ーーー”そうだなぁ”。
こうして筆をとり、あの地での思い出を
ダークリングは呪われた”不死”の証だ。
だからこの国でも、不死は捕らえられ北へ送られ、世界の終わりまで牢に入る。
俺もそうなる筈だった。
だけど、俺は脱獄が許された。一言の遺言とひとつの使命を預かり、約束の地へ向かった。
———俺の名はセト。”幾つかの巡礼地”を転戦した、いまは齢70を数える不死の戦士……そして、この世界の火を繋ぎ止めて久しい、燃え残りの王である———・・・・
*
空を灼く炎の軌跡・・・・。地を抉った踏み込みと共に放たれる大剣をかいくぐり、俺の手にした長剣が、歪み爛れた鎧を叩ききった。その時だった——————・・・
声も無く消え行く、その巨影。
先ほどまで猛威を振るい、空っぽの憎悪を纏いつづけた最後の敵も、また俺の前に倒れ伏した。
王達の化身。焼けただれ、歪みきった鎧をまとった、燃えカスの王。彼こそが我が最後の敵・・・・・であるのだが、もう既に何度も倒した相手だ。
不思議な事だが、俺は使命を果たす度に、”使命”の始まりから終わりまでをループする。幾度も幾度も、もう数えきれないほど重ねてきた。だがその時は違った、俺は毎度の様に、最後の篝火に座り込み、体を”火”に焼べた・・・・・・
俺の全身にくすぶっていた火が次第に大きくなり、見る間に大輪の花の様に燃え広がった。
(嗚呼、またか・・・・あと、あと何度———・・・)
なんど、繰り返せば。そう思いながら、俺は瞼を降ろした。
その瞬間、俺の脳裏に声が聞こえた。
”死を恐れない、強き
それはまるで水音のように反響する、透き通りきった美しい声だった。
『懐かしいフレーズだな』、などと散文的で存外冷静な感想を抱きながらも、その声が幻聴でないかを疑う。
疑いながらも、次の声を聞き逃すまいと耳を澄ます。
”聞こえますか?逃れられぬ使命に囚われた貴方を、私は救い出せます”
やはり幻聴では無いのか。淡々と認識し、語りかける声に答える様に、”目を開く”。
「ようこそ薪の王よ。そして燃え尽きた戦士よ。ここは”死後の世界”です」
「不死人は死なぬ」
白い部屋の中、いきなり告げられた言葉に、反射的に返答してしまった。
部屋の中には簡素な机と椅子、そして小さな篝火がある。
篝火の前に座り込んだ俺の体は、くすぶる残り火を保っていた。
(・・・・やはり死んでないぞ)
手の平を顔の前まで持って来て、やはり”死んで”いない事を確認する。
「いいえ、貴方は死んでいます。もう何十回と」
「あ、篝火復活でもカウントされるんかい」
ならもう、結構死んでるな。
女神というには微妙な容姿のその少女は、自分を【水の女神アクア】であると名乗った。
(女神・・・・? まぁ、人間離れした美貌ではあるが————)
女神と言うには大げさすぎる。その少女。
少女・・・・アクアは、椅子に座りつつ、何かしらの食料を口に入れた。パリっ、という軽快な音がした後、彼女は話を再会した。
「まぁ、確かにちょっと特殊すぎるみたいね、あなたは。でもそんな事はどうでもいいのよ」
「口調崩れたな」
「うっさい。まあ話を聞きなさいよ。改めて、私は女神アクア。普段は若くして死んだ人間を導く役目を負っているわ。早速だけど、今回は例外として、”不死”であるあなたに、頑張ったご褒美を授けます」
「いらん」
「黙れ。あなたには二つくらいの選択肢があるの。ひとつは天国的な場所でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか、もう一つは人間として赤子に転生するか」
転生。聞き慣れない言葉だが、意味は解る。
とどのつまり、新しく生を受ける事なのだろうが。
「赤子に転生・・・・むーん、あまり好ましく無いな。まだ覚えたい奇跡とか、割とあったんだが」
持久力・体力・筋力・技量。これらにガン振りしすぎて、俺の信仰値はたったの20。
低過ぎて笑えない。白教からファランの番人に転向するにあたり、侵入が楽し過ぎて奇跡コンプの事をすっかり忘れていたなんて事は断じて無いが、何故かこの低信仰。
神は殺せるからね。仕方ないね。
剣と盾さえあれば何でもでも殺せるから。神様よりも、むしろ紋章の盾を崇め奉りたい。
「”奇跡”は覚えるものじゃないわ。とにかく、天国なんて何もないところだし、赤子転生だってイヤでしょ?」
「赤ん坊には嫌な思い出しか無いな。ああいう手合いほど危険だから」
「私も長くこの仕事やってるけど、赤ん坊にトラウマ作る様な人は見たことないわ・・・・。ともかく、そうなれば三つ目の選択肢よ! 私にいい考えがあるわ!」
あ、これ胡散臭いな。
ロートレクとかオズワルドとか、あの辺並に胡散臭い。ぷんぷん臭う。
そんな胡散臭い女神の話を要約すると、つまりこうだ。
ここではない世界、”異世界”には魔王がいる。
そして魔王軍の侵攻によって、その世界は滅びの危機に瀕しているらしい。
(魔王・・・【王】=人型の敵。人型の敵=パリィができる。・・・つまりハメ殺しできるザコか)
別に俺が戦う必要ない気がしたが、とにかく話を最後まで聞く事した。
「そんな世界の人たちって魔王軍に殺されたわけじゃない? だからもう同じ世界には転生してくれないのよ。トラウマのせいでね。そうなると赤ん坊も産まれないから、人口は減少するばっかり。それじゃマズいから、別世界で死んだ人とか、魔王を倒せそうなくらい強い人とかを送り込んじゃおう・・・・ってことになったの」
世界規模での移民政策とは。なんという壮大な設定。
「で、まあ説明とか面倒くさくなってきたから割愛するけど、転生にあたっては何でもひとつ【特典】が与えられるわ。何がいい?」
「”万能鍵”で」
異世界に対応してるヤツな。ロードランのはもう持ってるから。
「・・・ばん・・・・?」
眉間にしわを寄せて、アクアは不思議そうに首をかしげた。
「名前の通り、万能の鍵束だ。いちいち回り道するのも、面倒だからな」
「な、無いわよ! そんなの! チートどころの話じゃないでしょそれ・・・!」
「俺は持ってるけどな、二束。貰ったヤツと買ったヤツ」
「ソレ以外でよ、流石に予想してなかったから」
「詐欺だな、詐欺。もう火炎壷でいいよ、火炎壷で」
「手造りできるじゃないソレ・・・・」
ああいえばこう言う・・・・じゃあなんなら良いのか。
そもそも選択肢の一覧すら無いのでは選びようが無い。この場にあるもので選ぶのなら、机と椅子と篝火と、と・・・・・・・
「ああ、じゃあ”アクア”。お前で」
すっと、指をさして持ってく『もの』を指定する。
どうだ、これなら文句あるまい。
アクアはこちらをキョトンとした顔で見て、一拍おいた後、
「・・・・そう、じゃあそこの魔方陣から出ない様にしてね」
そこまで言って、アクアはピタリと動きを止めた。
「・・・・今、なんて言ったの?」
と、その時である。
「承りました。では今後のアクア様の職務はこのわたくしが引き継がせていただきます」
何処からとも無く、白い翼を生やした女性が姿を現した。
ああいった見た目のヤツには、個人的に非常に危険なイメージしかない。できるだけ目を合わせない様にしよう。
そう思ったのもつかの間、呆然とするアクアと、篝火でエストを補給していた俺の足下に、青く発光する魔方陣が現れた。
ん、ソウルの力を感じる・・・・。
「ちょ、え、なにこれ。え、え、嘘でしょ? いやいやいやいや、ちょっと、あのあの! おかしいから! 女神を連れて行くなんて反則だから! 無効! 無効だから! 無効よね!? 待って! 待って!?」
涙目になって、凄まじく慌てるアクア。
「女神の祝福(個数制限無し)だとおもえば・・・・ふむ、悪く無いな」
キュ、とエストの蓋をしめて、準備完了である。
「アンタなんでそんなヤル気あるのよ!? ていうか待ってよぉ! ちょっとでいいからあ!」
「行ってらっしゃいませ、アクア様。そして不死の英雄様。御武運を祈っております」
「炎の導きあらんことを。後のことは任せてくれ」
「炎の導きあらん事を・・・不死の英雄様」
羽根の生えた女性に、別れ際の会釈をする。
俺は、泣き叫ぶアクアと共にまばゆい極光に包まれた・・・・。
魔王だって、パリィ致命でハメ殺せると思うんですよ。