迷い人   作:どうも、人間失格です

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分かりにくいかもしれないと思い、一応注意書きしておきます。
主人公がレッドと対峙する話の冒頭に少しずつ主人公の過去話を挟んでいきたいと思いますので、お付き合いいただければと思います。


赤い彼と黒い彼Ⅱ 前編

 

 

 

 ポケモン世界にきて一週間ほど時間をかけて森を抜けたカオルは街に入ろうとした時、自分がこのポケモン世界でどれだけ異質であるかに気づいた後、何時の間にか森の中に戻っていた。

 街を見た時は日が高かったのに夕焼け色になっているのを考えると記憶が飛んでしまっているようだと理解し、カオルは乾いた笑いをしながら納得した。

 どんどん夜が近づいている空を見ながらカオルは木にもたれていた。真夜中になれば夜を過ごすための準備を何もしていない今、危険である事を理解しながらも自暴自棄になり、何もしたくなかったのだ。

 

 

 

 これは、夢。夢なんだ。

 

 

 

 カオルがそう自分に言い聞かせていた時だった。

 

 

 

 「こんな所でどうしたのかね?君」

 

 

 

 自分以外に人はいないと思っていたカオルは声をかけられた事に飛び上がる程に驚き、勢いよく声のした方向へと向いた。

 

 そこに居たのは、登山服を着た60歳程の白髪が目立つ老人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラムダはピカチュウの電光石火で戦闘不能になった紫色の体とクロスした4枚の翼が特徴的な蝙蝠ポケモン、クロバットを険しい表情でハイパーボールに戻しながらボールホルダーのポケモンを確認する。

 

 レッドのポケモンは想像以上に手強く、戦闘不能にできたのはフシギソウとイーブイの2匹で戦闘不能状態にされたラムダのポケモンはクロバットを含め5匹となってしまった事に舌打ちしながらも、ラムダは腰のボールホルダーからハイパーボールを掴み、掌大に戻し最後のポケモンを繰り出す。

 

 ラムダの最後のポケモン、バルーン状の身体を持った2つの顔と小さな体が連結した姿を持つ、マタドガスは出てきた瞬間に威嚇するように頬の電気袋をパチパチ鳴らすピカチュウの姿を見ると、此奴を相手にしないといけないの?とでも言いたげな目をラムダに向けてきた。

 

 ラムダはその視線に気づきながらもあえて無視し、指示を出す。

 

 

 

 「ヘドロウェーブ」

 

 「電光石火」

 

 

 

 ヘドロウェーブを繰り出そうとしたマタドガスに先制攻撃と言わんばかりに電光石火を食らわせたピカチュウはすぐにマタドガスから距離を置き、ダメージを負いながらも繰り出してきたマタドガスのヘドロウェーブを避けていく。

 

 ピカチュウに翻弄されるマタドガスを見ながらラムダは冷静にピカチュウの技を整理する。

 レッドのピカチュウは基本的に電光石火で相手の攻撃前に攻撃し、相手が複雑な指示をした際にあるわずかな時間で電撃のため技であるボルテッカーを繰り出し、たまにアイアンテールで翻弄するというヒット&アウェイ戦法である。恐らく、最後の技は遠距離でも対抗できる十万ボルト。もしくは変化技だろう。

 一方ラムダのマタドガスの攻撃技はタイプ一致のヘドロウェーブとタイプ不一致の十万ボルトで残りは癖のある技であるが、上手く誘導すればピカチュウを倒すことは出来る。だが、ラムダが優先するべきなのは上司である少年が来るまでの時間稼ぎでありレッドのポケモンを倒す事ではないので、此処からどうやって時間を稼いでいくかが重要である。

 

 ラムダは()()()()()()()()()()、マタドガスに指示をする。

 

 

 

 「道連れ」

 

 「!ピカチュウ、下がれ!」

 

 

 

 道連れの指示にレッドはピカチュウに距離を置くように指示をした事にラムダはハッ、と鼻で笑った。

 急ブレーキをして、後方に下がろうとしたピカチュウをマタドガスは不気味に笑いながらラムダの指示とは違い、ヘドロウェーブをピカチュウに繰り出した。

 

 避ける間もなくヘドロウェーブはピカチュウに直撃し、ビルの端まで吹き飛ばされた。

 ラムダはお構いなしに続けて指示を出す。

 

 

 

 「痛み分けだ!」

 

 「ピカチュウ!ボルテッカー!」

 

 

 

 すぐさま体勢を立て直したピカチュウは頬の電気袋から強烈な電気を放出しつつ、稲妻のごとくマタドガスに襲い掛かる。

 互いの技が当たり、ピカチュウの電気で一瞬辺りがフラッシュをたかれたような明るさになり、レッドは思わず目をつむる。

 

 ラムダはその隙を逃さなかった。

 

 

 

 「ヘドロウェーブ」

 

 

 

 マタドガスはボルテッカーの反動でダメージを受けているピカチュウにヘドロウェーブを叩き込む。ピカチュウは自身の判断でヘドロウェーブを完全ではないが避け、レッドの近くまで下がった。

 

 レッドは近くまで下がってきたピカチュウを慌てて確認するが、ピカチュウは気丈にもレッドへニッコリと笑って大丈夫だと伝えている。

 

 レッドは安心した様だが、ラムダからすれば空元気であると見抜いていた。

 ヒット&アウェイ戦法でそれなりにダメージを受けていたマタドガスにクロバットをほぼ無傷で倒して連戦しているピカチュウ。それに加え、ラムダの目にはマタドガスの痛み分けより先にボルテッカーが当たっていた様に見えていた為、ボルテッカーの反動と痛み分けによるダメージ分散もあり相当なダメージを受けていると考えられる。

 これで、ヘドロウェーブの約10%の確率でなる毒状態になれば完璧なのだが、上司のようには上手くやれないな。と思ったラムダはこっそりため息をつきながら、マタドガスを確認しつつ、指示を出す。

 

 

 

 「高度を上げながらヘドロウェーブ」

 

 「!ピカチュウ、電光石火」

 

 

 

 ピカチュウが屋上の室外機と塔屋の壁を利用し、電光石火でマタドガスに攻撃する。

 ピカチュウの電光石火を受けながらも、高度を上げてピカチュウの届かない空からヘドロウェーブを繰り出すマタドガスはヘドロウェーブを回避しているピカチュウの姿が面白いのかニヤニヤと笑っている。

 だが、ピカチュウもやられっぱなしではない。

 

 

 

 「十万ボルト!」

 

 「回避しつつ、十万ボルトで対抗しろ!」

 

 

 

 屋上から上空のマタドガスを叩き落そうと蛇のようにしなりながら襲い掛かる黄色い稲妻は空を覆いつくす勢いで空を駆け抜け太陽よりも明るく照らす。その十万ボルトを避けつつ、マタドガスは避け切れなかったものは同じ電撃で相殺する。

 先程のニヤついた顔をうっとうしそうな顔に変化させたマタドガスは一瞬ラムダに視線を向ける。

 視線を受けたラムダはマタドガスの伝えたい事を理解し、舌打ちをしながら状況をどう好転させるか思考を巡らせる。

 

 はっきり言えば、状況が悪いのだ。

 翼の無いピカチュウでは上空のマタドガスに対抗するのは十万ボルトかマタドガスが低空飛行した際である為、制空権はマタドガスにある。

 だが、思ったよりもピカチュウの十万ボルトが広範囲である上に感覚的にだが威力が通常よりも高いように見える。まともに当たれば一撃で沈む可能性もある。

 かといって高度を下げればピカチュウの攻撃範囲に入る上に、十万ボルトをヘドロウェーブで相殺すればマタドガスの毒が細かい水滴状になり、毒雨としてラムダやレッドに降り注ぎかねない。

 そうなった時、一番被害を受けるのは風下にいるラムダと気絶している狙撃手である。

 風がある為、煙幕のバトル妨害も出来ない。

 閃光弾や催涙弾等は生憎と手持ちに無かった。

 通常のポケモンバトルなら降参を選択できるが、ラムダは降参という選択肢は最初から無い。

 

 

 

 おいおい、詰みじゃねえか。どうひっくり返すんだこれ。

 

 

 

 ラムダは自分の不運さに嘆きたくなったが、嘆く時間もなかった。

 考えている内もピカチュウは十万ボルトを放ってくるし、タイプ一致の電撃とタイプ不一致の電撃はレベルも考慮しても拮抗もせず、威力負けは必須。相殺ができているが、徐々にダメージを受けるマタドガスに時間稼ぎ失敗を覚悟した時だった。

 

 ピカチュウが突然、崩れ落ちるように冷たいコンクリートに倒れたのは。

 

 レッドは突然の出来事に慌てながらピカチュウに声をかけるが、荒い呼吸をしながら立ち上がろうと藻掻くピカチュウにラムダはある可能性を疑った。

 

 毒の異常状態である。

 マタドガスのヘドロウェーブが約10%の確率を引き当てたのだ。

 おそらく、サインで繰り出したヘドロウェーブで毒状態になったとラムダは推測した。

 毒に体を蝕まれながらも悟られないように気丈に振る舞い、ラムダどころか主人であるレッドも騙した精神力と演技力は称賛に値するが、ラムダにとってはこのタイミングでピカチュウに限界が来たのは天の助けである。

 心の中でガッツポーズしながらラムダは止めを刺しに行く。

 

 

 

 「ヘドロウェーブ!」

 

 「戻れピカチュウ!」

 

 

 

 モンスターボールの赤い閃光はマタドガスのヘドロウェーブが直撃する前にピカチュウを包み込み、ボール内へとその姿を収めた。

 ラムダは内心で悪態をついたが、あの状態ではこれ以上のポケモンバトルは無理であるのは理解できるので、これでレッドのポケモンを3匹戦闘不能にした事になる。

 ラムダは事前にカオルから渡された要注意人物リストにあったレッドの手持ち情報を思い出しながらアイツだけはやめてくれ。と思ったが、裏切られる事となる。

 

 

 

 「行くぞ、リザードン」

 

 

 

 やっぱりな、少しはおじさんに慈悲をくれ。と自分の行いを棚に上げながら、相性は普通でもフィールドの関係上出てきてほしくなかった相手である緋色と青緑のコントラストが美しい翼を広げ、マタドガスへ咆哮するリザードンの姿にため息を吐いた。

 

 チラ見したマタドガスの顔は見た事がないくらい死んでいた。

 戦いたくないと自己主張しているマタドガスの気持ちは痛い程分かるが、上司の命令には逆らえない中間管理職の板挟みを実感しながら再度、ため息をつき、レッドに向き直る。

 

 

 

 「降参する?」

 

 

 

 レッドはまるで当然の選択としてラムダに降参の選択を提案した。

 その事にポケモンマフィアとしての誇りが傷つけられ、ラムダは顔を顰めた。

 

 

 

 「ハッ、降参?笑わせんな坊主」

 

 

 

 三日月のようにニヤリと笑ったラムダは言葉を続ける。

 

 

 

 「お前は知らないだろうがな、

 

 

 

  俺の上司はいっつもタイミングがいいんだよ

 

 

 

 レッドがラムダの言葉に怪訝そうな顔をした時だった。

 レッドの後ろ、テレポートマットのある方からモンスターボールが開閉する特有の音が聞こえたのとほぼ同時に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

 

 「追い風」

 

 

 

 振り向いて姿を確認しようとしていたレッドはポケモンの作り出した強風に襲われる。

 レッドは突然の強風に驚き、屈んでやり過ごす事も出来ずに体が宙に浮きあがり、ビルから投げ出された。

 レッドは体が宙に浮いたと理解した瞬間、重力によって地面へと落ちていく体の体制を整えながら、吹き飛ばされたレッドを助けようと追いかけてきているリザードンに風圧で声がかき消されそうになりながらも、指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 派手に吹っ飛ばされたな、あの坊主。と思いながら未だに気絶している狙撃手を抱えながら身を屈み、パラペットに掴まって強風をやり過ごしたラムダは靴音を響かせながら近づいてくる上司であるカオルへと向き直る。

 

 カオルはピジョットの追い風でビルの屋上から吹っ飛んだレッドとレッドを追いかけていったリザードンには見向きもせず、ラムダの様子を確認しながら話しかけた。

 

 

 

 「随分とやられているところで悪いけれど、後の作戦は中止で撤退指示」

 

 「了解です。奴さんは如何します?」

 

 

 

 ラムダは何事もなかったかのように追い風で飛ばされながらも戻ってきたマタドガスをハイパーボールに収めながらインカムで全部隊に撤退指示を出す前にカオルにそう聞いた。

 ラムダの言葉を聞いた後、カオルはレッドとリザードンを吹っ飛ばした方向に向き直ると、リザードンがレッドを背中に乗せ、ビルの屋上まで登ってきたところであった。

 怒りのこもった眼でこちらを見るリザードンに微笑みながらカオルは当たり前の様にラムダに言った。

 

 

 

 「勿論、退場願うよ。簡単にはいかなさそうだけどね」

 

 

 

 弾んだ声で言うカオルに珍しいと思いつつ、ラムダはレッドに思わず同情した視線を向け、がんばれよ、坊主。と心の中で応援した。

 

 

 

 自分の部下がレッドに心の中で応援したと知るはずのないカオルはレッドの強張った表情を見ながら怪我がなさそうな様子に安堵した。

 カオルは故意にレッドをビルから落としたのではなく、本当に事故だったのだが、飛行できるリザードンが追いかけて行ったので大丈夫かと思い、ポーカーフェイスでラムダに指示を出していたのだ。

 

 

 

 「名無しの洞窟以来だね。顔色が悪いけど大丈夫かい?」

 

 「アンタ、性格悪いね」

 

 「よく言われるよ。先程、カスミさんにも言われたばかりさ」

 

 

 

 

 何でもないかの様に言ったカオルにレッドは表情を険しくするが、カオルは隣に降り立ったピジョットをモンスターボールに戻し、縮小してボールホルダーに収め、ポケモンを確認すると顔を一瞬歪めるが、モンスターボールを手に取り、手に転がしながら何事もなかったかのようにレッドに穏やかに微笑む。

 リザードンの背から降りたレッドはリザードンの心配する視線にリザードンの首元を撫でる事で心配するなと答えながら深呼吸をしてカオルを睨みつけた。

 レッドの予想通りの反応にカオルは言葉を続ける。

 

 

 

 「安心するといい。カスミさんは気絶させただけだから」

 

 「…カスミさんはって事は他の人は違うの?」

 

 「おや、少しは成長したんだね」

 

 

 

 まるで、子供の成長を喜ぶ大人のようなカオルの返しにレッドは様々な怒りをぐっと飲みこみながら相手のペースに乗るな。と自分に言い聞かせてカオルの様子を見る。

 カオルはまだまだ子供の反応を見せるレッドを内心で面白がりながら手に転がしていたモンスターボールを掌大にして投げた。

 

 

 

 「ゲンガー、シャドーボール」

 

 「リザードン、火炎放射!」

 

 

 

 2匹の黒と赤の攻撃はぶつかり合い、小規模の爆発が辺りを黒煙で包み込んだが、リザードンは自身の翼で黒煙を吹き飛ばし、ゲンガーへと突っ込んだ。

 ゲンガーはリザードンの様子にシシッと不気味に笑いながら特性ふゆうを生かし、空中戦へとリザードンを誘う。

 

 ゲンガーとリザードンの空中戦を見ながらカオルはラムダから残りのポケモンを聞き出し、ポケモンバトルをどのように進めるか複数の作戦パターンを瞬時に組み立てる。

 レッドの残りのポケモンはリザードン、カメールと恐らくカビゴンの3匹。

 シロガネ山の初期のポケモンメンバーである。

 

 ゲームではシロガネ山でえげつないレベル差と天候を利用した高威力の技のオンパレードに数多のポケモンプレーヤーを泣かせたレッドだが、今は旅をする無名のポケモントレーナーである上にラムダのポケモンバトルからすぐにカオルとポケモンバトルになった為、手持ちのポケモンを回復する暇もなかった。カオル自身そんなレッドに負ける気は全くない。

 だが、カオルが直々にポケモンバトルの指南をしてゲームよりも実力があると予想されるラムダにほぼ勝利している事に驚愕と共に心の中でレッドのポケモンバトルの才能を称賛した。

 

 

 

 「影へ」

 

 「メタルクロー!」

 

 

 

 カオルが指示した通りにゲンガーは素早く近くにある影に潜り込んだ。ゲンガーが潜り込んだ影にリザードンはメタルクローを繰り出し、3本のかぎ爪が屋上のコンクリートの床を抉ったが、ゲンガーは移動したらしく、何も起こらなかった。

 リザードンは主人であるレッドに直接奇襲をされる事を警戒したのか、素早くレッドの傍に戻り、辺りを警戒する。

 リザードンの警戒した様子にピカチュウが何か吹き込んだのかもしれないとカオルは予想したが、むしろ好都合だとクスリと笑った。

 

 何故ならカオルの狙いはレッドではないのだから。

 

 

 

 「タンクを破壊しろ」

 

 

 

 カオルの言葉にレッドが疑問を持た瞬間、ドカンと何かが破裂した様な音がした。レッドは音がした塔屋がある方向を見上げ、視界に入った光景に目を見開き驚いた。

 

 レッドの目に映ったのはバケツをひっくり返したという表現で収まらない程の大量の水だった。

 

 リザードンは翼を広げて傘代わりにし、驚きで硬直してしまったレッドを大量の水から守ったが、その代わり大量の水をその身に浴びてしまった。

 レッドはリザードンの翼の隙間からゲンガーがこちらを見て笑っているのが見え、その後ろに塔屋の上にあった貯水タンクが破壊されており、大量の水は貯水タンクの水だと気が付いた。

 

 

 

 「火炎放射!」

 

 

 

 レッドの指示にすぐさま反応したリザードンはゲンガーめがけて火炎放射を繰り出す。

 貯水タンクの水を被った直後であった為か、レッドは火炎放射の威力がいつもより弱く感じた。

 カオルはタンクの水を使い、疑似的な水遊びをリザードンに仕掛けたのだ。とはいえ、ポケモンの技とは違い、普通の水では一時的にしか効果がない可能性が高い。

 カオルはリザードンの炎の威力が弱まっている事を確認するとすぐに次の行動に移す。

 

 

 

 「身代わりから潜れ」

 

 

 

 

 リザードンの火炎放射を身代わりでかわしたゲンガーは再び影の中に潜り込み、姿を消す。

 神出鬼没なゲンガーに翻弄されているリザードンは炎交じりの鼻息が出ている。若い好戦的な炎ポケモンが苛立っている時に見られる仕草のひとつにカオルはリザードンが平時よりも冷静になっていない事を悟り、ゲンガーに指示を飛ばす。

 

 

 

 「鬼火で惑わせろ」

 

 「火炎放射で相殺するんだ」

 

 

 

 カオルの言わんとしている事を察したゲンガーはパラペットの影から顔を出しつつ、鬼火を繰り出す。

 怪しく揺らめく鬼火は炎タイプであるリザードンには火傷状態になる事は無いが、主人であるレッドにまで襲い掛かってきた為、レッドに危害がないように絶妙な炎の威力で相殺する事を求められ、徐々に苛立ちが見られてきた。

 

 レッドもまずいと思ったのかリザードンに落ち着くように声をかけるが、カオルは畳みかけるように指示を出す。

 

 

 

 「シャドーボール」

 

 

 

 ゲンガーはリザードンの背後に姿を現し、シャドーボールを素早く放った。

 背後からのシャドーボールをもろに食らったリザードンにゲンガーは馬鹿にするように舌を出して挑発した。

 

 リザードンは挑発するゲンガーの姿を見て堪忍袋の緒が切れたのか、竜の怒りを繰り出す。

 青黒い炎はリザードンの怒りを表すかのように燃え上がり、ゲンガーに一直線に襲い掛かるが、ゲンガーは影に潜って躱し、塔屋の壊れた貯水タンク付近に再び姿を現すとリザードンを指さし、ゲラゲラと楽しそうに笑う。

 

 その行動に黙っている筈もないリザードンは再び竜の怒りをゲンガーに放つが、ゲンガーは再び影に潜り逃げる。

 逃げられては挑発され、怒り心頭のリザードンは屋上コンクリートの床が傷つく程地団駄し、レッドの宥める声にさえ苛立っていた。

 

 カオルはリザードンが怒りで視野を狭くし、トレーナーであるレッドとの指示がかみ合わないようにしようとわざと苛立たせるように仕向け、ゲンガーもそれを理解し挑発を繰り返してくれたが、悪戯心に火をつけてしまったらしく、カオルの思った以上にリザードンを怒らせていた。不都合はないがあまり調子に乗らせると余計な事をしでかすのでカオルはゲンガーを後で説教する事に決めた。

 

 

 

 「シャドーボール」

 

 「飛んで煙幕!」

 

 

 

 室外機の影から体を半分出して、シャドーボールを繰り出したゲンガーにリザードンは飛んで避けた後、レッドの指示に反して火炎放射を勢いよく繰り出した。

 ゲンガーは影に逃げてあたらなかったが、威力は強く、室外機やコンクリートの壁は黒く焼け焦げ、火炎放射の熱気が目測5m以上離れていたカオルにまでとどく程であった。

 

 明らかに怒りで我を忘れかかっている様子にレッドは腰のモンスターボールに手をかけてリザードンを一旦引っ込めるか迷っている様子であった。

 カオルとしては制空権を握りたいのでここで仕留めにかかる。

 

 

 

 「ゲンガー、塔屋の下で鬼火から()()

 

 

 

 塔屋の影から体を完全に出したゲンガーは鬼火を出し、リザードンを笑った。

 リザードンはその挑発に簡単に乗り、火炎放射を放つ。

 勿論、ゲンガーは影に潜り躱すが、火炎放射はそのままゲンガーの姿で隠れていた()()()()()()()()()()

 

 怒りでレッドの位置を誤認したリザードンは自分の火炎放射がレッドに襲い掛かる位置である事を理解し、悲鳴のような鳴き声を上げた。

 レッドは迫りくる火炎放射をパラペットぎりぎりまで近寄り避けるが、完全には避け切れないと予想し、火傷を覚悟して目を瞑る。だが、いくら待っても熱風が来るだけで焼ける様な痛みがない事に疑問に思い、目を開けるとそこにはゲンガーの技である身代わりの人形がリザードンの火炎放射を代わりに受けていた。

 

 カオルはレッドが無事な事に大きく安堵したリザードンの致命的な気の緩みを見逃さなかった。

 

 

 

 「シャドーボール連弾」

 

 

 

 ゲンガーは素早くシャドーボールをリザードンの急所に続けさまにあてる。

 通常であれば連続で急所にあてる事など不可能なのだが、自分の攻撃がトレーナーにあたりかけるという状況の後で気が緩まないポケモンはいない。結果、リザードンは急所に連続で攻撃を受けてしまった。

 

 ゲンガーは苦渋の声を上げるリザードンの影に入り、体温まで奪って前後不覚状態にする。

 

 

 

 「戻れ、リザードン」

 

 

 

 膝をつき、荒い息のリザードンのしっぽの炎が弱くなっているのを確認したレッドはこれ以上のポケモンバトルは続行不可能と判断し、リザードンをモンスターボールに引っ込めてからカオルを険しい表情で見る。

 

 

 

 「忘れてしまっている様だけど、私はポケモンマフィアの幹部だよ?正々堂々とポケモンバトルすると思ったの?」

 

 「…思ってない」

 

 

 

 そう言いながら納得していないレッドにカオルは微笑しながら鼻歌でも歌いそうな程機嫌がいいゲンガーをモンスターボールに引っ込め、ボールホルダーに装着し、レッドに心の中で謝った。

 

 屋上のフィールドでリザードンに対抗できるカオルの手持ちはゲンガーかヤドランしかいないのだが、ゲンガーは制空権で対等に渡り合う事が出来ても、鬼火が使えないので体力を徐々に減らしていく事が出来ない。

 そうなるとジリ戦になり、決着がつくまでに時間がかかる。普通のポケモンバトルならトレーナーの腕の見せ所なので大いに盛り上がるところなのだが、カオルにとってポケモンバトルは観客を楽しませるものではなく、生きるか死ぬかの戦いである。負けるわけにはいかなかった。

 

 ならば、ヤドランを出せばレッドと正々堂々としたポケモンバトルが出来たのではないかと思われるが、ヤドランを出せない事情があった。

 

 

 

 カオルがピジョットを収めた後、モンスターボール越しに確認したヤドランは頭を抱え、苦しんでいる様子であったからだ。

 恐らく、先程の復讐を企てた男と対峙した時に男と殺したポケモンの感情をモンスターボール越しに受け取ってしまったとカオルは予想した。

 尋問や脅しの際はヤドランの感情察知能力は便利だが、拷問での苦痛や死の間際の感情を受け取るとその複雑で強力な負の感情に飲まれてしまい体調を崩してしまう為、なるべくヤドランから遠ざけているのだが、ロケット団の幹部である以上どうしても避けられない時もある。

 コンディション最悪なポケモンをバトルに出すのはカオルにとってあり得ない事なのでヤドランでのバトルは断念し、ゲンガーを繰り出したのだ。

 

 再度、心の中でレッドに謝り、カオルは予想されるレッドの残りのポケモンであるカビゴンとカメールどちらが出てきても対応できるブラッキーのモンスターボールを手に取って掌大に戻し、繰り出した。

 ブラッキーは主人であるカオルに一瞬振り返り、レッドに向き直ると鼻で笑う。

 

 

 

 「……行ってくれ、カメール」

 

 

 

 レッドはブラッキーの態度をあえて無視して、モンスターボールから羽のような耳と渦を巻いたふさふさのしっぽが特徴的なゼニガメの進化系ポケモン、カメールを繰り出す。

 カメールはレッドのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、心配そうにレッドを見るが、レッドが大丈夫だと言う様に無理に笑うので、ブラッキーに向き直り、睨みつける。

 

 

 

 

 「願い事」

 

 「カメール、雨乞い」

 

 

 

 空に向かって祈るように瞼を閉じたブラッキーの体を包むように薄い金の輪がかかったのに対し、カメールは空に向かって鳴き、雨雲を呼び寄せる。

 カオルはカメールの雨乞いにマリルリに交代するか考え、モンスターボールを確認するが、マリルリはプイッと顔を背け、カオルを無視した。

 復讐を企てた男を拷問した際にはふてくされながらも従っていたが、やる気十分だったのにポケモンバトルを強制的に引っ込めて中断させられた事を根に持っているとカオルは予想し、苦笑した。レッド相手に折り合いがつかぬままバトルに出すのは自殺行為なのでマリルリに交代するのは諦める。

 かわりにハイパーボールが激し揺れ主張しているが、六匹目を出すとビル自体が崩れて生き埋めになる可能性が高いので無視した。

 

 カメールの雨乞いにより雨が降り始める中、追い風が無くなるがカメールや後続のカビゴン相手に追い風は無くとも問題は無いので願い事を終えたブラッキーに指示を出す。

 

 

 

 「どくどく」

 

 「距離を取りながら水鉄砲!」

 

 

 

 距離を詰めてどくどくを繰り出そうとするブラッキーにカメールは牽制するように水鉄砲を打ちつつ、距離を保ちながら移動する。

 

 

 

 

 

 降りしきる雨の中、ブラッキーは水鉄砲を踊るように避けて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 


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