石畳みの上を馬車がゆく。
新品と見まごうが如き石畳みを踏みしめて、俺は異世界の地に降り立った。
うららかな日差しと、美しい街並み、数多くの"人々"。そうした景色の中に立ってみれば、自分の姿がひどく薄汚く、場違いなモノに見えてしまう。
「アクセルの街……か、なんて平和なんだろうか」
兜のアイスリットから射し込んだ日差しに眉をしかめる。
薄暗闇に慣れきった不死の目に、異世界の陽射しは軽い鈍痛を与えてくる。だが、それが気にならないほどに、俺の心は高揚していた。
(太陽・・・!万歳・・・!)
「おい、聞いていたより平和だぞ、アクア……アクア? どうしたんだ、一体」
隣のアクアといえば、肩をワナワナと震わせ、心なしか、ドス黒いナニカを全身から立ち昇らせている。
異形のアレに変身する前に、斬り殺しておくべきだろうか? そんな自問を俺がした頃、アクアの様子が変化した。
「……ぁぁぁぁ……ぁああああああ! ああああああああああ! なんてことしてくれたのよおおおおおおお!」
グワシッ、とアクアの両の手が、俺の頭を兜越しに鷲掴みにした。
凄まじい形相で泣き叫び、慟哭を轟かせながら俺の頭を前後左右にシェイクし始めるアクア。
「……早くも亡者化したか。致し方ない、これは貸しだぞ」
アクアに頭部をブンブンされつつ、俺はソウルの中から"人間性"と"残り火"を、ひとつずつ取り出した。
(はて……亡者の女神にはどちらが効くのだろう?)
なんとなく、残り火は違う気がする。
「そおい」
「あああああああああッ んぐ!? ちょ、苦い! なに、なにこれ!?」
限界まで開かれた女神の口に人間性を突っ込み、手を押し込んで喉奥にグイグイする。
涙目で苦しみ始めたアクアを見て、ようやく俺は、ガントレッドを着けたままの事に気付いた。
「まあいいか」
「よ、良くない!! 良くないわよ!? なんか今、私の体内に絶賛吸収されつつあるんですけど?!」
「復活おめでとう。ネズミでマラソンしといて良かったよ」
「よりにもよって、これネズミからぁ?! んん……! もういやああああああああ!!」
涙ドバーッ、よだれウヴァー、なアクアを引きずっていく。
目指すは鍛冶屋。アクアに装備を整えなければならない。
女神の祝福(個数制限無し)とは言え、ちょっと携帯性に難がある。
アイテムや武器のように、ソウル内に格納出来ないのだろうか?
「なあ女神。体重何キロくらいある?」
「セトさんって非常識の塊ね、普通そう云うのって、軽々しく聞くもんじゃ無いわ。ま、女神の私は体型も抜群だから、教えてあげてもいいけど」
「"セトさん"とか、名前で呼ばれたの数十年ぶりだよ。いいから教えろ。今後のお前の待遇に関わる質問だから」
俺を名前で呼んだヤツは、もう随分昔に二人だけ存在した。
一人は偏屈で頑固な鍛冶屋の爺。もう一人は心の折れた戦士だったが、ボーレタリアを後にしてから、あの爺がどうなったかは知らない。
戦士は死んだ。というより、俺が殺したのだが。
まともに斬り合うのは面倒だから、水底に蹴落としたのが最後の思い出。
(青ニート先輩・・・・・)
俺が僅かばかりの感傷に浸っていると、遠目に捉えた山際に巨大な火柱が立ち上がった。
———ドゴォォォ・・・・ォォ・・・
(!!?・・・なん・・・だと!)
計り知れない力の奔流。それは兜のアイスリット越しに、わずかな熱風を届かせるほど強大なものであった。
「アクア! あれはなんだ!」
「ぁぁぁぁ・・・・へ? なによ、なにか見つけたの?」
「見ていなかったのか・・・? いま向こうの山が爆発した。とてつもない威力だ。この街は警備の数からしてもそう多くの常備軍はいないだろう、直接攻撃をしかけられたら、こんな街など早速消し炭だぞ」
「長いわよ・・・三行でお願い」
「ふざけいる場合か、走るぞ、ついて来い」
「あ! ちょと、まってよセト!」
人混みをかき分けて、俺とアクアは赤く爛れた山を目指した。
次話はすぐに投稿の予定です。