私のもう一人のお兄様がなんか変人   作:杉山杉崎杉田

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魚雷

 

 

夕方になり、桜井さんが手配したクルーザーに、私達は乗っていた。午前中はビーチに出ていた。冬也お兄様は用があるとかいって一緒に遊べなかったけど、その代わりにガーディアンの兄が隣で座っていた。

それにしても、さっきたまたま聞こえてしまった、桜井さんと兄の会話は何だったのだろう。いや、何だったかは分かってる。

兄はおそらく、私がお昼寝している間、私を守ってくれたのだと。というか、あの人が他人に怒られてるところなんて、見るのは初めてだ。

 

「どした?深雪」

 

ぼんやり考えてると、冬也お兄様が声を掛けて来た。

 

「いえ、少し考え事を」

 

「なんかあったのか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

心配をかけさせるわけにはいかないわ。

 

「セーリングは久し振りなものですから……」

 

「ああ、そういえばそうだな」

 

クルーザーは北北西、伊江島の方角へと向かった。途中、冬也お兄様が「マグロが見える」とかいきなり言い出して、海に飛び込んでマグロを担いで来た時はどうしようかと思ったが、無事に帰って来て、お母様と桜井さんに怒られていた。

前から薄々気付いていたけど、あの人ホントはダメダメなんじゃないだろうか。今も船の上で「世界に一つだけの花」の振り付けを完璧にこなしてるし(ただし、声はオール中居ver)。

その時だ。その兄は踊って歌いながら、海岸の方を見ていた。目線の先には、潜水艦?のようなものが見えた。

 

「お嬢様、前へ」

 

私の前に兄が立ち塞がった。むっ、どうして私をそんな他人行儀な呼び方をするの?

 

「分かっています!」

 

八つ当たり気味に怒鳴り返してしまった。

桜井さんもお母様の前に立った。冬也お兄様は……未だに世界に一つだけの花。………ホントにあのお兄様はアホなのかしら?

 

「あのバカ息子を回収して」

 

「はいっ」

 

お母様に命令され、桜井さんはCADをスタンバイさせたまま、冬也お兄様の首に腕を巻き付けてクルーザーの床に叩き付けて回収した。いやそれはちょっとやりすぎでしょう。まぁ、お母様公認なのだろうけど。

すると沸き立つ泡の中から、二本の黒い影がこちらへ向かって来るのが見えた。

魚雷⁉︎何の警告も無しに⁉︎

硬直した私の前に立つ兄が、右手を魚雷に差し伸べた。その行為に何の意味があるのか分からないが、次の瞬間には魔法が放たれ、魚雷は海の底に沈んで行った。

 

「………?」

 

どういうこと?この人がやったの……?もしかして、私はこの兄の事、何も知らない?

私はただぼんやりと兄の背中を見つめていた。

 

 

あの後、私達の元に防衛軍の方がお話を伺いたいとのことで、私と桜井さん、冬也お兄様、ガーディアンの兄と事情聴取を受けていた。だが、潜水艦を見つけたのは冬也お兄様なので、ほとんど冬也お兄様が回答していた。

 

「………では、潜水艦を発見したのは偶然だったんですね?」

 

「はい。世界に一つだけの花、の振り付けを完璧に踊ってたらなんか見えました」

 

「何か、船籍の特定につながるような特徴に気が付きませんでしたか」

 

「相手は潜航中だったのでそれも……。せめて浮上してれば分かったかもなんですけどね。俺、艦これやってるし」

 

「魚雷を撃たれたそうですね?攻撃された原因に何か心当たりは?」

 

「多分、俺の世界に一つだけの花の振り付けが完璧過ぎたんでしょうね。ファンの方から花火が上げられたんだと思います」

 

ホントにうちのお兄様は何なのかしら……何一つまともに答えるつもりはないようだ。いや、どれも一応マジメに答えてるもんだからどうしようもない。

 

「…………他に、気が付いたことはなかったかい?」

 

「ありませんね。なにせ、艦これやってるだけの素人なので。ちなみに嫁は古鷹と川内。あーでも最近は白雪と初雪も可愛いんじゃないかと思って来た」

 

「………本当に?」

 

「……………」

 

何故か、冬也お兄様を興味深そうに風間大尉は見た。だが、それでも冬也お兄様は「Nothing special」と超完璧な発音で答えた。

 

「君は、何か気付かなかったか」

 

おもむろに、私のもう一人の兄に目を向けた。

 

「目撃者を残さぬために、我々を拉致しようとしたのではないかと考えます」

 

「拉致?」

 

「クルーザーに発射された魚雷は、発砲魚雷でした」

 

「ほぅ……」

 

「しかもクルーザーの通信が妨害されていましたから。事故を偽装する為には、通信妨害の併用が必須です」

 

「……兵装を断定する根拠としては、いささか弱いと思うが」

 

「無論、それだけで判断したわけではありません」

 

「他にも根拠があると?」

 

「はい」

 

「それは?」

 

「回答を拒否します」

 

「…………」

 

「根拠が必要ですか?」

 

「……いや、不要だ」

 

今度は兄に質問した。あっさりと黙秘すると言った時は少し驚いた。

 

「大尉さん、そろそろよろしいのではなくて?私たちに大尉さんのお役に立てるお話は出来ないと思いますよ」

 

退屈そうにしていたお母様がそう言うと、大尉さんは立ち上がり、敬礼しながら、

 

「そうですな。ご協力、感謝します」

 

と言った。

帰り際、大尉さんたちのお見送りに私、冬也お兄様、兄の3人が玄関まで出ると、表に体格の良い兵隊さんが二人並んでいた。

そのうちの一人が、こっちを見て目を見張った。

 

「なるほど」

 

兵隊さんの驚愕の表情を見て、風間大尉は頷いた。

 

「君達が、ジョーの一撃を片手で止め、そして威圧だけで追い返したという少年たちか」

 

楽しげに大尉さんは微笑んでいた。

 

「いやいや、威圧だけなんてそんなサイヤ人みたいな事してませんよ。お金で解決しただけです」

 

「金?」

 

「いや金って!お前あれ偽札だったじゃねぇか!」

 

「騙されたお前が悪い」

 

鼻くそをほじりながら答える冬也お兄様に、ヒクヒクと頬を吊りあげる兵隊さん。その兵隊さんの肩に大尉さんが手を置いた。

 

「金とはどういうことだ?」

 

「……………あっ」

 

絶望の表情を浮かべる桧垣上等兵、大尉さんはこっちを見て、言った。

 

「昨日は部下が失礼をした。謝罪を申し上げたい」

 

「桧垣ジョセフ上等兵であります!昨日は大変、失礼を致しました!」

 

そして、大尉さんと共に深々と頭を下げた。それを見て、冬也お兄様はどのスタンスでいるつもりなのか、しばらく二人を見下ろした後、言った。

 

「とりあえず、偽札返せ。あれまだ使えそうだし。それでいいよ。達也は?」

 

「……謝罪を受け入れます」

 

「ありがとうございます!」

 

いや、その偽札何に使うつもりなの?私はそう思いながら、大尉さんに「お前あとでしばくから」と言われて大量に汗を流す桧垣上等兵に「御愁傷様」と心の中で敬礼した。

 

「えっと……司波冬也くんと達也くんだったか?自分は現在、恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非、基地を訪ねてくれ。きっと、興味を持ってもらえると思う」

 

「マジですか!」

 

「マジだ」

 

冬也お兄様が目をキラキラ輝かせると、風間大尉はニコリと微笑んで車に乗り込んだ。

 

 


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