大尉は今から殺されるにも関わらず満足そうな笑みを浮かべているEXルーミアを見て、あの時の死ぬ間際の自分と重ねていた。
拳が止まったのを見たEXルーミアは持てる限りの力を振り絞って大尉の腕を剣で切り落とす。そこで力尽きたのか、そのまま地面に倒れたEXルーミアを大尉は回復する様子もなく見下ろす。
「馬鹿が……油断……するから……やられるだ。……って、オマエは……また回復……するんだろ?」
喋るのもやっとの様子のEXルーミアの表情は清々しく満足そうなものだ。
「……さっさと殺れよ。……じゃねェと……また……腕落とすぞ?」
地面に倒れながらも剣を握っている様子からEXルーミアの言ってることに嘘はないと判断した大尉は傍へと座り込む。
それが気に食わなかったのかEXルーミアの表情が険しいものへと変化し、大尉へと怒号を飛ばす。
「さっさと殺れっつってんだ! 私にこれ以上、惨めな姿を晒させるな!」
しかし、大尉は首を横に振るだけでEXルーミアに止めを刺そうとしない。EXルーミアは封印される直前の事を嫌でも思い出す。
『貴女、そんなに強くないわね』
『博麗の巫女』に完膚なきまでにボコボコにされ、残念がるように言われた言葉は封印されてからもEXルーミアの中で何度も何度も反復していた。
かつて、自分より弱い存在を殺しては喰らっていた自分が、自分より強い存在に殺されもせず、喰らわれもしなかったという事実が惨めで仕方なかった。
『弱肉強食』の掟に従って生きてきた自分が巫女に同情されているようで情けなかった。
そして、幼い器へと封印されて、その自己嫌悪とも憎悪とも呼べる感情は増していくばかりだった。そして、決して発散することのできない器の中の奥底でEXルーミアは思い付いた。
『次、封印が解かれたのならば殺してもらおう。自分より強い存在に殺してもらおう。情けも容赦もしない強者に惨たらしく殺してもらおう』
その一心でひたすら苦痛を耐えたEXルーミアに機会が訪れ、殺されるはずだった。だが、現在進行形で予定が狂っている。
大尉はEXルーミアを同類とみなしていた。かつての自分は死地を求めて戦う狗だった。だが、今は狗ではなく、死地を求めて戦う化物だ。その点はEXルーミアも同じだ。
自らの意思で、誰のためでもなく、己のために戦い、死のうとするEXルーミアを大尉は勿体ないとすら思っている。
自分のような化物ではなく、彼女には彼女に値する相手がいる筈だ。化物同士の戦いで終わらせるには、これから始まるであろう戦争の事を考えて後悔してしまう。
彼女を味方に引き入れようと決意した大尉は手を差し伸べる。過去に狂った少佐が敵を自軍に勧誘したように。
驚いた表情を浮かべたEXルーミアだったが、大尉の言わんとしていることを察したのか溜め息を溢す。
「はァ……私は負け……たんだ。オマエの……好きにしろ」
少しだが回復したのか大尉と向かい合うように何とか座ると潔く承諾する。大尉の軍と呼ぶにはまだ規模が足りない徒党が出来上がってしまった瞬間だった。
大尉は次の一手を考える。しかし、何をするにも情報が少なすぎる。唯一ある情報は簡単な説明だけで、これからを考えると不足し過ぎている。
新聞を出版した文に襲撃を掛け、情報という情報を吐かせるという案もあるが、二人しかいない状況で組織の一部に手を出すのはあまりにも危険だ。
また人里に潜入することを視野に入れなければならない。だが、昨日の今日では、人里の警備も厳しくなっていることだろう。
少し時間を置く必要があると判断した大尉はいい加減に切り落とされたままの腕を再生するために霧へとなり、またすぐに実体へと戻る。
「セコい能力だなァ」
折角、切り落としてやった腕が目の前で再生する様を見せられ、EXルーミアは納得のいかない表情をしている。そんなEXルーミアに構うことなく大尉は立ち上がると彼女を肩に担ぐ。
そのまま歩きながら移動を始めた大尉にEXルーミアは背中をポカポカと叩いて抗議しているが案の定、無視されてしまっている。
抗議に意味がないと分かるとEXルーミアはすぐに諦めて夜空を眺める。まだ満月とは言い難い少し欠けた月がぽかりと浮かんでいる。
「月ィ見んのも久しぶりだなァ」
弱者は強者に喰われるものでしかないと考えていた自分だったが、封印されるよりかは付き従う方がましだな、と満更でもない表情を浮かべていた。
――――――――――
外来人の人里襲撃事件は大々的に幻想郷中に知れ渡った。文の新聞による働きが大きな要因だが、その新聞がいつもの物とは比べようがない程真面目なものだった。文自身が外来人を警戒しているように感じられる。
だが、それから五日も経ったというのに外来人は一切の動きを見せなかった。誰かに退治されたのでは、という噂も出たが文はそんな噂は信じていなかった。
気になる情報はないことはないが関連性を考えるとどうにも想像し難い。
氷の妖精や蛍妖怪、夜雀がルーミアの失踪に躍起になって捜している。それの保護者として慧音が寄越したのだろうか藤原妹紅も彼女らと一緒にルーミアを捜している。
椛の報告に外来人とルーミアの接触があったが、何事もなく終わっていると報告されている。
魔理沙と早苗は旧地獄へと赴き、古明地さとりの協力を得ることに成功していたが、姿を見せない相手にさとりの能力が敵うわけもなく、今はペットとともに地上を観光中だ。
それでも写真から何か得られることがないかと早苗が新聞の写真を見せたが――。
『彼、とてもうざそうにしていますね』
と、どうでもいいことしか得られなかった。それ以外のことは何も分からないとのことだった。
文と早苗は完全に行き詰まってしまった。人里を襲撃してから一切の動きを見せない相手に出来ることの方が少ない。連れてきたさとりも役に立つ気配がない。
お茶会という名の連絡会で紅魔館に集まった早苗と文は一番警戒していたレミリアの様子を窺っていた。
「何故、あの人狼は動かない! こっちは最上級のおもてなしを用意して待っていてやってるのに!」
いつ襲撃されるかも分からない現状に紅魔館の面々はピリピリしていた。門番の昼寝を止めさせ、メイドは常にツーマンセルでの行動、パチュリーは相変わらず本を読み、レミリアの妹はのほほんとしている。咲夜と行動を共にするレミリアは小さな物音にすら反応する始末。
警戒するにこしたことはないが警戒し過ぎて頭がどうにかなりそうだった。
「レミリアさんが想像するような人狼ではなかった、ということで良かったじゃないですか」
「喧しい! ならば、何故、ブン屋の部下を襲い、人里を襲撃した! 次はどう考えても此処だろう!?」
宥めようとする早苗も今のレミリア相手では分が悪い。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。レミリアさんが敵と見られていないだけじゃないですかねぇ」
「はっ倒すぞ、天狗!」
「おぉ、こわいこわい」
挑発する文の胸ぐらを机を跨いで掴み掛かるレミリアの表情にすら鬼気迫るものがある。それを止めるべく早苗が間に入っているが果たして意味があるのかないのか。
「落ち着いて考えましょう! こうやって仲間割れさせるのも相手の手の内かもしれませんし!」
「人狼がそんな頭を使う訳がないだろうが!」
レミリアが知っている人狼というのは本能のままに狩りをする獣のような存在だった。
「ですが、椛を見逃したり、人が集まって来るのを察して逃げた辺り知恵はあると思いますよ」
文の言う通りであったが、腑に落ちないレミリアは頬を膨らませ不機嫌な表情を浮かべている。
大尉は外の世界では最後の人狼だった。しかも、軍に所属していたという異例の人狼だ。故に引き際を弁えている。しかし、レミリアはそれを知らない。
「……人里襲撃の理由は何だ?」
「襲撃、というには被害が少なすぎます。家屋の壁を壊した――しかも、魔理沙さんのマスタースパークで吹っ飛ばされた影響によるものしかありません」
「……」
「魔理沙さん曰く『隠れてコソコソしてた』そうですし、人里を襲うつもりはなかったのではないですか?」
「私の知る人狼からは考えつかんな。魔理沙に攻撃を仕掛けた理由はどう説明する?」
「それは私にも分かりません。魔理沙さんも突然攻撃されたそうなので……」
その時の大尉の心情を早苗が知るわけがない。だが、銃を使える危険な存在という認識はしている。『弾幕ごっこ』のルールを無視して攻撃をしてくる者でもあると。
「埒が明かんな。いっそのこと私達から狼狩りをするか?」
「戦力としては申し分ないですねぇ。紅魔館に守矢神社、私を含む一部の妖怪の山の妖怪達。小さな異変などすぐに解決できるでしょう!」
「ん? 妖怪の山から助っ人が出てくれるのか? 協力は得られないと言っていなかったか?」
「組織の判断はそうですが、個人の判断は違います。椛と親友関係にあるにとりやはたて、部下である白狼天狗たちは動く気満々ですよ」
椛が撃退されたという情報に憤慨したのは文だけではなかった。河童の河城にとりや烏天狗の姫海棠はたては個人的に大尉の情報を集めていた。情報を集める際には椛の部下の白狼天狗も協力を惜しまなかった、という。
「明日の夜にでも狼狩りを始めてやろうではないか」
ニヤリと笑うレミリアに連られて笑う文を早苗は焦りすぎなのではないか、と思ったが、口を出したところで多勢に無勢なので諦めた。