第43話 唸る修羅
少女たちは本気で竦んでいた。
まるで自分たちの存在がちっぽけであると思い知らされた感覚に陥ったのだ。
「ロゼ、何故勝手に実体化をしている」
後ろで高間晴文がクロエに空いた穴を塞ぐようにしている少女にそう言うと、ロゼと呼ばれた少女はジト目で言った。
「そうでもしないと、彼女は助からない。だからよ」
「………それに関しては感謝は述べるがな。で、あの馬鹿はどこに行った?」
言うまでもなくあの馬鹿とは静流のことだ。
晴文は聞いておきながら「やっぱりいい」と答え、今もなお爆発が起こっている場所に目を向ける。
「………あのバカ女、本当に余計なことをしやがって」
3年前、晴文は静流を止めることはできた―――が、彼もまたすぐに治しただけで怪我を負わなかったわけではない。全身に数百か所の怪我をしていたが、ロゼの力によって修復してもらった。
ロゼは普通の人間ではない。
元々はISコアだったが、篠ノ之束に「不良品」の烙印を押され破棄されたのだが、篠ノ之神社に訪れた晴文に拾われたことで九死に一生を得たことにより晴文の専属の部下として、また彼の機体として存在が許されている。もっとも彼女がISコアだと知っているのは他には武藤正勝ぐらいだ。
(………あれが本気出したら手が付けられないからな。……それにあれは、ちょっとまずいな。…ま、いっか)
晴文はロゼと一緒にクロエをどこか寝かせられる場所に寝かせた後に医療班の追加などの要請するなど仕事に戻った。
IS学園は常に見張られている。それはISのデータはもちろんだが、国家に所属していない操縦者や技術者の卵をチェックするためなのだが―――今、彼らは撤収を余儀なくされていた。
「この、しつこいんだよ!!」
そう叫びながら束はミサイルを飛ばす。だが静流は肘から指の先端にかけて紅黒い禍々しい装甲でミサイルをすべて引き裂いて破壊した。爆風が静流に襲い掛かる―――はずなのに、それすらも感じずただ束を殺そうとする。
―――もはやこの2人は常識の範囲外で戦っていた
素早いスピードはもちろんのこと、通常兵器も何のその、触れた地面は次々とクレーターを生み出していく。
「死ね!」
静流の靴もまた、変わっていた。
本来、静流は黒くシンプルなスニーカーを好んで履く。だが今は装甲同様の色に統一されていて、裏にはプロペラが内蔵されている。回転数によって滞空することが可能であり、また水上でも立つことが可能となる。
だが、その装甲には大きな弱点が存在する。
「負荷が強い? 舞崎はそんなものを装備しているというのか!?」
「そうだ。だがその負荷は半端じゃない。俺自身も一度装備したことがあるが、あれは並大抵の―――それこそ普通の人間が装備したら死ぬような代物だ。静流が今もなお装着し続けられているのはこの少女が撃たれたことによる怒りだろうよ」
ロゼが得たコアNo.27を名乗ったコア反応の位置が投影型ディスプレイに表示されている。
今、半壊した風花の間には千冬と晴文が残っている。そこで作戦会議をしていた。
本当ならば一夏や他の教員たちも参加するはずだったが、全員無理矢理「邪魔」という理由で締めだされたのである。
「その分、戦闘能力は現役時代のお前を遥かに超えているがな。今、機体は?」
「さあな。束の奴が解除しているならば使えるだろうが、おそらくまだ使えんだろうな」
「―――そのコアはもう使えるけれど、あの戦いに乱入するのはやめておいた方が良いわよ」
唐突の言葉に晴文は舌打ちをする。
「誰だお前は?」
「企業秘密。でも敢えて、神出鬼没の美少女だと言っておいてあげるわ。で、あの戦いだけど―――もうここからかなり離れている。それにどちらも織斑千冬よりも上だから死にに行くようなものよ」
実際、ロゼの言う通りだった。
「いい加減……ウザいんだよ!!」
束はレーザーを大量に発射するが静流はそれを装甲の力と勘のみですべて回避した―――が、レーザーは反転し静流の方に向かって来た。
(もらった!!)
「邪魔だな」
静流は腰からトンファーを抜いて先端から鎖を伸ばして振り回してレーザーを霧散させた。
「ちょっとは耐えるから少しはマシな奴かと思ったら……さっきから見ていればそこらの女と変わらない。お前みたいな屑がクロエが殺したのかよ」
瞬時加速が霞むほどのスピードで束に接近した静流は束の顔面に連続でパンチを見舞った。
「テメェに命乞いの権利は与えねえ……死にやがれ、クズ野郎!!」
本気のストレート。だが束はそれを回避して静流の顔に蹴りを叩き込んだ。
そのまま静流は海の方に向かって落下する。
「ハハッ! 騙されてやんの!!」
無邪気な笑みを浮かべる束はPICを使って陸地に移動する。いつの間にか海上にいたことは驚いたが、高度50mぐらいあったのでおそらく奴は死んでいるだろうと。相手もISが使えるのはどういう理由かはわからないが、絶対防御は解除するように指定していたのでもう死んでいるだろうと、そう思っていた。
「………何で……」
海面に叩きつけられたからか、所々傷がある。だが静流は殺意を込めて束を殴る。
束はそれを流して静流の攻撃を躱す。そしてそのまま攻撃は山にぶつかると―――山は吹き飛んだ。
「………は?」
吹き飛んだ上部の土を見て束がわけがわからなくなる。それもそうだろう。目の前にいる相手はただの人間。遺伝子強化素体でなければさらに改造を加えた人間でもないことは束自身が調べてわかっている。なのに―――
「何で………山が………」
少なくとも、ISを使わなければ山を吹き飛ばすなんて無理だ。しかもISで殴っても無理と来ている。
だが静流は生身で吹き飛ばしたのである。
「……………殺す」
地面を蹴り、再び静流は束に仕掛ける。束はISを完全展開して所構わずミサイルを発射。さらに
静流はすべて回避して束に迫る。束はそれを読んでいて静流が殴ろうした瞬間に高エネルギーのビームは放った。
少女は賢かった。
この世に生を授かってから10年、状況などを教えられて普通ならしないであろう子供に高等教育を叩き込まされたが、最近の彼女は不平1つ言わなくなった。それもそうだろう。彼女に守るべきものを与えられたから。
「覚えておきなさい。これがあなたのお父さんとお母さんよ。あなたが私たちに協力しないなら、私がこの2人を殺すわ」
そう言った女性は本気であり、事実彼女の目の前で何人もの命を奪っている。
やると言ったらやる。そんな女性に少女は言う事を聞かされていた。
当然、その女性は少女が特別だからしているのであり、一般人の子どもだったらそんなことはしないのだが。
だがその少女は特別だった。特別が故に常に高等教育を叩き込まれ、10歳だというのに一般の大人同様兵器の開発をさせられている。
「……お父さん……お母さん……」
まともに会話をしたことはない。だけど、彼女に流れる血がわかる。少女に「この2人が君の両親だ」と教えている。だが、このままだと会話をすることができない。だが、2人をここから出すことはできても逃げ出すことは不可能だ。2人がいるのはフラスコの中であり、水槽の中で当時の衣服を着せられたまま酸素ボンベを装着させることで延命されている状態だ。
それを理解している少女は抗わず、女性に従って兵器を―――ISを使っている。ついこの前、6歳上の女のために新兵器を開発したところだ。
「………私は嫌だ………誰か……助け―――」
そんな時だった。
急に壁が破壊され、現れた何かは両親が入っているフラスコにぶつかって止まり、警報が鳴り始めた。
「…………え?」
少女は本気で驚いていた。まるで祈りが届いたかのように何かが現れ、両親を望まない形とはいえ解放したのだから。
「………いつつ………あの女、一体どこに飛ばしやがった……………あ? どこだここ? 外じゃねえ?」
「…………あなたは………誰………?」
現れた男の後ろのドアが開き、人型の機械が現れる。そしてすぐに男を捕縛しようとしたが、軽く吹き飛ばされた。
「ここは一体どこだ? ダンジョンか? おいニーナ」
『場所は花月荘よりも100㎞地点は離れています。まるで何かの研究施設のようです。………ちなみに今、マスターが吹き飛ばしたのはISです』
「ISだぁ? じゃあ何で俺はあのクソアマに負けたんだよ」
『経験の差、ではないでしょうか? 確かにマスターは強いですが、クリエイターはこれまで何度も裏の人間を生身で退けてきました。その戦闘経験の差、でしょう。マスターの場合は言っては悪いですが結局はゴロツキとの戦闘が多いので』
ちなみにニーナとは、静流がコアのナンバーを聞いた時に考え付いた名前である。またついでに補足すると、ニーナの言葉は静流にしか聞こえていない。
「………あの―――」
「経験の差、か。あー、こんなことなら学園に行くんじゃなくて研究施設のISパチって裏組織の奴らに喧嘩売ればよかったな………何だ?」
しっかりと聞いていたのか、静流は女の子の声に返事をした。
「………あなたが……あなたが私の王子様ですか!?」
「……………………………………はい?」
言われていることを理解できなかった静流。だが少女が本気で聞いてきたのは理解できた。
目を輝かせる少女に少し怯む静流。彼はこういうタイプの少女に弱いのである。
「すまない。俺は君の王子でもなんでもない。通りすがりの一般人だ」
『ダウトです、マスター』
「………そう、ですか……」
少し悲しそうな顔をする少女に静流は罪悪感を感じた。
確かに静流は女が嫌いだ。だが、常識をわきまえている女性や自分に懐く少女、そして天真爛漫や年相応の少女には優しくする。
これは本人が知らないことだが、女尊男卑の影響で男の立場が失われつつなる昨今、男性たちは少女たちに性欲の牙を向けるようになった。俗にヤクザと呼ばれる反社会勢力もそう言った人間を誘拐しては売り、安値だが女を売買することが多くなった。たまにそう言ったところに乗り込んではボコボコにしているが、そのたびに大体静流がボスを潰して解放させることが多いので大体懐かれている。
…………ちなみに、何故一般人の彼らがそう言うのを潰しているかというと、零司の小遣い稼ぎに使われているだけなのだが。
「で、ニーナ。今なんて言った?」
『ダウトです。マスターの強さから考えて一般人は難しいかと』
「………もしかして、助けですか?」
「残念ながら違う」
また泣きそうな顔に戻る少女。その少女と倒れている男女を見て静流は訝し始めた。
(………どこかで見たことがある気がする)
そう思った静流は少女に質問した。
「お前、なんて名前だ?」
「……私の名前、ですか? ごめんなさい。実は言えないんです」
静流は羅鬼を展開して少女の肩に触れた。
『発見しました。感知・暴走型ナノマシンです。これより除去を開始します』
静流は並の人間よりも状況処理能力が高い。なので今の少女の発言に違和感を感じてすぐに体内を調べ回らせた。曰く「普通の少女が―――実験体であろう少女がこんなところで何で普通に話せている?」と。
そこから少女に対する「どこかで見たことがある」という感情、そして男女に対する既視感からある1つの仮定を出す。
『除去が完了しました』
「……お前、篠ノ之か?」
少女はそう言われて体をビクつかせた。
(………何でこんなところに? 妹は治療中だろうし姉は今どこかにいる。それに次女より下はいないと聞いているが……)
そんな時だった。
唐突にドアが破壊され、数体の機兵が現れた。その後ろに綺麗な金髪に面積が少ない格好をしている女性と黒いスーツに身を包んだ女性も入ってきた。
「何やら騒がしいと思ったら、これは何? 楓、説明しなさい」
「………これは事故です。……じ……実験中に人が飛んできて、その………」
―――ドンッ!!
女性の隣に機兵が叩きつけられる。
「………あなたは……まさかどうして、私たちの仲間になりに来てくれたの?」
「………ふざけてんのか、クソババア」
「テメェ!! 誰に口を利いてんだ、あぁッ!?」
「少なくともテメェみたいな猿女じゃないことは確かだ」
「ふざけんな!!」
黒スーツの女性が叫び、ISを展開するとすぐに吹き飛んだ。
「オータム!?」
「わりぃな。俺はああも頭が弱い女ってのが嫌いでね」
そう言った静流もまた、IS「羅鬼」を完全に展開していた。
実際、女尊男卑だと最高高校生ぐらいまでは誘拐されそう。下手すれば大学生も。
静流は大体ロリに懐かれます。