九校戦は2日目となった。アイス・ピラーズ・ブレイクとクラクドボールの日だ。
冬也お兄様はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選に出場なさるので、それも兼ねて私はほのかと雫と見に行った。さっきから、ほのかがソワソワしてる。
「ほのか?」
「え?な、何?」
「少し落ち着きましょう?楽しみなのは分かるけど……」
「う、うん。落ち着く、落ち着くよ……」
いや落ち着いてる人の表情じゃないんだけど……。まぁ気持ちもわかる。変態的変人的なのに魔法の技術は性別を変えるほどの人の競技だ。私だって楽しみだ。
でも、なんていうのかしら……なんか不安なのよね。負ける心配なんかではなくて、それ以前の問題のような気がして……。
その不安は的中した。目の前で千代田先輩の試合が始まった直後、私の携帯が震えた。達也お兄様からだ。
『控え室に冬也兄様がいらっしゃらないんだが、何処にいるか知らないか?』
ほらこれだ!私は慌てて立ち上がった。
「深雪?」
「ごめんなさい二人とも!ちょっとバカ兄しばいて来る!」
観客席を降りて行った。
*
しばらく走り回ること数分、全然見つからない。下手したら、まだホテルにいるのかもしれないと思い、そっちに向かった時、長蛇の列を見かけた。ザッと見ても100人以上は並んでる。
「…………?」
何となく気になったので、その列の最先端まで走ると、冬也お兄様がどっかで見た『世紀末の魔術師』という名のたこ焼きの屋台をやっていた。
「…………もうやだ」
涙が出そうになったが、なんとか堪えて屋台の店主に声をかける。
「あの、」
『並んでるんで御用の方は列の最後尾へ』
………イラッとしてはダメよ私。というか、よく見たら最後尾で『↓こちら最後尾』の看板持ってるの服部先輩だ。最近のあの人、本当にどうしたんだろ。
「あの、冬也お兄様!」
『並んでるんで御用の方は列の最後尾へ』
「いやそれいいから!もう競技始まりますよー!」
『えっ、マジ?』
「マジですよ!てかどんだけ繁盛してるんですかこの列!」
『いやーついエキサイトしちまって』
相変わらずホワイトボードに文字を書くのが早い人だ。
「とにかく、早く来てください!じゃないとマジで負けますよ⁉︎」
『わーったよ。今焼いてる分で終わらせる。深雪、そこのボタン押せ』
「へっ?」
わけがわからないながらも、私はボタンを押した。直後、キュピーンというニュータイプの音が聞こえた。
「呼んだか冬也」
直後、空から桐原先輩が降ってきた。え、何これどういうシステム。
『お店一時閉店のお知らせしてくれ。再開は30分後』
「ヤェス、マムッ」
桐原先輩は説明を始めた。すると、冬也お兄様がCADを取り出した。
魔法を発動した直後、今たこ焼きを焼いてる鉄板から香ばしい香りが漂って来た。
「〜〜〜ッ⁉︎」
身体中になんとも言えない快感が走る。いけない……お腹が空いてきちゃった……。ハッ、よだれ拭かないと。
私が食欲を抑えてる間に、冬也お兄様は鉄板の裏のペダルを踏んだ。直後、すべてのたこ焼きが空中に舞い上がる。
「っ⁉︎」
「たこ焼きが……!」
お客様の一人が切なそうな声を上げる。私も同じことを思った。だが、心配は無用だった。冬也お兄様の腕は千手観音像の如く増え、たこ焼きの落下速度が早い順にパックに詰めて行く。
いや、手が増えたわけではなかった。高速で動かして全てキャッチしているようだ。空中に飛んだたこ焼きを全てパックに詰めると、桐原先輩に『任せた』とボードで言って会場に向かった。
私はそのあとを慌てて追い、横に並んで歩いた。
「深雪、あと何分後?」
「5分もありません。それより、さっきの魔法は何ですか?」
「たこ焼きフレア。たこ焼きを程良い焼き加減に焼き上げる魔法だ」
うおお……また無駄な魔法を……。
「では、腕が増えた奴は?」
「あれは魔法じゃない。俺のスキルだ」
「……………」
身体能力の無駄遣いもいいとこだった。
「それで、その……たこ焼きっていくらなんですか?意外と、いや意外とですからね?意外と美味しそうだったので後で食べてみたいのですが……」
「無料」
「へっ?」
「無料、タダ、ご自由にお取りください」
「そ、それじゃあ儲からないじゃないですか!」
「俺は他の学校の奴とも仲良くなるためにあの屋台始めたんだ。別に金儲けのためじゃない」
青木さんからは清々しいほど大っぴらに取ってた癖に……本当にこの人の考えてる事は読めない。
でも無料じゃ行列が出来るのも無理ないわね……。私が買えるのは何時間後になるのかしら……。思わずシュンッとしていると、私の前にたこ焼きが3パック差し出された。
「へっ?」
「ほれ、お前が呼びに来てくれなかったら、試合に出れなかったからな。応援に来てくれてる奴らがいたら、そいつらと一緒に食ってていいぞ」
「……いいのですか?」
「ああ。そもそも妹なんだし、少しくらい贔屓してもいいだろ」
「…………ありがとう、ございます」
カッコイイ………。
ハッ!今私何考えてた⁉︎ありえない!ありえないから!確かに器の大きさ的にはかなりカッコイイと思うし、顔も声もイケメンだけど……でもありえない!ありえないったらありえないんだから!
強い意志を持たないと!私はキッと冬也お兄様を睨みつけた。すると、ニヤニヤした表情でこう言われた。
「………今、カッコいいって思ったろ?」
「〜〜〜ッ!ありえません!自惚れないで下さい!」
「あっはっはっはっ、照れるな照れるな」
横から冬也お兄様をポカポカと叩く。ホンッッットに悔しい!いつか見返してやるんだから!
そんな事を思ってると、いつの間にか選手控え室に到着した。
「司波冬也選手ですね?急いで下さい」
『了解』
冬也お兄様は係りの人に誘導されて、会場へ向った。