東方戦争犬   作:ポっパイ

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十四話

 EXルーミアはこの五日間で大尉という化物を観察していた。従うことになったものの、行動という行動を起こす様子もなく、やることがなかったEXルーミアの暇潰し目的で始まった観察だった。

 

 表情一つ変わらない顔、一切言葉を発することのない口はEXルーミアを大いに困らせる。何を考えているのかも分からず、今後の行動も明かされないというのはEXルーミアもどう動いて良いのか分からない。

 

 EXルーミアの知らない内で大尉も実は困っていた。戦力が増えたのは良かったのだが、喋れない自分では指示を出せない。ドイツ語なら書けるが、書いて見せてもEXルーミアは首を傾げるだけであった。

 

 大尉としてはほとぼりの冷めた人里へまた向かい、今度こそ情報収集しようかと考えていたが、この様子では現実的ではない。

 

 以前の大尉は少佐の下で従っていた狗にしか過ぎなかった。命令されるがままに従う一兵士だった。だからといって戦争が嫌な訳でもなく、嬉々として戦場へと赴いていた。だが、今の大尉は己の意思を持ち、狗ではなく化物として戦場を作ろうとしている。

 

 小さな戦場を作ろうかと考える。この際、情報収集は副産物として得られれば問題ないだろう。

 

 そうと決めた大尉は森の中を駆け抜ける。後ろを見れば難なくEXルーミアも低空飛行で着いてきているのが分かる。

 

「やっと動く気になりやがったなァ、大将ォ!」

 

 狂気に歪んだ笑みは大尉に向けられたものではなく、これから起こすであろう戦いにEXルーミアは向けていた。

 

 二人が向かった先は――――。

 

 

―――――――

 

 

 博麗神社には客は来ても賽銭を入れる客は少ない。ここ最近は危ないと予測されていた妖怪の目撃情報も何故か少なくなっており、退治する側の霊夢からしてみれば商売上がったりだ。

 

 つまり、霊夢は飢えている状況なのだ。今は参拝客が来るのを待つことしかしていない。精神統一で無の境地に入ることで空腹を紛らわす術を得たのは何時のことであっただろうか。

 

 だが、そんな霊夢の耳に音が入った。小さな音だったが、確かに聴こえたその音を耳にしたのは久しぶりだった。

 

「賽銭が入れられた音!」

 

 間違えることのない音に霊夢は精神統一なんか止めて、急いで賽銭箱へと向かう。だが、賽銭箱の前に立つ人物を見て霊夢の嬉々とした表情が曇る。

 

「なんだ、紫か」

 

「あらあら、折角、空箱にお賽銭を入れてあげたのに酷い言い草ね、霊夢」

 

 『妖怪の賢者』として名高い紫に対する霊夢の反応は冷めたものがある。駄弁るわけでもなく紫が賽銭を入れる時というのは霊夢はよく知っていた。

 

「で、異変が起きたの?」

 

 言ってしまえば、紫が入れる賽銭は紫個人による前払いの報酬のようなものだった。最初はそんなことはなかったのだが、何時からかこうなっていた。

 

「正確にはまだ起きていないわ。だけど、これから起きる可能性が高いわ」

 

「例の外来人ね」

 

 霊夢も噂ぐらいは知っている。魔理沙や早苗を筆頭に神社にやって来る客が聞いてもいないのに口々に言い漏らしていく。

 

「えぇ、そうよ。でも、彼だけじゃなさそうなのよ」

 

「……ルーミア、も?」

 

 勘で言ったことだったが、紫は話がスムーズに進んで楽しいのか僅かに頬笑む。だが、ルーミアの件に関しては笑ってもいられない案件だ。

 

「あの妖怪の封印が解かれたわ」

 

「先代が封印したんだっけ?」

 

 霊夢も一応であるが先代のことや先代がルーミアに封印を施したことを知っていた。詳しい内容などは教えてもらっていないのは単に紫が口を閉ざしていたからだった。

 

「あの忌ま忌ましいルーミアが復活したのには必ず訳があるわ」

 

「偶然とかじゃないの?」

 

「あの封印札には幻想郷の者には触ることが出来ないように細工が仕掛けてあったのよ。触ることが出来るのは私や霊夢、そして―――外の者よ」

 

「……随分と雑な封印ね」

 

「そう言わないであげて。先代は腕っぷしは強かったけど、そういうのはてんで駄目だったの」

 

 紫は過去を思い出す。不器用な先代巫女が何度も何度も封印札を作り直す光景を。

 

「なら、いっそのこと滅してやればよかったのに」

 

「それが出来ていたらそうしていたわ。でも、駄目だったのよ。当時のルーミアを滅したら、溜め込んでいた闇を全て放出してしまっていたわ」

 

「どういうこと?」

 

「彼女は『闇を操る程度』じゃなく、正に『闇』そのものだったのよ。器に収まっていたはずのモノが、器が壊れたらどうなると思う?」

 

「……」

 

「闇が幻想郷中を覆ったでしょうね。紅霧とは比べ物にならない被害が出ると予測されたわ。ルーミアは自身の死でそんなことが起きるとは知らなかったし、故に封印したの」

 

「あいつ、そんなヤバかったんだ」

 

 能天気にふわふわと浮かびながら移動する幼い姿のルーミアからは全く想像できない真実だ。

 

「でも、何で外来人と関係―――」

 

「その外来人が封印を解いた、としたら?まだ幻想郷に住民として認知されていない彼ならルーミアの封印を解くことは可能よ」

 

「封印を解いたのは偶然?」

 

「それは解らないわ。偶然かもしれないし、狙ってやったかもしれない。本人に聞こうにも人里の一件から雲隠れしてしまったし」

 

「あんたのスキマで捜せないの?」

 

「試してはいるわ。でも、厄介な猫に邪魔されちゃってるのよ。スキマが開く瞬間を狙って『あの人の邪魔をしないでくれ』ってね」

 

 紫は存在があやふやな猫が幻想入りしていたのを気づけなかった。今頃は外の世界の吸血鬼の中にいるだろうと勝手に思い込んでしまっていた。

「どこにでもいて、どこにもいない、なんて気付けるわけがないじゃない」

 

「なによそれ?」

 

「ただの愚痴よ。邪魔してくる以外は無害な猫だから霊夢は気にしなくていいわ。今回は私の力を貸すのも難しそうだから頑張んなさいね」

 

 そういってスキマの中へと消えていった紫を見送る霊夢はスキマの中の端で揺れる猫の尻尾を見たのは見間違いではないだろう。

 

 

―――――――

 

 

 

 スキマ空間の中で紫は溜め息を溢す。その理由はスキマ空間に何故かいる邪魔しかしない猫の存在だった。

 

「どうしたの? 溜め息吐くと幸せが逃げちゃうよ?」

 

「その原因が貴方にあるとは思わないのかしら?」

 

「僕のせい? 別に大尉に力を貸しているわけでもないのに酷いなー」

 

 調子を狂わされる猫を実は何度も何度も紫は殺していた。だが、何度も何度も何事もなかったかのように現れる猫に紫は心底うんざりしていた。

 

「何が目的なのかしら?」

 

「目的? そんなの大尉の邪魔をしないでくださいって何度も言ってるんだけどなー。呆けでも始まっちゃった、紫お婆ちゃん?」

 

 悪びれた様子もなく猫は紫を嘲笑する。紫が手に持つ扇が猫に向けられると猫の頭が何の前触れもなく爆散した。

 

 だが、やはり猫は何事もなかったかのようにスキマ空間に存在し続ける。

 

「紫お婆ちゃんはさ、強すぎるから大尉なんてきっと簡単に殺せちゃうんだよ。そんなことはつまらないし、大尉も満足できない」

 

「成る程、彼の行動に手を出すな、と言いたいのね」

 

「最初からそう言ってるじゃん」

 

「だから、私をここに閉じ込めたのね」

 

 先程から紫はスキマを開いて外に出ようとしていたが、思うようにスキマが開かないことに気付いた。それどころか境界すらも操れなくなっていた。

 

 それもこれも猫のせいだろう、と紫は確信している。『どこにでもいて、どこにもいない』存在があやふやで曖昧な猫の能力は紫の『境界を操る程度』の能力にとって最悪の相性だった。

 

 スキマ空間は紫の能力の一部だ。その中に入ってしまった不純物はスキマ空間すらあやふやにしてしまった。

 

 このスキマ空間は紫の物であると同時に猫の物となってしまった。支配権で言えば猫の方が上になってしまっている。

 

「にゃーお」

 

 猫は愉快そうな鳴き声を上げる。また楽しい楽しい戦争が見られるかもしれない。それだけでも幻想郷に来た甲斐がある。


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