本当、すみませんでした。
決闘当日。一夏と静流はそれぞれ準備されたISスーツを着てスタンバイしている。同じ男子なのだが用意されたISスーツに差異があり、一夏は腹を出しているが静流は少しサイズが小さいTシャツとスパッツを装備している状態だった。さらに寒いからか、上には長袖のジャージを羽織っている。
「……遅いな、俺のIS」
一夏が小さくそう呟く。放課後になり、二人の準備ができてしばらくしたが未だに一夏のISは来ない。
今回の対戦は専用機持ちとなる一夏が最初にセシリアと戦い、その後に静流がその勝者と、最後に静流と一回戦の敗者と戦うことになっているのだが、肝心の機体がまだ来ていないのだ。
するとISをピットに運ぶ通路のハッチが重苦しい音と同時に開き、まるでタイミングを計ったかのように人間用のドアが開いた。
「舞崎、済まないが先に出てくれ。時間の関係上、これ以上は待てない」
「………わかりました」
どこか渋々と言った感じにそう答え、移動する静流。再び自動でドアが開き、現れた真耶が静流の後ろに現れた。
「舞崎君、これをどうぞ」
そう言って真耶は静流にUSBメモリを渡す。
「これは?」
「生徒用のUSBメモリです。IS学園内でしか基本的に使えないものとなっていまして、主に生徒の各パーソナルデータなどが登録されて、訓練機を使用する場合はこのメモリを規定の場所に差し込んで同期しますと、なんと疑似的にですが訓練機で最適化することが可能なんです!」
どこぞのパイロットのカットイン並みに無意識に胸を揺らす真耶。だが静流はそっちに向いておらず、ただ差し出されたUSBメモリを観察していた。
「そういえば、生徒の中にも専用機が欲しいと言っていた人はいましたね。もしかして、それ対策ですか?」
「はい。他の方はまだ訓練機の使用許可がされない期間ですし、一年生のこの時点では保存して持ち帰るようなものはないのですが、2、3年生になると授業内容によっては家でする人が多いので、一人一人専用のメモリが用意されるんです」
真耶の説明に相槌を打つ静流は、現れた打鉄を見る。
「ラファール・リヴァイヴはなかったんですか?」
「すみません。どうしても人気で、生産した時期も時期ですし……それにこれはあくまで模擬戦となっていますから……」
改めて打鉄を見る静流。その機体をよく観察すると、
(……やっぱり邪魔に感じるね、あのスカートアーマー)
そう思いながら腰から下に伸びている長いアーマーに注目する。
(防御力を上げるためのアーマーか。アポジモーターもなさそうだし、イメージ操作をするには少し厳しい機体かな)
ここ一週間、ISを乗れなかったとは言え静流は何もしなかったわけではない。授業中に別の勉強をすることはもちろん、自分にできることは一通りしたつもりだった。だが本音を言えば使うならウイングがあるラファール・リヴァイヴの方が良かったと思っている。
「問題ありませんよ。これで行きます」
「! そうですか!」
よほど嬉しかったのか、まるで花が咲いたみたいに笑顔になる真耶。静流はそれを最後まで見ずにジャージを脱いで真耶の方に放り、打鉄に触れると閉じていた装甲が開いたので、まるで慣れているかのようにコックピットに乗り移る。
真耶は受け取るとそれを丁寧に畳んだが、ツボに入ったのか静流は微笑んだ。
——ACCESS――
機械音声が響き、同時に装甲が閉じて男性用に調整された装甲が閉じる。静流は周りを確認すると、予想通りUSBポートがあり、そこに渡されたメモリを差し込んだ。
【自動疑似最適プログラム、始動。1分後に完了します】
ハイパーセンサーにそんな表示がされ、今度は武装一覧というものが現れる。
「山田先生、武器の一覧が出ましたが」
『そのページで学園で使用許可が出されているものを登録できます。一応、初めての登録ということもあって初心者用の武器が登録されていますが、まだ容量はありますし選択してください』
静流にはまるでイヤホンで聞いているように真耶の声が聞こえる。「これがIS装着時の状態か」と思いながら、言われた通り静流は武器一覧を少しばかり弄った。終わるとすぐに登録ボタンを押すと、
【武装登録完了。生徒用メモリーに保存中……保存しました】
【最適化終了。メモリーに保存中……保存しました】
そんなアイコンを確認した静流は軽く腕を回す。
『気分はどうだ、舞崎』
千冬は一夏が驚くほど珍しく心配そうな声をかける。
「問題ありません」
『そうか。昨日のことは聞いている。もし体調が悪くなったらいつでも言え』
「わかりました。じゃあ、移動します」
真耶は道を開け、静流はそのままカタパルト発射台に移動した。
『静流! 頑張れよ!』
「…………ああ」
一夏の声に無機質に答えながら脚部装甲を準備されている場所に接続。すると側面のラインが光る。
「舞崎静流、打鉄、行きます!」
その言葉に反応してか、自動的に動き始めるモーター式カタパルト。それが最終地点に着くと同時に射出され、静流は不安定ながらも着地した。
観客席は今回の試合を聞きつけたからか、生徒たちで満員となっている。静流の着地行動がおかしかったからか、「間抜け」や「ひっこめ」などのヤジが飛んだ。
「あら、あなたが先ですの? もう一人は逃げたのかしら?」
「今もピットにいるよ。機体待ちで」
「あら。あらあらあら……」
するとセシリアは同情的な瞳を静流に向ける。
「可哀想に。あのような方と共にいるから、あなたがこのような目に合いますのよ。どうでしょう? わたくしに忠誠を誓うというのなら、あなたのような方をわたくしの下僕にしてあげますわよ」
「……その申し出、是非受けさせてもらうよ」
少し間が空いてからそう答えた静流。セシリアは尋ねた側だと言うのに答えが不満だったのか眉をひきつらせた。
「………あなた、それを本気で仰ってますの?」
「? そうだけど、何か問題ある?」
セシリア・オルコットが今の状態になったのは、父の姿を見ていたからだ。
彼女の家は俗に言われる「貴族」というものであり、イギリス内でもかなり有名所のお嬢様である。その入り婿だった彼女の父親は立場的にも弱く、常に女である母親の顔色を窺うような人間だった。それが静流と似て被り、セシリアの怒りを刺激させる。
「あなたという人は、プライドがありませんの!?」
「プライドだけじゃ生きていけないと思うけど」
静流は何も考えず反射的に答える。だがそれがさらにセシリアの怒りを買い、彼女は怒鳴った。
「もういいです! あなたのようなプライドがないクズなど必要ありません! ここで無様な姿を晒して死になさい!」
「……え~………」
ハイパーセンサーに警告が表示される。セシリアの手に握られているライフルの銃口が静流に向けられる。
「おっと、ヤバい」
静流はそこから跳んで避けるが、いつもとは倍近くの跳躍、さらに慣れていないISでの移動に行動が遅れる。着地点を予想され、撃ち抜かれた。
「馬鹿な人。時代遅れのロボットゲームなんかで勉強するから、まともに操作もできないんですよ!」
「……………」
だが静流は何も返さず、ただ回避に専念する。
(ホバーは使える……よね!)
すると静流の考えを読み取ったのか、打鉄の脚部装甲が変形してそのまままっすぐ進んだ―――が、
「うわっ!?」
慣れないホバー走行ということもあり、バランスを崩しながら進む。だがそれが余計に無防備な状態をさらけ出すことになり、静流はさらにダメージを受け続ける。
だが静流は衝撃に顔を歪ませることはすれど、最初から諦めているからか悔しがる様子を見せない。
「そのまま地面に這いつくばりなさいな!」
静流はセシリアの方へと視線を向け、ハイパーセンサーの警告を一瞬だけ確認する。そしてセシリアが引き金を引く瞬間、着弾点から体を逸らす。レーザーが着弾して砂煙がまき散らすが、それ以外のダメージはない。
「かわした!?」
「上手くできるかどうかわからなかったけどね」
そう言った静流は進んでいる状態で足を曲げ、ジャンプすると同時に打鉄のブースターを噴かせて上昇した。
「あ、思ったよりも簡単―――!?」
セシリアのレーザーが直撃し、シールドエネルギーを削られる。静流はすぐさまそこから離れ、距離を取った。
「わたくしは、あなたの遊び相手ではありませんわ!」
「僕も遊んでいるわけじゃないけどね」
そう答えると静流はアサルトライフル《
セシリアはそれをチャンスと思い、《焔備》を撃った。
「まだ―――」
下がりつつ下降する静流は再び《焔備》を展開し、セシリアに向ける。だがまた手が震え始め、動きが鈍った。
「あなたは、ふざけていますの!?」
「いや、ちがっ―――」
だがその異変に気が付いていないセシリアは、容赦なく《焔備》を破壊した。
その異変に気付いた箒は呟くように言った。
「舞崎は、もしかして撃てないのか?」
「え?」
驚く一夏を他所に、箒はピット内に設けられている教師二人が戻った管制室に繋がる受話器を取る。
『どうした?』
「織斑先生、今すぐこの試合を中止してください!」
すぐに出た千冬に箒はすぐにそう言った。だが千冬は無慈悲に言い放つ。
『それはできない』
「どうして!? あなただって舞崎の異変に気付いているでしょう!?」
『だからこそだ。その恐怖は、舞崎自身が越えなければならない』
そう言って千冬は通信を切る。
(……このままだと、舞崎は潰れてしまう)
当初は世界で活躍するIS操縦者になることを夢見てこの学園に入学することを選んだ人間が、ISで相手を攻撃することができずに整備科などサポートの方へと守る人間も少なくはない。静流もそう言うタイプなのだが、彼の場合はそう簡単にそんな存在になれないのだ。それをわかっているからこそ千冬は克服させるために敢えて勝負を続けさせた。
だがそれをわかっていない箒は内心舌打ちすると、試合終了のブザーが鳴り響いた。
【打鉄、シールドエネルギー全損確認。勝者、セシリア・オルコット】
会場が湧き、同時に静流に対して罵倒やヤジが飛んだ。
「とてもつまらない戦いでしたわね。次の相手もこの程度だと思うと、虫唾が走りますわ」
間違いなく注意が飛ぶぐらいの罵倒をするが、観客席からはむしろそれを褒めたたえるかのように拍手が起こる。その光景を背に、何事もなかったかのように静流はさっきまでいたピットに戻ってきた。
「大丈夫か、静流」
対戦中に届いたらしく、ISを装着している一夏。静流は「うん」と答えて、一夏の隣にISを移動させる。
「どうして攻撃しなかったんだ? やろうと思えばできるだろ?」
「………どうやら僕は怖がっているみたいだね。今までこういったことってしたことがないからかな?」
「そんなものか?」
「そんなものだよ。だって僕、体は鍛えているけど戦闘経験なんてないんだし」
負けたというのに笑いながらそう答える静流。どうやらさっきの戦いの事は引きずっていないようだ。
するとスピーカーから千冬の声が出て、一夏に指示する。
『織斑、オルコットはすぐにでも出れるそうだ。先に出て待機していろ』
「わかりました。じゃあ箒、静流、行ってくる」
「……ああ、勝ってこい」
初心者に平然と無茶な注文をする箒。静流は「行ってらっしゃい」とだけ言うと、一夏はさっきの静流の真似をした。
「織斑一夏、白式、行くぜ!」
カタパルトが射出されて飛び出す一夏。先程とは打って変わって歓声が沸く。それはまるで静流への当てつけとも取れる。
だが静流は気にしておらず、それどころか次の試合に向けて調整を行っていた。
(PIC……確か、ISの飛行を補助する機能だったっけ)
またの名を「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー」―――慣性を消し、ISを自由に飛行するその操作をマニュアルに設定する。
さらに武器の種類も初心者用に毛が生えた程度だったものを、かなり変更を行った。
その頃、一夏とセシリアは会話をしていた。
「最後のチャンスをあげますわ」
「チャンスって?」
「わたくしが先程と同じように一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、さっきの方のようにボロボロのみじめな姿を晒したくなければ、今ここで謝るならこれまでの非礼を許してあげますわ」
それを聞いた一夏は笑い、あっさりと言う。
「そういうのはチャンスとは言わないな」
「そう? 残念ですわ。それなら―――」
セシリアは射撃体勢に入り、引き金を引く少し前に言う。
「お別れですわね!」
彼女が持つライフル《スターライトMk-Ⅲ》から閃光が走る。一夏は白式の自動防御システムによって直撃は避け、、移動を始めた。
それは静流とは違い鮮やかで、軌道は危ういがそれでも素人ながらにかなりのレベルはあると思わせるほどだ。もっともそれは、高機動型の機体に振り回されているだけとも取れるが。
その様子を見ていた箒は、静流の方を見る。未だに彼女は静流に対してどう声をかけようかと考えていた。
だが静流はまるで気付いていないのか、さっきから各所の設定を弄り始めている。
そして試合がある程度進んだ時、静流は脚部装甲をカタパルトに接続した。
「舞崎。準備には早いんじゃないのか?」
重苦しい音を聞いて静流の方を見た箒がそのことを指摘するが、静流は首を振った。
「大丈夫だよ。もう出るから」
一夏にミサイルが直撃し、爆発が起こる。爆炎で姿が見えなくなったが、煙が晴れ、新しくなった白式の姿が現れる。
「これは……」
「ま、まさか……
白式は静流とセシリアの対戦が始まって数分して到着した。しかし二人の戦いがかなり早く終わったこと、セシリアがほとんど休憩をしなかったので初期設定で戦うことを強いられていたのだ。
一夏は一次移行したことで手に入れた《雪片弐型》を手に取り、語るように言った。
「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
それを聞いた瞬間、静流は笑った。その笑みは邪悪なもので、まるで狩人が獲物の前で舌なめずりしているようである。さらに今まで感じたことがない強烈な殺気が箒を襲う。その威力の強さに怯え、驚く箒は今もなおまき散らす殺意の根源である静流を見た。
「舞崎……?」
「篠
「俺も、俺の家族を守る」という、一夏の恥ずかしい言葉をBGMに静流は慈悲深い笑みを箒に向けながらそう言った。そして―――
「君と過ごした一年間は楽しかったよ。心からそう思う」
———じゃあ、その殺気は何だ?
箒はその言葉を出かかったが、気圧されたこともあって口にすることができない。
「でも僕は知ってしまったんだ。この世界の歪みを。だから壊すことに決めたんだ」
「………何を」
するとカタパルトのラインが光りはじめ、今もなお黒歴史認定されるであろう吐き続ける一夏を無視して静流は飛び出した。
「舞崎静流、すべてを…破壊する」
瞬間、カタパルトが射出され、静流はまるでミサイルのように一夏に向かって飛んでいく。それに気付いたセシリアの様子がおかしいと思った一夏は後ろを向くが時既に遅し。彼の視界は黒い塊に占領されていた。