東方戦争犬   作:ポっパイ

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十二話

 黒い大きな球体はゆっくりとだが確実に大尉に向かって来ている。脅威ではない相手だが、油断をするわけにはいかない。

 

 球体に当たらないように狙いを定めると周りの木々に向かって銃を数発撃つ。狙いが外れることもなく銃弾が木々に当たると黒い大きな球体は発砲音に驚いたのか動きを止めた。

 

「びっくりしたー。爆竹かー?」

 

 昼間の少女の形をした化物が黒い大きな球体からのそりと現れる。その表情は本当に驚いているようだ。

 

 大尉の方を見るや少女はむすっとした表情で睨む。

 

「昼間のやつじゃないか。こんな夜に爆竹なんて使うなー」

 

 大尉はこの世界ではあまり『銃』という物が認知されていないのではないかと考える。人里で会った魔法使いは銃を向けられたのにも関わらず、逃げる様子もなかった。だが、宙に浮かんでいた緑髪の少女は銃の存在を知っているようだった。そして、目の前の化物は発砲音を爆竹が爆ぜた音と勘違いしている。

 

「おぉ、よく見たら新聞にのってた顔じゃないかー。おまえ、外来人だったのかー」

 

 顔を指差して何か納得する化物はそうと分かると大尉にふわふわと浮きながら接近する。敵意もなく、悪意もなく、食欲もなさそうな化物からは好奇心が漂っているように思える。

 

「私はルーミア。『闇を操る程度』の妖怪なのだー。おまえの名前は?」

 

 呑気に自己紹介をしてくるルーミアだったが、大尉は別のことに関心を惹いていた。先程、ルーミアの口から出た『新聞』という言葉と『闇を操る』という言葉。

 

 幻想郷に来てからまだ一日と少ししか経っていないのにも関わらず自分の存在が周知されていたのは『新聞』の所為なのだろうと推測する。そして、その新聞を発刊した人物には心当たりがある。カメラで自分のことを撮っていた翼の生えた化物しかいない。

 

「おい、きいているのかー?」

 

 ふわふわと周りを漂うルーミアの能力に大尉は既視感を抱いていた。『闇を操る程度』と自称してはいたが、大尉は外の世界でその能力と類似している吸血鬼と戦い負けている。決して油断ならない相手であるとルーミアのことを認識し直す。

 

「無視されると悲しいんだぞー」

 

 そして、何よりルーミアには何かが隠れていると大尉は確信していた。強大な力を持つには不釣り合いな外見と精神。姿形など関係のない化物もいるが、あれの精神は一貫していた。それに比べるとルーミアには違和感しか感じられない。

 

「……もしかして、しゃべれないのかー?」

 

 頷いてみせるとルーミアは人懐っこい笑みを浮かべて大尉の背中におんぶの形でのし掛かる。

 

「やっぱりかー。おまえも大変なんだなー。慧音のところにでも連れてってやろうかー?」

 

 自分が何故こんなに懐かれているのか、何故ルーミアがこんなに世話を焼こうとしているのかは分からないが、その提案を首を横に振り否定する。

 

「いいのかー? じゃあ、明日にでも私の友達たちを紹介してやろー。みんな良いやつらだぞー」

 

 密着して分かったことだが、ルーミアに対する違和感の正体が頭のリボンにあると大尉は確信した。明らかにルーミアの匂いとは別の何かの匂いがする。ここまで密着しないと気づかない程に細工されているというのが何よりの証拠だった。

 

 ルーミアの正体を探るべく、大尉はルーミアの頭に手を置くとすぐさまそのリボンを解く。

 

「あっ――――」

 

 取ったリボンを見るとそれはリボンではなく、御札のようだった。おんぶしていたはずのルーミアに異変が起こる。

 

 大尉の背中からルーミアが離れると闇がルーミアを乱暴に呑み込んだ。球体の形を作ると中から静寂が訪れる。大尉はその様子を眺めている。

 

 突然、球体に皹が入る。皹から覗く中身もまた闇が広がっているが、大尉は球体から生まれてくるであろう化物を待っていた。

 

 皹がどんどん大きくなり覗ける範囲も大きくなっていく。そして、自分で卵の殻を突き破るかのように腕が這い出てくる。だが、それは先程のルーミアの幼い腕ではなく、大人の女性の腕だ。

 

 何かを掴もうとするその腕はじたばたと動いている。やがて、皹が球体の全体へと広がり、ボロボロと割れて砕けていく。

 

 砕けた球体からは幼い姿のルーミアではなく、成長した姿のルーミアが現れる。背丈は大きくなり、髪は腰まで長くなり、背中からは黒い翼が生えている。砕けた球体の欠片が集束していくと小さな球体へと圧縮され、ルーミアの周りをふわふわと漂い始めた。

 

 大人びたルーミアは何が起こったのかあまり理解していない様子だったが、大尉の方を見ると狂気に歪んだ笑みを浮かべる。

 

「オマエが封印を解いてくれたんだな?」

 

 大尉の手にあるリボンはルーミアの本当の力を封印するための御札だった。『弾幕ごっこ』も今代の『博麗の巫女』も存在していない時代に人を喰らい、強大な力を付けていったルーミアを先代の『博麗の巫女』がルーミアの力を封印するために施したものだった。

 

 誰が呼んだか分からないが昔を知る妖怪は彼女のことを『EXルーミア』と呼んだ。

 

「感謝してんだ。あんなちんちくりんな姿にされちまってから一度も外に出れなかったからなァ」

 

 ニタニタと笑いながら近付いてくるEXルーミアからは悪意と殺意が隠す気もなく漂っている。

 

 大尉はルーミアの変化に多少驚きはしたものの納得していた。この姿がルーミアの本来の姿であるのだと。この世界に来てから現れた初めて強者とも呼べる存在に大尉は胸を躍らす。闇を操る者へのリベンジマッチでもあった。

 

 黒い球体から何本もの棘が不規則な軌道を描きながら大尉を突き殺さんと放たれる。完全なノーモーションから行われた攻撃であったが大尉は霧化もせずに難なく避ける。

 

 だが、避けた先には何処から取り出したのか分からない十字架を模した剣を振り下ろさんとしているEXルーミアが待ち構えていた。避けたはずの棘もまるで自己の意思があるかのように大尉を追尾する。

 

 剣が大尉を正面から袈裟斬りにし、棘が背中から突き刺さり貫通したところでEXルーミアはあまりの手応えの無さに拍子抜けする。

 

「強そうなのは見た目だけかァ?」

 

 挑発する口調のEXルーミアはとどめを刺そうと剣を大尉の心臓に突き刺す。

 

 だが、それは空を突くだけで肉体を突く感触はなかった。確かに剣は大尉に刺さっているが、不気味なまでに軽い。そして、大尉の身体が白い霧となり霧散する。

 

 驚いた表情を浮かべているEXルーミアは霧が一つに集まっていくのを目で追う。霧というにはあまりにも速いそれは人の形を造り、無傷のままの大尉へと変わっていく。

 

「それがオマエの能力ってわけか」

 

 黒い球体を周りに侍らせ、剣を無造作に構えるEXルーミアは真っ直ぐと見てくる大尉を警戒する。

 

 大尉はこの世界で霧化の能力を初めてまともに使わせたEXルーミアを敵と認めた。心地好い殺気を漂わせるEXルーミアとの戦いを大尉は楽しむ気でいた。

 

 霧へと姿を変えた大尉は真っ直ぐEXルーミアに接近する。闇の棘が霧を貫くが無意味でしかない。攻撃が届く範囲まで接近した大尉は実体へと戻るとEXルーミアに蹴り掛かる。

 

 何とか大尉の蹴りを寸でのところで避けたEXルーミアは大尉への攻撃が無意味だと分かると霧から逃げるように空へと飛ぶ。

 

「クソっ!」

 

 だが、霧と化した大尉はEXルーミアへと簡単に追い付くとEXルーミアの頭上で実体へと姿を戻す。忌々しそうな表情を浮かべているEXルーミアを見下ろした大尉は地面へとEXルーミアを蹴り落とした。

 

 その威力と衝撃は木に衝突しても衰えることなくEXルーミアを襲う。闇を蜘蛛の糸のように操作し、周りの物という物に引っ掛けてやっと止まったEXルーミアは血反吐を吐く。

 

 また自分の前に霧が集まっていくのを見て、EXルーミアは再度、剣を闇から創造する。最初の剣は蹴り落とされた衝撃で何処かに棄ててしまっていた。

 

「掛かってこいよ、化物!」

 

 『化物』は自分もだろうが、という突っ込みを心の内で自分にすると大尉に剣を構える。再生は始まってはいるが、目の前の相手には追い付きそうにもない。後、何回振れるであろか、などと考えている内に大尉が拳の届く範囲まで接近していた。

 

 自分が剣を振るうよりも速く拳が自分を砕くだろうと確信したEXルーミアは最期まで大尉を睨み付ける。自分を殺すだろう相手をEXルーミアは最期まで見ていたかった。


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