時早くして、放課後。達也お兄様と一緒に生徒会室へ向かった。ここで何か声をかけたいのだが、お兄様自身はあまり気が進まないご様子なので、黙っていた。
「失礼します」
達也お兄様が生徒会室に入った。その後に続いて私も中に入る。敵意をハッキリと感じた。だが、それは私に向けられたものじゃない。お兄様に向けられたものだ。その敵意も、私が入ったことで霧散したのだが。自意識過剰なのではなく、その敵意が関心に変わって私に向けられたのだ。
その視線の主が立ち上がって私達に近付いてくる。そして、私達の前に立って手を差し出してきた。
「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、生徒会へようこそ」
入学式の日、兄に舌打ちをした人。その上、たった今お兄様を無視した人。私的には余り第一印象は良くない。思わずムッとしてしまったが、何とか自制した。
服部、と名乗った男の人はそのまま達也お兄様を無視して席に戻った。………本当にどいつもこいつもこの学校の人は……!
……あと、どうでもいいけど生徒会室の隅っこの冬也お兄様。なんでお好み焼き焼いてるの?しかも、のれんぶら下げてお手製の鉄板まで作って、まるでプチ屋台の様になっていた。
「よっ、来たな」
「いらっしゃい、深雪さん。達也くんもご苦労様」
既に身内扱いしている渡辺先輩と七草先輩から気楽な声が聞こえた。
「あの、どうして冬也お兄様が?」
私が冬也お兄様に聞くと、コテで壁をコンコンと叩いた。
『只今、調理中。ご用の方は後ほどお伺い致します』
店か!と、喉まで出掛かったが、生徒会室でいつものノリでツッコむわけにはいかないし、何より口を挟める空気ではない。それだけの気迫で冬也お兄様はお好み焼きを作っていた。
……良い香り………。お腹空いてきちゃったわ……。思わず、とろ〜んとした表情をしていると、パシャッと音がした。冬也お兄様がいつの間にか首に一眼レフカメラを下げられていた。
「って、調理中だったんじゃないんですか⁉︎」
間髪入れずにツッコむが、再びコンコンとコテで壁を叩く。ああ……腹立つ。
…………っあ、人前でツッコんじゃった。恐る恐る周りを見ると、意外なものを見る目で生徒会の皆さんと渡辺先輩は私を見ていた。窓に映った私の顔を見ると、みるみると赤くなっていっていた。
恥ずかしさで俯いて、達也お兄様の後ろに隠れたタイミングで、ちょうどお好み焼きが焼き上がったのか、冬也お兄様がお好み焼きを皿に移していた。
『皆さん食べます?』
ホワイトボードにそう書いて尋ねると、全員頷いた。皿に移したあと、冬也お兄様は綺麗に八等分し、小皿に盛り付けた。
お好み焼きを盛り付けてもらった渡辺先輩が、お好み焼きの列に並んでる達也お兄様に声を掛けた。
「じゃ、達也くん。行こうか」
「どちらへ?」
「風紀委員会本部だよ。色々と見てもらいながらの方が分かりやすいだろうからね。この真下の部屋だ。といっても、中で繋がっているんだけど」
「……変わった造りですね」
「あたしもそう思うよ」
言いながら達也お兄様もお好み焼きを受け取り、部屋を出ようとした。だが、そこに制止が入った。
「渡辺先輩、待って下さい」
「何だ。服部刑部少丞範蔵副会長」
「フルネームで呼ばないで下さい!」
「じゃあ服部範蔵副会長」
「服部刑部です!」
「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」
「今は官位なんてありません。学校には『服部刑部』で届が受理されています!……いえ、そんなことが言いたいのではなく!」
「お前が拘っているんじゃないか」
「まあまあ摩利、はんぞーくんにも色々と譲れないものがあるんでしょう」
お好み焼きを食べている七草先輩がそう言うと、全員から「お前が言うな」的な視線が送られるが、本人はさほど気にした様子はなかった。
「渡辺先輩、お話ししたいのは風紀委員の補充の件です」
「何だ?」
聞き返すと、服部先輩は気を取り直した表情で言った。
「その一年生を風紀委員に…」
言いかけたところで後ろから肩を叩かれた。振り返ると冬也お兄様がホワイトボードを持っていた。
『青のり掛ける?』
「ああ、頼む。で、話を戻…」
答えて振り返った所でまた肩を叩かれた。
『ソースは?』
「頼む。で、話を戻」
『マヨネーズは?』
「頼む。てかソースと一緒に聞けよ。で、話を戻」
『ソースとマヨネーズの割合は?』
「いや知らん。お前に任せる。で、話を」
『福神漬けは?』
「そこまで用意してんのかよ!せっかくだから貰うわ。で、話」
『ご飯は一緒に食べる?』
「関西人か俺は!いらない!昼休みからそんな時間経ってるわけでもないし!で、話」
『ご飯いらないの?』
「いらないよ。で、はな」
『本当にいいの?』
「いいって。で、は」
『後悔しない?』
「いやしつけえええええ‼︎てかなんなんだよさっきから‼︎」
キレてようやく冬也お兄様はホワイトボードを引っ込めた。コホンと咳払いをしてようやく服部先輩は自分の言いたいことを言えた。
「話を元に戻します!その一年生を風紀委員に入れるのは反対……」
「おかしなことを言うな、服部」
「最後まで言わせてくださいよ!」
「司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。例え口頭であっても、指名の効力に変わりはない」
『ふくべ、冷めないうちに食え。殴り飛ばすぞ』
「あ、すいません。……あむっ、何これ美味っ。ふぉんいんは受諾してふぁいと……ゴクッ、聞いています。本人が受け容れるまで、正式な指名にはなりません」
「ふぉれは、ふぁつやくんのふぉんだい……ゴクッ、だな。……本当に美味いなこれ。生徒会としての意思表示は、生徒会長によって既になされている。決定権は彼にあるのであって、君にあるのではないよ」
………食べながら話すのやめなさい。いや、美味しいからそうなる気持ちも分かるんだけどね?というか、やはり服部先輩はお兄様が風紀委員に入るのは反対なのね……。二科生というだけでそんな扱いを受けなければならないなんて……。
「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」
「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとはいい度胸だな」
「取り繕っても仕方ないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?ブルームとウィードの間の区別は、学校制度に組み込まれた、学校が認めるものです。そしてブルームとウィードは、区別を根拠付けるだけの実力差があります。実力の劣るウィードに風紀委員は務まらない」
「確かに風紀委員会は実力主義だが、実力にも色々あってな。力づくで抑えつけるだけなら、私がいる。この学校で私と対等で戦える生徒は七草会長と十文字会頭だけだからな。君の理屈に従うなら、実践能力に劣る秀才は必要ない。それとも、私と戦ってみるかい、服部副会長」
今の渡辺先輩の台詞に、私は若干違和感を感じた。『私と対等に戦える生徒は七草会長と十文字会頭だけ』。私の知っている実力が今もあるなら、冬也お兄様の相手になる人など、この学校にはいないはずだ。入学したばかりの達也お兄様の実力が知られていないのはまだ分かるが、冬也お兄様は一年以上この学校にいる。
上手く一年間実力を隠していたのか、それとも三巨頭は冬也お兄様以上の実力者なのか。
そこまで考えた所で、私の思考は服部先輩の台詞で遮られた。
「私のことを問題にしているのではありません。彼の適性の問題だ」
この服部先輩は自分の主張が正しいと確信している。だが、それは渡辺先輩も同じだった。
「実力にも色々ある、と言っただろう?達也くんには、展開中の起動式を読み取り発動される魔法を予測する目と頭脳がある、そうだ」
「……なんですって?」
「つまり彼には、実際に魔法が発動されなくてもどんな魔法を使おうとしたかが分かるらしい。冬也が言っていた」
渡辺先輩がそう言うと、疑わしそうな目で達也お兄様を睨み付ける服部先輩。その直後だ。ドンドンドン〜パフパフパフ〜♪と懐かしい喧しい音が聞こえた。
全員、その方向に振り返ると、これまた何処から用意したのか、安っぽそうな大太鼓とトランペットを構えた冬也お兄様が真顔で立っていた。
そして、カチッと録音機のボタンを押した。その録音機からは、
『第一回!お兄様の技術はホンモノか診断大会ィィイイイイッッ‼︎』
と、私の声で聞こえてきた。って、私の声⁉︎
「ち、ちょっと!何ですか冬也お兄様これは!私こんなもの録った覚えありませんよ⁉︎」
私が聞くも、冬也お兄様は親指を立ててすぐに録音機を鳴らす。
『さぁーやって参りましたぁ〜。第一回お兄様の技術はホンモノか診断大会。通称天下一武道会!』
「いや何処から来たんですかその通称は!」
『司会進行役は私、雪見だいふくがお送りします!』
「誰が雪見だいふく⁉︎」
『はい。ここで本日のゲストをご紹介したいと思います』
「ラジオですか!」
『スィンガーソングライターの、セブングラス・真由美さん!』
「イェーイ!」
「俄然ノリ気ですか七草先輩!」
『いやーどうですか最近、お仕事の方は?』
「そうですねぇ〜。最近は」
『では!ルールの方をご説明しておこうと思います!』
「聞かないのかよ⁉︎」
『では、助手のワトソンくん!説明お願いします!』
言いながら出てきたのはホームズのコスプレをした冬也お兄様だ。多分、ワトソンのコスプレが分からなかったのね……。
冬也お兄様はホワイトボードを全員に見せた。
『全員で魔法を発動し、起動式の構築中に達也が当てられたら達也の勝ち。正解は魔法を発動しようとした本人と達也にしかわからないので、答えはキチンと正直に答えるように』
なるほど。これでお兄様の技量を平和的に教えようということね。……でもこれ本当にいつの間に録ったんだろう。
『と、いうわけです!みんな、理解してくれたかな⁉︎』
『ガチャッ』
『冬也お兄様!ご飯ですよー』
『あっ、ヤベッ』
プツッとそこで録音機は切れた。しばらく流れる沈黙。これ、録ったの昨日だ……。ワトソンの格好から普段の服装に着替えている冬也お兄様を除いで全員が黙り込んでいたが、一人楽しそうにしている七草会長がポンッと手を叩いた。
「いいじゃない。面白そうだし、やりましょう?」
とのことで、全員で魔法使用可である演習室へ向かった。