東方戦争犬   作:ポっパイ

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十一話

 大尉が去った後の人里にて自警団を率いる上白沢慧音は魔理沙と早苗から事情を伺っていた。

 

 自身は直接見ることはできなかったが、魔理沙と早苗の証言が正しければ新聞の外来人で間違いないとのことだった。

 

「何か分かったことはあるか?」

 

「全っ然だぜ。何せ一言も喋らないんだからな」

 

「そうか」

 

 好戦的な外来人の存在は人里からすれば脅威でしかない。しかも、弾幕ごっこを無視した戦い方をされてはその脅威はより増してしまう。

 

「何で攻撃してきたか分かるか?」

 

「知らねぇよ。いきなり踵落とし決めてきやがって驚いたぜ」

 

 魔理沙が指差す場所には大尉が踵落としをして抉れた地面がある。避けれたから良かったものの直撃していれば軽傷では済まないだろう。

 

「危険な外来人だな」

 

 自分にはどうすることもできない現状に歯痒い思いをする。異変となれば霊夢にでも相談をするのだが、まだ異変という段階ですらない。

 

「さとりならアイツの心の中を読めるんだろうけどなー」

 

 魔理沙は旧地獄にある館の主人の顔を思い浮かべるが、引きこもりであるためにきっと出てこないだろう、と考える。

 

 だが、その魔理沙のぼやきを早苗は名案だと言わんばかりの表情を浮かべる。さとりに対する認識は早苗の方が楽観的なのだろう。

 

「お願いできそうなのか?」

 

 慧音はさとりとあまり接点がないために心が読める妖怪という認識しかしていない。魔理沙の表情と早苗の表情とを見比べるが今一分からない。

 

「頼むのはタダだから行くだけ行ってみるか」

 

「はい! そうしましょう!」

 

「今日はもう遅いし、また明日だな」

 

「分かりました。また明日!」

 

 そういってふわりと飛んでいった早苗に対して魔理沙は溜め息を吐くとともに早苗に関して何か隠し事があるのではないか、と推測する。

 

 今回の早苗は外来人に対して積極的すぎる。はしゃぎたい、という気持ちは分からなくもないがどうしても違和感のようなものを感じていた。

 

「じゃあな、慧音。外来人には気を付けろよ」

 

「あぁ、ありがとう、魔理沙。自警団員にも十分に注意するつもりだ」

 

 慧音に労いの言葉を掛けた魔理沙は箒に乗って浮かぶと自宅へと飛んでいく。

 

 外来人はマスタースパークをくらってもダメージが入っているようには見えなかった。その事実が魔理沙にとっては許しがたく、自分を情けなくさせる。況してや早苗に言われていなければ、自分が殺されていたかもしれないというのも悔しくて悔しくて仕方ない。

 

「ぜってー私がぶっ飛ばしてやるからなぁぁあ!」

 

 悔しさや惨めさを糧に魔理沙は雄叫びを上げる。

 

 

―――――――

 

 

 紅魔館では、レミリアが文からの報告後すぐに咲夜に銀のナイフを装備させた。レミリアにも被害が及ぶかもしれない銀製の武器を持たされた咲夜はそこまで緊迫しているか、とレミリアの本気具合を受け入れる。

 

「間違っても主人に刺してくれるなよ」

 

「はい、承知しております」

 

「それと館内での単独行動は少し謹んだ方がいいかもしれんな。いくら時間を止めれるからと言っても不意打ちされては意味がない」

 

 レミリアから警戒ではなく心配されていると分かると咲夜は少し微笑んだ。レミリアはきょとんとした表情を浮かべる

 

「私は真面目な話をだな―――」

 

「安心してください、御嬢様。この咲夜、その命をしっかりと守らせてもらいます」

 

「そうか、ならば良いのだ。咲夜は最終兵器なのだからな」

 

「そんなに人狼というのは危険なのですか?」

 

 咲夜のその問いにレミリアは苦虫を噛み潰したような表情で答える。

 

「危険だ。鼻が利き、耳もよく、力も強い。それに加えて霧になれるというのが厄介だ」

 

「……霧、ですか?」

 

「そう、霧だ。霧だから攻撃が一切当たらん。外で何度も苦しめられたものだ」

 

 忌々しく言い放つレミリアは過去何度も人狼の霧化の能力に苦しめられている。妹や家を守るのに必死だったレミリアは相討ち覚悟で人狼に何度も自身の弱点でもある銀の短剣を突き刺してきた。

 

 そこまでの覚悟を持って、やっと殺せる相手なのだ。生半端な覚悟で挑めば殺されるのは自分だ。レミリアはもう覚悟を決めていた。

 

 レミリアに見習って咲夜も覚悟を決める。この命は主人を守るためのものであり、主人に仇なす敵を葬るためのものである、と。

 

「そう言えば、ブン屋が面白いことを言っていたな」

 

 レミリアは日中に慌てた様子で訪れた文のことを思い出す。数時間で事態が動いたことにはレミリアも少なからず驚いていた。

 

『で、お前の部下は平気だったのか?』

 

 椛のことを指す言葉に文は一瞬だけ悔しそうな表情も浮かべながらも直ぐに飄々とした表情に戻る。

 

『はい、何でも腕を砕かれた後に人狼が外の世界の医療品を渡してくれたそうで――』

 

『素直に使ったのか?』

 

『まさか。外の世界の道具なんて椛が使い方を知るわけないじゃないですか』

 

『それもそうだ。だが、心の方はどうだったんだ? 私は敵に情けを掛けられるなんて真っ平御免だな』

 

 文の表情が険しくなる。

 

『そんな表情もできるじゃないか』

 

『……彼の人狼は敵とならない相手には手を出さないようですよ。レミリアさんが敵と見なされるのかどうか見物ですね』

 

 ニタニタと口角を上げていたレミリアだったが文の挑発に思わず口角が下がってしまう。先に挑発をしたのは自分だったことを忘れていないレミリアは愉快そうに大声を上げて笑い出した。

 

 文はそれを冷めた表情で見ている。

 

『先に挑発した私が悪かった。許してくれ』

 

『いえいえ、こちらも少しむきになってしまいました』

 

『せっかくの同盟が無意味になってしまうところだったな。これからも仲良くしようじゃないか』

 

『そうですね』

 

 軽い握手をした後に文は守矢神社に報告をしに行くために紅魔館から飛び立って行った。

 

「私は敵と見なされるのか、か」

 

 文の言葉を思い出し、幻想郷に来てから随分と平和ボケをしてしまっていた自分に人狼の相手ができるのかどうかレミリアは人知れず不安を抱いていた。

 

 

――――――――

 

 

 大尉がまたどこかも分からない森の中を彷徨っていると見たことのある大きな黒い球体が浮かんでいた。

 

 運の悪いことにまたこの大きな黒い球体は自分に向かっている。純粋な食欲だけで襲ってきた人外に対して大尉は僅かに苦手意識を持っていた。

 

 警告として一発でも銃を当てないように撃てば逃げていくだろうと大尉はモーゼルを構える。


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