないかとEXルーミアのことを警戒しているのだろう、と推測する。

 

 EXルーミアからしてみれば餌が増えたというだけだが、大尉は警戒を厳重にできる程の組織力と統率力が人里に存在していることに気付いた。

 

 誰が率いているのか、誰が実力者なのか、知りたいことは山ほどあるがそれも後一日待てば知ることになる。五十年以上を待ちに待った大尉からしてみれば一日など短い。


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