「義兄様、私も食べさせてほしい」
「ちょっと織斑を殴ってくるから大人しく食べなさい」
そうピシャリと言うと、ラウラは頬を膨らませる。残念ながらその攻撃は俺には効きません。
今は夕食。織斑がオルコットに食べさせようとしたせいでラウラがねだって来たのだ。
ちなみに俺はそこまで食材にこだわっていないので、ワサビの違いはわからない。
(……大体、そんなに騒いだらどこかの誰かさんが切れるだろうに)
なんて思っていると、噂をするとなんとやらの方式で案の定現れた。
「お前たちは静かに食事することができんのか!!」
流石は鬼教師。たった一言で黙らせたよ。
「どうにも、体力があり余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜をランニングして来い。距離は……そうだな。50㎞もあれば十分だろう」
「いえいえいえ! とんでもないです! 大人しく食事をします!」
「あ、じゃあ俺は後で行くけど、食後すぐはマズいから1時間後ぐらいでいいか?」
「………ちなみに今日は何をしていた?」
「ブイを3往復して、崖登りを10本、ランニングはしていないから―――」
「お前はもう休め! そして食事が終わったらとっとと風呂に入れ! 流石にオーバーワークだ!!」
そうか? 俺はもっとできるけど……。
とはいえ、基本的に夜は外出禁止となっている。走りに行ってもいいが余計なことをしてせっかくの明日の行事に参加できないことになったらそれはそれで面倒だ。仕方なく自重する。……ちなみに、後で聞いたらブイの端から端の距離は1㎞はあったらしい。
「織斑、あまり騒動を起こすな。鎮めるのが面倒だ」
「わ、わかりました……」
オルコットの機嫌を取るために織斑は部屋に誘ったようだ。姉がいるのに部屋に呼ぶとか中々勇気がある奴だ。
風呂から上がり、ラウラと一緒にフルーツジュースを飲みながら廊下を歩いていると何やら俺らの部屋の隣で人だかりができていた……というか、何をしているんだ?
「? 何をしているんだ、貴様ら」
ラウラが俺の代わりに疑問をぶつけると、咄嗟に凰が口を封じる。
他にも篠ノ之、デュノア、そして少し着衣が乱れているオルコットが襖に耳を当てている。
『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅッ!!』
『すぐに良くなるって。大分溜まっていたみたいだし、ね』
『あぁぁっ!』
………結論。この会話だけで言えばラウラの教育上よろしくない。
俺たちは離れようとすると、
『じゃあ次は―――』
『一夏、少し待て』
俺は数歩離れると襖が飛び出した。破れないように手加減はしているらしい。
4人はまともに食らい、10代女子にあるまじき声を出したが。
「何をしているか、馬鹿共が」
「さぁな。大方、アンタらが近親相姦しているとでも思ったんだろ」
「…………はぁ」
軽く臭いを嗅ぐが、あまりイカ臭くない。つまり何か別の事をしていたのだろう。
「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」
「「「え?」」」
「もちろん、舞崎にボーデヴィッヒもだ」
「………マジで?」
だがまぁ、部屋に帰ってもISの調整以外は何もないし、面白いことになりそうだからご一緒しようかね。
「セシリア、遅かったじゃないか。じゃあ始めようぜ」
そう言って織斑は布団を叩いて誘う。
「え? あの、皆さんもいらっしゃいますし……」
その発言はアウトだが、それが後でマッサージだと判明してオルコットは恥をかいた。
にしても平然と女の身体を触る織斑って………正直引くわ。ちなみにラウラは普通に風呂に入ってくるので色々と諦めた。さっきも普通に入ったしな。
なんて、どう改善しようかと思っていると織斑先生はオルコットの尻を触った。
「おー、マセガキめ。しかし歳不相応の下着だな。その上黒か」
「……きゃあああッ!?」
椅子に座っている俺からはラウラが膝に座っていることもあってどんな下着かはわからないが、
「義兄様、私もあんなパンツを買った方が良いのだろうか?」
「ラウラはもう少し成長したらな」
危ない下着なので、もう少し色々と成長したら買うことを検討してもらうとしよう。
「せ、先生! 離してください!」
「やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、15歳」
「い、いいい……いんこ……」
俺はともかく全員が顔を赤くする。ラウラはちゃんとその意味を知っているのか頬が熱かった。
「ふー。流石に2人連続ですると汗かくな」
「手を抜かないからだ。少し要領良くやればいい」
「いや、そりゃせっかく時間を割いてくれる相手に失礼だって。あ、静流。後でお前にもやってやるよ」
「それをした瞬間、お前を女子風呂に入れてやる」
「………それは勘弁」
大体、男に身体を触られる趣味はないっての。
「まぁ、お前はもう1度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」
「そうする。静流も一緒にどうだ?」
「そうなるともれなくラウラも一緒になるが?」
「「「「「え?」」」」」
全員がポカンとして俺たちを見た。
「え? アンタたち、一緒に入ってるの?」
「何か問題でも?」
「………舞崎」
「たぶん凰でも大丈夫なんじゃないか?」
「ちょ、何言ってんのよ!?」
「だってお前、貧乳だし」
「……OK、覚悟しなさい」
「ほう。俺に喧嘩を売るか、雑種」
凰を睨みつけると委縮した。ま、当然か。
「とりあえず、一夏。お前はとっとと風呂に入れ。どうせ舞崎は何もしないし、する気ならとっくにやっている」
「…………………………………それもそうだな。でも静流、千冬姉に手を出すなよ」
「わかってるし出す気はないから安心しろ」
織斑はようやくいなくなる。全く、この女に手を出すとか正気じゃないだろ。
「じゃあ、俺も帰るわ」
「義兄様が帰るなら、私も帰ります」
「おい待て。お前らも話を―――」
「いや、いい。アンタが下らないことで俺を誘ったのはわかりきっているし、恋バナに男が参加するのは法度だろう? そういうマナーの悪い男子は織斑だけで十分だ」
そう言い、俺はラウラを連れて部屋に戻った。
それは朝早くのことだった。
俺は少し早いトレーニングをしていると、突然感じた視線に足を止める。
「………誰だ?」
そう言えば、織斑先生が言っていたな。
この臨海学校は遠くから各国の視察が行われているって。もしかしてその類―――いや、違う。
「………仕方ない」
トンファーを出して銃にした俺は辺りにぶっ放す。
すると1つだけ変な反射がし、そこにトンファーの先端から鎖を飛ばした。
「捕らえた。お前は誰だ? 俺を狙う―――」
俺は思わず言葉を切った。
そこには本来いないはずの女が―――クロエがいた。
「クロエ!? ―――!?」
突然クロエから光が放たれる。俺は咄嗟に眼を瞑り、失明を避けた。
「………どこだ」
……あれは確かにクロエだった。……一体どこに消えたんだ。
それから俺はしばらく探していたが、いないことをラウラが織斑先生に相談したのか、電話が鳴って渋々帰ることにした。
「ようやく集まったか。………舞崎、それは何だ?」
「放置されていたから拾った。ISの装甲に使えそうだったからな」
「…………それを、か」
デフォルメのニンジンを指して織斑先生はそう言った。
「色を変えて調整すればおそらく使える」
「………そういう問題ではないんだが……まぁいい。その話は後だ。さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように、専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
言われて俺たちはそれぞれ作業に入ろう―――としたが、
「舞崎、篠ノ之。お前たちはちょっとこっちに来い」
「はい?」
「何だ?」
もしかしてニンジンの件だろうか? 俺は関係ないはずだけど。
「舞崎、そのニンジンはかなり危険なので預からせてもらえないか? 適切な処分を行う」
「………………ババア、潰されたいか?」
「お前の気持ちはわからなくもないがな。ちょっとそのニンジンは危険だ」
「……舞崎、済まないがそのニンジンだけは織斑先生の言う事を聞いた方が良い。私や千冬ならばともかく、たぶん舞崎は厄介なことになると思う」
………篠ノ之まで? このニンジンに一体何があるというのだろうか?
「……そうなれば自己責任だ。悪いが使わせてもらう」
毒を食らわば皿まで。俺には余裕がない。……本当なら、今すぐ行事をボイコットしたい気分だ。
さっきの森にクロエがいるならば尚更。一体どうしてクロエがあそこにいるのかわからないが………。
「………舞崎に関してはとりあえず保留だ。それよりも篠ノ之、お前には今日から―――」
「―――ちぃいいいちゃぁあああああああああんッ!!!」
大きな声がして、全員が何事かと振り向くと砂煙を上げながら何かが接近してきていた。俺は篠ノ之を抱えて少し離れて降ろす。
「……束」
「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ―――ぶへっ」
織斑千冬は手加減していなかったことはわかった。
「話は以上か? ならば俺は作業に戻らせてもらう」
………とりあえず計器を弄る。たぶん、あの時にもISを持っていたからクロエの事は映っているかもしれない。
そのことを期待していると、
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」
そんな会話が繰り広げられている。あの女、織斑千冬のアイアンクローを抜け出せたのか。凄い力だな。
っと、感心している場合じゃない。今はあの映像を……考えてみたら、あの時ISを展開していないから映像は残っていないんじゃ……。
とりあえず、機体の調整だ。山田先生が困った様子で俺の隣を通過した。
「え、えっと、この合宿では関係者以外―――」
「んん? 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいて他にいないよ」
「え? あ、はい、そうですね……」
やっぱり、使い物にならねえ。
「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の篠ノ之束さんだよ、はろー。終わり」
………何? あれが?
あんまり写真がなかったから顔を覚えていなかった。………とりあえず、
「織斑、あれって本当に篠ノ之束か?」
「あ、ああ。そうだけど。まさか束さんに話しかけるのか!? 止めとけ。どうせ適当にあしらわれるぞ」
「………いや、篠ノ之の姉の割に猫背だなと思っただけだ」
「………………え? そこ?」
援護しておくか。
「何を言っているんだ、お前は。篠ノ之の背筋は綺麗だろう? そもそも、あの胸が垂れずに一定のバランスでいるのは篠ノ之の背筋が綺麗からであり、篠ノ之の乳房の形が良いのはその背筋ありきだ」
「……お、おう」
おっと、いけないな。思わず力説してしまった。
「すまなかったな。じゃあ俺は作業に戻る」
そう言って俺は自分のISの所に戻る。そして周囲に怪しい動きをしている奴がいないかを探るが………いない。
(………後で、あのオッサンに確認を取るか)
今はクロエの事を置いておく。まずは機体のチェックを―――しようと思った瞬間、上から何かが降ってきた。
それが着地した衝撃で軽い揺れが起こる。………あれ? 着地していない? と思ったらそれが開いた。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと、「紅椿」! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
そんなことより俺は、菱形から出ているアームが紅椿とやらから離れた瞬間、菱形を奪って元の位置に戻った。
(………とりあえず、これを解体して使える奴を使って―――)
―――ガッ!!
拳が来ていたので軽く受け止めると、
「………お前、何やってんだよ? ……って、それ束さんの!?」
「……やはりか」
篠ノ之束の後ろから織斑先生がため息を吐いていた。
「お前、それどこで取ったんだよ!? 事と次第によっては殺すよ?」
「………せっかくの出会いですが、今私は機体の強化に忙しいので挨拶は後でお願いします」
「いや、おい、ちょっと!」
そう言うと不満そうに声をかけてくる。
「………姉さん」
「ごめんね箒ちゃん! 今こいつをとっちめて―――」
「姉さん。私はISを受け取れません!」
急にそんなことを言われて驚く篠ノ之束。その顔は本気で驚いていた。
「ほ……箒ちゃん………? どうして………」
「………私は何の努力もしていない。たぶん、私にはその機体は使いこなせない。でもその男ならば、舞崎静流ならば姉さんの作った機体を使いこなせるはずです!」
「…………箒ちゃん? 本当にどうしたの? だって専用機だよ? 私が作ったから強いよ?」
…………本気で驚いているな。にしてもあの天才、篠ノ之束が作った機体か。
とはいえ、天才というものは本当に何を考えているかわからない生き物だ。近くにそういうのがいるからな。
「篠ノ之束、1つ聞きたい」
「何だよ蛆虫。箒ちゃんと会話してんだから邪魔してんじゃ―――」
「……仕方ない。このクソ詰まらないことが終わったら後で篠ノ之を襲うとするか」
俺は突きを回避した。中々に早い突きである。
「………お前、何考えてんの? 多少強いくらいで粋がってんじゃねえよ」
「そんなことよりも織斑先生」
後ろで篠ノ之束が驚いているのは放置して、聞きたいことを尋ねた。
「……何だ?」
「実際の所、あの機体に何か細工していると思いますか? 乗ったら爆発するとか?」
「……いや、ない。束がこの10年の間に何か心境の変化があれば別だが、アイツは篠ノ之のことを大切にしている。これだけは確実だ」
小声で話していると、後ろから素早い動きでこっちに来た。それを織斑先生に任せて俺は篠ノ之の所に行った。
「篠ノ之、お前があの機体………まぁ、あの赤いのに乗れ」
「………正気か? そもそも、舞崎は十分に強い。専用機を受け取る資格はある」
「……………前にも言ったが、お前は本来ならとっくに専用機を受け取ってもおかしくない。国家代表養成所に行かなくてもだ。それほどお前は特別な存在だとは思っていたし、だからこそ政府の人間が付いていたのだろう? まぁ、特別って言っても俺には関係ないことだが………それとも、周りを気にしているのか?」
「…………それもある」
………まぁ、敢えて突っ込むまい。
「………ともかくだ。資格だ何だというならお前には十分にある。お前はこれまで窮屈な思いをしてきたんだ。だったら少しは姉に償ってもらっても良いだろ」
「………………良いのか? あの行動は私も擁護できないが、姉さんはそれ以上にお前のことを嫌っている。それに、姉さんの機体は特殊性の強いものも多い。私はとても扱える自信がない」
「…………んなもん、最初から扱える奴なんていねえよ。要はお前の頑張り次第だ。文句ある奴は俺が黙らせるから、お前は受け取れ。それにだ篠ノ之」
「……何だ?」
「俺はどっちかというと、自作する方が好きだ。俺に引け目があるなら機体のデータをくれるだけで良い。ま、冗談だけどな」
そう言って俺は篠ノ之の背中を軽く叩く。
「こ、後悔しても知らないからな」
「安心しろ。俺の実力は知ってるだろ?」
「………むしろ、この機体を使っても勝てる気がしない」
精々努力しろよ? そして俺を楽しませてくれ。………さて、火消しにでも行きましょうかね。
「あの専用機って、結局篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで?」
「だよねぇ。なんかずるいよねぇ?」
「………だったらお前ら、政府の監視付きで思春期を監視されたいか?」
2組でそんな会話が起こったので無理矢理介入してやる。
「………何よ?」
「篠ノ之はこれまで、姉のせいで窮屈な状況を味わされていたんだ。姉の居場所を聞き出すために尋問されたり、姉の存在がバレて転校を繰り返したり、遠足なども遠出も禁止されてきた。そんな状況でお前らは楽しい学校生活を邪魔されたいのかと聞いてるんだよ。あの機体は要は姉からの詫びも兼ねている、ようやく返してもらったらものだ。それに、下手すれば今後結婚しても命を狙われる可能性だってある。そのための守る力を受け取っただけに過ぎない。篠ノ之に文句を言うなら、まずお前らの努力のしなささを呪えよ。温い努力していないお前らが文句言ってんじゃねえよ。それに篠ノ之にISに乗るようにけしかけたのは俺だ。文句があるなら俺に言え。俺に喧嘩を売れ。それができない時点でテメェらに何も言う資格はねえ」
―――ブチ殺すぞ
数人腰が引けたのか、その場で座り込んだ。……ザマァ。
■■■
篠ノ之束は少し嬉しかったのか、心から笑みを浮かべる。
そう。これは確かにそれも兼ねている。大切だと思っていた妹には苦行を強いてきたことには負い目を感じている。だからこそ「織斑一夏」を利用して自分が考える最強のISを妹にプレゼントした。
(………その働きに免じて、さっきのことは帳消しにしてあげるよ)
紅椿の調整をしながら作業に戻った静流を見ながら箒に質問した。
「ねぇ箒ちゃん、箒ちゃんはあの男をどう思っているの?」
「………舞崎ですか? 舞崎は、お兄さんみたいな感じでしょうかね。あんな兄がいたら良かったなって思っています」
その顔は照れていた。それだ。だから彼女は、舞崎静流が気に入らない。
妹は変わった。だけど変わり過ぎた。それが彼女は気に入らなかった。
紅椿の調整が終わった頃、山田真耶が千冬に緊急事態を知らせに来た。そしてそれは―――IS学園史上、もっとも長く感じる黒い時間が始まる合図でもあった。