ある日の夜。達也お兄様の九校戦代表入りが決まり、私は心がピョンピョンしていた。
「お兄様、深雪です。お茶をお持ちしました」
「ちょうど良かった。入って」
お茶を持って、達也お兄様の使っている研究室に入る。
「ちょうど、呼びに行こうかと思っ」
そこで、お兄様の台詞は途切れる。私がフェアリー・ダンスのコスチュームを着ているのを見て、キョトンとしてしまったのだろう。初撃は成功。
続いて、トレーを片手で持ったまま、もう片方の手でスカートの裾をちょこんと摘んで、膝を折って一礼した。二撃目。
そこでようやく、達也お兄様は声を発した。
「……ああ、フェアリー・ダンスのコスチュームか?」
「正解です。よくお分かりですね、お兄様」
私はクルリと回って見せてから聞いた。
「如何ですか?」
「とてもかわいいよ。本当によく似合っている。それにジャストタイミングだ」
「ありがとうございます……?」
ジャストタイミング……?どういう意味かしら、と思ったら、達也お兄様は説明を始めた。
「あと、冬也兄様を呼んできてくれないか?」
「冬也お兄様を、ですか?先程、ご自分のお部屋で何に使うつもりか、刀を打っていらっしゃいましたが」
「少し、試して欲しいものがあってね」
「畏まりました」
とりあえず、話は呼んできてからにしましょう。私は少し小走りで呼びに行った。
*
「何の用だよ達也テメーコノヤロー」
不機嫌そうな顔の冬也お兄様を引きずって来た。
「お二人にこのデバイスのテストをしていただきたいのですが」
言いながら達也お兄様は椅子に座ったままの姿勢でこちらに接近してきた。これは……!
「……飛行術式……常駐型重力制御魔法が完成したんですね!」
私は達也お兄様のお手を取って歓声を上げた。
「おめでとうございます、お兄様!お兄様はまたしても不可能を可能にされました!私はこの歴史的快挙の証人になれたことを、その快挙を成し遂げたお兄様の妹であることを、誇りに思います!」
「ありがとう、深雪。空を飛ぶこと自体が目的ではなかったし、古式魔法では既に実現している飛行術式だが、これでまた一歩、目標に近づくことが出来たよ。……それを深雪と冬也兄様のお二人にテストしていただきたいのですが」
最後の方は冬也お兄様の方を見て言っていた。
「まぁ、やってやっても構わんけど?」
「どのスタンスで喋ってんですか、あなたは……」
そんなわけで、私と冬也お兄様は早速飛んでみることにした。
*
術式の説明を受けて、私は左手に握るCADに目を落とした。普段使っているのと同じ外見だが、これは特化型のデバイスだ。あまり使い慣れていないけれど、扱い自体は簡単なはずだ。
「始めます」
そう宣言して、早速飛行術式を使う。何も意識していなくても、自分の体から想子が吸い取られていくのがわかった。
起動式の変数部分にデータをインプットして魔法式を構成する。
とりあえず、天井まで浮き上がるイメージをしてみた。直後、自分の身体が浮き上がった。重力を感じない。不思議ではあったが、何より快感だった。
「どうだ?起動式の連続処理が負担になっていないか?」
達也お兄様の声で、ハッと自分の意識が戻った。そうだった、これは試験中だ。
「だ、大丈夫です。頭痛も倦怠感もありません」
「良かった。じゃあ次は、ゆっくり水平移動してくれ。慣れてきたら徐々にスピードを上げて、思うように飛んでみてくれないか」
「分かりました」
お兄様に言われた通りに自分の体を水平に移動させる。……すごい、私、本当に飛んでいる……。再び感動のあまり実験中であることを忘れそうになった時、私の真下を全く同じ速度で水平に移動する影が見えた。
デジカメを構えて連写してる冬也お兄様だった。無視しようと思ったのだが、冬也お兄様は急に速度を変えて私の真横に飛び上がり、再び連写する。というか、武空術を覚えた悟天バリに飛び回りながら写真を撮っていた。
この人、使いこなすの早過ぎるでしょ……。
「冬也兄様はどうですか?何か違和感はありませんか?」
「………むーかーしギリシャのーイカロースーはー……」
「そうですか、ありがとうございます」
勝手にイカロスごっこを始めた冬也お兄様を見て「異常なし」と判断したのか、達也お兄様はそれ以上、何も聞こうとはしなかった。