旅の演者はかく語りき   作:澪加 江

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魔導国の終わり2

 

ナザリック地下大墳墓第九階層。その中のアインズの私室に守護者達は集められていた。

広さを持った豪華な内装は、集まった者達によって狭く感じてしまう。

 

「――アインズ様。全階層守護者、御身の前に」

 

アルベドの声によって全員がより一層深く傅く。

それに鷹揚に応えて、アインズはすぐさま本題へと移った。

 

「新しいプレイヤーの動向はどうなっている?」

 

魔導国の統治はすっかり落ち着き、今ではこうして一同を集めて話をする機会はほとんどない。もっとも、レクリエーションとしてだったらあるのだが、そういった場合は幾人かの都合が合わない時が多いのだ。

しかし今回は国の進退を決める大切な話し合い。100年に一度現れる者達への対策を決める場である。

 

「ニグレドの報告では敵のギルド規模と在籍人数、転移場所までは調べがついております」

「詳しく聞こう」

「ギルド規模は過去最大。魔導国の外れ、旧竜王国の山脈を抜けた先の荒野が大規模な草原になっているという報告をうけました。在籍人数は50人と少し。構成員は人間種のみです。また、かなりの数の支援型NPCの存在を確認しております」

 

その報告を聞いてアインズは深いため息をつく。これは困った。

ナザリックの防衛力を考えない場合、とてもではないが太刀打ち出来ない。そして守るべき国はナザリックの外に広がっている。1000年をかけて豊かにした国が荒れる姿を想像してしまいじくじくとした不快な気持ちが広がる。

さらに厳しい戦いを連想させる状況についつい弱音が出てしまう。

 

(みんなが居ればなんの心配もなかったんだけどなぁ)

 

今はいないギルドメンバー。彼らがいてくれたらその程度のギルドなど片手で捻り潰せただろう。

 

「支援型NPC? ギルド名はなんと言うんだ?」

「はい。ギルド名は“常緑の国”。ワールドアイテム他、拠点の情報隠蔽の為これ以上の事は危険を冒さなければわからないとニグレドが言っていました」

「十分だ。しかしかなり面倒な相手だな。……お前達もより一層気を引き締めて今回の侵犯者にはあたる事を肝に銘じよ」

 

守護者達から息のあった声が上がる。

それに満足しつつアインズはより一層厳しくなった戦況に頭を悩ませる。

 

(サービス終了間近の時に悪名がついてまわっていたGvGギルドかよ……)

 

他のギルドメンバーがログインしなくなってからはあまり見てはいなかったユグドラシルの掲示板。その中で散々叩かれていたギルドこそこの“常緑の国”である。

ゲームの内外を問わない嫌がらせ。

プレイヤーの間で暗黙の了解としてされていなかった数々の非道な行い。

正直アインズ達の行っていたPPKなど可愛いと感じるレベルでその悪行が書き連ねられていた。

 

「現時点の被害から考える敵の戦略はなんだと思う? コキュートス」

 

この1000年で武人としてだけではなく指揮官として努力をしてきたコキュートスへ簡単な課題を出す。

コキュートスは口から白い冷気を吐きながらゆっくりと口を開いた。

 

「恐ラクハ、コチラノ戦力ヲ測ルト同時ニ国民ノ離反ヲ狙ッテイルモノト思ワレマス。ソレハ全テ今後ノ戦イヲ有利ニスルタメ。敵ノ狙イハ長期戦ヘノ布石ダト思ワレマス」

「なっ! なんと不届きな奴らでありんしょう!」

「ぜ、絶対に許せない、です!」

 

シャルティアとマーレの口から非難の声が上がる。

それを手で押し止めつつアインズはデミウルゴスへと水をむける。

 

「デミウルゴス。他に考えられる事はあるか?」

「いいえ。現時点では十分な観察かと。付け加えさせていただけるのでしたら、それと同時に自らの力を示して我々に対して挑発しているのでは、と」

 

悪魔は含みをもつ笑みのまま簡潔に告げた。その場で唯一、未だ発言をしていない者の名前をアインズは呼ぶ。

 

「アウラ」

「えーっと。私も長期戦を考えてるのかなって思いました。だって食べ物がなくなったら税収取れないですし。農民への補償まで考えるとむしろ国益はマイナスになると思います」

 

「素晴らしい!」

 

アインズは声を大にして言う。

 

「素晴らしいぞ、我が守護者達!」

 

アインズとデミウルゴス、そしてアルベドは事前にこの事について話し合いを行っていた。

その場で出た結論を、他の守護者達も持つことができるのか。レベルの成長しない彼らにとっての成長要素――思考力の成長は十二分のその成果を結んでいる。

 

「ならばそれに対抗して早急に策を考え、実行せねばならん。これ以上の被害は私の築いた名声を傷つけ、私の戴くアインズ・ウール・ゴウンの名前さえ踏みにじる事に繋がる」

 

「守護者達よ! 奴らに我らの国を踏みにじった事を後悔させてやるぞ!」

 

重なり合う返答の声はどれも喜色をたたえ、アインズはこれがいつも通りの結末になるだろうと予感する。

いつも通りの、この1000年繰り返したプレイヤーとの小競り合いだ。

 

(しっかり準備をして情報を集めて、作戦を考えて実行する。今の俺にはこんなに沢山のみんなの残した子供達が居るんだ。みんなが帰ってくるまでは絶対にこのギルドを守る)

 

「それでは献策を許す。自由に意見し最良の作戦をもって、奴らに死よりも残酷な後悔をさせてやろう」

 

墳墓の主はその赤い眼を光らせる。

その心には既に人間だった頃の残滓など無く、その姿と同様の、ひどく偏執的な執着を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ギルドマスター。我々の勝利です」

 

そう言って駆け込んできた人間は手に一つの羊皮紙を携えていた。人間の名前はメーア。ザルツベルグにとってはどうでもいい、この世界で出会った人類の一人だ。どうでもいい存在であるため、捨て石のように存分に使える。それだけの存在だった。

 

「どうしたんだよ、メーア。そんなに慌ててさ!」

「魔導王からの手紙です! とうとう我々は魔導王を動かしたんです!」

 

メーアはこの地で生きる人類である。つまりは魔導国の国民だ。

しかしメーアは魔導国に少なからぬ不満を持っていた。どこの時代の、どんな場所にもいる。自分の不幸を他人のせいにして、自分は悪くないと言う種類の人間。それがメーアだった。

メーアは魔導王と敵対するというザルツベルグ達に好意的であった。この地の人類はあまりに弱く、一般的なユグドラシルプレイヤーにすら勝てない。そんな彼女らは内なる不満をただ溜め込むだけで発散させることなどできなかったのだ。

彼らが来るまでは。

 

「ふーん? で? なんて書いてあるの?」

「それが見たこともない文字で書いてあるんですよ! 使者の奴はただ“魔導王陛下からの書簡です”ってしか言わないし!」

 

プンスカと怒る彼女からその羊皮紙を受け取り目を通す。

なんのことはない。ただの日本語で書かれた手紙だった。

 

「普通の手紙じゃん。字が読めないならそう言いなよ」

 

内容はなんでもない、国民を虐げる行いをやめて王城へ来るようにという内容だった。面白味の欠けるそれにザルツベルグは一気に興味をなくす。

 

「あーあ。魔導王なんて大層な名前だし、“アインズ・ウール・ゴウン”なんて名乗ってるから期待したけど、この分じゃただの凡人じゃん。簡単に決着がつきそうでがっかりかな」

「えっ!? 魔導王陛下は強いんですよ!? だって伝説だったら10万もの人の命をたった一つの魔法で奪ったって言われるし!」

 

字ぐらい読めますよーと憤慨していたメーアはザルツベルグの言葉に目を丸くする。ザルツベルグ達の力は十分以上に見せてきた筈だが、未だにこのメーアはこちらの強さを理解していないようだった。

 

「そのぐらいの腕の魔法詠唱者なら俺のギルドに20人はいるね。どうせ広範囲の超位魔法をうっただけだろうし。むしろワールド・ディザスター5人いるこっちの方が優勢だよ」

「よくわからないけれど、すごいんですねギルドマスターは! それなら本当に魔導王を倒せちゃいますよ!!」

 

ザルツベルグは得意になる。自分が強くしたギルドを褒められて嬉しくないわけがない。

ただ最近ギルドメンバーの何人かに問題が起こった。その事を思い出し、ザルツベルグは機嫌を悪くする。

 

(全く。勝つための犠牲だって伝えたのに罪悪感で自殺するなんてやっぱり古参メンバーは邪魔だな)

 

対アインズ・ウール・ゴウンの最初の策として行った作戦に罪悪感を覚えた幾人かのメンバーが自殺したのだ。しかも何故かどれだけ蘇生魔法をかけても生き返らない。

戦力的にはそうでも無いが、士気はガタ落ち。今後の作戦にも支障がでる勢いだ。

 

「とりあえずは相手の話に乗って王城へ向かうぞ。全ギルドメンバーとNPCに通達を。やる気が無い奴らは置いていく。いても邪魔なだけだしな」

「義勇隊もついていくよ! 私たちの為に魔導王に挑んで、そのの配下に返り討ちにされた君らだけに相手させるなんて、そんな薄情な事は出来ないしね!」

「……ふーん。好きにすれば?」

 

(馬鹿なやつら)

 

相次ぐ自殺を誤魔化すために適当にでっち上げた嘘を純粋に信じるメーア。本当に信じさせたいギルドメンバーは誰一人として信じていないのに、彼女は驚くほど愚かだ。

ともあれ、舞台は整った。当初予定していた長期戦は考えなくてもいいだろう。相手が凡人である以上、今回の王都決戦で決着がつく。

 

(マルコとそのNPCには感謝してもしきれないな)

 

ギルドバトルをする上での、この世界での幾つかの気になるシステム。それの実験に付き合ってくれたサブマスターと、そのサブマスターに囲われていたNPC。秘密裏に行った実験はとても有意義なもので今回の決戦においても重要な要因となった。

(たとえ相手が100レベルの廃人プレイヤーでも20回も殺せば相手はほぼ無力化できる。NPCは金さえあればいくらでも復活できる、か)

ザルツベルグの口角が上がる。なんて自分に有利な条件なのだろう。

アインズ・ウール・ゴウンが強かったのはそのギルド拠点がチートだっただけ。それが無い王城での話し合いなんて殺してくれと言わんばかりだ。

影武者を立ててくる可能性もあるが、その可能性は低いだろう。

影武者を立てるということは己の行いにやましい事があるということなのだから。

話し合いの場ではそう言った嘘が信用を失う原因となる。大丈夫。確実に仕留められる。

 

「まあ、ギルド拠点を攻略したいっていう思いもあったんだけどね」

 

だがまず何よりも大切なのは勝つことだ。

勝利以外に意味はないのだから。

 

何か言いましたか、と聞くメーアに適当に返す。ザルツベルグは<伝言>を使うとカリンと今後についての話を固める。

 

長く続く争いの、最初の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それではアインズ様、行ってまいります」

「ああ。お前に私の祝福を」

 

慇懃な一礼をしてアインズの執務室を去るのは今回の作戦の要となるデミウルゴス。その歩調は死地へと赴くも同然なのに揺るぎが無い。

今回ナザリックがとる作戦はそういったものだ。

犠牲はでる。しかしそれは被害を最小限にとどめるために必要な事なのだ。アインズはぎゅっと手を握りしめる。

 

既に手は打ってある。あとはなるようになるだけだ。

 

「アインズ様」

 

思考の空白に割り込むのは天上の調べのように甘くとろけるような声音。

純白のドレスに身を包んだ絶世の美女。その頭と腰に見受けられる異形の付属品を除けば人間の美の完成形、その一つと言っていい存在。

 

「アルベド」

 

愛しいヒトに名前を呼ばれて白百合がほころぶような笑みを浮かべる。しかしその目にあるのは暗い色であり、それは今回の作戦に最後まで反対したものが浮かべるに相応しいものであった。

アルベドはゆっくりとアインズの前に跪き頭を垂れる。

アインズはアルベドのとるその行動に記憶が揺さぶられる。ずっと前に、ずっとずっと前にも見たことがある。

美しい黒髪を見下ろしながらアインズは動けずにいた。

 

「遥かな昔もこうして貴方様にすがり、戦さ場へ行くのをお引き留めいたしました」

「……ああ。あれは確かシャルティアがワールドアイテムに洗脳された時だったか」

「今回もまた、私は貴方様をお引き留めいたしたいと思います」

「……」

 

「どうか行かないでください。ここに居て、常に私達をお導きください。何処にも行かないで、何時までも私どもの上に君臨なさいますようお願いいたします!」

 

遥かな昔を思い出すアルベドの声色にアインズは無言を通す。

今回は生きて帰ってくるなど簡単に約束は出来ない。

それほどに厳しい戦いが魔導国を襲っているのだ。

 

「面を上げよ、アルベド」

 

だからこそ、ここで行かないということは確実な滅びに向かうということなのだ。

それをこの聡明な守護者統括がわからないはずは無い。

全ては。全てはアインズがユグドラシル最後の時に施した軽い戯れのせいだ。そのせいで彼女の目はこんなにも曇ってしまった。

 

「今回も生きて帰るなど、無傷で済むなど言うつもりは無い」

 

そう。今回の相手はまずい。ギルドバトルに精通したプレイヤーが50人以上。それに更に拠点NPCまで加わっている。

更に現状後手に回っている。

それを全てなかったことにして、更にこちらに有利な条件に整える。

そのためにはアインズの命すら賭け金として積む必要があるのだ。

 

「だがしかし、私はお前達を遺して死ぬつもりは無い。もしも私が滅びるとしたら、それはナザリックのどの僕よりも最も遅い――」

 

「――それを約束しよう」

 

「私は、私どもは、貴方様のために死ねるのですね」

「勿論だ。全てのナザリックのものは私よりも先に滅びる。そしてナザリック最固の盾よ。お前に私の身を守る許可をやろう」

 

アルベドはとても美しい涙を流した。

それは愛するもののために死ぬことができる幸運に流したものであるのか、それとも愛するものに必要とされている事に対するものなのか。

どちらか判別などできるはずもなく、アインズは執務室を出る。

 

目指すは謁見の間。

度し難い愚か者どもが待つ決戦の地である。

 

 

 

 

 

 

「ギルマス。マジでここで戦うのか?」

 

そう耳打ちした戦士にザルツベルグは笑顔で肯定を返す。

今更何を言っているんだろうかこいつは。

 

「目的を忘れたの? あんたはリアルに帰りたくないわけ?」

 

ザルツベルグの横にいた踊り子は詰問するように戦士に詰め寄り、戦士は口をつぐむ。

帰りたいに決まっているじゃないか、と。

 

「だってこの城に来る前に街の中見たけどさ、化け物共だけじゃなくて人間も居たんだぜ? それも小さい子供だ」

「確かにアインズ・ウール・ゴウンは馬鹿だな。今から決戦の地になるのになんで王都の民を逃さない? まさか本当に話し合いで全てが終わって、仲良し子良しにおさまるとでも思っているのか?」

「やりあうのは仕方ないにしてもさ、せめて街に被害は出さないようにしようぜ、ギルマス。街の奴らには罪は無いって」

「おい、良い加減にーー」

 

控え場所として通された部屋には探知や盗聴防止の魔法を何重にもかけてあるとはいえ、その明け透けな物言いにザルツベルグの眉は跳ね上がる。

充分以上の対策をしているので聞かれているとは思わないが、警戒心がなさすぎる。

何よりもこれから戦うというのにその弱気な態度がいけない。何人かの穏健派の目が泳ぎ始めた。このままでは空中分解してしまうだろう。

 

「まあ待ってよみんな。確かに、この街の人達に罪が無いっていうのもわかるよ。言いたいことはね」

 

「でも考えてみてほしい。誰が、彼らを、ここまで強大にしたんだろうか?」

 

ザルツベルグはゆっくりと含ませるように静かに言う。

 

「それは彼らだよ。この地に住む人や化け物やーーこの国にいる全てのもの達だ。だからこれは必要な事なんだ」

 

「一つの強大な存在に依存した平和なんてものはまやかしだって教えてあげる良い機会なんだよ。だから絶対に僕たちは止まれないよ! 元の世界に戻る為にもね!」

 

熱弁をふるい説得を試みる。

こういった頭がお花畑な連中は、理想と正義を砂糖でコーティングした上にチョコレートをぶっかけたような言葉に心を動かされる。

ほら、不安に揺れていた目がもう決意を固めた英雄の目になった。

ザルツベルグがその様子に薄暗い笑みを浮かべると、2回、ノックの音が響いた。

扉を開けて入ってきたのは美しいメイド。凝ったデザインのメイド服を着た、それだけとっても秀麗な外装の持ち主だった。

メイドは、それを着る者として恥ずかしくないほど美しい所作で謁見の間への案内を務めた。

 

 

 

ザルツベルグは先導するメイドに続きながら改めて城をみまわす。

あまりに複雑な内部の構造に自分でマッピングする事は諦め、ただただその内装を見る。

見事な作りに見事な装飾。

リアルどころかユグドラシルの中ですらもお目にかかれないほどの凝った作りのそれは、ザルツベルグの中の暗い炎を更に燃え上がらせた。

これを全て一人のプレイヤーが、それも凡愚な者が独占している。

それを考えただけでイライラが後から後から湧いてくる。

もしここが衆人の前でなかったら、NPCにあたり散らしていたかもしれない。

 

長い廊下をしばらく歩いていると、メイドが立ち止まり脇によけた。目の前には巨大な扉。白く塗られた上に金と銀で複雑な模様が描かれたそれは、見上げるものの心を呑むほど美しい。

メイドが深くお辞儀をすると、それを合図にしたように扉がゆっくりと開かれる。

 

 

扉の中に広がるのは白と赤の綺麗なコントラスト。

そしてひしめく骸骨の衛兵。

その更に奥に設えられた黄金の玉座。

 

しかし今、王座は空席であった。

 

ザルツベルグは気を引き締め直して足を進める。こんなところで雰囲気に呑まれるなど相手に負けたようで悔しいからだ。

いっそ無礼なほどに乱暴な足音を響かせて鮮血より赤い絨毯を進む。本来なら鎧や甲冑から出る靴音すらもその絨毯は受け止める。

ただただがしゃんがしゃんと鎧同士、甲冑同士がぶつかる音が響くだけの空間に、ザルツベルグの機嫌は更に悪くなる。

 

苛立ち一つ、不機嫌一つすらも表す事が出来ない!

 

上座にあたる玉座とは5段の段差で分けられており、それが立場の差を表しているようで腹立たしかった。

だからその立場の差を無くそうと、ザルツベルグはその一段目に足をかけようとした。

しかし、それを拒むようにファンファーレが響く。

それはこの城に似つかわしい輝ける装備に身を包んだ、この城に似つかわしくない骸骨の金管隊であった。

 

「魔導王陛下がおこしです。皆様、礼を欠かす事が無いように」

 

麗しい女性の声を出したのは全身を黒の甲冑に身を包んだ騎士であった。その騎士もまた片膝をつけて頭を垂れる。

ギルド“常緑の国”のメンバーもそれに合わせて見よう見まねで続く。義勇兵を名乗ったメーア一行などは早々にガタガタと震えながら土下座する勢いで頭を下げていた。

 

その中でザルツベルグだけが不動の姿勢をとる。ザルツベルグにとってここで頭をさげるというのは勝負に負ける事よりも腹立たしい。

相手もおそらくギルドマスター、そして自分もギルドマスター。立場は同じなのだ。自分が下に見られるのは不愉快だった。

ザルツベルグはそんな思いのまま睨みつけるように玉座をみる。空の玉座を。

どこから出てくるつもりなのかと緊張した空気が支配する中、その門は開かれた。

<異界門>

黒い穴がぽっかりと口を広げた中から、更に暗い存在が滑るように出てくる。

それは紛れもなく集めた情報のなかの、魔導王の姿だった。

 

何故、それを。

 

まずザルツベルグが思ったのはそれだった。ここには何重もの転移阻害魔法を秘密裏の内に仕掛けていたはずだ。なのに何故!

嫌な汗を背中にびっしょりとかく。とんでもなく嫌な予感が胸の内から湧いて仕方がなかった。

 

「招待に応じていただいたこと、まずは感謝しよう。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導国王」

 

低く響く声は支配者に相応しい厚みを持っていた。そしてその極端に抑揚のない、平坦な声色は人間の生理的嫌悪感を逆なでする。

気持ち悪い。

思いやりに満ちた台詞と裏腹なその声色のアンバランスさ。それはとても気持ちの悪いものだった。

 

「ザルツベルグだ。口上なんて無視してズバリ本題に行くぞ。お前、ユグドラシルプレイヤーだろ?」

 

不遜な物言い。それに最も激しく反応したのは暗い色の鎧を着た麗しい声の主。

いつの間に取り出したのか、バルディッシュをその手に持っている。

 

「よい、アルベド。……いかにも。そういうお前達もプレイヤーだろう? そうでなければお前達が我が国に与えた損害を命をもって払ってもらうことになる。だいたい――」

 

その後に続くのは今回の前哨戦で与えた損害についての苦言であった。

一通り言い終えたのだろう。しばらくするとその声は止み、沈黙が訪れた。

 

「――お前達が謝罪をするというのならば、今回の一件は不問にしよう。なに、不幸な行き違いとして大目にみるということだ。事実、こうしてやってきたのは君たちだけではなかった。その中にはこうした不幸な行き違いも何度かあったものだよ」

「不幸な行き違いねぇ……」

 

ザルツベルグは思い切り踵を鳴らしてギルドメンバーに合図を送る。

やはりこのプレイヤーは凡人だ。畳み掛ける絶好の機会は今だろう。

 

「寝ぼけてんじゃねぇぞこの腐れ骸骨!! 不幸な行き違いなんかじゃねぇ! お前が俺らをここに引きずり込んだんだろうがっ!」

 

メンバーの中でもっとも血気盛んな前衛の聖騎士が踊りだす。

光属性に煌めく剣を振り上げながら魔導国へと肉薄する。

いくつものスキルに底上げされたそれはそのまま魔導王の首に吸い込まれるはずだった。

 

――ガキィン。

 

響いたのは金属同士が激しくぶつかり合う音。聖騎士の前には黒い甲冑を着た、バルディッシュを構えた女。

 

「よくやった、アルベド」

 

「さて、最終確認なのだが、交渉は決裂という事で間違いは無いな?」

「答えるまでもねぇよっ!」

 

ギルド一の前衛を簡単にいなす存在にギルメンの中でざわめきが広がる。

いったん距離を離して対峙した隙にザルツベルグは自分の本来の位置である中衛と後衛の間へと避難する。

 

「そうか、残念だ。<あらゆる生ある者の目指すところは死である>」

 

不吉な時計盤がアインズの背後に現れる。優美でありながら死者を送る鐘の音に似た響きとともに、その針は時計盤を刻んでいく。

アインズは己の持つ初見殺しの切札を切る。

 

「灰塵となるがいい。<嘆き妖精の絶叫>」

 

精神をかき乱す女の叫び声が辺り一面に響く。広範囲に即死効果を撒くそれはアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターが使う魔法の一つだ。

 

「やっぱりあいつモモンガだ! アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、数々のPKを繰り返したモモンガだぜ!」

「うちのギルマスはマジ優秀。即死耐性なんて普段あげてねーもんな!」

「効かねーよばーか!」

 

完全耐性を装備で得ていた者たちは勝ち誇ったように喚きちらす。そんな楽観的な空気を、ザルツベルグの叫び声が切り裂く。

 

「超位魔法でもなんでもいい! あいつを吹き飛ばせっ!!」

 

ザルツベルグは攻略wikiで見た情報を思い出し青くなる。

あれは即死強化スキル。いや、即死効果を押し通すスキルだ。どんな防御魔法も耐性も食い破るそれは、一つの結果以外を残さない。

まさか初手でこれが来るとは思っていなかっただけに焦る。

 

「っ!! <大災厄>!!」

 

一人のワールド・ディザスターが悲鳴のようにそれを発動する。

超位魔法をしのぐ威力と、最大MPの6割という法外な代償を元に行われる大規模破壊。

一時期のギルドバトルではこれを相手拠点の近くで打てるようにする事がギルドバトルの全てと言われたほど決定的な破壊力である。

これを受けたら流石にスキルキャンセルが入るだろう。

そんな思いを打ち砕く事が起きた。

 

漆黒の鎧の女がアインズとの間に入る。

それだけならばなんでも無い。前衛としての正しい役割だ。アインズは魔法詠唱者。防御力などは紙同然だろう。

しかし間に入ったからといってなんになるのか。

 

ワールド・ディザスター最高の破壊力を持つ攻撃魔法が炸裂した。

 

凄まじい破壊のエネルギーを近距離で受けた事によって、味方にも被害がでる。なんとか防御魔法や防御スキルを組み合わせて戦闘不能を回避する。

そんな一撃の直撃を受けた相手が生きているはずが無い。誰しもそう思った。しかし目に映ったのは攻撃を受ける直前に間に割り込んだ女の鎧が砕け散った光景だった。

それは仲間のダメージを肩代わりするスキル。さらにそれを鎧に肩代わりさせたのだろう。

鎧の中から現れた肉感的な美女に目を奪われる。流石に鎧だけではダメージを負いきれなかったのだろう、深い傷がその体に刻まれていた。

 

魔導王を中心としてごっそりと大地がえぐれている。大災厄の範囲は数キロにも及んだ。

そんな辺り一面の変わり果てた光景の中で、ローブに埃一つつくことなく、その超越者は立っていた。

 

「大儀であった」

 

平坦な声。

その声にうっそりと美しく笑む白皙の美女。

その背後にたつ魔導王の、背中に浮かぶ時計盤が12を指す。

 

 

 

瞬間。

世界に死が振りまかれた。

 

 

 

全てが灰となり、全てが塵となる。

 

それがザルツベルグが死ぬ前に見た光景だった。

 

 


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