兄がいなくなってから数分。銃撃の音が私にも聞こえる距離になってきた。
銃撃音だけでなく、足音も。それに合わせて、桜井さんが私とお母様の前に立った。
「失礼します!空挺第二中隊の金城一等兵であります!」
入ってきたのは軍人さんだった。
開かれたドアの向こうには、四人若い兵隊さんがいる。
「皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきて下さい」
しかし、そうなると、外の兄さんと冬也お兄様と離れ離れになってしまう。なんとかそう言わないと……と、思った所で、桜井さんが口を開いた。
「すみません、連れが一人、外の様子を見に行っておりまして」
「しかし既に敵の一部が基地の奥深くに侵入しております。ここにいるのは危険です」
「では、あちらの方々だけ先にお連れくださいな」
意外にも、そう言ったのはお母様だった。
「息子を見捨てて行くわけには参りませんので」
私と桜井さんは無言で見合わせた。
「しかし……」
「キミ、金城君と言ったか。あちらはああ仰っているのだ。私たちだけでも先に案内したまえ」
さっきの男性に詰め寄られ、扉の近くの四人の兵隊さんたちは険しい表情で顔を見合わせ、小声で相談し始めた。
「………達也くんでしたら、風間大尉に頼めば合流するのも難しくないと思いますが?」
「別に達也のことを心配しているのではないわ。あれは建前よ」
桜井さんの質問に、そう冷淡に返すお母様に、私は膝がガクガクと震えるのを必死に抑えた。
なぜお母様は、実の息子であるあの人に対して、ここまで冷淡になれるの?
「では?」
「勘よ」
「勘、ですか?」
「ええ。この人達を信用すべきではないという直感ね」
たちまち、桜井さんが最高度の緊張を取り戻した。
すると、金城一等兵さんが戻ってきた。
「申し訳ありませんが、やはりこの部屋にみなさんを残しておくわけには参りません。お連れの方々は責任を持って我々がご案内しますので、ご一緒についた来てください」
そう言った直後、別の人物が入ってきた。
「ディック!」
あれは、桧垣上等兵?
直後、金城一等兵が桧垣上等兵に対していきなり発砲した。
桜井さんが起動式を展開した。が、キャストジャミングによって騒音が魔法式の構築を妨害する。
こちらではお母様が胸を押さえて蹲っている。
まずい……!
「ディック!アル!マーク!ベン!何故だっ?何故、軍を裏切った!」
「ジョー、お前こそ何故日本に義理立てする!」
銃撃戦の中、兵隊さんたちの会話が聞こえた。
「狂ったか、ディック!日本は俺たちの祖国じゃないか!」
「日本が俺たちをどう扱った!こうして軍に志願して。日本のために働いても、結局俺たちは『レフトブラッド』じゃないか!」
「違うディック、それはお前の思い込みだ!」
今の話だけで何が起こったのかは大体把握できたが、今更把握したところで何もならない。
すると、銃撃が止んだ。
そして、キャストジャミングのサイオン波が弱まった。
チャンスと見た私は、アンティナイトをはめた奴だけを狙って、精神凍結魔法「コキュートス」を発動した。
キャスト・ジャミングが止む。これで人間を止めてしまったのは三人目。
その時、他の相手が私に銃口を向けたのに、今更気づいた。桜井さんが魔法を発動したのと同時だった。桜井さんの魔法式は効果を現す前に霧散した。
マシンガンの一掃射が、私と、お母様と、桜井さんの体に穴を穿っ………、
「ぎ、ギリギリセエエエエフ‼︎」
たと思ったら、どっかで聞いたことある間抜けな声と共に、私の眼の前に光が現れた。
その光の中から、見覚えのある二人の兄が現れた。そのうちの片方、達也兄さんが私の肩を抱き寄せ、銃弾をキャッチした。
「ッッッ⁉︎」
頬が熱くなる。あまりのタイミングの良さに、この人がやけにかっこ良く見えた。
「深雪、無事か?」
微笑みながら、私に声をかけてくれる兄。
キャッチした銃弾をその辺に放り捨てると、兄は辺りを見回した。お母様と桜井さんが血を流して倒れていて、敵がこちらに銃口を向けていた。
「『鬼畜バリア』」
冬也お兄様がクソダサい名前を呟くと、地面に手を着いた。
自分と兄と私の足元に半径1メートルほどの魔法陣ができて、私達を包み込んだ。
直後、放たれる弾丸。それが私達に迫る。が、それは魔法陣の上を通ったところで砂のように粉砕した。
「はっ………?」
私から思わず間抜けな声を出した。こんな魔法は見たことがない。冬也お兄様は普通の魔法は苦手ではなかったの?と、今更になって思って来た。
「達也、桜井さんを頼む」
冬也お兄様はそう言うと、ゆっくりと敵に向かって歩いていった。
敵はマシンガンを乱射するが、それはことごとく砂になっていく。そして、冬也お兄様が魔法陣の中に敵を入れた直後、敵は砂になって消えていった。
「っ……」
その事に私が若干の恐怖を抱いていると、達也お兄様はCADを桜井さんに向けた。
それに向かって引き金を引くと、銃で撃たれた傷が消えた。服を濡らし床に飛び散った血の跡が消えた。私は慌てて桜井さんの元へ駆け寄った。
これは、撃たれたことがなかったことにされてる……?
さらに、同じようにお母様も蘇生させた。
「……………」
私は、いつの間にか何故か誇らしさで胸がいっぱいになっていた。
冬也お兄様だけではない、達也お兄様も私のお兄様だと思えた。何も知らなかった自分の愚かしさは、もう気にならなくなっていた。
*
桜井さんは、「信じられない」という面持ちで自分の体を見下ろしていた。
お母様はまだ意識が戻らないけど、呼吸は安定している。
「すまない。反逆者を出してしまったことは、完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことがあればなんなりと言ってくれ。国防軍として、でき得る限りの便宜を図らせてもらう」
風間大尉は頭を下げて、達也お兄様と冬也お兄様に言った。
「ではまず、正確な状況を教えてください」
達也お兄様が質問した。
「敵は大亜連合ですか?」
「確証はないが、おそらく間違いないだろう」
「敵を水際で食い止めているというのは嘘ですね?」
「そうだ。名護市北西の海岸に、敵の潜水揚陸部隊が既に上陸を果たしている。慶良間諸島近海も、敵に制海権を握られている。那覇から名護に掛けて、敵と内通したゲリラの活動で所々において兵員移動が妨害を受けた」
………想像以上に酷い状態だわ。
「では次に、母と妹と桜井さんを安全な場所に保護してください。できれば、シェルターよりも安全度の高い場所に」
「………防空司令室に保護しよう。あそこの装甲はシェルターの2倍の強度を持つ」
……呆れた。民間人が避難するシェルターよりも、軍人が立てこもる司令室のほうが守りが硬いなんて。
「待て、達也。お前も司令室に行け」
そこに口を挟んだのは冬也お兄様だ。
「何故ですか?奴らは深雪に手を掛けようとしました。その報いを受けさせなければなりません」
「それは俺も同じだ。それに追加して、俺は一人の兄として弟を戦場に立たせるなんて真似はしたくない」
「俺自身が奴らを仕留めないと、気が収まりません」
「だから、それは俺も同じなんだって。あ、もしかして俺のこと心配してくれてる?大丈夫、俺こう見えて強いから」
「そんな事は分かっています。それでも、俺も参加させていただきたい。お願いします」
頭をさげる達也お兄様。冬也お兄様はその様子を見たあと、ため息をついた。
「………わかったよ。その代わり、お前は軍の方々と一緒に行動しろ。それが最低限の条件だ」
「ありがとうございます」
「ったく……深雪の護衛をやらせようと思ったのによ……。深雪、俺の分身置いていくから、なんかあったらそいつに言え」
「え、はい」
今なんて言った?分身?この人、本当に魔法が苦手なの?
そんな私の気も知らずに、冬也お兄様は髪の毛を抜いて息を吹きかけた。それが、冬也お兄様の分身になった。悟空なの?
「さて、じゃあ行くか」
冬也お兄様はそう言うと風間大尉、真田中尉、達也お兄様と戦場に出た。