サカキとのポケモンバトルでついたダメージがすっかりなくなった体の毛づくろいをしながらマリルリはポケギアの電話を切った後のカオルの様子を見て嫌な相手だったらアタシがぶっ飛ばしてやるぞ。という意味を込めてモンスターボールを揺らした。
カオルは揺れるモンスターボールに気づき、そのボールがマリルリである事を理解すると呆れながらまだ暴れたりないの?とため息交じりに言った。
マリルリはカオルに自身の思いが少しも伝わっていない事に不服そうに頬を膨らませてカオルを睨みつけるが、マリルリの心情を知りもしないカオルにはそれがバトルが出来ない事による不満と受け取り再度ため息をついて仕事の続きをし始めた。
唯一マリルリの心情を読み取ったヤドランはドンマイ。とでも言う様にその小さな手を振ったのを見たマリルリは腹が立ったが、モンスターボール内では何もできないのでふて寝する為に横になった。
マリルリはカオルの知る通りポケモンバトルが大好きなバトルジャンキーであるが、カオルと出会ってさらに強くなれた自分を自覚している上に“研究所という狭い世界”から“外の広い世界”に連れ出してくれたカオルに恩義を感じている。だからこそ、カオルの役に立ちたいのだ。
マリルリは目を閉じながらカオルと出会うまでの日々を思い出す。
マリルリが生まれたのはロケット団のある研究所のカプセルの中だった。
戦闘に特化したポケモンを生み出す為の研究をしていたその研究所は遺伝子を一部操作されたベイビィポケモンが毎日沢山生まれて沢山死に絶えていた。マリルリはその中の一匹のルリリだった。
生まれてからルリリは過酷な訓練や実験を施されていたが、それが生まれてからの日常であった為、自分が置かれている状況がどれ程可笑しいのか理解する事が出来なかった。日々の訓練と実験についていくのがやっとで、そんな事を考える余裕はなかったというのもあるが。
そうして日々を過ごしている内にルリリは幸運にも成功例の一例として他のベイビィポケモン達よりも特別扱いされ、研究所の研究者達が進化させようという話になった。
だが、進化によりルリリは地獄を見る事となる。
何故ならベイビィポケモンが進化する条件が懐き進化だったからだ。
マリルリの今の主人であるカオルが懐き進化だけではなく時間帯も関係しているベイビィポケモンがいると発表しているが、ルリリが進化するのには懐き進化だけで十分である。しかし、ルリリはどんなに遊ぶ時間を貰おうが、癒しの鈴を持たされようが一向に進化しなかった。
これには研究所の研究員達も困惑し、原因を突き止めようとあらゆる検査をしたが、何度検査しても問題は無く、数ヶ月経ってもルリリが進化できない原因を突き止める事はできなかった。
それもその筈、研究員達は遺伝子操作による身体的な問題を追うばかりでルリリの精神的な問題に気付いていなかった。
この時ルリリは生まれてから続けられていた訓練と実験の数々に精神を抑圧され、ただ人間の命令だけを聞く操り人形の様になっていた。
そんなルリリに誰かに懐く程の感情を持てるはずも無く、一向に進化しなかったのだ。
そうとは知らない研究員達は次第にルリリを一定の成果を出している失敗作として扱うようになった。
「…やはり駄目だ。進化する気配がない」
「戦闘データの数値はここ3週間変化無しですし、№1735は諦めますか?」
「やむを得ないだろうな。ここ最近、成果を出せていないこの研究所は何時閉鎖されるか分からん。今日はサカキ様が直々に視察に来られる。№1735のルリリより劣るが№4683のピィは無事にピッピに進化した。№4683を成果としてお見せしよう。№1735は殺処分だ」
ルリリは研究員達に危害を加える事が出来ない様に作られた特殊加工のカプセルの中から遺伝子操作により通常のポケモンより上がっている聴覚で聞こえた研究員達の話に反応するように尻尾の先の青い球を僅かに動かした。殺処分と言う言葉は見かけなくなったベイビィポケモン達によく使われてきた言葉である事をルリリは知っていた。
ルリリは見かけなくなったベイビィポケモンにさして興味がなかったが、他のベイビィポケモン達が次は自分達かもしれないと恐怖で震えていた事を思い出し、自分にとって良くない事である事は理解できた。
だが、殺処分がどういうものか理解できず、ルリリはまた違う訓練なのだろうと思い、思考を放棄し、研究員達にカプセルごと今まで見た事のない部屋に連れていかれた。
やっぱり、新しい訓練か。と思いながらルリリは微動だにせず研究員達を見つめる。
1人の研究員がカプセルの中に酸素を送る管を取り外し、別の機械に取り付けルリリに今まで見た事のない表情を向けた。
ルリリは生まれてから今まで感じた事のなかった胸のざわつきを感じたが、それが本能からくる死への警鐘だと理解する前に研究員が機械のボタンを押した。
機械音と共に管から排出されたのは白い煙でありルリリは驚いて一息吸った途端に強烈なめまいと手足の麻痺をおこし、倒れこんだ。
ルリリは知らないがこの白い煙は毒ガスで一息でポケモンの体の自由を奪い、個体差はあるが5分程でポケモンを死に至らしめるロケット団が開発した猛毒である。ポケモンより弱い人間に使えば1分で絶命する程だ。
吸ってはいけないものだと一瞬で理解したルリリは息を止めたが生き物である以上何時までも息を止める事は出来ない。
ルリリは何が起こっているのか必死に考えようとしたが、何時もならある研究員の指示もない事態に頭は混乱するばかりで無駄に肺に残っている酸素を消費するだけだった。
酸素不足による呼吸をしたいという本能の欲求と徐々に薄れゆく意識の中、ルリリは明確な死を感じていた。
死にたくない。
人形の様なルリリが初めて持った感情は“死への恐怖”だった。
そこから先はルリリは体を蝕む猛毒の影響もあり、断片的な記憶しかない。
カプセルを破壊した事、研究員達を何人かアクアジェットや叩きつけるで殺害した事、研究所を破壊しているとバンギラスとバトルした事、カチッ。という音と共に何かに自分が入れられた事だけだ。
ルリリは気が付くとカプセルとは違う入れ物の中で薄っすらと意識を取り戻した。
その入れ物はカプセルよりも心なしか居心地がよくそのまま再び眠ってしまいたい衝動にルリリは身を任せようとした時だった。
「おや、起きたのかい?」
ルリリは今まで聞いた事のない声に眠気が吹き飛び、そのまま飛び起きた。
カプセルとは違う入れ物は赤い色があるが外の様子がある程度分かるようになっており、そこから少年がルリリをのぞき込んでいた。
その大きさにルリリは驚いたが、直ぐに自分が小さくなっている事に気が付き、ジリジリと後ずさりしながら少年を警戒する。
ルリリに警戒された少年はルリリの様子に面白がるように笑いながら話始めた。
「研究所を破壊し、人を殺しまくる君に興味がわいてね。生き残りの研究員達は君の事を進化できない失敗作だと言っていたが内容を見ると身体的な事しか調べてなくって精神的な問題に気づかないなんて笑ってしまったよ」
研究員なのに頭が固すぎるよね。という少年にルリリは状況が理解できず、混乱していた。
此処は何処で何故ルリリは小さくなっているのか、体の麻痺やめまいが無くなっているのは何故なのか、自分はこれからどうなるのか等頭に浮かんでは明確な答えがなく益々混乱する。
ルリリのそんな様子を見ながら少年は話を続ける。
「君は理解していないかもしれないけれど、君が入っているのはモンスターボールというポケモンを捕獲するもので君は私が捕獲した事になる。まあ、簡単に言うと今日から私が君のご主人様だね。でも、」
そこで話を止めた少年、カオルは浮かんでいた笑みを消してルリリを冷たい視線で見つめる。
ルリリはその視線に覚えたての恐怖を感じた。
「私は使えないポケモンを手元に置いておく事はしない。期待してるから捨てられない様に頑張るんだよ」
ルリリは身を震わせながらうなずいた。
マリルリは閉じた目を再度開き、モンスターボール内にいる事を確認する。
あの時に身を震わせながらうなずいた事を後悔した事は無い。
研究所では毎日のように過酷な訓練があったが、此処では無理のない範囲(ただし、研究所と比べてである)で訓練を行うし毎日ではない。数値が悪いベイビィポケモンが研究員達の腹いせにサンドバックされる事もない。食事が毎食出されるし、誰かの食事を奪いあう事もない。水さえ飲めなくなる程の副作用のある薬を投与される事もない。他のポケモンのすすり泣く声や恐怖に震える声を聴く事もない。研究員の気まぐれでポケモン同士の殺し合いが行われる事もない。バトルの傷を毎回必ず治療してくれて放置される事もない。
カオルとカオルのポケモンと過ごして少しずつ感情を学んでいったルリリは3年という年月をかけてマリルに進化し、その次の日にはマリルリに進化した。その際、勢い余ってロケット団本部のバトルフィールドの壁を破壊し、カオルが始末書を書く事になった事と仕事を増やされた事をマリルリは知らない。
マリルリはモンスターボールごしにカオルを再び見るが、カオルはマリルリを見向きもせずに書類仕事を進めている。
「助けてって言ってよ」というマリルリの声は人間であるカオルにとどく事は無かった。
マリルリの言葉は透明文字で書いています。