あの出来事から色々と処理があったため、3時間は経過していた。
8時過ぎだということもあって学校には残業することになった教員と用務員ぐらいしか残っていない。ほとんど暗い廊下を千冬は歩き、ある場所へと向かっていた。
千冬がそこを通り過ぎるたびに後ろが暗くなり、また、センサーが感知される場所へと足を運ぶと廊下が明るくなるのを繰り返していると、目的地である保健室へと着いた。
既にそこの担当をしている教員は帰っており、人はいない―――はずだった。
「……篠ノ之、もう面会時間は当に過ぎている。部屋に戻れ」
だが箒は首を横に振る。その理由を千冬は知っていたため、これ以上は無理に言わず、外に誰もいないことを確認して箒の隣に座る。
二人の前にあるベッドには一夏……ではなく静流が寝かされており、四肢は革ベルトで固定されている。
「……箒、聞きたいことがある」
久々に―――少なくとも、IS学園で教師と生徒の関係になってから初めて千冬に名前で呼ばれた箒は驚きのあまりその場で体を震わせてしまった。
「……なんでしょうか?」
「確か貴様は舞崎と同じ中学だったな。その時の様子を聞かせてくれないか?」
「………わかりました」
そう答えた箒はゆっくりと話し始める。
「正直なところ、舞崎には色々と黒い噂がありました。中学校の不良グループの大将をしている、とか、親を半殺しにしたとか。ですがそんな噂を気にしていないなかったのか、それとも元々興味がなかったのか無関心……というよりも、別のことに夢中でした」
「別のこと?」
「肉体改造です」
その言葉に反応したのか、千冬は静流の方を見る。脳裏に嫌な予感がしたからだ。
「……千冬さん?」
「いや、なんでもない」
―――そんなわけがない、な
静流の出生は至って普通だったことを思い出した千冬は視線を箒に戻した。
「確かに最初は、救いようがない変態だと思っていました。すぐ胸のことを言ってくるし」
箒の胸部にあるものは男女関係なく引きつけるものがある。千冬も以前はある人物に対してその手の嫉妬心を抱いていたことを思い出した。
「ですが、あることがきっかけで仲良くなったんです」
「あること」
「それは―――」
■■■
―――一年前
「これより、修学旅行の班決めをしまーす!」
「「「イェーイッ!!」」」
中学最後の一大イベントの一つ、ということもあって、男女関係なくクラス中のテンションが上がる。
だがその中で今年度の初めに転校してきた箒は暗くなっていた。
「……どうしたの、篠田さん」
「……なんでもない」
隣に座っている静流が尋ねるが、箒は暗い表情のまま答えて俯いた。
あの転校初日から1か月が過ぎたが、箒はその一月をほとんど一人で過ごしていた。まるで友人を作ることを拒絶しているようだと静流は推測する。
「これから自由に決めてもらいます。必ず男女3人ずつで班を決めてください」
「「「はーい」」」
全員がそう返事すると、すぐに班が揃いだした。
しかし女子を含めて誰も箒を誘おうとしない。明らかに2人しかいない女子の組も、敢えて箒を避けている様子だった。だがこれの原因は箒にもある。
転校から数日経ったある日、箒は興味本位で話しかけてきた女子たちに怒鳴ったのだ。その女子たちも積極的に箒と仲良くなろうと思ってのことだったが、普段から他人と話すことに慣れていないのと、友人になってもいずれ引っ越し、連絡が取れなくなるからである。
それから箒は友達を作ることを無駄と感じ始め、転校するたびに拒絶していた。
「ねぇ、篠田さん。一緒の班にならない?」
隣に座る静流はそう尋ねると、箒は「いい」と言って断る。
「じゃあ、おっぱい揉まれるのと一緒の班になるの、どっちがいい?」
「……どうしてその選択肢が出てくるのだ」
静流に対して冷たい態度を取る箒。今となっては箒に話しかけてくるのは静流ぐらいであり、クラス内の名物カップルとなりつつあった。
「いやぁ。だってそれくらいの選択肢を出さないと絶対に断られるだろうし」
静流は身体研究部……もとい同好会に入っている。と言ってもそこまで複雑なことをしておらず、ある意味興味本位でだ。その興味から箒に近づいているため、彼女はそれを鬱陶しく思っていた。
「どちらにしてもお断りだ。他を当たれ」
「個人的には、篠田さんがそれだけ大きなものを持てるのは背中に秘密があると思っているんだよね」
「人の話を聞け!」
静流の態度に箒の中に一人の女性を彷彿とさせつつ、静流に言った。
「大体、どうして私と組みたがる。構おうとするんだ。はっきり言って迷惑だ」
「あ、そこの二人! 一緒に班を組まない?」
「だから人の話を聞け!」
箒は叫ぶが静流はさっそくその二人を口説きに行く。二人とも大人しいタイプの女なため静流のお眼鏡に適ったのである。
「でも、篠田さんって怖いし……」
「そうだよ……あんな人と同室って嫌だよ」
その言葉が耳に入ったのか、箒は何かに殴られたような衝撃を受ける。しかしすぐに「これも自分が蒔いた種だ」と自分に言い聞かせて我慢した。
「違うんだよ、二人とも。みんなも聞いてくれ! 確かに篠田さんはすぐ暴力を振るうし常に睨んでくる。それでビビる教師も一人や二人ではない。だけどそれは彼女が不器用だからだ! 考えてみてほしい。中学の最後の年にいきなり転校したらみんなも不安に思うだろう。篠田さんはそういうタイプであり、落とせばデレる」
「何を根拠に言っているんだ貴様は!!」
「女の勘ならぬ、男の勘だ」
静流の言葉は箒の神経を逆なでているだけに過ぎない。だが静流はそれに気付いていないのか、それともわざとなのかさっきからあることないこと言い続ける。
「それに篠田さん、少しは歩み寄ってみようよ」
「余計なお世話だ!」
そう言って箒は鞄を取って飛び出すように教室を出た。
現在は6時限目。LHRで生憎教員は修学旅行前の打ち合わせということで席をはずしており、誰も箒を止める人はいなかった。
しばらくして箒は自分にあてがわれた部屋に帰る。
いつもならば少し歩いた所に止まっている車が迎えに来るのだが、彼女は剣道部に所属していてその部活を終えてからのため止まっていない。もっとも、少し歩くだけで家に着くのだが、自分の周りにいる大人たちはそれを許さなかった。
「………はぁ」
箒は普通の人間とは違う。常に政府の人間に生活を監視されている。その理由は彼女が何かしたというわけではなく、彼女の姉にあった。
箒の姓は今は「篠田」と名乗っているが、本当は違う。彼女の本名は「篠ノ之 箒」であり、小学五年生になる直前からこんな生活を送らされていた。当初は両親と生活していたが、中学になると同時にその両親とも別居を強いられる。
「もう嫌だ。こんな生活」
ぼそりと言う箒。本気で彼女は今の生活に辟易していた。これならまだ、以前の方がマシである、と。
(そもそも、何なのだあの男は。まるで、私に気があるようだが………)
善意……いや、下心。
以前、自分をこんな状況に追いやった姉である「篠ノ之 束」の妹と知られた時には悲惨だった。そのことがすぐに拡散され、ある者は憧れを、ある者は嫉妬を抱き始めたのである。
幸い、箒には仲間がいた―――と思っていたがその人物が箒を苦しめた張本人だったのである。
それ以降、箒は誰とも関わらなくなった。孤独となり、剣道での戦い方も変わり始めた。
(……だとしても、男がISを動かせないのは変わらないだろうに)
まだ気付かれていないとは思いつつも、箒は思わずそう思ってしまった。
すると、彼女のスマホに一件のメールが届く。どうやら自分の担当の役員かららしく、そこには「修学旅行を辞退させる」という旨の連絡が書かれていたのである。
(……またか)
彼女にとって、こういう行事を休ませるという連絡は珍しくない。以前もこういった連絡があり、そのたびに彼女は政府からの要請などの理由で学校行事を休んでいる。周りがその時のことを話しているのを聞いて当初は疎遠を感じたが、自分に味方がないことを知った時にそれも思わなくなったのだ。
箒はベッドから起き上がると、言い渡された宿題をしようと机へ移動する。と同時に室内にチャイムが鳴った。
(……誰だ)
インターホンが鳴ると彼女の部屋にある小型のモニターが映るようになっている。そこには自分を早退へと追い込んだ主がいた。
(……一体、何の用だ)
怪しみながら通話ボタンを押そうとした箒だが、果たしてそんなことをしていいのだろうかと思い留まる。
すると向こうはカメラに気付いたのか、手を振り始めた。
(……そこで暴れられても厄介だし、とりあえず入れるか)
普段は来ないその主のことだ。適当に相手をして最悪殴って追い返そうと思った箒は無言で入れることにした。
中に入ったその主こと静流は箒の部屋のインターホンを鳴らす。箒は敢えてチェーンをかけたまま開けると、さっきと変わらない様子の静流は手を振った。
「……何の用だ」
「HRでプリントが配られたから、それを届けに来たんだ」
「そうか。では帰れ」
「え~。そこはお茶を出すとかしてよ~」
物凄く残念そうな顔をする静流に対して、箒は容赦なく木刀を突き付けた。
それを間一髪で回避した静流は鞄を入れた。
(………ああ、もう)
箒は経験上、すぐさま降参する。そしてチェーンを外して開けると、静流は「お邪魔しまーす」と言って中に入った。
そこで箒は静流が背負っている物に注目する。
「それは……私の竹刀入れ……」
「珍しく忘れていたから持って帰って来たんだ。昼休みにトレーニングしていることは知ってるからさ、もしかして放課後もするかなぁって思って」
実際のところ、それだけ言えば箒は感謝している。慌てて出てきたから竹刀を置いてきてしまったが、予備もあるし何よりも家に帰ってから厳しい外出制限が課される。最近は室内でどれだけ小さく竹刀を振り、物を壊さないようなことにも挑戦していた。
そこだけ感謝した箒は厄介なことになる前に静流を追い出そうと考えたが、それは間に合わなかった。
―――ガチャッ キィッ
ドアの鍵が開けられ、外から女性が入ってきた。
その女性は静流を見るや否や、腕を掴んで外に放り出そうとするが動かない。
「今すぐ出て行きなさい」
おそらく力で押し出せないことに気付いたのだろう。女性は静流を睨みながらそう言うが、静流は眉一つ動かずにいた。
「……………」
何を考えているのか、全く反応を示さない。急に現れた女性は静流を殴ろうとしたところで口を開いた。
「もしかして、篠田さんのお母さんですか?」
「「………はい?」」
二人の女はまったく同じタイミングで疑問を呟くが、静流は気にせず挨拶を始める。
「初めまして。僕は…箒さんの同じクラスで隣の席の男子こと舞崎静流です。娘さんにはいつもお世話になっております」
丁寧な挨拶をし終えた後、唐突に挨拶したこととで茫然とするその女性は、しばらくして突っ込みを入れた。
「私は確かに彼女の保護者的立ち場にあるけど、母親じゃないわ。というかまだ私は20代よ!」
「………もしかして、10歳で箒さんを産んだんですか!?」
「まずそこから離れなさい!」
突っ込まれたことに首を傾げる静流。どうやら本気で何故怒られているのかを理解していないようだ。
「ともかく、あなたは帰りなさい。ここはあなたが来て良い場所ではないわ」
「じゃあ、すみませんが説得を頼めますか? 娘さんが修学旅行に乗り気じゃないみたいなんです」
「彼女は修学旅行に行かせるつもりはありません」
その女性がぴしゃりと言うと、あまりのことに驚きを隠せなかったのか静流は呆然となる。だが30秒ぐらいすると回復して驚きを露わにしながら言った。
「ちょっ、何でですか!?」
「彼女はあなたたちと違って特別な人間なんです。そんな行事に参加できるほど、暇じゃないんですよ」
「何を言っているんですか!」
いきなり大声を上げた静流に二人を驚くが、その二人に静流はさらに追撃をかけた。
「修学旅行と言えば恋愛発展の行事イベント。中学生最終学年が故にしばらくすれば受験がありますが、そこに本腰を入れるまでのほんの短い期間を女子としてのレベルを上げるために使わずどうすると言うのですか!? 確かに篠田さんにはとても中学生と思えないほどの双丘があります。ですが、今の篠田さんには「経験」が足らず、意中の男子を射止めるほどのスキルもない! そんな状況で彼女を青春の本格ステージとも言える高校生にするつもりですか!? バカですかあなたは! もう一度子供からやり直してきなさい!」
「どうして私がこんな意味不明な説教を受けないといけないのよ!?」
その言葉に箒は同意した。
だが静流は一切止めるつもりはないようで、さらに捲し立てようとするがそれよりも先に女性に遮られる。
「もうどうでもいいわ! ともかく今すぐ帰りなさい! さもないと警察を呼ぶわよ!」
その言葉に固まる静流だったが、やがてあることに気付いたのかこう言った。
「ホワイトボードが必要ですね!」
「ドヤ顔で何を言ってるのよ、あなたは!」
「簡単なことです。警察を巻き込んであなたの野望を打ち砕きます!」
そう、堂々と宣言した静流に女性は叫んだ。
「もう頭に来たわ! とっと失せなさい! この変態!」
「男が変態で何が悪い! そもそも男は女を孕ませる生き物であり、それは性そのものに植え付けられたものなので―――」
「だから語ってんじゃないわよ!」
話し始める静流に女性は突っ込みを入れる。それを見た箒は内心思っていた。
(……何だこれは)
クラスメイトが便りと竹刀を持ってきたのはまだわかる。後者に関しては感謝しているが、後から来た女性と口論になるには想定外だった。
「大体、どうして篠田さんが修学旅行を休まないといけないんですか。そこからしておかしいじゃないですか。彼女にだって修学旅行に行く権利はあるでしょう!? 極度の貧乏ってわけでもないし、日本はその辺りはきちんと保障しているはずです」
「それに関しては言えないわ」
「つまりあなたは、篠田さんのおっぱいから脂肪を吸うために休ませ、僕たちがいない間に篠田さんのおっぱいの脂肪を吸うんですね!」
「つまりってあなたねぇ!? ………ああもう、言えばいいんでしょ、言えば!」
ごまかすより真実を言った方が早いと思ったその女性は堂々と言った。
「聞いて驚きなさい! 彼女はね、あの有名なIS開発者―――篠ノ之束の妹なのよ!」
「……………」
それを聞いた静流は本気で驚いたようだ。
(……また転校か)
そう思った箒は荷物を纏めるために部屋の奥に引っ込もうとした。だが―――
「……………あの、それがどうしたんですか?」
「………待ちなさいよ! 彼女はあの篠ノ之束の妹なのよ!? それなのに「それがどうした」っておかしいじゃない!」
その意見はあながち間違いではない。
事実、さっきまで静流は驚きを見せていたし、本来なら男はすぐさま箒の胸元を掴んで自分たちが下になった元凶の妹に不満をぶちまけるはずだ。箒はそのことを何度か取り調べをした男性に言われたし、幾度か「責任を取る」という形で脱がされそうになった。
「だって、所詮彼女はその天才の妹ってだけですよね? それに僕、ISが凄いってのは思いましたけど、兵器としては正直イマイチだと思います。というか個人的にどうでもいいですよ。まぁつまり、性能としては評価しますけど個人的な野望の階段程度としか見てませんから」
思わず箒は止まってしまった。
今まで彼女は正体をばれると常に「篠ノ之束の妹」として見られてきた。男には憎悪を、女には嫉妬を向けられて生きてきた。
だがここまで尋ねてきたクラスメイトはどうだ。篠ノ之束の妹として見るどころか、「ISは階段」と、自分が上る足掛けとしか見ていない。
―――その言葉が何よりも、箒には嬉しかった
「………ちょっと待ちなさい。じゃあ、何であなたはこの家に居続けてるのよ。そう思っているなら、さっさと帰るでしょ」
「ああ。考えてみれば不自然ですね。って言ってもそこまで大層な理由じゃないですよ。ただ彼女は僕が書こうとしているライトノベルのメインヒロインのモデルとしてピッタリだったので、リボンを解いてストレートになった時の髪形を写真に収めさせようと思っただけです」
思わず二人は黙ったが、同時に同じことを考えていた。「この男は、そんなことのためにこの家に来たのか」と。
「まぁ、ラノベ作家と兼業して科学研究者と技術者にもなりたいんですけどね。だってほら、今ってISが主流ですけど、個人的には一昔前のリアル系やスーパー系のロボットが憧れなんで、どうせなら災害救助用のロボットを開発しようかなって。なにせ自分、まだ子供なので夢を見る権利はあるんですよ」
そう言ってドヤ顔をする静流。
それを聞いた箒はその女性に言った。「修学旅行に行かせてほしい」と。
「………そんなことがあったのか」
「はい。ですが、その後のことがとてもムカつきましたが」
「―――知り合い以上、友達未満ってのが?」
「そうだ。アレは流石にカチンと来たぞ。どうせなら堂々と友達と宣言してくれてもいいものを―――って待て」
箒と千冬は揃って下を見ると、両手両足を革ベルトでベッドの柵に拘束されているのを無理やり抜け出そうとしている静流を確認した。
「いつから聞いていた」
「最初からだよ。まったく。急に変なことを言い始めちゃって、恥ずかしいったらありゃしない―――っていうか、いい加減この拘束を取ってくれない?」
「それはできない」
千冬がそう言うと静流が顔をひきつらせた。
「そもそもだ。どうしてあんなことをした? あそこで我慢すればこんなことにならなくて済んだのに―――」
箒がそう言うと静流は馬鹿にするようにクスリと笑った。
「ああいう思考が、祖父ちゃんと祖母ちゃんを殺したとしても?」
「………どういうことだ」
そう尋ねたが、箒は顔を青くしていく。
おそらくこれから紡がれる言葉の先を理解したのだろう。彼女の手は震え始めた。
「祖父ちゃんと祖母ちゃんは殺されたんだよ。オルコットみたいな女尊男卑の女にな」
するとドアが開かれる。
そこには静流にISを触れさせなかった教員がおり、手にはどこから手に入れたのか破片を持っていた。
それを見た千冬はすぐに立ちあがる。
「立花先生。一体どうしたのですか? それにその刃物は―――」
「どけぇええええええ!!」
立花は叫びながら静流の方へと走る。それを千冬は阻止すると、静流は箒に言った。
「左のバンドを外して! 早く!」
「わ、わかった」
非常事態だからと自分に言い聞かせながら、箒は静流の左手首の革ベルトを外す。
そして彼女が左足へと移動したとき、素早い動きで右手首のベルトを外した静流は右足をすぐに取った。
「退いて! 退きなさいよ!」
「いい加減にしろ! 何故こんなことを―――」
「その女が女尊男卑思考だからだよ。僕は大丈夫だからその女をもう解放してもいいよ」
そう言って静流はベッドから降りる。だが千冬は離すつもりはない。
すると保健室のドアが開かれ、二人の生徒が入ってきた。二人とも銃を所持し、どちらも立花に銃口を向ける。
「立花先生、大人しくしてください」
「それ以上抵抗すれば―――」
―――ガッ
鈍い音が辺りに響く。すると立花は力なく膝を付き、前から倒れた。
「………やれやれ」
ため息を溢しながら殴った本人―――静流は立花に近付く。
そして破片を回収すると腕を掴まれたことで容赦なく立花の頭部を踏み抜き、さらに蹴り上げながら壁にぶつけた。
「待って。それ以上は―――」
「得物を持つ人間に対する過度の攻撃は無力化の基本でしょ」
だがこれ以上は静流もする気はなかったのか、大人しく下がる。
一人の女生徒が立花を捕まえ、三人が静流を警戒する。だが静流はタオルを破片に巻き付けると後から現れた水色髪の女生徒に放る。
水色髪の女生徒―――
「………ねぇ、彼女と二人っきりにしてくれないかな?」
「何を考えている?」
「何も。ただ彼女は篠ノ之束の妹の妹として知るべきことを教えてやるだけさ。それに僕、二次元にしか興味がなくてね。あなたたち三次元にはまるっきり興味がない」
その言葉を完全に信じられるほど、彼女らは静流に心を許しているわけではない。だが箒は三人に言った。
「……すみません。彼と二人だけにさせてくれませんか?」
「……だが―――」
「大丈夫です。いざという時はなんとかします」
千冬は尚も食い下がろうとした。だが、箒の目は既に覚悟しているようで、その意思が伝わったのか大人しく下がる。
「更識、布仏。二人だけにするぞ」
「ですが―――」
「心配ない。それに、二人には積もる話はあるはずだ。その邪魔をする権利は私たちにはない」
そう言って半ば追い出すように二人を、そして千冬自身も部屋から出て行った。
確認した箒はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……意外だね。僕はてっきり、武器を持つかするかと思ったよ」
「それはないさ。それに、お前が私に手を出さないくらいわかる。さっきの言葉「知り合い以上友達未満」というのは、舞崎なりの結界なのだろう? それに舞崎が今まで私を「篠ノ之束の妹」として見たことがないのも知っている。つまり、これから話すことはその状況になった理由を話すということだ」
それを聞いた静流はクスリと笑い、両手を挙げた。
「参った。参ったよ。じゃあそのご褒美に話してあげるよ―――僕が今のようになったのを」